第141話:学園代表親善試合
翌日、いよいよ両国の頂点たちが試合をする『学園代表戦』の幕が上がった。
闘技場を埋め尽くす観客の数は、昨日をはるかに凌駕していた。
どうやら、この親善試合を見るためだけに、わざわざ帝国から足を運んだ者たちも大勢いるらしい。
昨年の王国選抜が見せた蹂躙劇があまりにも鮮烈であったため、その強さの秘密を何としても突き止めたい猛者たちや、将来の王国の軍事力を見極めに来た帝国貴族たちが、多数詰めかけていたのだ。
そして貴賓席には、帝国の皇族の一人である『第一皇女』の姿があった。
場内アナウンスによってその名が高らかに紹介された瞬間、王国側の控え室にいたセルフィリアは、あからさまに頭を抱えた。
「……お姉様が来ているなんて聞いてないわ。純粋な戦闘の実力なら間違いなく私のほうが上だけれど、貴族としての作法やマナーといった立ち振る舞いにおいては、間違いなく帝国一の存在なのよ。」
セルフィリアは少し緊張しながらも言葉を続ける。
「私の主戦場が戦場であるならば、お姉様の主戦場は政治と社交界。女同士の戦いを極めた猛者だから、口喧嘩ひとつとっても全く歯が立たないの。それに……お姉様はその政治的な思考で人を追い詰める術を知っている。純粋な恐怖という意味では、家族としても厄介な存在よ」
普段の堂々とした姿からは想像もつかない、珍しく素直な弱さを見せたセルフィリアに、四聖華の面々やオリヴィア王女はくすくすと微笑ましそうに笑った。
「さあ、私たちも昨日の二年生たちに続いて、きっちり完全勝利を収めるわよ!」
ルヴィリスが高らかにそう宣言すると、全員が力強く頷いて円陣を組み、気合を入れ直した。
そして、彼女たちが控え室から繋がる通路を抜けて舞台へと姿を現した瞬間、闘技場全体が揺れるほどの凄まじい大歓声が響き渡った。
昨年、圧倒的な暴力で文字通り帝国を蹂躙したあの五名。
さらにそこへ、かつて帝国最強と謳われたセルフィリア皇女が『王国代表』の制服を纏って並び立ったのだ。
その信じられない光景に、帝国側から訪れていた観客たちは一様に息を呑み、激しくざわつき始めた。
『我が帝国の至宝が、王国に魂を売ったというのか……!』という悲痛なざわめきが場内を支配しかけた、まさにその時。
貴賓席に座る第一皇女が、静かに手元の拡声魔道具を手に取った。
「帝国の誇り高き臣民たちよ、静まりなさい。我が妹セルフィリアが帝国を捨て、王国へ寝返ったかのような誤解を招く形となっていますが、決してそのような事実はありません。これは彼女が現在、王国へ留学中であるがゆえの公式な措置。そなたたちが案ずるようなことは何ひとつとしてありません」
凛とした、有無を言わせぬ圧倒的な威厳に満ちたその声音と姿勢だけで、水を打ったように場内の騒ぎが収まっていく。
「――我が愛しき妹よ。誇り高く、健闘を祈ります」
第一皇女が舞台の妹へ向けて優雅に微笑みかけると、その堂々たる姉妹の絆に魅了された観客たちから、今度こそ地響きのような大歓声が巻き起こった。
対する帝国の学園代表たちはみな、異様なほど静まり返っていた。
七人の女子生徒たちにはまるで己の意志が存在しないかのようで、人形のようにピクリとも反応を示さない。
そして驚くべきことに、彼女たちの首には一様に、首輪に見えるものが装着されていた。
異様な空気を孕んだまま、いよいよ学園代表戦の試合が開始される。
形式は総当たり戦であり、昨日と同様に勝敗が確定した後も、全試合が省略されることなく行われる決まりだ。
注目の第一試合、王国側の先鋒として名前を呼ばれたのはベアトリクスだった。
「ベアトリクス、頑張って!」
四聖華や王女、そしてセルフィリアたちが口々に熱いエールを送る。
「うん! みんな、いっぱいいい試合してくるよ!」
