第147話:不相応の野望の果てに
グランが帝国のヴェルシュタット公爵に容赦のない制裁を下していた、まさに同じ頃。
学園の交流パーティーの会場では、第一皇女がセルフィリアを筆頭とする『蒼白銀の翼』のメンバーたちを別室へと招き入れ、密かに話をしていた。
周囲に人払いをしたことを確認すると、第一皇女は優雅な笑みを消し、単刀直入に問い詰める。
「セルフィリア、あの男はいったい何者なの?」
セルフィリアは姉の冷たい視線をまっすぐに受け止め、悪びれもせずに答えた。
「私の夫となる男よ」
その堂々とした宣言を聞き、同席していたオリヴィアや四聖華たちは「違うでしょ!」「抜け駆けはずるいわよ!」といつもの調子で一斉にツッコミを入れる。
しかし第一皇女は、そんな彼女たちの和やかな空気を無視し、社交界で培った冷徹な目で妹を射抜いた。
「セルフィリア、もう一度聞くわ。あの男はいったい何者なの?」
冗談が通じる相手ではないことは、セルフィリアも最初から分かっていた。
同じ帝国の皇族として血は繋がっているが、この姉は決して油断ならない政治の生き物だ。
ここで下手な情報を与えて姉がグランに危害を加えるような真似をすれば、帝国側が逆に跡形もなく消し炭にされる。
その確信があったからこそ、セルフィリアはこの姉には何も話さないと固く決めていた。
セルフィリアは努めて真面目な表情を作り、きっぱりと言い放つ。
「何度聞かれても答えは一緒よ。私が生涯、ただ一人愛すると決めた男。それ以上なにもないわ」
第一皇女はその強固な瞳を見て、これ以上の問答は無駄だと判断し、小さくため息をついて話題を切り上げた。
「セルフィリア、悪いことは言わないわ。あの者はやめなさい。いずれ帝国に害をなす存在になる」
「そうなったら、私は帝国を出ていくわ」
迷いのない妹の返答に、第一皇女は不快そうに眉間にしわを寄せる。
「一人の男のために、皇族としての立場や国を犠牲にするなんて……本当にバカね」
「バカで結構よ。……もう話は終わり?」
「そうね。これ以上話しても何も有用な情報は手に入らなそうだし。あの男の素性は、こっちで勝手に調べさせてもらうわ」
「……絶対やめたほうがいいよ」
セルフィリアが心底からの忠告を口にすると、それまで静観していたオリヴィアが一歩前に出て、第一皇女へと告げた。
「かの者は秘密裏に、王家と四侯爵家によって強固に庇護されています。他国の皇族とはいえ、あまり目立った真似はしないようにと釘を刺しておきます」
「なるほどね。それだけでも十分に有用な情報だわ」
第一皇女は鼻で笑い、それ以上は何も言わなくなった。
オリヴィアはその態度を見て、第一皇女が忠告を無視して、勝手にグランを徹底的に調べ上げるつもりだろうと瞬時に悟る。
だが、もし手を出せばグランはおそらく皇族だろうが容赦はしない、セルフィリアの身内だろうが関係ないだろう。
セルフィリアも、それをわかっているからやめておくように忠告したが、この者は社交界を主戦としている者だ。
その感覚でグランに敵対するようなことをすれば、帝国側が痛い目を見るだけだろうと結論付け、それがある意味では最善の教訓になるとも思っており、オリヴィアもあえてそれ以上の制止はしなかった。
