第132話:白き大地の復活
ボス部屋から続く最奥の部屋に入ると、そこには負の魔力を放つ真っ黒なダンジョンコアが鎮座しており、中に入った瞬間、グランたちはダンジョンコアからいびつな負の魔力が放たれているのをはっきりと感じ取った。
「あとは専門外だから、グラン君に任せるよ」
「わかりました」
グレイがそう言って一歩下がると、グランも頷く。
四聖華やオリヴィアはダンジョンを最後まで攻略するのが初めてなのか、興味津々な様子で最奥の部屋を見回していた。
グランはダンジョンコアに近づき、解析魔法を使用する。
『私たちが来てよかったですね。このまま何も知らずにダンジョン踏破者としてコアに触っていれば、負の魔力に侵食されていましたよ』
脳内でアンサートーカーが告げた事実に、グランは戦慄する。
(侵食されるとどうなるんだ?)
『ダンジョンコアに吸収されるか、はたまた魔人に変えられるか。様々な事象が起こります』
(魔人化……三百年前の魔王と一緒か)
『魔王ヴィランドルは不屈の精神で魔人化を制御していましたが、通常の人間が魔人化すると精神は崩壊し、魔力と生命が尽きるまで破壊の限りを尽くします』
(恐ろしすぎるだろ……。仮にここのメンバーが一人でも魔人化したら、大災害じゃすまないぞ)
『そうですね。だから本当に私たちが最初で助かりました』
(じゃあ、さっさとコアも龍脈も調整するか)
グランは振り返り、みんなに聞こえるように声を張り上げた。
「この調整が終わったら、ダンジョン踏破者としてコアに登録できる。それまでは少し休憩していてくれ」
そして、グランはまずダンジョンコアの修復と調整に取り掛かった。
全身から蒼白銀の魔力が溢れ出し、ダンジョンコアに複雑な魔法陣が展開される。
それを見たオリヴィアがすかさず近づいてきて、グランの魔法をキラキラとした目で見物し始めた。
「オリヴィア、ちょっと近くないか?」
グランが苦笑いしながら尋ねる。
「お気になさらずに」
オリヴィアはそう言って、瞬きすら惜しむように魔法陣を凝視し続けた。
(さっさと終わらせよう……)
グランは集中し、解析情報をもとにアンサートーカーと共にコアの修復を進めていく。
一時間ほど経過すると、周囲に蔓延していた負の魔力が完全に消え去り、ダンジョンコアは本来の灰色の輝きを取り戻した。
グランがコアに手をかざすと、無事にダンジョン踏破者として登録がなされた。
「これでダンジョン踏破者として登録できるぞ。報酬もなかなか豪華だな」
グランが声をかけると、皆はすぐに集まってきて、各々がコアに手をかざして登録を行っていく。
みんなが楽しそうにクリア報酬を選んでいる間に、グランはさらにその奥へと進む。
すると、これまでとは比べ物にならないくらい、凄まじい暑さがグランを襲ってきた。
『この先は人の身では耐えられないほどの異常な暑さです』
アンサートーカーからの警告を受け、グランはいったん皆の元へと戻った。
「ここから先はとても暑くて、人間じゃ耐えられない環境になっている。だから絶対に入らないでくれ」
「グランは大丈夫なの?」
ルヴィリスが心配そうに尋ねると、グランは頷く。
「俺はどうにかできるから安心してくれ」
「残念ですわ。龍脈を拝めると思っておりましたのに」
オリヴィアが本気で悔しそうに肩を落とす。
「私の氷結魔法で防ぐことはできませんか?」
ソフィアが提案するが、グランが脳内でアンサートーカーに確認すると『一瞬で溶かされます』と無情な返事が返ってきた。
「ごめん、ソフィアの氷結魔法でも一瞬で溶かされてしまうらしいんだ」
「そんな……グラン様のお役に立てないなんて」
ソフィアも深く悔しそうに俯く。
「ヴァスティール領の問題なのに、ここで足踏みすることになるとは……」
ディアドラとグレイも歯痒さを隠せないようだったが、グレイはすぐに顔を上げ、真剣な眼差しを向けた。
「グラン君、後は頼んだ」
「みんな、グランの邪魔をしちゃ悪いし、ダンジョン報酬の相談でもしましょう」
セルフィリアが場の空気を変えるように提案する。
