第152話:裏切り
ソフィアのあまりに哀切な叫び声を、左右に真っ二つに割れた第五層の海が作り出す轟音の滝の音が空しくかき消していく。
それを聞いたグランは、平静なトーンでソフィアへと語りかけた。
「……何を言っているんだ?俺がここから逃げ出すつもりなら、今朝わざわざ演習場でみんなと待ち合わせなどせずに、そのまま一人で姿を消していたさ」
その極めて真っ当な反論を聞き、蒼白銀の翼のメンバーたちも「たしかにそれはそうだ」と内心で納得し始める。
だが、ソフィアの鋭い追及はそこで止まらなかった。
「……いいえ。私はグラン様のお話を聞いていた時から、ずっと奇妙な違和感を覚えていました。『みんなに真実を話す』『人を殺したことは事実だから軽蔑してくれていい』……あの時の言葉は、どれもこれも自分から私たちを遠ざけようとする響きがずっと引っかかっていたのです。」
ソフィアはあたりを見回しながら言葉を続ける。
「それに、この聖域の踏破もそうです。本当に第七層に用があるだけなら、グラン様の規格外な魔法力なら、最初からゲートを繋いで第七層へ直行できたはずです。それをあえて第四層から順を追って私たちに歩かせたのは……あらかじめこの聖域の各階層の詳細と攻略アプローチを、私たちへ丁寧にレクチャーしてくれているからではないのですか?グラン様がこの先いなくなっても、私たちだけでいつか聖域を踏破できるように。……違いますか?」
その完璧すぎるロジックを突きつけられるが、グランは微動だにしない。
「……凪の里で第七層へ行くと言った時、俺はお前たちが自分で聖域を探索して攻略したいなら、凪の里で真実を話すって言ったじゃないか。でもみんなは聖域を見たいと言っただろ?だから今こうして連れて来てるだけだ。ソフィ、お前は少し考えすぎだ」
「あのただならぬ状況で、『楽しみがなくなるから見たくない』なんて言う人間がここにいるはずないでしょう!グラン様、はぐらかさないで本当のことを教えてください!」
ソフィアが一歩を踏み出して詰め寄るが、グランはそれ以上何も答えようとしない。
だがその重い沈黙を破り、グランの肩口に浮かぶ蒼いスライムがしれっと声を上げた。
『マスター。完全にバレていますよ』
「お前……っ!」
アンサートーカーのあまりに無慈悲な裏切り発言を聞き、今度こそ蒼白銀の翼のメンバー全員がグランへと一斉に詰め寄った。
「ちょっとグラン!今から消えるってどういうことなのよ!?」
ルヴィリスが血相を変えて叫ぶが、グランは仲間たちの視線を強引に振り切り、第六層へと繋がるゲートへ向かって歩き出す。
「……今はそれをここで議論してる場合じゃない。第七層へ着いてすべての真実を話したらちゃんと説明するから。さあ、次は第六層だ。みんな行くぞ」
グランはそう言い捨てると、こちらの追及を断ち切るようにゲートの中へと消えていった。
残された仲間たちはまったく納得のいかない感情で胸がいっぱいだったが、今はともかくグランを追ってすべてを聞き出すしかないと腹を括り、渋々ゲートを潜る。
転移した先である聖域・第六層――そこは、見渡す限りの大地が灼熱に煮えぎり、無数の活火山とドロドロの溶岩があたり一面に広がる地獄のような火山地帯だった。
あまりにすさまじい終末の光景に、ゲートを抜けたメンバーたちが全員言葉を失う。
「ここは稀少な魔法鉱石や最高級の宝石が、それこそ山のように採掘できる場所だ。……まあ、探索者が持ち帰れるアイテム総数には厳格な制限があるから、サイズや純度はしっかり厳選しないといけないけどな」
グランはそう淡々と解説し、熱波の吹き荒れる大地へと歩みを進める。
「それと、ここの階層に出現する魔物は基本的に『火属性』だ。ソフィ、ニーナ、お前たちの得意とする魔法属性氷と水は相性が最高にいい。道中でここの魔物たちの詳細と対策を話していこう」
先ほどまでのヒリついた空気を強引にリセットするように先導するグランの後ろを、皆は複雑な思いを抱えたままついて行く。
しばらく赤銅色の岩場を歩いたところでグランはふと足を止め、すぐ横にあった巨大な岩塊へと軽く拳を打ちつけた。
すると砕け散った岩の内部から、まばゆい神秘的な光を放つ超高純度のミスリル鉱石がゴロンと姿を現す。
「こ、この圧倒的な質量と不純物のない純度……!たしかにこれ一個を持ち帰るだけでも、探索者としてすさまじい価値になります!」
商家の跡取りであるトレースが目を輝かせて驚嘆すると、グランは「これくらいのレベルの鉱石なら、そこらにゴロゴロ転がってる」と肩をすくめた。
「エルスメリア、オリヴィア」
グランに名を呼ばれ、二人が同時に「はい」と返事を揃える。
