第143話:氷と光の協奏曲
次鋒戦が終了後、続く中堅戦のダブルスとして舞台に上がったのは、ソフィアとディアドラのペアである。
対する帝国の生徒たちは、まるで鏡写しのように全く同じ顔立ちをした双子の少女だった。
厳密に言えば髪の色だけが異なっており、一人は鮮やかな桃色の髪を、もう一人は涼やかな水色の髪を揺らしている。
観客席でその姿を見たグランは、内心で(おいおい、本気で怒られるぞ……)と盛大にぼやいた。
アンサートーカーもすかさず『マスター、あれは色々とアウトでしょう』と冷静なツッコミを入れる。
しかし、アンサートーカーの内部演算は、そんな軽口とは裏腹に冷や汗を流すような焦燥に駆られていた。
なぜなら、何度シミュレーションを重ねても、彼女らの『真実』に気づいたグランが完全にブチギレて暴走し、この少女たちを改造した外道どもを、一人残らず皆殺しにする未来しか算出されなかったからだ。
不穏な空気を孕んだまま、舞台の上ではソフィアとディアドラが帝国の双子と相対する。
試合開始の合図が鳴り響くと同時、ソフィアとディアドラは一瞬の躊躇もなく前傾姿勢で突撃した。
だが、帝国の双子はその猛烈な奇襲を、まるでそよ風でも受けるかのように無表情のまま防いでみせる。
二人はそれぞれ両手に二刀のダガーナイフを逆手で構え、ソフィアたちの重い斬撃をスルリと巧みに回避し、あるいは刃を滑らせて受け流した。
そればかりか、こちらの攻撃の後に生じるわずかな隙を正確に見極め、容赦なく首筋や心臓といった急所へと鋭い刺突を放ってくる。
近接戦闘において無類の強さを誇るソフィアとディアドラの連携により、実際、双子の身体にはいくつかの有効打が確実に入っていた。
しかし、相手の並外れた技量と、痛覚を喪失しているかのような不気味な打たれ強さの前には、決定的な致命傷を与えるまでには至っていなかった。
このままでは埒が明かないと判断したソフィアとディアドラは、互いに視線を交わし、同時に自らのビットを展開した。
ソフィアは展開したビットを自身の周囲に帯のように纏わせると、手にしていた双戟を変化させ、一本の流麗な『両剣』へと変形させる。
一方のディアドラは鋭利なソードビットを宙に浮かべ、愛用の長剣を鮮やかに二刀へと分離させると、『魔導無双剣』の構えに入った。
武装が瞬時にその形状を変えるという常識外の光景に、観客席の一部に陣取っていた帝国の民たちは「あれが噂に聞く魔導兵装か……」と息を呑み、食い入るように舞台を凝視する。
ソフィアは周囲を巡るビットに極寒の氷魔法を纏わせて高速回転させ、それ自体を攻防一体の吹雪の輪と化しながら、舞うような踏み込みで両剣を旋回させた。
氷の刃と荒れ狂う吹雪が織りなす圧倒的な手数、そして一切の隙を生じさせない完璧な演舞の前に、さしもの桃色髪の少女も完全に防戦一方へと押し込まれていく。
その決定的な戦況の変化を見逃さず、ディアドラは自身の切り札である『未来視』を全開に発動させ、もう一人の水色髪の少女へと一直線に踏み込んだ。
水色髪の少女は、神速で繰り出されるディアドラの突きを見切り、ダガーの腹で滑らせるように受け流そうとした。
だが、それすらも読んでいたディアドラは手首を鋭く返し、強引に少女の体へと刃を突き立てる。
そのまま長剣に込められた膨大な魔力を解放し、内側から少女の肉体を豪快に切り裂いた。
