第157話:女神の遣い
ゲートの中から、女神アリスティアがその姿を現した。
それを見ていた蒼白銀の翼のメンバーたちは、そのあまりの神々しさに目を見開き、完全に言葉を失ってしまう。
女神アリスティアは荘厳な空気を纏って佇み、静かに皆を見渡している。
その圧倒的な存在感は、その場にいる全員を畏怖させるには十分すぎるものだった。
しかし、当のアリスティア本人は内心でひどくあわあわと慌てふためいていた。
『ちょっとグラン! ここからどうしたらいいの! みんなびっくりしすぎて目ん玉飛び出てるわよ!』
念話で泣きついてくるアリスティアに対し、グランは冷静に指示を出す。
(これから俺の言う通りにしろ。神らしく厳かに喋れ。そして一字一句間違えるな)
『わ、わかったわ……!』
アリスティアは念話でそう返し、グランからの言葉を待つ。
そして、グランが脳内で台詞の指示を出し始めた。
「我はこの星の創造神、アリスティア。我が生み出せし人間の民よ。そして……ルヴィリス・ヴァレンタイン、汝の問いに我が答えよう」
アリスティアはグランに言われた通り、一字一句違わずに厳かな声で告げる。
ルヴィリスは、よりにもよって創造神に直接名指しされたことで、ひどく不安に駆られた。
先ほど自分が口にしたのは、「女神が運命を操作した」という神の所業に対する追及ともとれる言葉だ。まさか本人が直接出てくるなどとは微塵も思っていなかった。
相手はこの世界の創造神としておとぎ話にまで伝えられている絶対的な女神である。
自分など、神の気分次第で今すぐこの場で存在を抹消されるのではないかとルヴィリスは絶望する。
しかし、女神アリスティアが次に紡いだのは思いがけない言葉だった。
「確かに、我が運命を操作した。……ただし、それは必要なことだったのだ。グランが先ほど申した通り、人間と亜人の間にできた溝は修復不可能なまでに深まっていた。どちらかの種族が完全に滅びるまでこの戦いは終わらないと、世界を記録する『アカシックレコード』が示していたのだ」
それを聞いた皆は、どうあがいても破滅しかない世界の運命に驚き息を呑む。
女神は静かに続ける。
「このままだと、亜人が人間を滅ぼしつくす。だから初めは、聖王国の王アレクシアに神託を下し、潜在能力の高いあの者を勇者として指名させ、世界のバランスを取ろうとしたのだ。」
皆はそれを聞き、女神が意図的に人間を勝たせるために運命を操作したのだと理解し、神の恐ろしさを実感して震えるような目を向ける。
『ちょっと! みんな完全に引いちゃってるわよ! 怖がられてるじゃない、全然ダメじゃない!』
アリスティアはたまらずグランに念話を飛ばす。
(まあ焦るな。本番はここからだ)
グランは脳内でそう宥めると、再び台詞を指示する。それに従い、女神は威厳を保ったまま語り続けた。
「しかし、そのままどちらかが勝利しても、どちらもかなりの犠牲を負う未来が確定していた。それこそ、現在の人口の十分の一くらいまで減ってしまうほどのな」
あまりにも凄惨な未来の予測を聞き、皆は顔を青ざめさせる。
「それに、人間も亜人も我が創造した、いわば愛しき子供たちだ。親が子供を殺すことなど、できるわけがないだろう?」
その慈愛に満ちた言葉を聞いて、皆は神の真意に触れ、ホッとしたように静かに頷いた。
「そこで我は別世界の神に頼み、その世界に住む者の力を借りることにした。それが「転生者」……グラン・グラニアスだ」
その言葉を聞いて、全員の視線が一斉にグランへと集まる。
女神は優しく微笑みながら話を続ける。
「転生者は、この世界とは根本的に世界の理が違う。その凄まじく強力な魂で、この絶望的な状況を打破してほしいと願ったのだ。そして彼を『女神の遣い』として召喚し……あとは先ほどヴィジョンで見た通り、彼は見事に人間と亜人の両方を救ってみせたのだ」
女神アリスティアは、心からの感謝を込めるようにそう言葉を紡いだ。
グランはそこで皆に向かって口を開く。
「女神アリスティア様も、むやみに運命を操作しているわけじゃない。どうしようもない時にしか手を下さないんだ。それに……今だから言うが、ルヴィ、エル、ソフィ、ディア。君たちは元々、十歳のあの時に死ぬ運命だったんだ」
それを聞いた四聖華の四人はひどく驚き、一斉に女神の方へと視線を向ける。
すかさずグランは女神に念話で次の台詞を指示した。
「左様。そなたたちはあの時、魔物に襲われて救助が間に合わず死ぬ運命だった。だが、そなたたちが死ぬことにより、この王国は権力闘争が激化し、最終的に内乱が起きて多大な犠牲が出るという未来がアカシックレコードに記載されていたのだ」
それを聞いた四聖華とオリヴィアは驚愕して息を呑む。
オリヴィアが当時の状況を思い返しながら、納得したように話す。
「確かに……あの時もし皆さんが亡くなっていたら、魔導学園の学園長は責任を取らされて極刑もあり得たでしょう。そうなれば貴族至上主義の理事たちが学園を完全に支配し、今よりももっと貴族主義が跋扈して学園と王国は間違いなく衰退し崩壊していたはずです」
女神はゆっくりと頷き、言葉を続ける。
「そこで、ちょうど聖域で鍛錬をしていたグラン・グラニアスに頼み、そなたたちを救い出してもらったのだ。……その時に魔力操作の極意を教えたのは、グラン・グラニアスの完全な独断だがな」
その余計な一言に、グランはすぐさまアリスティアへ鋭い念話を飛ばす。
(おい!魔力操作のくだりを勝手に入れるな!)
