第150話:聖域中層
グランとアンサートーカーとのしょうもないやり取りが終わり、いざ聖域第四層へ。
転移のゲートを抜けると、皆はかつての夏合宿にて映像を通じて目にした、あの広大な第四層の灼熱の砂漠へと足を踏み入れた。
グランは仲間たちの顔を見渡し、はっきりと聞こえる声で告げる。
「ここは以前に侯爵様たちが踏破した場所だから、みんなもよく知っているはずだ。だからサクッと終わらせてすぐに次に進む」
その言葉を聞いたルヴィリスが、呆れたようにツッコミを入れた。
「すぐに踏破するって簡単に言うけど……この見渡す限りの広い砂漠で、いったいどうやって階層ボスを探すっていうのよ?」
「探さなくていい。……こっちから『呼ぶ』んだよ」
そう答えた瞬間、グランの全身から凄まじい密度の蒼白銀の魔力があふれ出した。
そしてグランは片足をゆっくりと高く上げ、そのまま渾身の力で砂漠の地面へと踏み込む。
ドーンッ!と世界そのものがひっくり返ったような爆音と衝撃音が轟き、大地が激しく上下に揺れ動いた。
アストラルシフトによって物理干渉を遮断しているはずなのに、その凄まじい衝撃と音で、皆はバランスを崩し、その場にペタンと座り込んでしまう。
すると次の瞬間――遥か地平線の彼方から、まるで巨大な砂嵐が発生したかのように、四方八方の地中から何かが猛スピードでこちらへ突進してくる気配が迫ってきた。
砂漠を割って進むその異様な砂の軌跡を見て、ディアドラが戦慄の声を上げる。
「ま、まさか……あれはすべてサンドワームか!」
「ああ、そうだ。……おまけに階層ボスのヨルムンガンドも釣れたな」
グランはそう平然と呟き、軽く右手を構えた。
先ほどグランは「今はアストラルシフト中だから完全無敵だ」と説明していたが、それでも四面楚歌で迫り来る超巨大魔物の群れを前に、蒼白銀の翼のメンバーたちは強烈な死の恐怖に襲われる。
そうして地響きを立てて迫っていた魔物の群れがグランとの距離を限界まで縮めた、まさにその時――ピタッと、周囲の音が完全に消え去った。
「あれ?急に静かになったぞ……?」
マルクが不思議そうに声を漏らすと、レキシが顔を青くして叫ぶ。
「完全に地中に潜ったからじゃない!?」
「なら、標的であるグランめがけて真下から突き上げてくるはずだ!」
カロンが叫び、ニーナも悲鳴のような警告を投げかけた。
「グラン君、危ないっ!」
だが、仲間たちの決死の叫びを受けても、グランはその場から微動だにしない。
次の瞬間、足元の砂漠が爆発し、無数のサンドワームと超巨大なヨルムンガンドがあたり一面の地中から一斉にその凶悪な顎を覗かせた。
魔物たちはガチガチと耳障りな牙の音を鳴らし、中央にいる獲物を捕食しようと襲いかかるが――噛み砕いたはずの空間に、標的の肉体は存在しない。
獲物を完全に捕捉したはずが見失ってしまい、サンドワームたちとヨルムンガンドはその巨体を地上へさらしたまま、どこへと消えたのかとキョロキョロと頭を巡らせ始めた。
しかしその一瞬の隙に、地上に姿を見せていたすべての魔物の巨体が、まるでスローモーションのように『横一列』へと綺麗にズレた。
グランの右腕には、いつの間にか蒼白銀の魔力で形成された刃が腕から伸びており――文字通り、周囲の魔物すべてを神速の一閃で撫で切りにしていたのである。
剣の道を極めんとするディアドラとセルフィリアは、剣士としてその斬撃の軌跡が『一瞬たりとも肉眼で追えなかった』という事実に、ただただ心の底から戦慄するしかなかった。
やがて、絶命したサンドワームたちとヨルムンガンドの巨体が一斉に崩れ落ち、まばゆい光の粒子となって次々と虚空へ溶けていく。
魔物が消え去った砂漠のあちこちには、膨大な数の魔石や素材アイテムがドロップ品として転がっていた。