「そうですね。このままグラン君をここで足止めさせるのも悪いですし。グラン君、早く帰ってきてね」
エルスメリアも優しく微笑んでグランを送り出す。
皆と別れたグランは強力な防御膜を張り、一人で奥に続く部屋へと足を踏み入れた。
そしてアンサートーカーが解析をする。
『この壁の向こうに空洞になっている場所があり、そこに龍脈があります』
グランはそれを聞き、なるべくダンジョンを壊さないように慎重に穴をあけ、空洞に出る。
そこには、巨大なエネルギーの奔流である龍脈がむき出しになっていた。
「……暑すぎる。さっさと終わらせよう。アンサートーカー、解析と指示を頼む」
『解析完了。龍脈の本流から漏れ出した魔素が、長年をかけて新たなる通り道を作ろうとして枝分かれしている状態です。ここにダンジョンコアから漏れた負の魔力が混ざり込み、龍脈を通して領地全体に流れ込んでいるようです。ダンジョンコアは浄化して調整しましたが、龍脈をこのまま放置してもあまり意味はないでしょう。この枝分かれしている龍脈を閉じ、本流を少し拡張して魔素の流れを安定させましょう』
「ダンジョンには影響はないのか?」
『ここはもともと、そこまで難易度が高いダンジョンではありませんでした。それが龍脈の異常で魔素がダンジョンコアに過剰供給され、負の魔力と相まって難易度が強制的に上がっていただけです。ですので、これからこのダンジョンをクリアしても、あれほどの報酬はもう出ないでしょう』
「じゃあ、今回一回限りの豪華な報酬なんだな。それなら早く戻って教えてあげないとな」
現状とやるべきことを把握したグランは、今まで抑えていた規格外の力を完全に解放し、龍脈の調整に取り掛かった。
そして、三時間が経過した。
枝分かれした龍脈を閉じ、すべての修復と調整を終えたグランは、最後に少しでも早く浄化されるように自信の魔力を龍脈につぎ込み、無事に皆の待つ部屋へと戻ってきた。
グランは皆にダンジョンの変化について説明し、「今回の豪華な報酬は一回限りのものだ」と伝えた。
それを聞いた皆は顔を見合わせ、より一層真剣な表情になって、慎重にクリア報酬を選び始めた。
グランもダンジョンコアに手をかざし、自身に提示されたクリア報酬を確認する。
1.炎剣フランベルジュ
2.炎鎧フレイムアーマー
3.絶火の指輪
4.魔法書「獄炎魔法メギドフレイム」
5.炎耐性の上昇
(装備品や魔法書は分かるが、炎耐性の上昇は微妙だな……)
グランが内心で呟くと、アンサートーカーがそれぞれの報酬について詳細な解説を始めた。
『「炎剣フランベルジュ」は、炎属性が付与された剣です。魔力を通すだけで炎を纏うことができ、切れ味も業物クラスです。」
『「炎鎧フレイムアーマー」は、炎属性が付与された鎧です。魔力を通すと炎を纏うことができ、耐火と耐熱の効果が非常に高いです。』
『「絶火の指輪」は、炎を無効化し、氷と水の属性効果を半減させます。ただし、使用者の炎属性の魔法も無効化します。なかなか尖った性能です』
『魔法書「獄炎魔法メギドフレイム」は、炎耐性無視の広範囲魔法「メギドフレイム」を覚えることができます。この魔法書を使うと、炎魔法の適性がなくても発動できるようになります。適性を持っている方が威力は高いですが、それでも魔法書自体がかなりの高値で取引されます。』
『そして「炎耐性の上昇」ですが、ステータス値を無視して上がるため、個人のステータス値の上限を超えて耐性が追加されます。装備なしで恒久的に能力が上がるので、あながちバカになりませんよ』
深く納得したグランは、アンサートーカーから聞いた解説をそのまま皆に説明してやった。
それを聞いたみんなは、各々真剣な表情で自身の報酬を選んでいく。
グレイは『炎剣フランベルジュ』にしたようだ。
剣を手にし、素振りをしながら真新しい武器の感覚を試している。
エルスメリア、ソフィア、ディアドラ、オリヴィア、セルフィリアの五人は、なんと『炎耐性の上昇』を選択した。
しかし、ルヴィリスだけは「むぅぅ……」と唸り声を上げている。
「どうかしたのか?」
