第135話:夢のひと時
皆を見送った後、オリヴィアといざ二人きりになると、グランは少し気まずくなる。
「では、寝ましょうか」
オリヴィアはそう言うと、なぜかソファのほうへ向かおうとする。
「いやいや、ベッドで寝てよ」
グランが慌てて止めると、オリヴィアは微笑みながら返した。
「あら、添い寝してくれないのですか?」
「いや、王族にそれはまずすぎるだろ」
「セルフィリアとは一緒に寝てキスまでしたのに?」
「えっ、なんで知っているんだ!?」
グランが驚愕して聞き返すと、オリヴィアはあっさりと答える。
「『グランを堕とす会』は、情報を共有する掟があるのです」
「それってみんなが俺にしたことと、俺がみんなにしたこと、全部筒抜けなの?」
「ソフィアさんとは、ほぼ裸同然で抱き合ったらしいですね」
オリヴィアが楽しげに微笑みながら言うと、グランは完全に頭を抱えた。
(全部ばれているのか……!)
オリヴィアは微笑みながらグランに告げた。
「心配しないでください。今の話は私たちの間でしか知りえないことです。それに、『グランを堕とす会』の掟があるので、あなたに無理矢理迫るような真似はしませんわ……堪能はしますけれど」
グランは心の中で盛大にツッコミを入れた。
(いや、堪能はするのかよ!)
しかし、このまま自分がソファで寝ると主張し続けても、どうせ彼女のことだから夜中にこっそり近づいてくるに決まっている。
そう悟ったグランは、深くため息を吐いた。
仕方なく、本当に仕方なく、オリヴィアの部屋の豪華なクイーンサイズのベッドに腰を下ろす。
すると、それを見ていたオリヴィアの顔にぱぁっと明るい笑みが浮かんだ。
彼女はいそいそとクローゼットへ向かい、なんとグランの目の前で制服に手をかけ、寝間着に着替え始めたのだ。
グランは慌てて顔を背け、手で目を覆う。
「ちょっとオリヴィア! 俺がいるのに何してるんだ!」
しかし、オリヴィアは不思議そうに小首を傾げた。
「これから寝るのですから、着替えているだけですわよ?」
彼女は全く悪びれる様子もなく、むしろ自分の部屋で着替えるのが何が問題なのかと平然と答えた。
「グラン、着替え終わりましたわ」
その声に、グランは恐る恐るそっと振り向いた。
振り返った先には、薄手のネグリジェを身に纏ったオリヴィアの姿があった。
グランは反射的にバッと視線をそらす。
「オリヴィア! いくらなんでもその服装は刺激的すぎる!」
対するオリヴィアは全く動じる様子もない。
「あら、私は恥ずかしがるような体型はしておりませんわ」
むしろ堂々とグランの前に歩み寄り、その美しいプロポーションを見せつけるようにポーズをとった。
グランがたまらずギュッと目をつぶると、不意に肩を押され、そのままベッドへと押し倒されてしまう。
「ちょっと! 無理矢理迫らないって言っただろ!」
グランが慌てて抗議する。
「あら、これから寝るのですからベッドに寝転ばせただけですわ。迫ってなどいませんよ?」
オリヴィアは悪びれもせず、そんな屁理屈を並べ立てる。
(このままだと絶対に食われる……!)
危機感を覚えたグランは、俊敏な動きでオリヴィアの腕から逃れた。
そして急いで布団の中へもぐり込み、背を向けて寝る体勢を整える。
オリヴィアは楽しげな微笑みを浮かべながら、グランのすぐ横に入り込んできた。
そして、背を向けて丸まっているグランに、後ろからぴったりと抱き着く。
「そんなふうに後ろを向かないで、寂しいわ。私を見てくださらないかしら?」
耳元で甘く囁かれ、グランはしぶしぶオリヴィアのほうへと向き直った。
すると、オリヴィアは突然グランにキスをし始めた。
グランはびっくりして逃げようとするが、両手で顔を固定され、好き放題にキスをされてしまう。
しばらくの間じっくりと堪能され、オリヴィアがようやく唇を離すと、彼女は潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。
「王族のあなたとこんなことをしたら、俺は責任を取らなければいけなくなるじゃないか」
グランがたまらずそう言うと、オリヴィアは静かに首を振る。
「今日ここで起こったことは、ここだけの秘密の出来事です。それよりも今は、王女としてではなく、ただの一人の女として私を見てくださいませんか」
グランはそんな彼女の切実な瞳を無下にすることもできず、そっとオリヴィアの頭を優しく撫でた。
するとオリヴィアは気持ちよさそうに目を細め、グランの掌の温もりを堪能し、ぽつりとこぼすように言った。