そして、階層ボスであったヨルムンガンドが消えた中心の砂の上には――かつて夏合宿で侯爵たちが持ち帰ったものの『優に四倍』はある、常識外れな大きさの高純度魔石がゴロンと転がっている。
グランはそれを何事もなかったかのように片手で拾い上げ、自身の亜空間収納へと放り込んだ。
だが、その光景を見ていたエルスメリアが慌てて声を張り上げる。
「グ、グラン君!今収納した魔石って、ヨルムンガンドの討伐魔石だよね!?」
「ん?ああ、そうだぞ」
「なんで以前に私たちのお父様たちが討伐した時のものより、遥かに大きいの!?」
「ああ、それか。聖域のシステムは、複数人のパーティーでボスを踏破した際、ボスのコアである魔石が『人数分に等分される』仕様になってるんだよ。だからあの時は四等分されてあのサイズだった。こういう特殊な魔石は、挑んだ者たち全員に報酬が平等に行き渡るように自動でサイズと個数が変動するんだ」
「じゃあ……今グラン様がお一人でソロ討伐を果たしたから、この規格外の大きさなのですか?」
ソフィアが呆然と尋ねると、グランは「そうなるな」と頷き、再び収納からその巨大な魔石を取り出して皆の目の前へとみせた。
「ヨルムンガンド本来のソロ討伐コアは、もともとこの大きさなんだよ」
太陽の光を反射して圧倒的な魔力を放つその巨大魔石を見て、蒼白銀の翼の全員がただただ息を呑む。
「これ……お父様たちが見たらショックでひっくり返るわよ」
ルヴィリスが遠い目をして呟くと、グランは少し気まずそうに頬を掻いた。
「そうだな……悪いことをしたな。侯爵様たちの偉業を、こういう種明かしみたいな形で汚すことになって」
「バカね。お父様たちはそんなちっぽけなプライドの持ち主じゃないわ。……むしろこれを見せたら、『次は絶対に一人で踏破してやる!』って目を輝かせて闘志を燃やすに決まってるわよ」
ルヴィリスは自らの父親たちの性格を誇らしげに思い出し、落ち込むグランへと優しくフォローの言葉を返すのだった。
そして目の前に現れた三つのゲートのうちの一つへと近づき、グランは後ろを振り返った。
「こっちが第五層へ繋がるゲートだ。……さあ行こう」
グランはそう告げ、迷いなくゲートを潜り抜ける。
蒼白銀の翼のメンバーたちは、以前に美しいリゾート地としてこの第五層を訪れてはいたが、魔物が出現する本来の探索エリアに足を踏み入れるのはこれが初めてだった。
まだ見ぬ未開の地へと、全員が期待と恐怖を胸に抱きながら光の門を潜る。
ゲートを抜けた先――そこには、視界のすべてを埋め尽くすほどの圧倒的な大海原が広がっていた。
いや、本当に『海』しか存在しなかった。
ゲートの入り口の小さな孤島に、グランは全員が転移してくるのを静かに待ち、改めて問いかける。
「どうする?ここも詳しい説明を聞くか?」
「私はぜひ聞きたいです」
オリヴィアが即答すると、他のメンバーたちも次々と強く頷いた。
「じゃあ説明しよう。……ここは第五層『大海エリア』だ。見ての通り、ここ以外あたり一面が完全に海になっている。以前みんなで行ったあのリゾート地はここからは絶対に視認できない。エリアそのものがほぼ完全に隔離されてるからな」
その光景を見渡し、ベアトリクスが不思議そうに首を傾げる。
「グラン……ここはいったい、どうやって踏破するの?」
「海の中に潜るんだよ」
「そ、それだと……呼吸が続かずに溺れてしまうのでは?」
一年生のトレースが不安げに尋ねると、グランは「もちろん、何の対策もなしに潜ったりはしないさ」と微笑み、自身へと特殊な術式を構築した。
「アダプテーション」
詠唱と同時、グランの体を淡い魔力の膜が覆い、続けて彼は仲間たち全員にも同じ環境適応の魔法を付与していく。
