第155話:星の歴史
ヴィジョンに過去の映像が鮮明に映し出される。
そこはかつて『グラズ平原』と呼ばれ、現在では帝国領の一部となっている広大な平野だった。
画面の中では、人間と亜人、両軍の凄まじい大群がまさに真正面から激突しようとしている場面が切り取られている。
やがて映像の視点が切り替わり、人間側の最前線に立つ勇者パーティーの姿が映し出されると、グランが静かに解説を始めた。
「この剣を構えた男が騎士オード。彼女が魔導士メルティアスで、隣にいるのが聖女ミレーユ。そして先頭に立っているのが……勇者ライキスだ」
その説明を聞き、蒼白銀の翼のメンバーたちは一斉に驚愕の声を上げた。
伝承として語り継がれる『伝説の勇者パーティー』の生きた姿を、実際に目の当たりにしたからだ。
ルヴィリスとソフィアが興奮気味に言葉を交わす。
「メルティアス様って、王国の魔導学園を創設した大魔導士よね? 映像越しでも、彼女から溢れ出る魔力の質が凄まじいのがわかるわ」
エルスメリアもまた、畏敬の念を込めて神妙に呟いた。
「この方がミレーユ様……。聖女として神殿の膿をすべて出し切り、最後は教皇として生涯を終えたと言われる悲劇の聖女様……」
一方、前衛職であるディアドラとセルフィリアは、騎士オードの姿から目を離せずにいる。
「この方が『剣王』と謳われたオードか……。凄まじい覇気だな、極限まで鍛え抜かれた体躯もさすがの一言だ」
そしてオリヴィアやベアトリクス、さらに平民組や一年生たちは、パーティーの先頭に立つ『勇者』の姿に釘付けになっていた。
ベアトリクスが戸惑うように口を開く。
「おとぎ話で聞いていた勇者とは、なんだか雰囲気がだいぶ違う……。もっと爽やかで慈しみの心を持った、正義の体現者のような人だと言われていたのに……」
それに同意するように、オリヴィアも不安げに言葉を続ける。
「はい……。まるですべてを憎んでいるような、凄まじい憎悪のオーラを感じます。どうしてなのでしょうか?」
疑問を口にするオリヴィアたちに対し、グランは静かに首を振る。
「まあ、その理由もあとですべてわかる。とりあえず今は、そのまま映像を見ていてくれ」
グランが促すと、今度はヴィジョンの視点が亜人軍の陣営へと切り替わった。
そこには、先ほどグランが自動人形で破壊してみせたような、人と獣が混ざり合った異形の戦士たちが画面を埋め尽くすように整列している。
「この陣形の先頭で禍々しい魔剣を持っているのが、魔人種である魔王ヴィランドルだ。そしてその隣に控えているのが、竜人種にして魔王の右腕であるサリアさ。どうだ? 亜人たちの軍勢は、映像越しでも凄まじい魔力と強さを感じるだろ?」
それを聞いた仲間たちは、圧倒的な戦力差と強者のプレッシャーを肌で感じ取り、無言で静かに頷いた。
ヴィジョンの映像を見つめたまま、ソフィアが信じられないというように口を開いた。
「この圧倒的な亜人たちに、人間側が勝ったのですか? いえ、それは真実ではないと先ほどおっしゃっていましたが、それにしても人間たちが勝てるとは到底思えません……種族としての根本的なスペックが違いすぎます」
彼女の抱いたもっともな疑問に対し、グランはあっさりとその理由を明かす。
「聖王国の聖王アレクシアが神から授かった権能を使って勇者パーティーとして正式に認められれば、基礎ステータスも大幅に跳ね上がり、『亜人特攻』という強力なスキルがつくのさ。」
「なるほど、それなら勇者様たちは亜人にも引けを取らないくらい強いんだな」
マルクが納得したように相槌を打つと、グランは深く頷いて言葉を続ける。
「そうだ。それに基礎ステータスは一度上がればずっと上がったままだからな。この四人はこれまでに何度も死線を潜り抜けてきており、かなりの実戦経験を積んでいる。強さの次元はトップクラスだ。ただ……魔王にはこの四人がかりじゃないと勝てないくらいの絶望的なステータス差があるけどな。……ちなみに、あの魔王ヴィランドルは今でこそ魔人種だが、元はただの人間だ」
さらりと告げられたその事実に、仲間たちは一斉に目を見開いて驚愕した。
「魔王ヴィランドルは、魔素を大量に浴びて魔人化してしまった人間なんだ。通常、魔人化した人間は理性も何もなくなり、体力と魔力が尽きるまでただ破壊の限りを尽くして暴れ回る。だが、魔王はその並外れた不屈の精神力で魔人化の衝動を完全に抑え込んだ」
グランは映像の中で堂々と佇む魔王の姿を見つめ、どこか懐かしむような優しい声で語った。
「俺が今まで見てきた中で、一番人間らしく、そして王としても一番素晴らしいと思った人だよ」
その言葉の端々に滲む感情に触れ、蒼白銀の翼のメンバーたちはうすうす感づき始めていた。
グランがこの三百年前の戦いに、何らかの形で深く関わっているということに。
やがて映像の中ではついに二つの軍勢が激突し、決戦にふさわしい凄惨な死闘が幕を開ける。
亜人がその圧倒的な身体能力で人間を屠る一方で、人間たちも数の暴力と連携で亜人を押し潰していく。
メルティアスが広範囲殲滅魔法を放てば亜人たちが強固な結界を張ってそれを防ぎ、傷ついた人間の兵士たちをミレーユの広範囲回復魔法が次々と癒していく。
騎士オードは、勇者が進むべき道を切り開くために剣を豪快に振り回し、群がる亜人たちを次々と一掃していった。
血路を開かれた勇者ライキスは、その瞳に底知れない憎悪をたぎらせながら、一直線に魔王ヴィランドルの元へと突き進む。
激突した魔王と勇者は凄まじい剣戟を繰り広げ、その圧倒的な攻撃の余波だけで周囲の兵士たちを容赦なく巻き込んで吹き飛ばしていく。
次元が違いすぎる戦いにより、次第に二人の周囲には誰も近づけない広大な空白の領域が出来上がっていった。
人間も亜人も互いに武器を交えるのを忘れ、ただ固唾を飲んで両陣営のトップの死闘を遠巻きに見守るしかなかった。
そして、映像はついにあの場面へと差し掛かる。
二人が空高く飛び上がり、そして勇者の聖剣奥義『シャイニングレイ』と、魔王の魔剣奥義『ブラッディレイ』が放たれ、互いのすべてを懸けた一撃が今まさに激突しようとしていた。
すると、映像の中から蒼白銀の翼のメンバーたちがよく知る『ある声』が戦場に響き渡る。
「そこまで!!」
「「……なっ!?」」
勇者ライキスと魔王ヴィランドルの剣がぶつかり合い、激しく鍔迫り合ったその瞬間、蒼白銀の魔力を纏った一人の男の両拳が二人の脳天にジャストミートした。
――ゴッ!!!