グランが尋ねると、炎魔法を得意とする自分が、今後の模擬戦などでみんな相手に圧倒的に不利になってしまうと、少し拗ねているようだった。
「そういうことか」
グランは苦笑しつつ、自身の報酬として『魔法書』を選択した。
「ルヴィリス、君も炎耐性を取るんだ。そして、この魔法書を使え」
「ダメよ!そんな高価なものもらえないし、あなたの報酬よ!」
「俺はこの中の報酬は特に必要ないんだ。それに、ルヴィリスが悲しい顔をするのは忍びないからな。この獄炎魔法メギドフレイムは、相手の炎耐性を無視する特殊魔法だ。これなら不利にはならないさ」
「でも……」
「じゃあこうしよう。次に別のダンジョンで、他の人が不利になるようなことがあったら、俺はその時も同じようにする」
グランが提案し、ルヴィリスがみんなの顔を見ると、全員が優しく頷いていた。
「……じゃあ、今回はお言葉に甘えさせてもらうわ」
ルヴィリスも納得して炎耐性を取り、これで全員が報酬を受け取り終わった。
すると、ダンジョンの転送装置が作動する。
「これでダンジョン攻略完了だ。みんな、戻ろう」
グレイの号令とともに、転送装置の上に乗り、一行は地上へと帰還した。
地上へ着くと、周辺の魔物を討伐しながら待機していたグリフィスたちが一行を迎え入れる。
「無事だったか」
「はい。ダンジョンも攻略して正常化しましたし、龍脈もグラン君が完璧に調整してくれました」
「そうか……!では、これにて作戦終了だ!!」
グリフィスの高らかな宣言とともに、騎士たちの勝鬨が雪原に響き渡った。
その後、一行はヴァスティール邸に戻り、今回の事の顛末を侯爵夫妻に報告した。
グレイはダンジョン内の詳細を伝え、ダンジョン周辺の整備しダンジョンも使えるようになったので、戦利品が領地の収入にもなるから、騎士たちの訓練代わりに定期的に見に行くのもいいと進言し、侯爵も頷いて了承する。
そしてその日の夜は、ヴァスティール家を挙げての大宴会が開かれた。
ディアドラの誕生日会の直後ではあったが、テーブルには豪華な食事が並び、皆は安堵とともにそれに舌鼓を打つ。
そして、翌日。
グランは『聖域』で品種改良を施した特製の農作物の種をグリフィスたちに渡した。
そして、侯爵夫人が事前に用意してくれていた農地に、グランは魔法で巨大な結界を張る。
前世の知識でいうところの『温室ビニールハウス』である。
これはアンサートーカーと事前に研究を重ねて構築したものであり、グランのオリジナル魔法ではなく、この世界の理で作られた汎用的な術式だった。
これなら自分が死んだ後でも、代々にわたって領民たちの手で維持することができる。
そして、その強力な結界を維持するための動力源として、今回手に入れた『ケルベロスの魔石』を使うのだ。
『ケルベロスの魔石』はグリフィスとグレイがグランに渡すと決めたため、ならグランはこれを利用しようと考えていた。
「これで農地の温室状態が維持できます。時折メンテナンスを実施して、結界の状態を確認してください。そして、魔石には定期的に魔力を補充して維持してください。龍脈も正常化したので、この農作物もちゃんと育つはずです。頑張ってください」
「グラン・グラニアス……この恩は、ヴァスティール家として必ずお返しする」
侯爵が威厳のある、しかし深い感謝の籠もった声で告げ、侯爵夫人も同じように告げた。
そしてその日の夜、グランは与えられた部屋で休息していると、控えめに扉がノックされた。
扉を開けると、そこには寝巻き姿のルヴィリスが立っていた。
「どうしたんだ?」
グランが尋ね、彼女を部屋の中へと案内する。
ルヴィリスは、やはりダンジョン報酬のことで深く負い目を感じているらしく、グランに何かお返しをしてあげないと気が済まないらしい。
「別に気にするな」
グランは苦笑して言うが、ルヴィリスは頑として引こうとしない。
「じゃあ、ルヴィリスは何をすれば納得するんだ?」
グランがそう問いかけると、彼女自身も具体的な案はあまり思いつかないようだった。
(本当は昔読んだ恋愛小説みたいに『私を抱いて』なんて言ってみたいけれど、グランは絶対に手を出さないから意味がないわよね……)