場所は戻り、帝国領と王国領の境にある夜の森の野営地。
今まさに、一人の傲慢な男の命の灯が消えようとしていた。
グランは四肢を切断され、達磨の状態となったヴェルシュタット公爵を放置して、アンサートーカーにスキャンをさせ、このテントに保管されていた研究資料や魔道具、装置などをすべて奪い取り、そして冷たく見下ろして告げる。
「お前はここで死ぬ。今までの研究資料も根こそぎ抹消する。誰も引き継げないように、関係者は皆殺しにする。研究内容を知っている者も皆殺しにする。」
それを聞いた公爵は、激痛と極限の恐怖に晒されながらも、自身が生き残るための方法を必死に思考する。
そして、血を吐くような勢いで叫んだ。
「な、ならわしを今すぐ殺すより、生かしておいてすべてが終わってから殺すほうがいいのではないか!ここでわしが死ねば、情報が途切れるだけだぞ!」
グランはゴミを見るような目で公爵を見下ろし、無言のまま魔法を展開した。
「ヴィジョン」
その詠唱とともに、虚空へ公爵の人生の記録が映像として鮮明に映し出される。
そこに浮かび上がったのは、公爵の幼少期や学園に通っていた頃の記憶、そして執務室で非道な計画の仕事に明け暮れていた日々のすべてだった。
驚愕に目を見開く公爵に向け、グランは淡々と語りかける。
「お前が死んでいようが、俺はこうやって過去の情報を完全に引き出せる。だから、お前の存在価値などない。それに、今少し記憶を覗かせてもらったが……お前が皇位簒奪を企てていることもばっちり映っているようだな。これを証拠として帝国側に突きつけても十分に通用する。『ヴィジョン』で引き出した記憶の正当性など、俺ならいくらでも証明できるからな」
そしてグランは公爵に最後の通告を行う。
「お前がどれだけ偉そうな言葉を並べようが、もう完全に無駄だ」
グランが公爵に終幕のとどめを刺そうとした、まさにその時。
脳内で、アンサートーカーから緊急の警告音が鳴り響いた。
『緊急事態ですマスター。野営地付近に侵入者多数あり。現在、急速にこちらへ向かっております』
(何事だ?)
グランが問いかけると、アンサートーカーは事前に掌握していた魔道具のシステムをフル稼働させ、周囲をスキャンした。
『帝国第一皇女の直属である、精鋭の隠密部隊のようです。どうやら最初から、この特待クラスの動向を秘密裏に追っていたようですね』
(ちっ……さすがに今ここで、処刑現場を見られるのはまずいな)
『ゲートを開き、この公爵だけを連れて離脱しますか?』
(そうなったら、あっちのテントで寝ている、改造された生徒たちをここに置き去りにすることになる。……仕方ない、隠密部隊ごとやるか?)
『さすがに第一皇女の直属部隊相手だと手練れでしょう。マスターの存在を命がけで持ち帰られる可能性もあり、手を下したことがバレると、後の国際問題でマスターが追及されややこしくなります。公爵を処刑して証拠隠滅して転移するか、生徒たちの保護か……時間がありません。判断をお願いします。』
グランはわずか一瞬だけ思考し、アンサートーカーへと確認する。
(公爵の『ヴィジョン』の記録データは、後からでもアクセスできるな?)