鈍く、しかし重厚な衝撃音が響き渡り、その男の両拳は勇者と魔王それぞれの脳天に寸分の狂いもなく叩き込まれる。
「ガハッ……!?」「な……に……っ!?」
放たれるはずだった最大奥義を物理的に強制解除され、二人は受け身も取れぬまま垂直に地面へと叩きつけられた。
ドォォォォォン!!
轟音と共に、グラズ平原の中央に巨大なクレーターが穿たれる。
凄まじい土煙が舞い上がり、数万の軍勢が呆然と立ち尽くす中、クレーターの底に一人の男が悠然と着地した。
グラン・グラニアス。
映像の中の彼は、今よりも大人の姿になっており、すさまじい覇気と威圧感と魔力を纏って、浮かんだ僅かな汗を拭うと、小さく息を吐いていた。
その姿がはっきりと映像に映し出された瞬間、皆は一斉に驚愕の声を上げて座っていた席から立ち上がり、ヴィジョンへと詰め寄る。
そして信じられないものを見るような目で、恐る恐る現実のグランへと視線を向けた。
当のグラン本人は、皆の視線など気にする素振りも見せず、何事もなかったかのように平然とヴィジョンの映像を眺めていた。
皆の刺さるような視線に対し、グランは落ち着くように手で制しながら静かに告げた。
「みんな落ち着いてくれ。質問はヴィジョンを最後まで見終わってからすべて受けるから」
そう言って、グランは再び空中の映像へ意識を向けるように促した。
そこからの映像は、まさに神話と呼ぶにふさわしい光景の連続だった。
映像の中のグランは、勇者と魔王に対してこの仕組まれた戦いの真実をヴィジョンで包み隠さず見せていく。
そして、人間と亜人の間に終わらない怨嗟を断ち切るため、グランは凄まじい密度の魔力を全身に纏い始めた。
そして放たれたのは、文字通り規格外の神業である『惑星創造』と『広域蘇生』の大魔法だった。
戦場で命を落としたすべての人間と亜人を完全に蘇らせた後、グランは魔王に新しく創り出した惑星を案内する。
魔王がその豊かな環境に納得すると、グランはすべての亜人たちをその新惑星へと安全に転移させた。
地上に残された勇者たちに対しては、聖王国と聖王アレクシアが企てていた恐るべき戦後の計画をすべて暴露し、今後の道筋を示した。
すべての事後処理が終わり、竜人種のサリアに案内されてグランがこの最上階の賓客室へと足を踏み入れたところで、ヴィジョンの映像は静かに途切れた。
グランは投影していた『ヴィジョン』を閉じ、皆の方へと体を向けた。
その姿を見た蒼白銀の翼のメンバーたちは、一様に緊張で強張った面持ちになる。
帝国の生徒たちも映像の中のグランが見せた凄まじい力を理解したのか、ビクッと怯えたように体を震わせた。
グランは静かに口を開き、皆に向かって問いかける。
「これが俺の言っていた歴史の真実だ。何か質問はあるか?」
グラン自身はいつも通りの落ち着いたトーンで話しかけたが、皆はまるで神でも見るかのような畏怖の目を向けるばかりで、誰一人として言葉を発することができない。
重々しい静寂が、広々とした賓客室を満たしていく。
すると、沈黙を見かねたアンサートーカーがグランへと呆れたように声をかけた。
『マスター。あんな規格外の映像を見せた直後にいきなり質問があるかと言われても、皆は何をどう聞いていいかわかりませんよ』
それを聞いたグランは「まあ、それもそうだな」と苦笑し、改めて皆を見渡す。
「それなら、まずは俺自身の正体から話そうか」
その言葉を聞き、仲間たちはさらに緊張感を高めてごくりと息を呑んだ。
グランは少し間を置き、すべてを打ち明ける決心を固めたようにゆっくりと話し始めた。
「俺は、この世界の人間じゃない。遠い遠い別の場所からやって来た『転生者』なんだ」




