第146話:黒の慟哭
後味の悪い大将戦が終了し、そのまま表彰式に移る。
だが、両国の代表たちはみな同じような焦燥に駆られていた。
最後の学園代表大将戦、帝国の生徒の豹変もあるが、王国学園のある生徒が放った覇気と威圧感が体の芯までしみついており、一刻も早くこの場を離れ帰路につきたかったのだ。
あの時すぐに気絶したものはいつの間にか試合が終わっていたという状況で、何が起こったのかはあまりわかっていなかった。
帝国の生徒の豹変も、見たものと見てないものに分かれており、観客の間では広範囲の幻術魔法を放ち失敗したのではと憶測まで流れた。
だが、それは事態を重く見た両国の学園長と大会委員が流した嘘であり、情報統制を始めていた。
ただ、少なくとも気絶まで行かなかった強者たちは爆心地である王国の生徒に対して、強者として挑みたいとかそういう気持ちにもならず、すぐにでもこの場を発ちたかった。
特に顕著だったのは帝国の学園代表の七名だった。
あの異形化した黒髪の女はいつの間にか新しい首輪をつけ、姿も人間に戻っている。
しかしその者を筆頭に、七人はグランが座っている方向には決して振り向こうとせず小刻みに震えていた。
そして表彰が終わり、これから交流パーティーはそのままするとなり、誰もが嘘だろ……と思いながらも、このまま何もなければ余計に後味が悪くなり、両国の関係も冷え込むのではないかと、第一皇女や学園長たち、大会委員の考えもあり、両国の学園の代表たちもその説明を受けしぶしぶ納得した。
Sクラスの教室に戻ると、グランが席に座っていた。
先ほどの豹変した姿を思い出した皆は一瞬入るのに戸惑うが、セルフィリアが震える足を前に出し勇気を出して入る。
そしてグランの前に行き、腕を振り上げ、思いっきり平手打ちをかます。
パァン!っと激しい音が静まり返った教室に鳴り響く。
グランはそれを受け、痛がるそぶりも見せずセルフィリアを見上げる。
「試合の邪魔をしたことはこれでチャラよ」
そう言うと、セルフィリアはグランに縋り付く。
そして今まで見たこともないような焦りでグランに謝罪を始める。
「……本当に申し訳ございません。……帝国の皇族として、女神の遣いであるあなたの逆鱗にふれたことを……でも帝国の民たちは関係ありません。私がすべての責任を取ります、どうか今はまだ矛を収めてください……」
泣きながら言葉を紡ぐ彼女に、ほかのメンバーも一斉にグランに近寄り、各々がグランに話しかける。
「色々聞きたいことがあるけど、まずは頭を冷やしなさいよね!」
ルヴィリスがいつものように声をかける。
「グラン君、そんなにカッカしないで。ほら抱きしめてあげる」
エルスメリアはグランの頭を後ろから抱き寄せ胸に沈める。
「グラン様……先ほどの覇気と威圧感、私は心底震えました。あれがグラン様の本気なのですね」
ソフィアがうっとりとする。
「あなたと敵対する占いが出ていたが……どう考えても勝てる気がしない、あの占いは外れだな」
ディアドラは無理に明るく振舞おうとする。
「みんなグランのことが好きなんだよ?だからグランのこともっと話してほしいな」
ベアトリクスが言うと、マルクもあきれるようなそぶりで口を開く。
「そうだぞお前、まだまだ隠していることいっぱいあるだろう」
「グラン君、私たちじゃ力不足かもしれないけど、それでもできる限りのことは協力したい」
レキシが言い、カロンも力強く続く。
「そうだ、俺たちは同じ修練会でSクラスの人間だ、王国でも最強の集団だろ」
「グラン君、私たちはいつでも覚悟ができているわ」
ニーナも頷く。
「グラン、私はこの国の王族としてあなたと協力し、いずれ来る災厄を共にはねのけると誓いました。その言葉に嘘偽りはありません」
オリヴィアが真剣なまなざしで言い、最後にセルフィリアが涙顔を上げる。
「グラン……」
そしてグランが言葉を発する。
「みんなありがとう、そしてごめん、感情を抑えられなかったのは俺もまだまだだってことだな」
そして縋り付くセルフィリアの目に浮かべた涙を指で拭ってあげる。
「セルフィリア、試合をぶち壊してすまない」
そして、縋り付くセルフィリアの手を取り共に立ち上がり、皆を見渡す。
「……皆はこれから交流パーティーだろ?それが終わったらすべて話す」
時間を確認するともうすぐ始まるところだった。