ベアトリクスは満面の笑みで元気に手を振り返し、闘技場の舞台へと上がっていく。
対する帝国側から無言で歩み出てきたのは、ベアトリクスより少し小柄な少女だった。
「よろしくね! お互いいい試合にしよう!」
ベアトリクスは朗らかに右手を差し出したが、帝国の少女は焦点の合わない瞳のまま、その手を完全に無視した。
「うーん、残念! まあいっか!」
ベアトリクスは気にした様子もなく、あっけらかんとした笑顔で構えを取る。
試合開始の合図が鳴り響いた瞬間、ベアトリクスは高度な身体強化魔法を発動させ、瞬時に相手の懐へと肉薄した。
そのまま息をつく暇もない、華麗かつ重い打撃のコンボを猛然と繰り出す。
しかし、帝国の少女はそれを完璧に見切っているかのように、必要最小限のわずかな重心移動だけでヌルリと全弾を回避してみせた。
「えっ……今のを避けちゃうの? 君、すっごく強いね!」
驚きに目を丸くしたベアトリクスは、すぐさま魔力の出力を一段階引き上げた。
さらなる超高速の連撃を叩き込むが、今度は帝国の少女もただ避けるだけでなく、的確なガードと鋭いカウンターを織り交ぜて反撃に転じる。
双方の拳と脚が交錯し、互いに何度か重い一撃を貰うものの、いまだ決定打には至らない拮抗した攻防が続いた。
控え席でその光景を見つめていたルヴィリスが、信じられないというように息を呑む。
「あのベアトリクスと、純粋な近接格闘で完全に互角に渡り合っているなんて……」
総合的な実力こそ四聖華や王女たちに一歩譲るものの、『純粋な近接戦の技術』という一点において、ベアトリクスは間違いなく王国学園の最高峰である。
その彼女の猛攻をいともたやすく捌き、あろうことか正確に急所を狙い打ってくる相手の異常さに、控え室の空気が張り詰めた。
ふと視線を横にやったルヴィリスは、エルスメリアがかつてないほど険しい表情で舞台を凝視していることに気がついた。
「エル、どうしたの?」
「……今回の帝国の代表は、かなり警戒したほうがいいかもしれません」
「どうして?」
「私の『鑑定の魔眼』が、【鑑定不能】と出て彼女たちに一切通じないのです」
震えを帯びたエルスメリアの告白に、周囲の令嬢たちに走る激しい衝撃。
対象に鑑定の魔眼が通じないケースには、大きく分けて二つの理由が存在する。
一つは、相手が極めて高度な『情報隠蔽の魔法』を常時展開しているパターン。
そしてもう一つは――術者であるエルスメリアと対象者との間に、測定不可能なほどの絶望的な『ステータス差』が存在するパターンである。
一年生の魔導大会の際、グランはただ単純な偽装魔法を用いて、嘘の数値を表面に貼り付けていただけだった。
しかしある時、エルスメリアが頼み込んで彼の『素の状態』のステータスを暴こうとした時、返ってきた結果は【完全鑑定不能】という未知の領域だったのだ。
だからこそエルスメリアには、目の前の帝国の少女たちがただ隠蔽魔法を使っているだけなのか、それともあのグランと同じ『規格外のバケモノ』なのか、全く判断がつかずに戦慄していた。
一進一退の白熱した攻防が続く舞台に、闘技場の観客たちは大きな盛り上がりを見せていた。
その喧騒の裏で、観客席に座るグランは脳内のアンサートーカーへと静かに念話を送る。
(帝国にもあれほどの強さを持つ者がいたのか。去年は出てこなかったな)
『どうやら、今年から新設された特待クラスというものの生徒たちのようですよ。確かに互角に戦っているように見えますが、ベアトリクス様の敵ではありません。彼女はまだ波動を使っていませんし』
(そうだな。……念のため、あの帝国の代表たちを解析できるか?)
『了解しました。――【解析】。……マスター、これはあまりよくありません』
(どうしてだ?)
『あの者たちは、改造された人間のようです』
(はぁ? あの子たちが?)
