第154話:聖域第7層
ゲートを抜けた先に広がっていたのは、青々とした草原と深い森だった。
まるで聖域の第一層や第二層を思わせるような風景だが、一つだけ決定的に違う点がある。
視界の先に、立派な城がそびえ立っていたのだ。
グランは歩みを止め、驚く一同に向かって静かに口を開く。
「ここが聖域第七層。……そして、旧魔王領だ」
その言葉を聞いた瞬間、蒼白銀の翼のメンバーが一斉に驚愕の表情を浮かべた。
オリヴィアが信じられないというように問いかける。
「魔王領ということは……この地は元々、禍々しい魔の地だったということですか?」
「『魔の地』というのが何を指しているのかはわからないが……ここはかつて、魔王とその民たちが住んでいた場所だ」
それを聞き、オリヴィアは自身の知識と照らし合わせるように頷いた。
「なるほど。伝承では、勇者たちが魔王を討ち倒し、魔族は一人残らず滅びたとあります。ならば、ここがかつての魔族の本拠地ということですね」
オリヴィアの言葉を聞いたグランは、どこか悲しげな瞳で小さく息を吐く。
「……やっぱり、歴史はそう伝えられているのか。なら、もう少し先に進もう」
グランはそれ以上は語らず、再び静かに歩み始めた。
オリヴィアは彼の少し悲しそうな態度を見逃さず、自分の不用意な発言がグランを傷つけてしまったのではないかと激しい負い目を感じる。
その沈んだ雰囲気を察知したセルフィリアが、そっとオリヴィアに近づいて小声で囁いた。
「グランが悲しんだのはあなたのせいじゃないわ。初めに『歴史と真実を話す』って言っていたでしょ? だから気にしたらダメよ」
オリヴィアは気遣ってくれたセルフィリアに「ありがとう」と短く礼を言って、足早にグランの背中を追った。
しばらく森の中を歩いていると、不意にグランが立ち止まり、油断なく身を構えた。
ガサガサッ! と草むらが揺れ、得体の知れない黒い影が飛び出してグランへと襲い掛かる。
グランは瞬時に『イージス』を展開してその一撃を防ぎ、そのままカウンターで拳を叩き込もうとする。
しかし、その影はグランの攻撃を軽やかに躱し、大きく距離を開けて着地してその姿を現した。
現れた敵の姿を見た蒼白銀の翼のメンバーたちは、あまりの衝撃に言葉を失い固まってしまう。
それは、人の形をした獣の姿をしていたからだ。
ルヴィリスが震える声で叫ぶ。
「あ、あれは……伝承にあった魔族!? まだ生きていたの!?」
「いや、あれは自動人形で当時の姿を再現したものだ」
グランは冷静にそう告げると、一瞬の踏み込みでその自動人形をあっさりと破壊して沈める。
そして、息を呑む仲間たちを振り返り、静かな声で告げた。
「みんなは『魔族』と言うけれど、そもそもこの世界にそんな名前の種族は存在しない。……それがまず、一つ目の真実だ」
グランは歩みを止めず、そのまま目的の城へと向かっていく。
やがて一行が城門の前に到着すると、傷一つない立派な城の全貌がはっきりと見えてきた。
「ここが魔王城だ。どうだ? 魔族の長が住む場所だから、もっとおどろおどろしい城だと思っていたんじゃないか? でも、どこにでもある普通の城だろ」
グランの言う通り、伝承上の『魔王』は凄まじい力を持った邪悪な存在だと誰もが聞かされて育ってきている。
だからこそ、目の前にあるあまりにも美しく「まとも」な建築物を見て、一同は「これが本当に魔王城なのか」と心底驚いていた。
城の中に入ると、グランはまるで自分の家のように勝手知ったる足取りでズンズンと進んでいく。
迷うことなく最奥へと進み、一行は広大な玉座の間へと到着した。
「ここが魔王城の玉座の間だな。まあ、魔王自体あまりここには居なかったみたいだがな」
グランの言葉に、セルフィリアが不思議そうに首を傾げる。
「玉座にいないって……魔王は普段は何をしていたの?」
「ついてきてくれ」
グランはそう言うと、玉座の裏手にある通路をしばらく歩き、ある一つの扉の前に着いた。
グランが静かにその扉を開け放つと、そこには大量の書類や本が整理された、静謐な『執務室』が広がっていた。
部屋の中には、かつての魔王ヴィランドルが決戦の直前まで計画していたと思われる、魔王領での農業開拓に関する大量の書類が散乱していた。
ディアドラがそのうちの一枚を手に取って目を通すと、ハッと息を呑んで驚愕する。
