第156話:蒼白銀の秘密
「俺は、この世界の人間じゃない。遠い遠い別の場所からやって来た『転生者』なんだ」
その言葉を聞いた蒼白銀の翼のメンバーは皆一斉に驚いたが、同時にこれまでの彼の規格外な行動や知識に様々な納得がいったようだった。
セルフィリアが思い当たったように口を開く。
「皇族に伝わるおとぎ話があるの。はるか昔の皇族の祖先に『転生者』と呼ばれた者がいたという話よ。……三百年前のあの映像にはグランが映っていたわ。……もしかして、グランは私の祖先なの?」
その質問に対し、グランは静かに首を振って答える。
「それは違う。俺が転生してきたのは確かに三百年前だが、その後いろいろあって三百年もの間ずっと眠りについていたんだ」
すると、今度はオリヴィアが不思議そうに問いかける。
「なぜそんな長期間、眠りについていたのですか?」
「映像で見せただろ? 惑星創造と広域蘇生という規格外の魔法を使った結果、俺の精神と魂に極限まで負荷がかかってしまったんだ。それを回復するために、ここ……聖域の最下層でずっと眠っていたんだよ」
ルヴィリスが真剣な眼差しでグランに質問する。
「じゃあ、今のグランの体は三百年前から全く変わっていないの?」
「体自体はそうだが、今の時代に転生した時に若返っているからな」
エルスメリアがハッとしたように口元を押さえて言う。
「じゃあ、グラン君はもしかして、私たちよりかなり年上なの?」
「そうだ。前世……つまりこの世界に来る前の俺は、四十歳近くのおっさんだった。その記憶と精神が、そのままこの若い体に入っているということだ。……幻滅しただろ?」
そう言って、グランは自嘲気味に苦笑いを浮かべた。
体は同年代でも、精神年齢は彼女たちの親と同じくらいの男に今まで言い寄っていたと知れば、嫌われても仕方がないと内心で覚悟していたからだ。
しかしグランは皆の反応を待たず、そのまま淡々と話を続ける。
「『女神の遣い』というのもあながち間違ってはいないんだけど、最初からすべてを教えてしまうと君たちが混乱すると思ったから、そう説明して誤魔化していたんだ。すまない」
そう言って、グランは深く頭を下げる。
「これが二つ目の真実……俺の正体だ。そして最後に、俺が今からやろうとしていることを一つだけ伝える。俺は、この亜人の研究に関わった関係者全員を一人残らず皆殺しにして、亜人の存在に関するすべての痕跡を消滅させる」
その物騒な宣言を聞くや否や、セルフィリアが悲痛な声で叫んだ。
「待って、グラン! 公爵はあなたに任せるのは変わらない。でも他の人は私たち帝国の皇族が責任を持って裁くわ!もちろん生かしはしない。だから、グランが一人でその罪を背負う必要なんてないのよ!」
しかし、必死に訴えるセルフィリアに対し、グランは静かに首を振る。
「セルフィリア、君の言いたいことは痛いほどわかる。だが、この亜人の力が世に知れ渡れば、必ず独占しようとする輩が現れるんだ。映像でも見ただろ? 亜人たちのあの圧倒的な戦闘スペックを。この子たちが着けられていたあの首輪は、いわゆる制御装置だ。あの絶大な力を人間が制御できると分かれば、絶対に兵器として利用しようとする者が出てくる」
そう正論を突きつけられ、セルフィリアは悔しそうに言葉を詰まらせた。
第一皇女をはじめ、帝国の皇族や貴族の中にも様々な野心を持つ者が大勢いることを彼女自身が一番よく知っているため、「絶対に大丈夫だ」とは言い切れなかったのだ。
重苦しい沈黙が部屋を満たす。
「他に質問はあるか?」
グランが静かに尋ねるが、誰も何も発言しようとはしなかった。
「じゃあ、これで俺の話は終わりだな。そろそろ帰ろうか」
グランは皆にかけた「アストラルシフト」を解除し、空間にゲートを開いて皆に入るように促した。
しかし、そこでルヴィリスがジト目でグランを睨みつける。
「駄目よグラン。あなたが先に入りなさい」