水色髪の少女のライフゲージが一気に減少するが、それでもゼロには届かない。
ディアドラは確かな手応えを感じていたが、生命活動の限界を超えているかのような少女の異常なタフさに、言い知れぬ不気味さを覚える。
同時刻、ソフィアも凄まじい両剣の連撃によって桃色髪の少女を徹底的に切り刻み、最後に展開したビットで舞台の端へと吹き飛ばしていた。
しかし、こちらも同じくライフゲージがわずかに残り、ゼロにはならない。
重いダメージを負った双子の少女たちは、糸が切れた人形のようにその場へ崩れ落ちる。
だがその直後、二人の首輪に仕込まれた魔道具が不気味な脈動を開始し、ソフィアは瞬時に『魔力視の魔眼』を発動させてその源を注視した。
「うっ……!」
不可視の奔流を覗き込んだソフィアが、耐えがたいほどの不快感に顔を歪める。
「どうした、ソフィ!?」
「……あの魔力の色、すごく気持ち悪いです。あれは、ただの魔力なんかじゃありません。……でも、それが一体何なのかは、私にもまったく分からない……っ」
ディアドラは我が耳を疑い、驚愕に目を見開いた。
ソフィアはこれまで『魔力視の魔眼』を通じて、数多の強者や特殊な術者の魔力をつぶさに観察してきている。
その彼女をして「見たことがない」と言わしめる正体不明の魔力が、首輪からとめどなく溢れ出しているのだ。
やがて、舞台を埋め尽くすほどの膨大な魔力の濁流に包まれ、帝国の双子たちがゆらりと立ち上がった。
その瞳には先ほどまでの虚ろな静寂はなく、代わって、底知れぬ悍ましい『狂気』だけが爛々と宿っている。
双子はダガーを低く構え直すと、文字通り次元の違うスピードで一瞬にして二人の懐へと肉薄した。
死角から同時に放たれた、ディアドラとソフィアの首を正確に刈り取る一撃。
ソフィアは即座に分厚い氷の障壁を展開して迎撃し、ディアドラはあえて相手に踏み込ませてから断つ『後の先』のカウンターを狙って長剣を振り抜く。
しかし、絶対の強度を誇るはずの氷の障壁は紙くずのように粉砕され、ソフィアは寸前で身を捻って致命傷こそ避けたものの、胸部を深く斬り裂かれ無視できないダメージを負う。
さらにディアドラのカウンターも、相手の神速がその上の次元を突き抜けたことで完全に空を切り、逆に鋭いダガーの刃が彼女の利き腕を深々と斬り裂いた。
その信じがたい光景に、控室で息を呑むルヴィリスやエルスメリア、ベアトリクス、そして観客席の王女と皇女すらもが愕然と目を見開く。
ソフィアとディアドラが、相手の攻撃に対する回避や防御のタイミングを見誤ることなど、平時であれば絶対にあり得ない。
それは単に、目の前の双子が放つ膂力と速度が、二人の『超常の見切り』すらも完全に凌駕してしまったという残酷な事実を突きつけていた。
剣士にとって命である利き腕を負傷したディアドラは、いつもの神速の剣技から明らかなキレを失ってしまう。
ソフィアもまた、胸部に受けた深い裂傷のダメージからか攻撃に精彩を欠き、暴風のように舞う双子の残影を捉えることすら困難になっていった。
観客席のグランは、眉をひそめてアンサートーカーに念話を送った。
(……なあアンサー。あの首輪から漏れている魔力、どう見ても普通の魔力じゃないな)
『はい、その通りです。マスターならそろそろ正体に気づくかと思いましたが……まだわからないようですね』
(お前が冷や汗をかいてるってことは、俺は気づかないほうがいいんだろう?)