『問題ありません。彼の記憶はすでに完全にバックアップ済み、リンクも可能、いつでも筒抜けです』
(なら、こいつはいつでも殺せる。優先すべきは生徒たちの保護だ。それにここにあった研究資料はすべて回収済みだ。これ以上情報が漏れ出すことはない)
決断したグランはすぐさま踵を返し、公爵を放置してテントから飛び出した。
そして帝国の生徒たちが眠っているテントへと滑り込むと、即座に亜空間のゲートを展開し、張っていた結界ごと彼女たちを自らの領域である『凪の里』へと転移させる。
グランたちが消えた直後。
夜の森を抜け、第一皇女の隠密部隊が野営地のテントへと音もなく侵入した。
その瞬間。
事前にアンサートーカーが掌握していた防犯用の魔道具が起動し、あたり一面に暴力的でまばゆい閃光と爆音が炸裂して、隠密部隊の視界と聴覚を完全に奪い去った。
ただの撤退では終わらせない、アンサートーカーが置き土産に仕込んだ究極の嫌がらせである。
(……相変わらず、最高に頼りになる相棒だな)
遥か遠い安全圏の地にて、グランは脳内の相棒に感謝の苦笑いを向けた。
一方、現場の野営地。
やがて目くらましの閃光が収まり、隠密部隊の視界が晴れ、聴覚が戻った時、そこにあるはずの生徒たちのテントは完全に『もぬけの殻』となっていた。
隠密部隊はターゲットである生徒たちの姿をどこにも確認できず、代わりに別のテントで息絶えている研究員たちの凄惨な死体を発見する。
しかし、そこには死体だけで、有用な情報は何も見つからなかった。
そして彼らが、最後に残された統括者のテントを調べた時。
そこには、四肢を根元から切断され、血の海の中で転がっているヴェルシュタット公爵の姿があった。
「まだ息がある!生存者を確認!絶命前になんとか蘇生しろ!」
隠密部隊は唯一の生き残りである公爵を死なせまいと、すぐさま最上級の回復魔法と貴重なポーションを惜しみなく注ぎ込み、その命を強引に繋ぎ止める。
だが、極限の激痛と恐怖を味わった公爵の精神はすでに完全に錯乱しており、彼らとまともな会話が成立するような状態ではなかった。
これ以上、ここに居るのは危険だと判断した隠密部隊は、すぐさま撤収を開始する。
かつて皇位を簒奪し帝国を牛耳ろうとした傲慢な公爵は、今やただの肉の塊のように無様に布袋へと詰め込まれ、隠密部隊の肩に担がれたまま、静かに帝国領へと連れ戻されていった。
交流パーティーが終わり、滞在中の宿泊室へと戻った第一皇女は、密かに放っていた隠密部隊からの報告を静かに待っていた。
そして夜も更け、早朝となった頃に隠密部隊が帰還する。
彼らからの報告を受けた第一皇女は、あまりの事態に言葉を失い唖然とした。
彼女が私設している隠密部隊は、帝国全土から集めた選りすぐりの精鋭中の精鋭だ。
彼女の手足として暗躍し、政敵の始末や社交界での裏情報の収集、そして類まれな戦闘実力に至るまで、すべてが特級レベルを誇る。
その絶対的な精鋭たちが、あろうことか最重要ターゲットであった特待クラスの生徒たちを取り逃がしたというのだ。
「しかし、四肢を切断された公爵を保護いたしました。彼からであれば、確かな情報を得られるはずです」
部下のその言葉を受け、第一皇女はひとまず隠密部隊へと労いの言葉をかける。
だが、隠密部隊の者たちはみな一様に、屈辱で顔を歪めて悔しそうにしていた。
「我々は帝国でも最上位に位置する部隊であり、これまでの任務遂行率は誇張抜きで100%でした」
「今回、初めて任務に失敗したこの激しい屈辱……我々のメンツを潰した正体不明の邪魔者を、必ず地獄の底へと突き落としてみせます!」
部下たちの熱い息巻く声を聞き、第一皇女は『まだ見ぬ哀れな邪魔者』へと、心の中でそっとご愁傷様と哀悼の意を捧げた。
だが、その報復が、近いうちに何万倍もの絶望となって自分たち自身へ返ってくることになる未来を……まだ帝国の誰も知らない。
次の日の朝。
蒼白銀の翼のメンバーたちは、不安で居ても立っても居られなかったのか、朝早くから専用の演習場へと向かっていた。
事前に誰も示し合わせたわけではない。