ルヴィリスに鋭く指摘され、グランはあからさまに気まずそうな顔をした。
すかさずアンサートーカーがアストラルシフトを解除されても、皆に聞こえるように魔力をのせ嬉々としてツッコミを入れる。
『マスター。皆を先に行かせて、最後に自分がくぐるふりをしてゲートを閉めるつもりでしたよね? やっぱりバレてますよ』
相棒におちょくられ、図星を突かれたグランがたじろぐ。
それを聞いた他のみんなは一斉に怒った顔でグランに詰め寄った。
「「「逃がすわけないでしょ!!」」」
皆は彼の両腕や服をがっちりと掴み、強引に一緒にゲートの中へと飛び込んだ。
ゲートを抜けると、そこは学園の演習場の会議室だった。
オリヴィアが掴んでいたグランの腕を離し、ジロリと睨む。
「まさか、私たちを学園に戻して、自分だけ残ってそのまま別れるつもりでしたか?」
痛いところを突かれ、グランはひどくバツが悪そうに視線を逸らす。
マルクが呆れたようにため息をついて声を上げた。
「お前、考えが浅はかすぎるだろ! 前に『覚悟しろ』って言ったのに、俺たちの関係はまだ何も終わってねえぞ!」
レキシも腰に手を当てて呆れ顔で同調する。
「ほんと、グラン君はツメが甘すぎるわよ」
カロンはニッと笑ってグランの肩を叩いた。
「お前の中身が四十超えのおっさんだとしても、俺たちは今の強くて頼りになるお前しか知らないんだ。今更そんなことで態度を変えるかよ」
ニーナもクスクスと笑いながら言う。
「グラン君、たまにすごく大人びた考え方をするなって不思議に思ってたけど、今の話を聞いてむしろ納得したわ」
そしてベアトリクスが、目をキラキラさせながら無邪気に言い放つ。
「強さに年齢なんて関係ないよ! むしろ、グランがそんなに強い理由がわかってスッキリしたから、これからもまだまだ私を鍛えてほしいな!」
「グラン先輩! ここにいる人たちは先輩の実年齢なんて少しも気にしていないです! もちろん私もです! これからもご指導をお願いします!」
トレースの元気な声に続き、クローディアも真っ直ぐな瞳でグランへと歩み寄る。
「グラン先輩。私の親も同じくらいの年齢ですが、人間としての出来が雲泥の差です。どうかこのまま、私たちを導いてください」
みんなから向けられる真っ直ぐで温かい言葉に、グランは心底驚いて目を丸くした。
中身がおっさんだと知れれば、絶対に気持ち悪がられて距離を置かれると思い込んでいたからだ。
『マスターは皆さんに絶対気持ち悪がられると思い込んでガチで凹んでいましたよ。皆さん、本当に温かいですね』
「……ああ、そうだな。だが、そうじゃない者たちもいるようだ」
グランはそう言って苦笑すると、無言で立ち尽くす四聖華や王女、皇女たちの前へと歩み出た。
「みんな、そういうことだから……俺のことは忘れて、もっと同年代の素敵な人と結ばれてくれ」
グランは静かにそう告げて、深々と頭を下げる。
それを聞いた四聖華やオリヴィア、セルフィリアたちが、無言のままジリジリとグランに詰め寄ってきた。
グランは平手打ちの雨が降ってくるのだと思い、そのまま頭を上げて真っ向から覚悟を決める。
しかし、エルスメリアが明らかに獲物を狙う肉食獣のような瞳でとんでもないことを言い出した。
「グラン君は前に『未成年だから手を出さない』って言ってたよね? でもグラン君の中身はもう立派な大人なんだよね? じゃあ、こっちから襲っても何の問題もないよね?」
「本当にそうね。倫理的な言い訳もなくなったわけだし、もう何も心配することはないわ」
ルヴィリスが妖艶な笑みを浮かべて同意すると、ソフィアも強引にグランの腕に抱きついた。
「さっそく既成事実を作りましょう! さあ、早く!」
「グラン殿。それが分かっていたなら、私は夏合宿の時、そのまま最後までしていたのに」
「もう少し早くわかっていたら、バレンタインデーの時に無理やりにでも襲っていたのに!」