『……ええ。私はただ、このまま誰も死なずに無事、親善試合が終わってくれることだけを祈っていますよ』
アンサートーカーの言葉を濁すような物言いに引っかかりを覚えつつも、グランの視線は劣勢に立たされているソフィアとディアドラへと注がれていた。
基礎ステータスの上ではまだ彼女たちが勝っているはずだが、二人とも先ほどの奇襲による無視できない深手を負っている。
本来であれば一度距離を取って回復魔法をかけたい局面だが、狂乱した双子は息をつく隙すら与えてくれない。
帝国の特待クラスは素の状態でも十分に優秀だが、それでも『蒼白銀の翼』の面々に比べれば一段劣る強さだった。
しかし、あの首輪から禍々しい魔力が放出された途端、まるで別の生き物にすり替わったかのようにステータスが跳ね上がり、彼女たちに迫るほどの出力を叩き出している。
おまけに痛覚を完全に遮断しているのか、己の命そのものをすり減らして燃やすような、見境のない特攻を繰り返していた。
(……まるで、外側から糸を引かれて無理やり身体を動かされているような、悍ましい動きだ)
戦況が急激に動いたのは、その直後だった。
双子がふと視線を交わしたかと思うと、二人揃って負傷したディアドラただ一人へと狙いを定めて襲いかかったのだ。
まずは片方を二人がかりで確実に仕留め、残ったもう一人を再び数的有利で潰すという、極めて合理的で冷酷な戦術だった。
どれほどの達人であろうと、同格以上の相手に二対一の状況を作られれば、余程の実力差がない限り押し潰されてしまう。
パートナーの危機を察知したソフィアは、自身の防御を完全に捨て去り、全ビットをディアドラの周囲へと射出して強固な結界を張り巡らせた。
だが、双子はその『守りの隙』が生まれる瞬間を最初から待っていた。
ディアドラへ向かっていたはずの二人の身体が不自然なほどの急ブレーキで方向転換し、無防備となったソフィアの首を獲るべく一瞬で肉薄する。
己の死を覚悟したソフィアは、せめてこの二人を道連れにしようと、自身の魔力を体内に練り上げた。
凶悪なダガーがソフィアの細い喉元へと振り下ろされ、彼女が自爆の魔力を解放しようとした、まさにその刹那。
横方向から弾丸のように飛来したディアドラのソードビットが、ソフィアの目の前に滑り込んで眩い光の結界を展開した。
必殺の一撃を光の盾に阻まれた双子は、舌打ちをするような仕草で即座に後方へ跳び退こうとする。
だが、道連れのために極限まで練り上げられていたソフィアの膨大な魔力は、そのまま別の術式へと瞬時に変換され、演習場の床全面を極寒の白に凍りつかせた。
ディアドラは床が凍結するコンマ数秒前に遥か上空へと跳躍しており、宙に留めた自らのソードビットを足場にしてふわりと降り立つ。
「私は空中にいるから……ソフィ、好きなだけ踊ってくれ!」
ディアドラの信頼に満ちた声を受け、ソフィアは両剣を水平に構え直した。
自身の周囲に吹雪のビットを旋回させ、彼女は鏡のように凍りついた舞台の上を、まるで氷上の舞手のごとく滑らかに疾走して桃色髪の少女へと肉薄する。
一度その圧倒的な演舞に捕まれば最後、流れるような連撃の波が相手に反撃の隙を1ミリも与えることはない。
突然の全面凍結によって足場を失った桃色髪の少女は、自慢の超速回避を行うことができず、ダガーの交差と魔法障壁だけで防戦一方に追い込まれる。
上空のディアドラもまた、残されたソードビットをまるで鳥が群れで襲い掛かる様に水色髪の少女を牽制しつつ、決定打となる一撃を放つべく、静かに、そして超高密度に己の魔力を練り上げていった。
上空のソードビットに佇むディアドラは、残された健やかな片手で、白銀の長剣を静かに上段へと構え上げた。
刀身に収束していく極光の魔力は、もはや周囲の大気をきしみ歪ませるほどの圧倒的な臨界点に達している。