ただ一刻も早く演習場へ向かい、グラン本人の顔を見て安心したかったのだ。
「絶対逃げないでね」と口では強く釘を刺したものの、あの激高した彼を見た後は、完全に繋ぎ止めることなどできないと、全員が心のどこかで分かっていた。
不安と心配がずっと胸に纏わりついていたからこそ、自然と皆の足が同じ時間、同じ場所へと向かったのである。
後輩であるトレースとクローディアも、昨夜の交流パーティーでルヴィリスから事情を聞かされており、極度の緊張を抱えながら朝早くから準備を整えていた。
やがて演習場の前に、まるで示し合わせたかのように蒼白銀の翼の全メンバーが続々と集結する。
全員が揃ったことを確認すると、ルヴィリスが一歩前に出て声を上げた。
「みんな、行くわよ!」
あえて不安を吹き飛ばすように元気に張り上げたその声に、全員が「おー!」と力強く応え、演習場の扉を開き舞台へと足を踏み入れる。
すると、演習場である舞台のまさに中央に――皆が焦がれてやまない一人の男が、いつものように腕を組んで静かに立っていた。
男は仲間たちの顔を見渡すと、どこか暢気な口調で口を開く。
「みんな早いな。……ろくに寝てないだろう?」
そのあまりに普段通りすぎる態度を聞いた瞬間、皆の緊張の糸が切れ、わずかな怒りとともにダッシュでグランのもとへ駆け寄り、ポカポカとその胸板を殴りつけた。
「誰のせいだと思っているのよ!ちゃんと責任取りなさいよね!」
ルヴィリスが涙目で叫ぶと、エルスメリアも不満げに頬を膨らませる。
「これはしっかり責任を取って、今日は私と一緒に寝てもらわないといけませんわね」
「グラン様……私はもうグラン様成分が完全に枯渇いたしました。今日一日中、私にくっついていてください」
ソフィアが熱っぽい瞳で懇願し、ディアドラも真顔でそれに追従する。
「私ももう圧倒的に成分が足りないからな。頼むぞグラン殿」
「グラン、あなたならすべてを背負って消えるかと思いましたが……本当によかったです」
オリヴィアはそういうと、セルフィリアも続く。
「怒り過ぎて帝国を更地にしたら、私は天涯孤独よ!その時はちゃんと責任取ってもらうからね!」
「グラン、とりあえず逃げずにここで待っていてくれて……本当にありがとう」
ベアトリクスが優しく微笑むと、マルクも呆れたように笑いながら肩を叩いた。
「今日と明日は学園は休みだ。お前、俺たちが納得するまでとことん覚悟しておけよ!」
「本当にそうね。覚悟しててねグラン君」
レキシが腕を組み、カロンも力強い笑みを浮かべる。
「お前なら面倒になって逃げるかもと思ったが、ちゃんと筋を通したな」
「もう!本当にずっと不安だったんだからね!」
ニーナも胸を撫で下ろす中、後輩のトレースが一歩前に出て一礼した。
「グラン先輩、昨日は本当に凄まじかったです。夏合宿で見た時とは、比べ物にならないほどの覇気でした。私は途中まで必死に耐えていましたが、最後は圧倒されて気絶してしまいました。……まだまだ私の精進が足りないようです」
クローディアも悔しそうに唇を噛み締め、トレースの言葉に頷く。
「私もトレースと同じです。あのグラン先輩の凄まじい覇気の前では……私も最後は意識を保てず、気絶してしまいました。グラン先輩はまだまだ底がしれません」
仲間たちの口々から出る想いを受け、グランは申し訳なさそうに目を伏せる。
「みんな、本当にすまなかった。……とりあえず立ち話もなんだ、会議室に入ろう」
グランに促されるまま、蒼白銀の翼の全員が演習場に併設された専用の会議室へと足を踏み入れた。
全員が席に着いたことを確認すると、グランは真剣な眼差しで皆を見渡す。
「今から、聖域に行く。そこですべてを話す」
そう告げると同時に、グランは空間を切り裂き、亜空間のゲートを展開した。
全員が覚悟を決めてその光の門を通り抜けると、一行はかつて夏合宿でも訪れた聖域の第三層『凪の里』へと降り立つ。
だが、転移した先で――蒼白銀の翼のメンバー全員が驚愕に息を呑んだ。
なぜならそこには、昨日の学園親善試合で死闘を繰り広げたばかりの、あの『帝国の代表生徒七人』が静かに佇んでいたからである。




