第139話:貴族の意地
親善試合、一年生の学年選抜の副将戦で、弟の窮地を見て、ルヴィリスは心の中でつぶやいた。
(ルーク……)
今は姉弟間で冷戦状態ではあるが、それでも血のつながった弟であり、心配なのは当たり前だ。
副将である彼が負ければ、王国の負けは確定してしまう。
大将のクローディアが負けるとは思わないが、結局『蒼白銀の翼』のメンバー以外は帝国には勝てないという事実が露呈するだけだ。
これでは、自分たちやクローディアたちが卒業すれば、王国はまた帝国に勝てなくなる。
王国学園も今年度から実力主義となったが、まだまだ浸透はしていない。
そもそもクラスを身分で分けなくなっただけで、まだ潜在的な身分差は存在している。
それは、貴族のほうが基礎ステータスが高いからだ。
優秀な魔法使いの血筋は、ほとんどが貴族に取り込まれている。
王国の歴史が積み上げてきた、仕方のない歪みだった。
今はまだつけ焼き刃の実力主義なだけであり、王国が全体的に強くなるには数年はかかるだろう。
そして当のルークは貴族であり、それも侯爵家の血筋だ。
王国では強い部類には入るが、現に帝国の伯爵家出身の生徒に押し負けている。
実力主義の歴史の重みが全く違うのだ。
これは、貴族主義に胡座をかいてきた王国全体が反省すべき点である。
しかし今は、そんなことは関係ない。
ルヴィリスは純粋に、自分の弟に負けてほしくないと思っていた。
ルークは、帝国学園の地力の強さを改めて痛感していた。
王国の侯爵家の者が、帝国の伯爵家の者に押し負けているという事実。
それは同じ貴族として、とうてい認められるものではなかった。
そもそもこの学園選抜で勝利し、姉の誕生日会で父から言い渡された『次期侯爵の白紙撤回』を取り消させるためにも、絶対に負けるわけにはいかなかったのだ。
姉であるルヴィリスの誕生日会で、グレイシア公爵家のアルフレッド様と結託して、平民の男であるグランを貶めようとした。
しかし、結果は無残な返り討ちであり、己の浅はかさと未熟さを晒しただけに終わった。
失った己の立場と誇りを取り戻すには、この親善試合という最高の舞台で結果を出すしかない。
「……おおおおおおっ!」
ルークは喉から血を吐くような咆哮を上げ、崩れかけた体勢を無理やり立て直した。
絶え間なく放たれる帝国の生徒のウォーターショットに対し、ルークは展開していた魔法障壁を自ら解除する。
防御に割いていた魔力をすべて身体強化と剣の炎に回し、水の弾丸をその身に受けながらも突撃した。
肩や頬を強い水圧の刃が切り裂き、鮮血が舞うが、それでも止まらない。
その瞳に宿っていたのは、これまでの中身のない選民思想などではない、執念に満ちた『貴族としての意地』だった。
観客席で見守っていたグランは、泥臭く前進するルークの姿に目を細める。
(……ただのプライドだけじゃなく、なりふり構わぬ執念を見せるようになったか)
『ええ。どうやら彼の中で、何かが根本的に吹っ切れたようですね』
アンサートーカーが脳内で静かに告げた。
帝国の生徒も、鬼気迫るルークの勢いに怖気づくが、攻撃の手は弱めない。
しかし、それでも前に向かって突撃してくるルークを止められなかった。
そして剣の届く範囲まで近づいたルークが振りかぶり、一気に斬りかかる。
だが、ルークの攻撃はあと一歩届かず、彼のライフゲージがゼロになってしまった。
ルークの体が光り、ライフゲージの魔道具が作動する。
これによりルークの敗北が決まり、王国学園の一年生選抜の敗北が確定した。