「以前に君たちの欠損した魔力核の修復に使った『アダマンタイト』と『ヒヒイロノカネ』も、ここの階層から俺が掘り出したものなんだ」
その衝撃の事実を告げられ、二人は驚愕に目を見開いた。
やはり自分たちが死の淵から救われたのは、グランという男の規格外すぎる実力と、この聖域という神話級の環境があってこそだったのだと改めて思い知らされる。
「みんなへ配ったリンク・ウェポンの素材も、そのほとんどをここの階層で調達して作った。……組み込んだ宝石もここの固有種である『ジュエルゴーレム』がドロップする宝石の中から厳選した」
その説明を聞き、四聖華とセルフィリアは、自身の首元にある特別なチョーカーへとそっと手を当てて深く考え込んだ。
「さあ、どんどん次へ行こう」
グランが再び歩みを進めた、その時――灼熱の空を覆い尽くすほどの圧倒的な数を誇る『火竜の群れ』が一行の前方へと飛来した。
グランは上空の竜の大群へと視線を向け、ただ一言、魔法の名を口にする。
「マルチロック」
詠唱と同時、上空を舞っていた火竜たち全員の肉体へ、幾何学的な赤い光の照準紋様がピタッと浮かび上がった。
突然自身の体に異様なマーキングを施され、火竜たちは何事かと警戒して周囲を見渡すが――時すでに遅い。
「ロックオン・レーザー」
グランの背後の虚空から、蒼白銀に輝く高エネルギーの光条レーザーが何十本と同時に打ち上がり、上空の火竜たちの『照準』めがけて超高速で降り注いだ。
天を切り裂く光の嵐に見舞われ、火竜の群れは断末魔を上げる間もなく一瞬で全滅し、まばゆい光の粒子となって次々と空へと溶けていく。
グランは何事もなかったかのように涼しい顔をしたまま、一歩たりとも足を止めずに歩き続ける。
だが後ろをついて行く仲間たちは、本来なら国を滅ぼしかねない凶悪な火竜の大群を、まるで路傍の石ころでも掃除するかのように振る舞うグランの姿に、ただただ背筋の凍るような戦慄を覚えるしかなかった。
さらに火山地帯の奥地へと進むと、先ほどグランが語っていた固有魔物『ジュエルゴーレム』が地響きを立てて姿を現した。
グランはその立ちふさがる巨体を指差し、仲間たちへ丁寧に解説する。
「ジュエルゴーレムには本当にいろんな亜種がいて、それぞれ異なる魔法鉱石のボディで構成されてるんだ。体内の胸の部分にあるコアが『宝石』になっていて、個体ごとにドロップする宝石の種類が完全に違う。目の前にいるこいつは全身がミスリルでできてる個体だな。コアの宝石が何なのかは実際に倒してみるまでわからないが……見ての通りミスリル製のボディだから、物理防御も魔法防御もめちゃくちゃに高い」
グランは構える。
「みんなならこいつ相手にどうやってアプローチするか、頭の中でシミュレーションしてみるんだぞ。……俺は今から、こうやって倒す」
グランが神速で近づきミスリル製のジュエルゴーレムの胸のあたりに触れ、オリジナル技の「魔導虚空掌」を放つとジュエルゴーレムはガガガッと動きを止め、その場に崩れ落ちて真っ白な光の粒子となって消え去った。
あとに残されたドロップアイテムは、深淵の夜空を閉じ込めたような最高級の『サファイア』だった。
グランはそれを無造作に拾い上げると、そのまま自身の亜空間収納へと放り込む。
そのあまりに一瞬すぎる作業のような討伐劇を見て、後ろの仲間たちは終始無言を貫くしかなかった。
ミスリル製の超高硬度ゴーレムをこうもあっさりと粉砕するグランを見てしまっては、自分たちが将来ここに挑んだ際、いったいどうやってあの硬いボディに傷をつけるのかすらまったく想像がつかなかったのである。
「さあ、行こう」
グランが歩みを進めると、蒼白銀の翼のメンバーと帝国の生徒たちも無言でその後を追った。
道中に現れる魔物たちはすべてグランが一瞬で屠っていくため、一行にとっては本当に聖域を見学しているだけの道中だった。
だが、先ほどソフィアが「消えるつもりでしょう」と詰め寄ったこと、そしてアンサートーカーがそれを肯定した事実が、誰の頭からも離れない。
全員が胸の奥に重いモヤモヤを抱えたまま進んでいると、やがて灼熱の大地に似つかわしくない、見慣れない巨大な建造物が姿を現した。
「第六層の階層ボスは、この建物の地下にいるんだ。……さあ、みんなついてきてくれ」
グランに促されて内部へと足を踏み入れると、そこは現在の世界基準では見たこともないような、無機質で幾何学的な構造物で構成されていた。
「ここは今の時代では絶対に再現できない技術――遥か遠い未来の超技術が使われている。そしてこれは『エレベーター』と言って、このボタンを押すと地下に向かって自動で降りていくんだ」