眼下で両剣を振るっていたソフィアは、頭上から降り注ぐ刺すようなプレッシャーにより、パートナーの準備が完全に整ったことを察知した。
彼女は即座に両剣の連撃を「斬る」軌道から「押し出す」軌道へとシフトさせ、氷の床に足を取られる桃色髪の少女をじわじわと特定の座標へと誘導していく。
荒れ狂うビットの壁に退路を限定され、後退を余儀なくされた桃色髪の少女の背中が、ディアドラの牽制ビットに釘付けにされていた水色髪の少女とピタリと重なり合った。
遥か上空で剣を掲げるディアドラ、眼下に追い込まれた桃色髪の少女、そしてその後方に立つ水色髪の少女――三者の座標が、寸分の狂いもない一本の『直線』へと繋がった。
ディアドラが、残された己の魔力を乗せて高らかに叫ぶ。
「オーバーブライト!」
それは大将であるセルフィリアの必殺剣『オーバーエンド』とも寸分違わぬ、天を突くほどの極太の光の巨剣であった。
致死の質量を孕んだその輝きに、双子は即座に迎撃を諦めて左右への離脱を試みる。
「フリーズバインド!」
だが、その退路を完全に塞ぐように、ソフィアが放った極寒の呪縛魔法が双子の足元を分厚い氷塊で大地へと縫い留めた。
回避不可能と悟った双子たちは、瞬時に二本のダガーを交差させ、ありったけの魔力を注ぎ込んだ多重結界を展開して光の巨剣を受け止めようと構える。
そして、圧倒的な質量を伴った光の刃が、演習場の舞台へと無慈悲に振り下ろされた。
凄まじい轟音とともに鏡のような氷の床が粉々に砕け散り、巻き上がった大量の氷塵が演習場全体を真っ白な視界不良へと染め上げる。
ソフィアとディアドラは即座に大きく距離を取り、荒い息を吐きながら、双子が呑み込まれた爆心地の煙が晴れるのを油断なく注視した。
やがて白い帳がゆっくりと開けると、そこには二人が折り重なるようにして倒れ伏しており、頭上のライフゲージがついに完全な『ゼロ』を示した。
試合終了を告げるブザーが高らかに演習場へ鳴り響く。
ソフィアとディアドラは勝利した喜びよりも、「ようやく終わってくれた」という深い安堵に包まれ、ふっと全身の力を抜いた。
直後、演習場に設置されたライフゲージの魔道具が自動的に作動し、温かな光が二人の身体を包み込んで負傷を完治させていく。
敗北した双子たちは、控え席から無言で現れた帝国の生徒たちの手によって担ぎ上げられ、機械的な足取りで舞台から退場していった。
無事に生還したソフィアとディアドラが王国の控え席へと戻ってくるが、その顔に浮かんでいたのは到底、勝利者らしい晴れやかな表情ではなかった。
今回、敵の首輪の魔力が解放された際、先鋒や次鋒の時とは決定的に異なり、双子の瞳には明確な『狂気』が宿っていたのだ。
それはまるで獲物を確実に引き裂こうとする獣の猛りそのものであり、二人は試合を通じて、ただ純粋な魔物と対峙していたかのような悍ましい衝動を肌で感じ取っていた。
これで王国の三連勝となり、団体戦としての『勝利』は完全に確定したが、親善試合のレギュレーション上、残る副将戦と大将戦も消化しなければならない。
観客席で息を吐いたグランは、安堵の念を込めてアンサートーカーへと語りかけた。
(……なんとか勝ったな。あの二人が、あそこまで追い詰められるとはな)
『ええ。試合というルール上は勝ちましたが、もしこれが実戦の命の取り合いだった場合、あのタフさと命がけの特攻は恐るべき脅威ですね』
(違いない)
『さてマスター、残る試合はあと二つですが……私としては、どうかこのまま無事に済んでほしいと願うばかりですよ』
(……そうだな。本当に、そうだといいんだがな)
グランは静かに白熱の演習場を見つめ、いよいよ幕を開ける副将戦へと意識を向けるのであった。