帝国学園側が勝利に沸き立つ中、敗北したルークは舞台の上で唖然と立ち尽くしていた。
しかし、王国学園の生徒たちが駆け寄り、ルークに労いの言葉をかける。
「すまない……」
ルークはそううなだれて、舞台を降りた。
チームとしての敗北は決まってしまったが、大将戦は残っている。
親善試合としての意味合いも含め、全試合が行われる規定になっていた。
大将戦に出るのはクローディアである。
相手は帝国の侯爵家出身の者だった。
先ほどの副将戦とは、身分の関係が完全に逆の組み合わせである。
クローディアは舞台へ上がる前、一年生の学園選抜メンバーたちに向かって静かに声をかけた。
「あなたたちの無念、私が晴らします」
そう言い残して、彼女は舞台へと上がる。
対する帝国の生徒は、すでに勝ちが確定しているためか、あまりやる気が感じられなかった。
おそらく副将戦で『王国の侯爵家』が『帝国の伯爵家』に負けたのを見て、伯爵家出身のクローディアに侯爵家の自分が負けるはずがないと高をくくっているのだろう。
明らかに舞台上での振る舞いにも、傲慢さが表れていた。
「侯爵家の者があの程度なのだ。伯爵家のそなたなど相手になるまい。潔く棄権して無駄な怪我をしないほうがいいぞ」
舞台に上がった帝国の男子生徒が、見下すようにそう言い放つ。
クローディアはすました顔のまま、微笑を浮かべて応じた。
「そうですね。相手は侯爵家の方ですから、大怪我をさせてはいけません。そちらこそ棄権されることをお勧めします」
見事な言葉で煽り返した。
「貴様……死にたいようだな。五秒で終わらせてやる」
それを聞いた帝国の生徒は顔を真っ赤にして凄んだ。
「では、私は三秒で終わらせましょう」
クローディアは涼しい顔でそう告げ、静かに構えを取る。
「ぶっ殺してやる!」
完全に激昂した帝国の生徒が叫んだ。
そして試合開始の合図が鳴り響くと同時、帝国の生徒が猛然と剣で斬りかかる。
だが、クローディアはそのまま右手に高密度の炎を纏わせた。
彼女は敵の剣ごとへし折るように、その剛拳を相手の胴体に叩き込む。
すさまじい衝撃音と共に、帝国の生徒は舞台の端まで吹き飛ばされた。
帝国の生徒はピクリとも動かず、即座にライフゲージの魔道具が作動する。
一瞬にして試合は終了した。
(クローディアが怒っているところを初めて見たな。なかなかの気迫だ)
観客席のグランは、心の中で驚いたように呟く。
『普段おとなしい人を怒らせたら怖い、ということですね。それにしても、あの戦い方はまるでマスターのようです』
アンサートーカーが冷静に指摘した。
(そうだな。普段は中距離で牽制しながら戦うスタイルなのに、真っ向から殴りに行ったからな。よほど頭に来ていたんだろう)
グランも苦笑しながら、脳内で同意する。
『マスターも怒らせたら、あのように物理でぶん殴られそうですね』
(……恐ろしいことを言うな)
グランは背筋が寒くなるのを覚えた。
演習場の舞台は、完全に静まり返っていた。
トータルでの結果は帝国側の勝利である。
だが最後の大将戦で見せつけられたのは、次元の違う圧倒的な実力差だった。
クローディアに対し、帝国の学年選抜が束になっても勝てないと思わせるほどの凄まじい決着である。
クローディアは舞台の中央で優雅に一礼し、静かに立ち去っていく。
そして数秒の静寂の後、観客席から地鳴りのような大歓声が一斉に沸き起こった。
こうして、波乱に満ちた一年生の学年選抜試合は、帝国の勝利として幕を閉じた。
少しの休憩を挟み、いよいよ二年生の部門が始まる。