『……これは、マスターにお伝えしたほうがいいのか迷っています』
(どうした、急に言いよどんで)
『これを伝えたら、マスターはおそらく激怒するでしょう』
(お前がそこまで言うのか。……なら、聞かないでおこう)
『……よろしいのですか?』
(俺が本気でキレたら、親善試合どころではなくなるだろう)
『おそらく、この改造を施した人物たちを皆殺しにするまで暴れると思います』
(俺はそこまで破壊神じゃないぞ)
『いえ、私でも怒ります』
(……わかった。お前の判断なら聞かないでおこう。ただ、何かあったときにすぐ動けるように、ステータス値はいつでも調整できるようにしておいてくれ)
『了解です』
それ以上は言葉を交わすことなく、グランは静かに舞台の試合を見守った。
その拮抗した均衡を力づくで破ったのは、ベアトリクスだった。
彼女は莫大な魔力を右手に纏い、相手の強固なガードの上から構わず渾身の力で殴りつけた。
それはかつてグランが見せた『魔導烈衝拳』を彷彿とさせるほどの、空気が爆ぜるような凄まじい一撃だった。
観客席でそれを見ていたグランが、嬉しそうに目を細めて脳内に語りかける。
(ベアトリクス、ついにここまで来たな)
アンサートーカーも先ほどまでの張り詰めた気配を少し緩め、肯定の念を返した。
『ええ。マスターのオリジナルとは構造が異なりますが、あの威力であれば十分に再現したと言っていいでしょう』
(演習場で時々、みんなが俺の技を参考にオリジナルの型を編み出そうと練習していたからな。この調子なら、卒業する頃には全員が会得しているんじゃないか)
『来年、もしまた聖域で同じように合宿を行うのであれば、全員が完全に習得するかもしれませんね』
再び舞台へ視線を戻すと、端まで吹き飛ばされた帝国の少女が激しく肩で息をしていた。
さすがにあの規格外の威力をもろに受けて、その場に立っているだけでも表彰ものに値する頑強さである。
ベアトリクス自身もまさか相手が耐えきるとは思っておらず一瞬驚いたが、すぐに構え直して追撃の突撃を仕掛けた。
しかし、帝国の少女は立ったまま急に糸が切れたようにガクンと脱力し、それを見たベアトリクスは思わず突撃を躊躇してしまう。
次の瞬間、帝国の少女の首に巻かれた『首輪に見えるもの』が不気味な光を放った。
刹那、彼女の小さな体から、おぞましいほどの膨大な魔力が爆発的にあふれ出す。
その尋常ではない気配にベアトリクスは一筋の冷や汗を流し、本気を出すべきだと直感して己の『波動』を練り始めた。
あふれ出た魔力の奔流が収まると同時、帝国の少女は先ほどとは比べ物にならない次元の速度でベアトリクスへと襲いかかってきた。
ベアトリクスは波動をチャージしながら近接格闘で応戦するが、別物と化した相手の威力と速度の前に、完全に防戦一方へと追い込まれる。
いくら波動の充填に意識を割いている状態とはいえ、ベアトリクスの技量をもってして防ぎきれないほどの理不尽な重さだった。
途中で波動のチャージを中断して通常戦闘に戻るべきか思考がよぎるが、今の相手には波動による一撃必殺でなければ絶対に勝てないと、彼女は覚悟を決める。
猛烈な打ち合いがしばらく続いた後、ベアトリクスはほんのわずかな隙を見逃さず、渾身の前蹴りを相手の腹部に叩き込んで大きく吹き飛ばした。
相手の体勢が崩れた瞬間に両手を構え、限界まで練り上げた波動を両掌から一気に解放する。
「これで終わりっ!」
放たれた波動砲をまともに食らった帝国の少女は、そのまま舞台の外へと吹き飛ばされた。
即座にライフゲージがゼロを示して試合終了のブザーが鳴り、ベアトリクスの勝利が高らかに宣言される。
ベアトリクスは対戦相手の無事を確認しようと急いで駆け寄ったが、倒れていた帝国の少女はすぐに跳ね起き、再び無表情のままベアトリクスへ襲いかかろうとした。
しかし、次に控えていた帝国代表の次鋒とおぼしき生徒が、背後から彼女を力づくで羽交い締めにしてみせる。
「試合はもう終わりだよ! すっごくいい試合だった!」
ベアトリクスが明るく声をかけたが、帝国の少女は一言も発することなく、引きずるようにして退場していった。
舞台を降りて王国の控え席へ戻ったベアトリクスは、出迎えた仲間たちと笑顔で勝利を喜び合う。
だが、歓喜の輪が落ち着いた直後、彼女は仲間たちにしか届かないほど声を潜めて真剣に囁いた。
「……みんな、これ『試合』だったから勝てたんだと思う。もし実戦だったら、本当に私が勝てていたかどうかわからない」
ベアトリクスは演習場から出ていく、先ほど戦った帝国の生徒を遠くから見送りながら言う。
「帝国の代表は絶対におかしいよ。途中から、中身がまるで別人のように強くなった……みんな、本当に気をつけて」
普段の彼女からは想像もつかないほど重い警告を聞き、残る六人は『絶対に手加減などせず、本気で戦わなければならない』と固く決意を固めた。
こうして波乱の第一試合は王国側の勝利で幕を開けたが、彼らの胸の中には、いまだかつてないほど不気味で言い知れぬ不安の影が静かに広がっていくのであった。