「今はアストラルシフト中だから呼吸も水圧も問題ないとは思うけど……一応、安全策として全員にかけておく。これでみんなも自由に海中に潜れる」
その魔法の効果を感じ取り、ソフィアが少し納得のいかない表情で尋ねた。
「グラン様……もしかしてこの層は、今かけていただいたこの高位魔法を習得していなければ絶対に踏破できない領域なのですか?」
「いや、そんなことはない。俺はただ面倒だからこうやって力技で進むだけであって、攻略のアプローチ自体は他にも意外といっぱいあるはずなんだよ。それはみんなが将来ここへ挑戦する時に、自分たちの魔法やスキルを組み合わせて知恵を絞るんだ」
「なるほど……。それでしたら、私ならば自身の氷魔法で海面を凍らせ続け、確実な足場を構築しながら進軍します」
「いいなそれ!ソフィの魔力量と出力なら十分に現実的なルートだ」
自身のアイデアを大好きなグランに素直に認められ、ソフィアは心底嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。
「じゃあ、みんな行くぞ」
グランはそう告げると、躊躇なく足元の海へとダイブした。
それに続き、蒼白銀の翼のメンバーたちと帝国の七人も一斉に海中へと飛び込む。
肉体が深く海へと沈んでいくが、魔法とアストラルシフトの効果によって水に濡れる感覚や冷たさは一切なく、呼吸も地上と同じように問題なく行えた。
しかし、水深が深くなるにつれて太陽の光が届かなくなり、急速に周囲の視界が真っ暗に染まっていく。
「アンサートーカー、明かりの確保を頼む」
『了解しましたマスター』
脳内の相棒が即座に応え、一行の頭上に半径百メートルほどの深海を真昼のように照らし出す、超高輝度の光球を展開させた。
神秘的で静寂に満ちた深海の絶景に、メンバーたちが息を呑む。
だが次の瞬間――そのまばゆい光源に引き寄せられたのか、遥か深淵の底から超巨大な海の魔物が猛スピードでこちらへ急接近してきた。
かつてグランが前世の記憶で知る『チョウチンアンコウ』を何百倍にも巨大化させたような、おぞましくも凶悪なビジュアルの深海獣である。
圧倒的な捕食者のプレッシャーに皆が気圧される中、グランは一人、極めて冷静に右手を前方へと突き出した。
そして巨大獣がそのアギトを大きく開き、一行を光ごと丸呑みにしようとした、まさにその刹那。
「フレイム・カノン」
それは、超高圧の衝撃波であるプレッシャー・カノンに、純度の高い『炎属性』の概念を無理やり乗せて射出した合成魔法だった。
射出された超高温の熱線が、周囲の海水を瞬時に爆発的に蒸発させながら深海獣へと突き刺さり――その分厚い巨体を正面から消し炭にして貫通する。
即死した深海獣は、おびただしい泡を吹きながらゆっくりと海面へ浮き上がっていき、最後にはまばゆい光の粒子となって完全に消え去った。
グランは襲い来た脅威を意に介すこともなく、淡々と先を促す。
「第五層は、今みたいなレベルの魔物がそれこそ海中にうじゃうじゃ泳いでるからな。いちいち全部相手にしてたらキリがない。さっさと階層ボスがいる場所に行こう」
グランはあまりに軽くそう言ったが、後ろをついて行く蒼白銀の翼のメンバーたちは、この第五層が誇る『常識外れな攻略難度の高さ』を目の当たりにし、内心で深い絶望に打ちひしがれていた。
聖域での合宿や特訓を経て、第一層や第二層は自分たちの実力でも安定して突破できるようになり、第四層も侯爵たちが力を合わせて踏破してみせた。
だからこそ、いつか自分たちが成長すれば、この第五層や第六層もいずれは突破できるはずだと心のどこかで希望を抱いていたのだ。
だが、そもそも『自由に海に潜る手段を自力で構築する』という入り口の段階から突破不可能に近いこの層の現実を突きつけられ、全員が自身の甘さを思い知るのだった。