さすがに学園選抜が参加しないわけにはいかず、みなはしぶしぶ着替えに戻ろうとするが、ルヴィリスが一言念を押す。
「グラン、絶対逃げないでね」
それを皮切りにみなが怒涛のように逃げるなよとくぎを刺す。
グランは苦笑いをしながら答える。
「わかったわかった。俺も今日は寮に戻る、明日の休みの日に演習場に来てくれ、トレースとクローディアも呼んでくれ。すべて話す」
そう言って、その場を解散するのだった。
交流パーティーの会場では例年とは違い、少し静かだった。
王国も帝国も最後の衝撃からまだ立ち上がれていなく、皆が様子見として静かに立ち小声で話していた。
だが、誰も最後の大将戦に関しては口を開こうとしない。
どう考えても藪蛇だからだ、むしろ触れていけない話題として認識され始めていた。
そして両国の学園長が挨拶をし、第一皇女が言葉を紡ぐ。
それはあたりさわりもない両国の代表たちの勇猛ぶりをほめたたえ、王国の強さを実感し帝国が後れを取らないように激励するという流れだった。
そして両国の学園選抜たちがそれぞれ各学年同士で会話をしていた。
しかし、帝国側の学園代表は誰一人として来ていない、いわく全員体調不良で本国に帰ったとのことだった。
それを聞いた蒼白銀の翼のメンバーは、少しの安堵と不信感を募らせるが、今の自分達じゃ何もできないと悟り、そのまま交流パーティーを続ける。
一方、先に本国へ向かった帝国の学園選抜達と、偽装魔法で変装をした公爵、そして帯同した研究員たちは焦りつつも安堵していた。
研究の成果は上々であり、結果こそ全敗だったが、出力を抑えた状態でも十分に戦えるというデータが取れた。
最後に首輪を破壊して異形の姿を現したことだけはまずかったが、なぜか会場の全員が気絶しており、気が付いた時にはすでに元の姿に戻っており、すぐに首輪をつけなおしたため、事態が有耶無耶になったことが彼らにとっての救いだった。
だが、回収した七人は親善試合が終了した後もずっと体を縮こまらせ、何かにおびえるかのように震え続けていた。
鎮静剤や精神安定剤なども試したが、まったく効果がない。
公爵自身も気絶していたため何が起きたのかはわかっていなかったが、表彰式の異常な雰囲気は、誰もが一刻も早くこの場を終わらせたがっているようにしか見えなかった。
結局その正体はわからないままだったが、今は本国に戻って研究成果を持ち帰り、更なる調整と研究を重ねて改造兵士を完成させなければならないという新たな野望に燃えていた。
そしてしばらく馬車を走らせ、王国領と帝国領の境にある森まで到着した一行は、夜になれば視界が悪くなりこれ以上の行軍は危険だと判断し、野営の準備に入った。
だが彼らは気づいていなかった。
今まさに、決して敵に回してはいけない者がすぐそこまで近づいていることに。
皆と別れた後、グランは学園からすぐに出て、帝国学園の代表たち追いかけていた。
そして追いついた後、野営地のすぐ近くに身を潜めていた。
アンサートーカーから今回の特待クラスに関するすべての情報を改めて聞き出す。
『公爵が皇帝に進言し、去年の王国の者たちに引けを取らない生徒を育成するという名目で通したようです。しかし実態は、以前から皇位簒奪のために秘密裏に進めていた計画と研究を行うためのものでしかなく、その実験場として学園を選んだようです』
アンサートーカーの報告は続く。
『特待クラスは全部で十名。今回の七名はある程度の安定した数値が出た者たちで、この親善試合の学園代表はあくまで実戦データを取るためだったようです。王国の代表が去年の選抜メンバーであることは向こうも予想していたようで、データ収集にはちょうどよかったのでしょう。……ただし、マスターが出場しないことは予想外だったようですよ』
グランは訝しげに尋ねる。
「それはなぜだ?」
『どうやら帝国の学園長は、特待クラスには一切関与できなかったようです。公爵の権力で完全に抑え込まれていたのでしょう、その関係かお互いの連携が取れず、マスターが出場除外だということが知られていなかったようです。』
「実力主義の帝国が、まるで王国の貴族主義みたいなことをするんだな」
グランは呆れたように吐き捨て、そのまま野営地が寝静まるのを確認する。
しかし、夜営の割に静かすぎる、見張りがいないことを不審に思い、念のためアンサートーカーに調べさせると、高度な魔道具が発動していることがわかった。