ルヴィリスが内心でそんなことを考えながら少し困っていると、グランが助け舟を出した。
「じゃあ、今日は冷えるから一緒に寝てくれ」
「えっ!」
突然の提案にルヴィリスは驚いて声を上げる。
「それくらいしか思いつかないんだ」
グランがそう言うと、ルヴィリスは少し嬉しそうに微笑んだ。
「……わかったわ」
そして、嬉しそうにグランのベッドへと潜り込む。
しかし、しばらくするとまたグランの部屋の扉がノックされた。
扉を開けると、今度はディアドラが立っていた。
「明日は天気が晴れるそうだ。いよいよ学園に戻ることになるから、今日が最後だし一緒に寝ようと思ってな」
ディアドラはそう言いながら、半ば強引に部屋へ押しかけてくる。
そして、迷いなくグランのベッドの布団をめくると、そこには気まずそうにディアドラを見つめるルヴィリスの姿があった。
「……グラン殿。人の家で他の女を連れ込むとは、あまり感心しないな」
ディアドラがジト目で睨んでくる。
「いや、あの、その……」
グランがしどろもどろになっていると、ルヴィリスが言い訳をするように口を挟んだ。
「こ、これはダンジョン報酬のお礼よ!」
それを聞いたディアドラは、ニヤリと笑う。
「なるほど、そういうことか。じゃあ、私も一緒に寝ても何の問題もないな!」
ディアドラはそう宣言すると、無理やりグランのベッドへと潜り込んでくるのだった。
「ちょっとディア、狭いでしょ!」
ルヴィリスが抗議すると、ディアドラが言い返す。
「ならルヴィが出るんだな」
「私が先よ!」
「ふふん、ここは私の屋敷だぞ」
二人は一触即発の状態だった。
グランはこれ以上騒ぎを起こしたら、他の四聖華や王女と皇女、兄二人や侯爵夫妻まで駆けつけてくると思い、慌てて二人の間に体を入れた。
そして、そのままベッドに二人を押し倒す。
二人は突然のことでびっくりして目を丸くした。
「二人とも、ちゃんとしないと寝れないだろ」
グランはそう言って、両手を大きく広げる。
それを見たルヴィリスは、グランの腕を自分の頭の下に入れ、腕枕にして抱き着いた。
ディアドラも同じように、反対側の腕を腕枕にしてグランに抱き着く。
「じゃあ、二人ともおやすみ」
グランはそう告げると、そのまま目を閉じて寝始めた。
平静を装っていたが、ダンジョンコアと龍脈を直接いじったのだ。
その尋常ではない精神負荷は、たった一日では取れない。
グランはあっという間に、泥のように深く眠り込んでしまった。
ルヴィリスとディアドラはそれを見て思わず吹き出した。
「私たちは無駄な争いをしているわね」
二人はそう笑い合い、深く寝入っているグランをいいことに、それぞれ密かに彼を堪能するのだった。
そのまま朝を迎えると、二人はグランよりも早く目を覚ました。
そして寝顔にそっとキスをして、誰にもバレないように自室へと戻っていく。
それからしばらくして、グランが目を覚ました。
(アンサートーカー、精神負荷の状況はどうだ?)
『この睡眠ペースだと、完全に回復するまであと一週間はかかるでしょう』
(やっぱり、龍脈までいじると精神負荷がかなりかかるな)
『まだ惑星創造と広域蘇生じゃないだけマシですよ』
(あれはもう、二度と使うことはないだろうな……)
そして朝食をみんなで済ませ、いよいよ学園へと帰る時間になった。
ヴァスティール侯爵夫妻、グリフィスとグレイ、そして騎士たちが総出でグランたちを見送ってくれる。
侯爵が代表して、力強くグランに声をかけた。
「来年はこの地を豊作にしてみせる。騎士たちは体力が有り余っているからな、畑仕事をさせるのも鍛錬のうちになるだろう。それに、温室農場の魔力を補充するのもいい魔力操作の鍛錬になりそうだ」
「とても素晴らしい方針だと思います」
グランが笑顔で頷くと、侯爵夫人も優しく微笑みかけた。
「あなたたち、次は学園選抜でしょ?頑張りなさい」
温かい言葉とともに、皆を見送ってくれる。
その後、無事に学園へと戻ったグランたちは、Sクラスの教室でダンジョンを攻略した話をすると、ベアトリクスやマルクたちはとても羨ましそうに話を聞き入るのだった。




