第148話:異質なるものたちへの幻想歌
時は少し遡り、グランは帝国の特待クラスの生徒七人と共に、聖域の第三層『凪の里』へと転移していた。
グランは即興の魔法で簡易的な宿泊施設を建てると、その大部屋に全員が寝られるサイズのベッドを作り、生徒たちを丁寧に寝かせる。
意識を失って眠っているにもかかわらず、七人はまるで互いの体温だけが唯一の命綱であるかのように、決して身を寄せ合うことをやめなかった。
グランはその姿に少しだけ微笑ましさを覚えつつも、これからのことを脳内のアンサートーカーと相談する。
(アンサートーカー。……この子たちを、元の人間に戻すことはできるか?)
『マスター。この者たちを完全に元に戻すのは、決して簡単ではありません。魂に深く融合させられた魔物の因子と、肉体に蓄積した濃密な魔素を綺麗に浄化するとなると、かなりの年月を要します』
(どれくらいだ?)
『約2年です』
(2年か……)
グランは途方もない時間に、苦渋の表情で呟いた。
『さらにスキャンを進めましたが、この者たちには両親や血縁者が一切存在しないようです。全員が天涯孤独の身……おそらく公爵や研究員たちが秘密裏に孤児を引き取り、使い捨ての実験動物として利用していたのでしょう』
アンサートーカーからの無機質な報告を聞き、グランの内に激しい怒りが爆発する。
だが、その抑えきれなかった怒気が室内へ漏れ出した瞬間――ちょうど睡眠魔法の効果が切れたのか、帝国の生徒たちが一斉に目を覚ました。
そして目の前にグランの姿を認めるや否や、七人は瞬時に飛び起き部屋のいちばん隅へと縮こまり、頭を抱えてカタカタと激しく震え出した。
自分の怒気が彼女たちを怯えさせてしまったことに気づき、グランはひどくバツが悪くなる。
グランは敵意がないことを示すように、ゆっくりと距離を縮め、優しく声をかけた。
「もう大丈夫だ。……ここには、お前たちを傷つける者は誰もいない」
しかし、帝国の生徒たちはうつ伏せになったまま頭を抱え、なおも怯えて震え続けている。
『マスター。生徒たちを再度スキャンしました。まずは彼女たちを縛り付けている、その首輪の魔道具を外して破壊しましょう』
(……わかった)
グランは覚悟を決め、一番手前にいた副将戦でオリヴィアと戦った金髪の女生徒へと手を伸ばし、その細い手をそっと握った。
金髪の女生徒は錯乱し、言葉にならない悲鳴を上げ激しく抵抗する。
だがグランはそれを力で押さえつけるのではなく、そのまま彼女を優しく胸に抱きしめ、その背中をゆっくりと撫で始めた。
大丈夫だ、もう終わったんだと伝えるように、彼女の震えが落ち着くまで、ただひたすらに背中を撫で続ける。
やがて金髪の女生徒は徐々に暴れるのをやめ、グランの腕の中で大人しくなった。
そっと腕を緩めて顔を覗き込むと、女生徒は瞳に涙を浮かべたまま、じっとグランの黒い瞳を見つめ返している。
グランはその視線を受け止めながら、彼女の首輪へと手を掛け、脳内の相棒に命じた。
(解析、首輪の解除を)
『解析完了、構造を把握。……セーフティを解除します』
アンサートーカーの声と同時、カチャン……と乾いた音を立てて、女生徒の首輪が外れ落ちる。
その瞬間。
金髪の女生徒の体から抑え込まれていた膨大な魔力があふれ出し、彼女の額から、一本の美しい『角』がゆっくりと生え出した。
「これは……」
『解析を完了。……彼女は【魔人種】です』
「魔人まで作り出したっていうのか、あのクズどもは」
グランが驚愕に目を見開くと、アンサートーカーは淡々と補足した。
『いえ。公爵たちが意図したものではなく、無謀な実験の過程で偶然生まれた副産物のようです。この検体は――』
(アンサートーカー)
グランは相棒の言葉を遮り、強い口調で念を押す。
「この子たちは物じゃない、『人』だ。……検体とか、物扱いの呼び方はやめてくれ」
『……申し訳ありません、マスター。私の配慮が圧倒的に足りていませんでした』