侵入者や危険を察知する機能がついているらしい。
グランは無効化できるか聞いてみるが、少し時間がかかると言われる。
「どれくらいだ?」
『三十分くらいです』
「わかった、そのまま待つ」
そして三十分後、アンサートーカーは魔道具を無効化するのではなく、システムの支配下へと置き、完全に掌握してみせた。
野営地には宿泊用のテントが三つある。
まず一つ目を覗くと、数名の大人たちが寝ていた。
おそらく研究員たちだろう。
グランは無言のまま、一人ずつ確実に息の根を止めていった。
躊躇はなかった。
異形化した少女の姿が脳裏に焼き付いている限り、この手が止まる理由など、どこにも存在しなかった。
そしてアンサートーカーにテント内をくまなくスキャンさせ、研究資料や魔道具、装置などを根こそぎ奪い取り、テントから出る。
次に入ったテントには、帝国学園の代表の生徒たち7名が、みな身を寄せ合うように寝ていた。
「ここは後だな」
グランはそう呟き、彼女たちが逃げ出さないように睡眠魔法と強固な結界を張る。
ここもアンサートーカーにテント内をくまなくスキャンさせる。
ここには研究資料や魔道具、装置などはなかった。
そして最後に、統括している者のテントに入り、同じく逃げられないように結界を張った。
グランは無造作に足を引き上げ、眠っている男の顔面を蹴り上げて起こす。
統括の男は急な激痛によりうめき声をあげ、勢いよく飛び起きた。
すると目の前に、見知らぬ青年が冷たい目をして立っている。
統括の男は侵入者だと叫ぶが、外からは誰一人として駆けつけてこない。
「結界を張った。お前は逃げられない」
グランは淡々と告げる。
しかし男は慌てて懐から魔道具を取り出し、それを地面にめがけて叩き割って転移門を開こうとした。
しかし、空間は何の反応も示さず、転移門は発動しない。
「バカが、そんなガラクタが通じるとでも思ったのか」
グランが冷酷に言い放つと、統括の男は目に見えて焦り始める。
すると脳内で、アンサートーカーの無機質な声が響いた。
『スキャン完了。変装していますが、この者は公爵で間違いありません』
グランはおびえている公爵の胸ぐらをつかみ、そのまま殴りつける。
公爵は殴られて吹き飛ばされ、結界に頭をぶつけて身を悶えさせる。
「楽に死ねると思うな。今生きていることを後悔させてやる」
グランは殺意を隠そうともせず、公爵に近づく。
しかし公爵はしばらく唖然としたのち、急に笑顔を作りグランに擦り寄ってきた。
「おお、会いたかったぞ我が息子よ!」
グランはその言葉を完全に無視する。
そして、脳内でアンサートーカーに念話で語りかけた。
(こいつ、いきなり何言ってるんだ?真偽判定するまでもなく嘘だろ?)
『聞くまでもありません。おそらくこの緊急事態を乗り切るために、マスターを籠絡しようとしているのでしょう。どうします?このまま無視して消し去りますか?』
(……いや、このまま聞いてやろう)
グランはあまりの突拍子のなさに少し毒気を抜かれたのか、立ち止まって公爵を見下ろす。
公爵はグランが話を聞く気になったと思い込み、口から出まかせを並べ立て始めた。
「お前は我がヴェルシュタット家が長年探していた長子なのだ!生まれてすぐ賊に襲われ、行方不明になっていたのだよ。唯一の手掛かりは黒髪だけだった。黒髪は皇族の証であるが、もとはといえば我々も皇族に名を連ねる血筋だ。公爵という地位に甘んじているが、私には皇帝となる資格があるのだ!お前をヴェルシュタット家の跡取りとしてずっと探していたんだぞ。」
そして何かを思い出すように、目をつむりそして言葉を続ける。
「去年の学園選抜でお前を見たとき、私は震えた。ついに我が息子が帰ってきたと歓喜したものだ。さあ、我が元に帰り、ともに悪逆非道の皇帝を打ち滅ぼして帝国を治めようではないか!」
グランは再びアンサートーカーと脳内で会話する。
(何言ってんだこいつは……)
『完全に時間の無駄でしたね』
アンサートーカーの冷たい同意を聞き、グランは無言で公爵へ手を向ける。
公爵はそれを和解の握手だと思い込み、喜色満面で自らの手を伸ばそうとした。
その瞬間。
グランは無造作に魔力を放ち、そのまま公爵の四肢を根元から切断した。
「うぎゃああああああああ!!!!!」
手足を失った公爵の汚い悲鳴が、逃げ場のない結界内に虚しく鳴り響いた。




