第134話:恋の駆け引き
一方そのころ、女子寮の大部屋では八人の女性が会議を開いていた。
セルフィリアが口を開く。
「今日のグランは見てて、ちょっとかわいそうだったわね」
ルヴィリスがそれに答える。
「いえ、これがいいの。いつも私たちから迫っているから、グランも本気にならない。押してもダメなら引いてみる。メイドに聞いたやり方だけど、効果はてきめんだったでしょ?」
エルスメリアも微笑みながら頷いた。
「ああ、かわいそうなグラン君。これが終わったらたっぷり癒してあげる」
ソフィアが心苦しそうに呟く。
「もう見てて我慢の限界でした。こっそり慰めようと思いましたが、今日は鉄の掟を結んでいたので出し抜くこともできなかったです」
ディアドラが腕を組みながら同意する。
「一人が出し抜いたらすべてが水の泡となるからな。それに、みんな我慢していただろう」
オリヴィアが楽しげに宣言した。
「さあ、仕込みは終わりました。これからグランの部屋に突撃しますわよ」
そこでベアトリクスが冷静なツッコミを入れる。
「ねえ、みんな?突撃するのはいいけど、どうやって平民の男子寮に行くつもりなの?」
オリヴィアは自信満々に胸を張った。
「そこは任せなさい。入ってきて」
部屋に入ってきたのは、レキシとニーナだった。
レキシが報告する。
「マルクとカロンにうまくするように言ってきました。決行は21:00で伝えています」
ニーナも笑みを浮かべてオリヴィアに言った。
「今日のお昼の騒ぎがよかったわね。あれで弱みを握れたから、二人とも快く協力してくれました」
オリヴィアは満足げに頷く。
「お二人ともよくやりました。ありがとうございます」
「みんなのお役に立ててよかったです」
「これでグラン君も、みんなのことをもっと意識するでしょう」
レキシとニーナは声を揃えた。
そこに同席していたクローディアが安堵の息を吐く。
「演習場でグラン先輩にばれないかとドキドキしていました」
クローディアはトレースに前もって今日の作戦を伝えており、トレースも商人としてのポーカーフェイスでばれないように立ち回っていたらしい。
ルヴィリスがクローディアに尋ねる。
「クローディアもグランにチョコ渡すのでしょ?」
クローディアは少し頬を染めながら答えた。
「私は……皆さんのような恋心というより、恩人としての気持ちのほうが強いです。異性として気にならないといえば嘘になりますが、それでも今は恩を感じているほうが強いです」
ルヴィリスは優しく微笑んだ。
「充分よ。じゃあ、もうすぐ時間だからみんな準備してね」
そして男子寮の前で八人が待機していると、マルクとカロンが現れた。
マルクがオリヴィアに作戦を伝える。
「今、巡回中の監視員がいるので、そいつに俺たちが話しかけて注意をそらします。その隙にグランの部屋に行ってください。部屋の場所はわかりますよね?」
「大丈夫よ。協力ありがとう」
ルヴィリスが礼を言うと、カロンは苦笑いをした。
「グランはやっぱり愛されているな」
「では、行ってまいります」
マルクが先に寮へ戻っていく。
少し遅れてカロンが八人を寮内へ誘導し、誰もいないことを確認し合図を送った。
「今です」
その合図とともに、ルヴィリスたちは寮に侵入する。
誰にも見つからず、グランの部屋の前に到着したが、ここでエルスメリアが念のため鑑定の魔眼を使う。
「大丈夫、防衛魔法とかは掛かっていないわ。じゃあ、みんな入るわよ」
エルスメリアがそう言い、そっと扉を開けようとする。
ガチャガチャ
鍵が締まっている。
それはそうだ、鍵をかけているに決まっている。
八人は当たり前のことを忘れていたためその場で焦る。
「ちょっと、ここにきて、鍵が開いてないとかありえるの?!」
「どうしましょう……扉を壊したら音を聞きつけてみんな来るわ」
八人はグランの部屋の前であたふたしていると、廊下の窓の外から声が聞こえてきた。
「お困りですか?」
その声の主はレインだった。
皆は窓の外で張り付いているレインのその姿を見てびっくりするが、エルスメリアは冷静に話す。