未知の未来建築を前に、メンバーたちは落ち着かない様子できょろきょろと視線をさまよわせながら、不安そうに広い部屋のような空間の中へと進んでいく。
グランは全員がエレベーター内に入ったことを確認すると、壁のボタンをそっと押し込んだ。
ガシャン、と重い金属音が響いた直後――全員の肉体がフワッと宙に浮くような独特の感覚に襲われる。
「今、猛スピードで地下へと降りていってるから……少し気持ち悪くなるかもしれないけど我慢してくれ」
垂直にくり抜かれた巨大な地下空洞を、ゴウン、ゴウンと重い駆動音を響かせながらエレベーターが降下していく。
等間隔に配置された水色の光源が、昇降するメンバーたちの姿を一定のリズムで照らし出していた。
だが、誰の視線もその未知の光景には向いていない。
グランは背後の視線を避けるように、ただ一人、操作盤に向かって腕を組んだまま背を向けていた。
その静寂の中、背後から気配を殺してじりじりと近づく一つの影があった。
次の瞬間、その影がグランの背へと一気に肉薄し、そのまま彼の体へと強く抱きついた。
「うおっ……!?」
薄暗い空間ということもあり、完全に油断していたグランが情けない声を上げる。
驚いて振り返ると、そこにいたのはエルスメリアだった。
「……卒業式に、誰かを選ぶのでしょう?それなのに消えちゃったら、残された私たちはどうしたらいいの?」
「い、いや……今はその話をしている場合じゃないだろう」
グランが呆れたように引き剥がそうとするが、エルスメリアは腕の力を緩めない。
むしろその突破口が開かれたのを合図に、他の四聖華や王女と皇女がここぞとばかりに距離を詰めた。
「そうよ!このまま放り出すなんて無責任すぎるわ!大体もう私たちは王国の貴族社会じゃ『平民の手垢がついた女』って見られてるのよ!?」
血相を変えたルヴィリスが捲し立てる。
ルヴィリスは元々、たとえ選ばれなくても後悔はしないし、その程度で自分の貴族社会の立場が落ちようと全く気にしていないが、ここぞとばかりにグランにある責任感を揺さぶり倒す。
グランは慌てて弁解する。
「お、俺はまだ一線を越えていない、心配ないだろ!それに侯爵家なら、それこそ権力で黙らせるだろ!」
「みんなの誕生日パーティーであれだけ派手に紹介されたんだ。完全になかったことにするのは無理に決まっているだろう」
極めて冷静に現実を突きつけるディアドラ。それに続き、ソフィアも淡々と恐ろしいことを口にした。
「ヴァレンシア領の冒険者たちは、完全にグラン様を私の将来の夫として認識しています。もしいなくなれば、全員総がかりで聖域に乗り込んでくるでしょう」
「そうです!選ばれなかったとしても、せめて子供は五人は欲しいです!」
グランの背中に張りついたまま、エルスメリアがとんでもない願望を便乗して叫ぶ。
「グラン。私は王族として、あなたと一緒になれる望みは薄いです。でも……こんな別れ方は嫌です」
オリヴィアが、王族としての体面を度外視して真っすぐにグランを見つめた。
そして最後に、セルフィリアが一歩前へと踏み出す。
「私はあなたと一緒なら、すべてを捨ててどこまでもついて行くわ。……消えるなら、私も連れて行って!」
その絶体絶命の包囲網を見て、グランの肩に浮くアンサートーカーがいつものようにおちょくる声を上げた。
『マスター、皆さんから本当に愛されていますね。……これ、もし逃げたら多分永遠に追いかけられますよ』
「「「当たり前でしょ!地の果てまで絶対に探し出すわよ!」」」
アンサートーカーの言葉に、四聖華や王女と皇女が声を揃えて即答する。
「お前っ……今みんなと直接会話できるからって面白がって楽しんでるだろ!」
『ええ。こんな素敵な機会、なかなかありませんからね。……マスターは、以前に皆さんと同室で寝た際、私が「手を出せ」とあれほどアドバイスしたのに完全無視を決め込んだんですよ?』
「お前、ふざけんなよ!なんで今その話をするんだよ!」
真っ赤になって叫ぶグランに、四聖華や王女と皇女は「アンサートーカーの言う通りよ!」「意気地なし!」とさらなる追い打ちを便乗して浴びせかける。
先ほどの重苦しい空気はどこへ行ったのやら、まるでいつもの学園での騒がしい日常がそのまま帰ってきたような光景に、少し離れて見ていた他の蒼白銀の翼のメンバーたちは、たまらずふっと笑みをこぼした。
「やっぱ、俺たちってこうだよな」
マルクが呟くと、ベアトリクスも大きく頷く。
「そうだね!やっぱり私たちはこの雰囲気じゃないと!」
完全に場が和み、全員の胸に張りつめていた緊張や鬱屈した空気が綺麗に霧散していった。