アンサートーカーは自身の非を素直に認め、深く謝罪の念を伝えた。
金髪の女生徒が大人しくなった様子を見たことで少し安心したのか、他の帝国の生徒たちはみな震えを止め、おずおずとグランを見上げるように顔を上げた。
グランはそんな彼女たちを一人ずつ丁寧に自分の胸元へと引き寄せ、優しく背中を撫でながら首輪を解除していく。
ベアトリクスと戦った少女は【猿人種】、ルヴィリスやエルスメリアと戦った二人はそれぞれ、【牛人種】と【鼠人種】だった。
そして、ソフィアやディアドラと死闘を繰り広げた桃色髪と水色髪の双子の少女たちは、どちらも【猫人種】であることが判明する。
グランは心の中で(……【鬼人種】だったら、完全にアウトだっただろう)と密かに冷や汗をかいていた。
脳内のアンサートーカーも『ギリギリセーフでしたね』と、いつもの無機質な声でしれっとメタ的な悪乗りに便乗する。
そして最後に残った、親善試合の大将戦でセルフィリアと対戦し龍化した黒髪の少女は――やはり【竜人種】の因子を持っていた。
全員が首輪を外されたことにより、急な変化に落ち着かない様子を見せるが、ここへ転移してきた当初とは違い、グランを見ても逃げ出さずに床へと大人しく座っている。
グランは彼女たちの目を見て「俺の言葉は通じるか?」と優しく問いかけるが、七人は誰一人として何も答えない。
『マスター。恐らく、実験や改造の過程で言語に関する脳の機能が完全に喪失したようです。彼女たちは現在、肉体年齢こそ学園の高等部と遜色ありませんが、精神的には人間としての自我をほぼ失い、ほとんど動物のような知能状態となっております』
その残酷すぎる報告に、グランの胸の内へ再び煮えくり返るような怒りが湧き上がった。
「あの外道どもめ……絶対に許さん。生かしておいた公爵にも、今生きていることを心の底から後悔させてやる」
思わず低い声で殺気を漏らした瞬間、またしても帝国の生徒たちがビクッと体を震わせて怯えてしまう。
グランは慌てて「悪い悪い、お前たちに言ったんじゃないんだ!」と両手を振って謝罪した。
先ほどとは違い、グランの優しい声音から敵意がないことが伝わったのか、少女たちはすぐに怯えるのをやめ、じっと彼を見つめ直す。
だが、言葉すら通じない現状は今後のケアとしてかなりきついなとグランが頭を悩ませていると、脳内でアンサートーカーが新たな提案を告げた。
『マスター。先ほど、彼女たちを完全に浄化して戻すには2年かかると申し上げましたが……それはあくまで、浄化魔法で【亜人種】から【人間種】へと完全回帰させた場合の試算です』
(何か裏技があるのか?)
『姿かたちだけならマスターの魔力と魔法で強引に元に戻せます。ただ、姿かたちが戻っただけでアカシックレコード上の定義は亜人種のままです。しかし、先ほど解析したあの忌まわしい首輪の術式構造を解析した結果、【自動浄化システム】の基礎構造が出来ました。私たちの能力と知識をフル活用して全く新しい魔道具を作り直せば、期間を半分の1年へと短縮できます』
「それはつまり、見た目は普通の人間だが、アカシックレコード上は1年間【亜人種】として定義され続け、1年後の浄化完了とともにすべてが元の人間に戻る……ってことか?」
『その通りです。これなら彼女たちの身体への負担も最小限に抑えられます』
「なら、迷っている暇なんて1秒もない。さっそく製作に取り掛かろう」
グランはすぐさま自身の『錬金術』と『鍛冶術』のスキルを展開し、禍々しかった鉄の首輪を、聖域第六層で手に入れていた最高峰の触媒である【オニキス】を嵌め込んだ、優美で強固なチョーカーへと作り変えていった。
そして宝石の表面と裏側に、アンサートーカーと共同で編み上げた超高密度の自動浄化術式を素早く刻み込んでいく。