王国側の二年生選抜は、一人の伯爵家の男子生徒を除き、すべて『蒼白銀の翼』のメンバーで構成されていた。
そして王国の先鋒として舞台へ上がったのは、その伯爵家の生徒である。
マルクたちの出番は彼の後になるようだ。
観客席で見守るグランは、先鋒を務めるこの伯爵家の男を「なかなかできる奴だ」と高く評価していた。
時は少しさかのぼり、選抜メンバーの顔見世が終わった合同鍛錬の初日。
グランが彼の実力を見るために手合わせをした直後、セルフィリアが「この者の指導は私がする」と名乗り出たのだ。
グランは面白く思い、そのまま彼女に指導を許可した。
後で話を聞いたところ、選抜会議での彼のやり取りを見て、セルフィリアは少し思うところがあったらしい。
その伯爵家の生徒はセルフィリアと同じく、剣を主軸にしながら魔法もそつなくこなすオールラウンダーだった。
セルフィリア自身、普段は剣で戦う姿が目立つが、魔法も極めて高水準で扱えるため『蒼白銀の翼』の中では万能型に近い。
本人は「剣で斬るのが好きだからそうしているだけ。グランが相手なら手段なんて選ばないけどね」と、笑顔で物騒なことを語っていた。
指導を受ける伯爵家の生徒側も会議の一件以来、セルフィリアに強い尊敬の念を抱いており、彼女から吸収できるものはすべて吸収しようと必死に喰らいついていた。
今回の短い合同鍛錬において、もっとも劇的な成長を遂げたのは間違いなく彼である。
そして今、先鋒戦の舞台で対峙する帝国の生徒もまた、同じ伯爵家出身の男だった。
奇しくも相手は、彼と同じ『剣と魔法のオールラウンダー』であり、身分も同じ伯爵家であった。
先ほどの一年生の部では、王国の侯爵家が帝国の伯爵家に敗れている。
単純な地力の強さだけで比較すれば、おそらく今回も帝国の生徒のほうが上だろう。
しかしグランは、この短期間で驚異的な成長を遂げた王国の伯爵家の男に、確かな期待を寄せていた。
そして、開始の合図と共に試合が幕を開ける。
王国と帝国の生徒は、初手から息を呑むような剣戟を繰り広げた。
お互いが一歩も譲らず、激しく打ち合う。
渾身の力を込めて剣を振り抜き、それを間一髪で防ぎ切る。
それはまるで、己の誇りと信念を真っ向からぶつけ合うような、非常に見ごたえのある攻防だった。
このままの剣戟では埒が明かないと、互いに判断したのだろう。
二人はほぼ同時に、己の刃へ魔法を宿した。
王国側の生徒は鋭い『風』を、帝国側の生徒は凍てつく『氷』を剣に纏わせる。
そして、示し合わせたかのように双方が一気に踏み込んだ。
真正面から激突する二振りの魔法剣。
鋼と鋼が軋む音に重なるように、風と氷の魔法が激しく弾け合う轟音が演習場に鳴り響いた。
激しい衝突の衝撃で、二人とも大きく後ろへと下がる。
帝国の生徒は即座に剣を構え直すが、対する王国の生徒は刀身を真っ直ぐ上段へと構えた。
そして、膨大な暴風の魔力がその剣に収束していく。
「ストームスラッシュ!」
振り下ろされたそれは、まるで風の属性を纏った『オーバーエンド』だった。
帝国の生徒は急いで氷の防御障壁を展開するが、暴風の刃は障壁ごと真っ二つに粉砕し、その体を切り裂く。
帝国の生徒のライフゲージがゼロになり、王国の生徒の勝利が確定した。
すさまじい剣技による決着に、会場全体が大きく沸き立つ。
勝利した王国の生徒は、倒れた帝国の生徒のもとへ近づき、そっと手を貸した。
帝国の生徒もその手を取って立ち上がり、互いの健闘を爽やかに称え合う。
その誇り高い光景を見て、観客席からはさらに惜しみない大歓声が送られた。
(あれは……『オーバーエンド』みたいだな?)