彼女の生家であるヴァスティール領でも同じような領地経営の問題を抱えている。
グランが自分の誕生日の後に領地の危機的状況を資料に纏めたものを見ていたため、何を示しているのかが一瞬で理解できた。
「グラン殿、まさか……魔王はここで農業開拓を計画していたのか?」
「ああ。魔王は別に人間を滅ぼす気なんて全くなくて、むしろ自分の民を飢えさせないために死に物狂いで働いていたのさ」
グランのあっさりとした肯定に、エルスメリアが戸惑いながら疑問を口にする。
「でも、魔王は人間に対して侵略戦争を仕掛けていたと歴史書には記述がありましたが、それは……」
「魔王領は魔素が濃すぎて、農作物がほとんど育たない不毛の地なんだ。」
そして言葉を続ける。
「だからこそ、人間の領地へ侵攻して豊かな農地を確保したかったんだろう。……それが、魔王が人間に対して侵攻を開始した最大の理由さ」
悲しい現実を淡々と語るグランに対し、今度はソフィアが歴史の記録を元に反論する。
「ですが、魔族は人間を虐殺していたとの記録も残っていますよ。魔族は残忍で、人間に対して見境がないという話も聞きます」
「まあ、残忍で見境がない奴なんて人間の中にも一定数はいるだろう? だからその点について、どちらが正しいとかどうこう言うつもりはないよ。人間側だって蹂躙されて大人しく我慢できるわけがないからな」
グランはソフィアの発言も認めつつも言葉を続ける。
「ただ、この魔王は初めは使者を出して和平を結ぼうとしていたさ。しかし、うまくいかなかったようだ。もう何百年も続いた魔族と人間の溝は簡単には埋められない」
グランはそう言って静かに締めくくると、執務室から出て再び城の奥へと歩き出した。
「じゃあ、真実を一つずつ順番に言っていこうか。さっきも言った通り、この世界に『魔族』なんていう種族は存在しない。君たちがそう呼んで恐れている種族の正体は、『亜人』という種族だ。」
グランはそういうと、少し間を置き帝国の生徒たちを見て言葉を続ける。
「そして……そこにいる帝国の生徒たちは、帝国のヴェルシュタット公爵によって人為的に改造され、種族が『亜人』になってしまった元人間なんだ」
グランが衝撃的な事実を告げた瞬間、蒼白銀の翼のメンバーたちは一斉に後ろを振り返り、帝国の生徒たちを凝視した。
突然強烈な視線を浴びた帝国の生徒たち七人は、ビクッと飛び上がって急いでグランの後ろへと隠れる。
グランは苦笑しながら、怯える特待生たちの頭を優しく撫でて落ち着かせた。
グランに頭を撫でられた帝国の生徒たちが気持ちよさそうに目を細めていると、四聖華や王女、そして皇女が少し嫉妬を滲ませた視線をグランへと向けた。
その刺さるような視線に気づいたグランは、誤魔化すように咳払いをして説明を再開する。
「じゃあ、この子たちの事情について説明しようか。さっきも言った通り、この子たちは帝国のヴェルシュタット公爵が長年秘密裏に行っていた研究の被害者なんだ。特待クラスは実戦データを取るための隠れ蓑だ……そして彼女たちは度重なる非道な人体実験のせいで、言葉もわからなくなり、人間としての精神的な自我すらも失ってしまった」
そのあまりにも重く残酷な事実を聞かされ、蒼白銀の翼のメンバーたちは一様に胸を締め付けられるような苦しみを覚える。
中でも、自国の貴族が引き起こしたおぞましい凶行を知ったセルフィリアは、ショックのあまりその場で激しい立ち眩みを起こしてよろめいた。
しかし、隣にいたオリヴィアがとっさにセルフィリアの体を抱き留め、床に倒れ込むのを間一髪で防いだ。
オリヴィアに支えられて何とか立ち上がったセルフィリアだったが、その表情は見ていられないほどに蒼白だった。
しかし彼女は意を決したように帝国の生徒たちへと歩み寄り、その場で深々と頭を下げた。
「私の言葉は届かないかもしれないけれど……帝国の皇族として、そしてあなたたちに取り返しのできない凶行に及んだ貴族の長として、心から謝罪させてちょうだい」
震える声で紡がれたその悲痛な言葉を聞き、彼女の隣に寄り添うオリヴィアもまた、たまらずポロポロと涙を流した。
それを見た帝国の生徒たちは、グランの後ろから恐る恐る顔を覗かせた。
やがて、かつての親善試合でセルフィリアと矛を交えた黒髪の竜人種の女生徒がおずおずと前に進み出て、頭を下げ続ける彼女の前に立つ。