『別にいいでしょ! だいぶ慣れてきたし、私のオリジナルな意見も少しは入れてもいいじゃない!』
調子に乗り始めた女神に対し、グランは内心で盛大に舌打ちをしながらも、気を取り直して次の指示を出し始めた。
そして、女神アリスティアは荘厳な態度を崩さず静かに続ける。
「あとはそなたたちの知る限りだ。グラン・グラニアスが我の指示でいずれ来る災厄に備え、学園に入学しこの世界を見てほしいと願ったのだ。」
グランがそこで話を引き取る。
「まあそういうことだ。ルヴィ、今ので納得できたか?」
ルヴィリスはグランにそう聞かれると、静かに席から立ち上がった。
それを見たほかの四聖華、エルスメリア、ディアドラ、ソフィアも立ち上がり、女神に向かって深く頭を下げる。
そしてルヴィリスが代表して、心からの感謝を告げた。
「私たちを助けていただき、本当にありがとうございました」
そう紡がれた言葉に、女神は優しく微笑んで皆を見渡す。
「我が愛しき子たち、未来に幸あらんことを」
女神はそう言うと、背中の純白の翼を大きく広げた。
神々しい光が空間に広がり、やがて女神は光の粒子となって空高く舞い上がり、そのまま虚空へと消えていった。
あまりにも神秘的な出来事に、皆はしばらく言葉を失ったまま空を見上げていた。
(どうだ、結構いけてただろ?)
グランがアンサートーカーを通じて念話を飛ばすと、アリスティアから声が返ってくる。
『ふ、ふん! まあまあね!』
まったく嬉しくないツンデレを披露する駄女神に対し、グランは容赦なく釘を刺す。
(これが終わったら後でやってもらうことがあるからな、また連絡する)
『ぐっ、何を言われるか恐ろしすぎて落ち着かないわ……』
アリスティアとの念話を終わらせたグランは、皆に向かって声をかけた。
「他は特に質問はないか?」
「一つだけ、世界を破滅へと導く『災厄』が何なのか聞きたかったわ」
オリヴィアの真っ当な質問に、グランは内心で少し焦った。
(あれは、女神の台本の無茶振りを誤魔化すためにそう表現しただけだ……!)
女神のことだから本当にとんでもないことを起こすとは思っているが、今それが何なのかは明確に答えられない。
そのため、グランは言葉を選びながらそれらしく口から出まかせを言う。
「それは女神にも確かなことはわからないんだ。アカシックレコードにも詳しくは書かれていないらしい。こんなイレギュラーな事態は今まで一度もなかったからこそ、俺がこの時代に召喚されたのだろう」
オリヴィアはその言葉に納得したのか、力強く言い切った。
「わかりましたわ。では、私は王族としてその時に備えます」
セルフィリアもそれに同調する。
「私もよ。亜人の問題は残っているけれど、それが終わったらグランに協力できるように、私もできる限りのことをするわ」
マルクたちも「ここまで来たらお前にとことん付き合うぞ」と笑い、ベアトリクスも「グラン! その時のために私たちをもっと鍛えてね!」と元気よく言う。
そして、四聖華たちはゆっくりとグランに近づいていった。
ルヴィリスが、真っ直ぐな瞳で彼を見つめて話す。
「女神さまがグランに命じて私たちを救わせたとのことだけど、それでも私たちは、グラン自身に救われたと思っているわ。……グランが転生者だということ。中身が大人だとか、そんなことは関係ない。これからもグランのことを愛する気持ちは変わらないわ」
そう言うと、ルヴィリスたちは一斉にグランへと抱き着いた。
オリヴィアもセルフィリアもそれを見て歩み寄り、一緒になってグランに抱き着く。
『マスター。あわよくば自分の実年齢を理由にして、このハーレム関係をうやむやにするつもりだったでしょう?』
『うるせぇ!』
アンサートーカーの念話での図星なツッコミに悪態をついていると、感極まった(?)六人がグランの体を持ち上げ、頭上へと担ぎ上げた。
エルスメリアが獲物を前にしたような顔で息巻く。
「さあ! 早速既成事実を作るわよ!」
「おい! 何を言っているんだ!」
グランが焦って叫ぶと、アンサートーカーがすかさず声に魔力を乗せて周囲に響き渡らせた。
『皆様! あそこの簡易宿泊施設に、八人は余裕で寝られる大きなベッドがありますよ!』
その鬼畜なアシストを受け、四聖華と王女と皇女が一斉にグランを掲げ上げ、勢いよく宿泊施設に向かって歩き出す。
「おい! 助けてくれ!」
グランはマルクたちに助けを求めるが、彼らは巻き込まれたくないのか見ないふりをしてそっぽを向いた。
「マルク、頼む!」
「おいおいグラン。大人として、しっかり責任を取らないといけないだろう?」
ここぞとばかりにマルクが言い放つ。
「嘘だろ!? おい! ほかのみんな! ベアトリクス!」
「グラン、みんなの責任はちゃんととったほうがいいよ!」
ベアトリクスまでニコニコしながら見送る始末だ。
グランは最後の希望を懸けて、トレースやクローディアにも声を上げる。
「グラン先輩! お子さんが生まれた暁には、ぜひうちの商会で新生児用品を揃えてくださいね!」
トレースは見事な営業スマイルで宣伝をねじ込み、クローディアに至っては爆弾発言を落とす。
「グラン先輩。……私もいつか、お願いします」
「嘘だろ! そんなああああああ!」
情けない叫び声を響かせながら、グランは肉食と化したヒロインたちに担がれたまま、簡易宿泊施設の中へと消えていった。