グランは脳内でアンサートーカーに問いかける。
『構えはそうですが、彼の現在のステータスで本物を撃つことはできません。おそらくセルフィリア様のオーバーエンドを見て、自分なりにアレンジしたのでしょう』
(セルフィリアの教え方が上手かったようだな。彼自身の解釈とイメージがしっかりしていたからこそ、形にできたんだろう)
『そうですね。セルフィリア様は個人としての強さもさることながら、人に教えるのも大変お上手です。今回の合同鍛錬で、あの者が一番伸びたと思います』
(本当にそうだな。『人間、やる気があれば何でもできる』って言ってた奴がいたけど、その通りだ)
グランは心の中で深く頷き、王国学園にとっての貴重な初勝利を静かに祝った。
そして次は、いよいよマルクたちの出番である。
次鋒はレキシ、中堅はニーナ、副将はカロン、大将はマルクという布陣のようだ。
グランは対戦相手となる帝国の生徒を見る。
場内にアナウンスが流れ、どうやら相手は子爵家のご令嬢のようだった。
『……まるで勝負になりませんね。先ほどの先鋒の伯爵の者より、実力が数段劣ります。おそらく帝国側は、初戦に一番の実力者を置いて確実に勝利し、勢いをつけたかったのでしょう。レキシ様の風魔法による波状攻撃を受けて、すぐに終わるはずです』
アンサートーカーが脳内で冷静に告げた。
(まあ、帝国もこのまま黙ってやられるわけじゃないだろうさ。それよりもうすぐ始まる。しっかり見よう)
グランは心の中でそう思い、静かに演習場の舞台へと目を向けた。
試合開始の合図が鳴ると同時、帝国の生徒は杖を構えて高速の詠唱を始めた。
子爵家出身としては、なかなかの魔力量と、優れた魔力操作である。
しかし、レキシは無詠唱で風魔法を発動させ、ふわりと軽やかに宙へ浮き上がった。
それを見た帝国の生徒は驚愕し、さらに詠唱速度を上げようとする。
だがそれより早く、レキシは前方に多重の魔法陣を展開した。
合同鍛錬の初日に、三年生の王国選抜であった伯爵令嬢が見せた、あの風の波状攻撃をいともたやすく繰り出したのだ。
圧倒的な手数と暴虐なまでの威力に、相手の子爵令嬢は詠唱を中断して防御障壁を張る。
しかし、障壁は紙のごとく瞬時に引き裂かれ、彼女は風の直撃を受けて舞台の端へと吹き飛ばされた。
即座にライフゲージの魔道具が作動し、試合終了を告げる。
あまりにもあっけない、次元の違う決着に、観客たちは唖然として言葉を失っていた。
レキシは舞台の中央で一礼し、控えに戻ってマルクたちと笑顔で勝利を喜び合う。
一足遅れて我に返った観客席から、割れんばかりの大歓声が沸き起こった。
その頃、貴賓席に座る帝国学園長は小刻みに震えていた。
昨年は確かに『四聖華』や王女、そしてあの規格外の平民の男に度肝を抜かれたが、脅威なのはその六人だけだと思っていたのだ。
現にその六人は、一人を除いて全員が上の『学園選抜』に引き上げられている。
主力が抜けて穴の空いた二年生選抜が相手なら、帝国側が苦労することなどないと考えていた。
それなのに、目の前の平民の生徒たちがあれほどの異常な実力を持っていることに、驚きと戦慄を隠せなかった。
これで王国側が二連勝となり、次の中堅戦を落とせば帝国の敗北が確定してしまうと、彼女は滝のような冷や汗を流して焦り始める。
しかし、そんな帝国学園長の祈りもむなしく、続く中堅戦、副将戦、大将戦はすべて一瞬で蹂躙された。
茫然自失となる帝国学園長に向かって、王国学園長が誇らしげに語りかける。
「あれが我が王国学園の最強の修練会、『蒼白銀の翼』ですよ。あの子たちが今の王国学園の頂点ですな」
「まさか、そこの主将というのは……」
帝国学園長が震える声で尋ねた。
「ええ、ご想像の通りです」
王国学園長は満面の笑みでそう答え、それ以上は何も語らなかった。
(やはり、あの男か……! どうにかして帝国へ来てくれるよう、一度本気で交渉してみるべきか……?)
帝国学園長は心の中で、なりふり構わぬ引き抜きを真剣に検討し始める。
こうして二年生の学年選抜戦は、王国側の完全勝利というこれ以上ないほど輝かしい幕引きとなった。