『完璧ですマスター。これならば、彼女たちの体内から無意識にあふれ出ている過剰な魔力を、そのまま浄化システムの稼働エネルギーへと安全に転用できます。戦闘能力が著しく低下することもありませんし、体内の魔素が完全に綺麗になった1年後、自動的にセーフティが働いてチョーカーが外れるように設定も完了しております』
アンサートーカーの報告を聞き終えたグランは、目の前の少女たちに魔法をかけ、姿かたちを人間へと戻し、優しく語りかけた。
「チョーカーの調整は終わった。とりあえず、みんなはここで大人しくしておいてくれ」
七人は誰一人として何の反応も示さなかったが、グランは自分の言葉が伝わったのだと思い込み、そのまま静かに部屋を立ち去ろうとする。
だが、彼が背を向けて一歩を踏み出した瞬間――帝国の生徒七人が、まるで親鳥を追う雛鳥のようにゾロゾロとグランの後ろをついてきた。
背後の気配に気づいたグランは苦笑いし、再び部屋へと戻ると、部屋の奥にある大きなベッドを指差して自らごろんと横になった。
そしてベッドのシーツをポンポンと軽く叩き、「ここでこうやって寝ておくんだぞ」と身振り手振りのジェスチャー交じりで伝えてみせる。
すると、一番手前にいた金髪の女生徒がおずおずと近づき、そのままグランのすぐ隣へと体をすり寄せて寝転んだ。
それを見た他の六人も、これが正解なのだと理解したように、次々とベッドへ上がり込み、金髪の女生徒に倣って身を横たえる。
全員がベッドの上に収まったことを確認し、グランはほっと息を吐き出すと、彼女たちの睡眠を妨げないよう、そっとベッドから抜け出して今度こそ部屋を出た。
扉を閉め、誰もいない廊下を歩きながら、グランは脳内の相棒へと念話を送る。
(あの夜の森の野営地には、もう戻らないほうがいいだろうな)
『賢明な判断です。あそこにはすでに第一皇女の部隊が到達し、何らかの罠や監視網を張っている可能性が高いでしょう。四肢を切断された公爵も、おそらく彼らによって回収されたはずです』
(まあ、あいつは死期が少し延びただけだ。いつでも消せる。問題は第一皇女だな。公爵が生きて回収されたなら、必ず現場にいた俺の存在を言うはずだ。それをどうやってごまかすか……)
少し頭を悩ませたグランだったが、すぐにふっと息を抜いて思考を打ち切った。
「……いや、それは追々考えるとしよう」
『そうですね。今はこれ以上、不確定な要素を予測しても推測の域を出ません』
「とりあえず、今日は学園寮に戻るか」
グランは誰もいない空間を切り裂いて亜空間のゲートを展開し、そのまま王国学園の自身の部屋へと帰還すると、泥のように深い眠りについた。
そして数時間後、朝の光とともに目が覚めた時。
睡眠時間こそ圧倒的に短かったにもかかわらず、グランの体調は驚くほどすこぶる良好だった。
『おはようございますマスター。昨日の親善試合にて、久々に素の規格外ステータスを全力解放したことで、心身のストレスが良い具合に発散されたのではないでしょうか』
アンサートーカーが朝の挨拶代わりに、何の根拠もない適当な推論を述べる。
「お前……俺が試合をぶち壊したこと、絶対おちょくってるだろ」
グランがジト目で脳内に突っ込むと、アンサートーカーは平然としたトーンでとぼけてみせた。
『何の話でしょうか。私にはさっぱり心当たりがありません』
(こいつ……)
相変わらず食えない相棒に内心でため息をつきつつも、グランは素早く身支度を整え、寮を飛び出す。
そして、昨夜みんなと約束した通り――誰よりも早く蒼白銀の翼の専用演習場へと一番乗りで到着し、腕を組んで仲間たちがやって来るのを静かに待ち続けるのだった。
凪の里の夜は、穏やかに更けていく。
簡易宿泊施設の大部屋では、七人の少女たちがすやすやと安らかな寝息を立てていた。
それはまるで、誰かが静かに奏でる幻想曲のように。
追われることも、痛みも、恐怖も何もない――生まれて初めて見るであろう、温かな夢の中で。
夢の中の彼女たちは、笑っていた。