ディアドラが顔を赤らめながら爆弾発言を投下し、オリヴィアも本気で悔しそうに声を上げる。
「グランが転生者なら皇族だろうが誰も文句言わないわ!これから遠慮なく私から襲わせてもらうわね!」
そして、セルフィリアは思い出したかのように言葉を続ける。
「とりあえず、『グランを堕とす会』の不可侵協定は今をもって全面破棄ね。」
セルフィリアの宣言と共に、ヒロインたちの理性のタガが完全に外れ去った。
「お、お前たち! 馬鹿なこと言ってないで一旦落ち着け!」
『それでは皆様、凪の里へご招待~』
グランが必死に宥めようとする中、アンサートーカーが面白がって勝手に凪の里へと繋がるゲートを開いてしまう。
そして肉食と化した四聖華と王女と皇女は一斉にグランを押し込み、もみくちゃにしながらゲートをくぐって凪の里へと帰っていった。
凪の里へ到着した一行は、自然とグランを囲むように集まった。
先ほどの騒ぎで程よく緊張が解けたのか、皆は広場にあるベンチや椅子に思い思いに腰を下ろす。
帝国の生徒たちはグランの後ろでちょこんと座っていた。
グランもその中心に座り、皆からの様々な質問に順番に答えていった。
すると、ルヴィリスが先ほどの映像についての核心を突く疑問を口にした。
「さっきの映像の中で、女神様が運命を操作したってグランは言っていたけれど……」
それを聞いたグランは、どこまで真実を語るべきか少し悩んだ。
どう説明したものかとアンサートーカーと脳内で会話をしていると、不意に女神アリスティア本人が念話で割り込んできた。
『グラン! ここは上手く誤魔化して私を守りなさい!』
グランは脳内で盛大に舌打ちをする。
(それが人にものを頼む態度か、このくそ女神。そんな偉そうにするなら、お前が台本のために全部運命をいじくり回したって正直に暴露するぞ)
それを聞いたアリスティアは途端に慌てふためいた。
『ちょっと待って! そんなことをしたら、私を信仰してくれる信者が誰もいなくなっちゃうじゃない! そんなの絶対にイヤよ!』
(身から出た錆だ、潔く諦めろ)
『なんでもするからお願い! 見捨てないで!』
その「なんでもする」という都合の良い言葉を引き出した瞬間、グランは脳内でアンサートーカーとニヤリと悪どく笑い合った。
(……わかった。これは大きな貸し一つだからな)
グランの底知れない声色に、アリスティアは自分が口走った言葉を激しく後悔し始める。
『ちょ、ちょっと! 一体私に何をさせるつもりなの!? まさか、私の神々しい体が目当てなの!?』
無駄に照れながら聞いてくるその声色にイラッとしながらも、グランはあえて平静を装って告げる。
(とりあえず、今から俺の言う通りにしろ。大丈夫だ、そこまで無茶な要求はしない)
『……わかったわよ』
アリスティアは諦め混じりに渋々といった様子で了承した。
女神との密約を終えたグランは、現実世界で質問を投げかけてきたルヴィリスに向かって口を開く。
「それに関しては、本人に直接聞いてもらうのが一番早いな」
そして再び脳内で、アリスティアに向かって指示を飛ばす。
(今すぐここに顕現しろ。あとは俺に任せろ)
『ええっ!? いきなり顕現するなんて無理よ!』
驚いて全力で拒否しようとするアリスティアに対し、グランは容赦なく畳み掛ける。
(俺の言う通りに上手く立ち回れば、お前の女神としての株も爆上がりするぞ。ここで話に乗るか反故にするかは、お前の覚悟次第だ。まあ、それが無理なら諦めて全部バラすだけだがな)
その言葉を聞いたアリスティアは観念し、渋々ながらも現実世界への顕現を開始した。
グランのすぐ背後の空間に、突如として眩い光を放つゲートが開かれた。
そして神々しい光と共に、長い金髪を揺らし、透き通るような青い瞳をし、背中からは神性を誇示するかのような純白の翼をもった女性、女神アリスティアがゲートの中からその姿を現した。