「グラン君の部屋の扉の鍵が締まっているのです。どうにかできないかしら?」
「お任せください。」
レインは主のその言葉に答え、シュッと外から中へ入ってくる。
そして扉の前で何か金具を取り出すと、鍵穴に金具を入れカチャカチャといじりだした。
そして物の数秒でカチャンとなり、扉の鍵が解錠された。
「ありがとうレイン、助かったわ」
エルスメリアのその言葉にレインは「もったいなきお言葉。」といい、そのまま八人に合流する。
そして皆は気を取り直して、グランの部屋の扉を開け中に入る。
すると部屋は真っ暗で、グランはベッドできれいに眠っていた。
エルスメリアがそれを見て抑えられなかったのか、グランに飛びかかろうとしたが、ルヴィリスとソフィアとディアドラが慌てて体をつかんで止める。
「ちょっと!今ばれたらやばいでしょ!」
ルヴィリスが小声で叱る。
「ごめんなさい。つい、かわいい寝顔で……」
エルスメリアは全く悪びれる様子もなく、グランの寝顔をちらちらと見る。
「相変わらずかわいい寝顔ね」
四聖華やセルフィリアも、うっとりとした表情を浮かべた。
「グランの寝顔、予想以上にかわいらしいわね」
オリヴィアは初めて見たのか、感嘆の声を漏らしながらグランのほっぺたをつんつんとつつく。
「あんまり触ると、起きちゃうわよ」
セルフィリアが注意するが、グランは全く起きる気配がなかった。
「さあ、始めるわよ」
ルヴィリスがそう言うと、みんなでグランに睡眠魔法、不感魔法などをかける。
体に触れなければ起きないだろうと思い運び出す。
そして待機していたマルクとカロンに見張りをさせ、男子寮からグランを文字通り拉致する。
四聖華や王女と皇女、そしてベアトリクスやクローディア、あとから合流したレインは、自分たちがとても悪いことをしていることに気付いているが罪悪感よりスリルが勝り、そしてこうもうまくいくとは思わずものすごく興奮していた。
そのまま女子寮へ移動し、オリヴィアの私室に運び込む。
王族の部屋はかなり広く、九人でも余裕だった。
オリヴィアは前もって衛兵などに指示をして、今日の警護にあえて穴を空けていた。
四聖華と王女と皇女は王族の部屋で誰も近づかないことをいいことに、一晩中グランを堪能し、グランが自分たちを意識している今、あわよくばこの勢いで手を出してもらおうとしていた。
「えっ!みんな噓でしょ!ドッキリか何かだと思ってたのに!」
「先輩方、大胆すぎます……」
それを今初めて聞いたベアトリクスはびっくりして声を上げ、クローディアも興奮した様子で言った。
ルヴィリスが楽しげに告げる。
「それじゃあ、そろそろ私たちの王子様を起こすわよ」
そうして、みんなでグランの体を激しく揺さぶる。
グランは激しく揺さぶられたことにより目を覚ます。
「う、うん……」
目を開けると自室ではなく、全く見知らぬ天井だった。
「え、どこだ?ここ」
すぐに覚醒し、周囲を見渡すと微笑みを浮かべた九人がいた。
「え、なんだこれ」
グランは夢だと思って自身の頬をつねるが、普通に痛い。
夢じゃないことに気づき、グランは今日あった出来事を思い出し、今から罵詈雑言を浴びせられて公開処刑になるんだと思い絶望する。
ルヴィリスが優しく声をかける。
「グラン」
するとグランは、思い詰めたように一気に言葉を吐き出した。
「……俺は君たちの好意を知っているにもかかわらず、それをないがしろにした結果、こうやって愛想を尽かされるのも当然だ。もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ。これが終わったら、俺は学園を退学して君たちの前から消えよう」
それを聞いたレイン以外の八人は一斉に頭にはてなマークを浮かべる。
しかしグランが本気で言っているのに気づくと、全員慌てて弁明し始めた。
いわく、押してもダメなら引いてみるをした結果だという。
グランはそれを聞き、顔を覆ってとても恥ずかしがる。