そして、震えるセルフィリアの頭を不器用な手つきでゆっくりと優しく撫で始めた。
その無垢な慰めを受けた瞬間、セルフィリアは抑え込んでいた感情が爆発してしまい、子供のように声を上げて大泣きしてしまう。
オリヴィアや四聖華、そして少し離れて見ていたマルクたちも、そのあまりにも優しく悲しい光景を見て静かに涙を流した。
しばらくしてセルフィリアが泣き止み、皆が落ち着きを取り戻したのを見計らって、グランはゆっくりと口を開く。
「さて、これが『特待クラスの帝国の生徒とは何か』という質問に対する一つ目の答えだな。そしてセルフィリア、安心しろ。俺が魔法でこの子たちはもうあの親善試合の時のように異形へと変貌することはない。」
そして帝国の生徒たちを見て話を続ける。
「今彼女たちが首に着けているこのチョーカーは常に浄化魔法がかかっている状態で、アンサートーカーの計算では、一年後にはきれいさっぱり浄化されて元の人間へと戻れるそうだ」
それを聞いたセルフィリアは心底安堵したように「ありがとう」と告げると、酷く冷たく、そして過激な言葉を紡ぐ。
「グラン、ヴェルシュタット公爵の処遇について私はもう一切関与しないわ。気の済むまでやって頂戴、それがどんな結末になっても私が全力であなたとこの子達を守るから。……あんな非人道的な行いをする外道を、生ぬるい法で裁いて終わらせてはいけないわ」
「セルフィリア、お前まで巻き込むつもりはない。でも、その気持ちだけはありがたく受け取っておく」
グランはそう返すと、再び歩き出して城の階段を上り始めた。
やがて一行は最上階にある一つの部屋の前へと到着し、グランが静かに扉を開け放つ。
そこは300年前、グランが亜人たちを新惑星へと転移させた直後に、亜人の竜人族サリアに案内され少しだけ休憩を取っていた、広々とした賓客室だった。
「ここは俺が少しだけ使っていた部屋だ。まあ、そのあとすぐにぶっ壊されたんだけどな」
グランが事も無げに放ったその言葉に、ルヴィリスが信じられないというように問いかける。
「グラン、あなた一体何を言っているの……? 魔族……いえ、亜人たちは三百年前の歴史で絶滅したと言われているのよ?」
その鋭い問いに答える代わり、グランは賓客室にあるソファや椅子へ仲間たちを順番に座らせていく。
そして自身は部屋のベッドに腰を下ろすと、ついに最大の真実を語るべく意を決したように口を開いた。
「亜人たちは絶滅などしていない。まあ、この星からいなくなったのは事実だがな。なら彼らはどこへ消えたのか……結論から言うと、魔王と共に別の星へと移住したのさ」
グランの突拍子もない発言のスケールがあまりにも大きすぎたためか、皆はすぐには理解できず呆然としている。
「そもそも、勇者が魔王を倒したという伝承自体が事実じゃない。当時の勇者たちが、聖王国の国王や重鎮たちにそのまま真実を伝えるのはよくないと思ったからの建前なんだ」
「にわかには信じがたいが、何か証拠はあるのか? 誤解しないでくれ、決してグラン殿の言葉を疑っているわけではない。ただ、あまりにもこの大陸の常識を根底から覆す事実だからな」
衝撃的な真実に対し、ディアドラが冷静さを保ちながらグランへと問いかけた。
「そりゃそうだな。……アンサートーカー、当時の記録を『ヴィジョン』ですべて空間に投影できるか?」
『はい、可能です。ですが……』
珍しく言葉を詰まらせた相棒の懸念を察し、グランは静かに頷く。
「大丈夫だ。今日ここで、すべてを話すつもりで来たんだ。そのまま再生してくれ」
『……承知いたしました。映像の展開準備が完了しました、いつでもいけます』
意を決したアンサートーカーの報告を聞き、グランが空間に手をかざして『ヴィジョン』と唱えると、空中に巨大な映像が浮かび上がり始めた。
「俺の魔法「ヴィジョン」が事実しか映し出さないことは理解しているな?」
グランの念押しの問いかけに、蒼白銀の翼のメンバーたちは真剣な表情で一斉に頷く。
「今から流すのは、三百年前に行われた魔王と勇者の決戦だ」
その言葉を聞いた全員が息を呑み、前のめりになって空中の映像へと意識を集中させる。
歴史上『聖戦』と呼ばれ、幾つものおとぎ話として語り継がれてきた伝説の戦いの真実が見られることに、彼女たちはわずかな興奮を覚えながら映像へと釘付けになった。