「私は学園を卒業したら、恐らく他国へ嫁がされることでしょう」
グランはその言葉に驚きを隠せなかった。
「オリヴィアは王国でもトップクラスの魔法使いだ。それなのに、その力を他国へ流出させるというのか?」
オリヴィアはすべてを悟ったような、どこか諦めの混じった表情を浮かべる。
「王太子殿下がそのように話を進めているようです。殿下は将来の国王です。王位が譲位されれば、一気に話が進んでしまうでしょう」
「それは……いつ頃の話になるんだ?」
グランが深刻な声で尋ねる。
「早ければ学園を卒業してすぐ。遅くても、私が二十歳になる頃に決まるはずです」
だからこそ、今この瞬間を大事にしたいのだと彼女は言い、再びグランの上に覆いかぶさった。
「一人の女として、私の純潔はあなたに捧げたい……けれど、私は王女です。この国のためであるなら、己の身も命も差し出す覚悟をしなければなりません」
オリヴィアはグランの顔に近づく。
「だから、今だけは私のわがままを聞いてください。もちろん、お互いの立場のためにも最後まではいたしません……どうか、お願いします。グラン様」
オリヴィアは普段、彼のことを呼び捨てにしている。
しかしこの時だけは違った。
偉大なる魔導士として、そして一人の愛する男として、敬意と慕情を込めて「様」付けで呼んだのだ。
グランも彼女のその重い覚悟と深い想いを受け止め、静かに頷いた。
「……わかった」
その返事を聞いた瞬間、オリヴィアはぱぁっと顔を明るく輝かせる。
そしてグランの寝間着の上着を器用に脱がせると、彼の体をたっぷりと堪能しながら、何度も甘いキスを繰り返すのだった。
しばらくの時間が経ち、十分にグランの体を堪能したオリヴィアは、満足そうに彼から離れた。
「今日のこの出来事は、私の人生で一番幸せな時間になるでしょう。夢のようなひと時でした。本当にありがとうございます」
グランはオリヴィアに好き放題されたうえ、魔力が切れていることもあってぐったりとしていた。
「ふふっ、そろそろ眠くなってきましたわ」
オリヴィアはそう言うと、グランの腕を引いて自分の頭を乗せ、腕枕の体勢になる。
そしてそのまま彼にぎゅっと抱き着き、安らかな寝息を立て始めた。
グランもその温もりに包まれながら、静かに眠りについた。
そして朝になり目を覚ますと、オリヴィアはすでに起きており、隣でグランの寝顔をじっと見つめていた。
「……おはよう」
「おはようございます、グラン様」
オリヴィアは昨夜と同じように、まだ彼を様付けで呼んだ。
「ここを出たら、私とあなたの関係はいつも通りに戻ります。だから、ギリギリまで堪能させていただきますわ」
そう言うと、オリヴィアは再びグランに抱き着き、熱いキスをし始めた。
グランは抵抗する気力もなく、もうなすがままにされていた。
一通りの愛撫が終わった後、グランが呆れたように告げる。
「オリヴィアって、意外と情熱的なんだな」
「私はもともとこういう性格ですよ。王女という立場だから、普段は抑えているだけですわ」
オリヴィアはそう言って、誇らしげに胸を張る。
グランはそんな彼女の姿をかわいらしいと思ったのか、自らオリヴィアに近づき、そっと唇を重ねた。
オリヴィアは不意打ちに目を丸くして驚いたが、すぐに嬉しそうにはにかんだ。
「自分でするのもいいけれど、してもらうほうがもっといいわね」
その後、お互いに着替えを済ませ、グランは部屋で合流した四聖華と皇女の協力を得て、誰にも見つかることなく女子寮を脱出し、無事に男子寮へと帰っていった。
グランを見送った六人は、すぐにオリヴィアの部屋へと戻っていった。
そして、昨夜グランとの間に何があったのかをオリヴィアから根掘り葉掘り聞き出し、きっちりと情報を共有していた。
一方、グランが男子寮に戻ると、マルクとカロンがニヤニヤしながら待ち構えていた。
「昨日、どうだったんだ?」
二人にからかわれ、グランは呆れたように答える。
「チョコをもらって、朝になって戻ってきただけだ」
「朝帰りかよ! いい身分だな!」
マルクとカロンが大げさに囃し立てる。
グランは反論しようとしたが、昨日の昼の騒動で彼らにふざけた助言をして迷惑をかけたので、言葉を飲み込んだ。
「うるせぇ!」
結局、顔を赤くしながらそう言ってごまかすしかなかった。
こうして、グランにとって激動のバレンタインデーは終わりを告げた。
そしてまた、いつもの騒がしくも平和な日常へと戻っていくのだった。
ちなみにレインがなぜあの場にいたのかというと、チョコを渡すために忍び込んでいたらしい。