みんなもまさかここまで追い詰めてしまったことに罪悪感がわき、先ほどまでの勢いが雲散する。
するとベアトリクスがグランの前に進み出た。
「グラン、今日はバレンタインだね。はい、チョコレート。去年と違って義理じゃないよ」
グランはそれを聞いて驚く。
「ベアトリクス、君は婚約者がいるだろう?何を言っているんだ」
「ごめんね。私の中の小さなケダモノが抑えられなかった。婚約者は大事だけど、グランのことも好きだよ。だから返事はいらないけど、気持ちは伝えたかったの」
グランは唖然とするが、彼女の真剣な瞳を見て頷いた。
「ベアトリクスの気持ち、確かに受け取った。ありがとう」
それを聞いたベアトリクスも微笑む。
「グラン、ありがとう」
少しだけ、部屋の中がいい雰囲気になる。
それを見ていたクローディアも、勢いでグランにチョコを渡した。
「私もグラン先輩のこと、異性として気になります。でも今は恩を感じている気持ちのほうが大きいです。だからこれは、感謝の気持ちです」
グランはそれを受け取り、優しく微笑む。
「クローディア、ありがとう」
クローディアはもらってくれたことに安堵し、嬉しそうに表情を和らげた。
二人の純粋な気持ちを見て、四聖華と王女と皇女は自分たちがしようとしてたことを顧みて、一気に恥ずかしくなる。
グランは状況を把握しようと問いかけた。
「とりあえずここから出たいんだが、ここはどこなんだ?」
オリヴィアがハッと意識を戻して答える。
「ここは私の部屋ですわ」
「今、何時だ?」
「もう22:00を超えているわよ」
「まずい!」
グランの焦った声に、みんなが不思議そうにする。
「どうしたの?」
「もう男子寮が閉まるから戻れない」
ルヴィリスが尋ねた。
「ゲートで戻れないの?」
「さっき魔力操作の極意をしたから、今魔力はすっからかんだ。だから収納魔法も使えない」
グランがその事情を伝えると、オリヴィアがあっさりと提案する。
「じゃあ、今日はここで寝ればいいでしょう」
「いや、だめだろ」
グランが拒否するが、オリヴィアは気にした様子もない。
「私とは一緒に寝れないというのです?四聖華とセルフィリアとは一緒に寝たのに?」
その言葉に、ベアトリクスとクローディアはびっくりする。
ベアトリクスが少し悲しそうに言う。
「グラン、みんなとそういう関係だったの?」
「いや、誤解だ!確かに一緒に寝たが、言葉通りただ寝ただけだぞ!」
クローディアも目を丸くしている。
「びっくりしました。みなさんとはそういう大人の関係だと思ってしまいました」
オリヴィアはさらに言葉を続ける。
「今日はもうここから出ることはできないのですから、明日はちょうどお休みですし、問題ないでしょう?」
すると、四聖華と皇女が一斉に声を上げた。
「だめよ!私と寝るのよ!」
彼女たちはそう言って、激しい言い争いを始めた。
ベアトリクスとクローディアは、グランに渡すものは渡せたので満足したようだ。
「じゃあグラン、がんばってね、おやすみなさい」
二人はそう言い残し、さっさと部屋へ戻ろうとする。
「お、おい!見捨てないでくれ!」
グランが引き留めるが、ベアトリクスはグランを見て爆弾発言を落とした。
「今度、私とも一緒に寝てね」
「グラン先輩、私もお願いします!」
クローディアもそれに便乗し、二人はそのまま部屋を出て行った。
残された六人はまだ言い争っている。
グランは皆をなだめ、四聖華と皇女に告げた。
「今からここを出ようとしても、ばれるリスクのほうが高い。今日は王女様の部屋で寝るよ」
そして、自分はそこのソファで寝ると宣言する。
四聖華も皇女も、それ以上言っても仕方がないと渋々納得した。
「今日はオリヴィア様にお譲りしますが、次は譲りません」
皆は各自の部屋に帰っていこうとするが、ふと思い出したかのように、それぞれチョコをグランに手渡す。
「初めから渡しておけばよかったわ」
ルヴィリスが苦笑しながら言う。
「みんな、ありがとう」
グランも素直に受け取り、皆を見送った。




