第131話:遺跡の奥へ
ダンジョン内を奥へ奥へと進んでいくグランたち一行。
内部の攻略は、予想を遥かに超えるスムーズさで進行していた。
古代の遺跡というだけあって、出現するモンスターは相応の強さを誇っていた。しかし、グレイ以外のメンバーは『聖域』の第三層までをソロで突破できるほどの実力者たちである。そもそもの強さの次元が違ったのだ。
次々と魔獣を蹴散らしていく令嬢たちの規格外の戦闘力を見て、グレイは内心で戦慄していた。そして、自ら前に出て戦うことはせず、後方での指揮と、皆にこれからのための『経験』を積ませることだけに全集中するようになった。
何より攻略を容易にしているのが、四聖華たちが持つ『魔眼』の力だった。
未来視による敵の接近の察知、遠視と透視による巧妙な罠の発見、鑑定による敵の弱点や情報の把握、そして魔力視による死角からの不意打ちの看破――あらゆる危機的状況を、彼女たちの目が未然に完全に潰していたのだ。
(この四人が揃っていれば、どんなダンジョン攻略も楽になるな……)
グランが内心で感心していると、脳内のアンサートーカーもそれに同意する。
『マスター。ここはあえて、私たちが解析した詳細な情報は伝えない方針にしますか?』
(ああ。本当にヤバくなった時だけにしよう)
グランがそう指示すると、アンサートーカーも応じた。
『承知いたしました』
圧倒的なペースで進攻を続け、一行はあっという間に中層である第六層までを踏破してしまった。
「いったん休憩しよう」
グレイの提案で、第六層の出口付近で足を止める。
グランは特に疲労を感じていなかったため申し出た。
「俺が見張りをしましょうか?」
しかし、グレイは首を横に振った。
「いや、ダンジョンの入り口と階層の出口付近には魔獣が湧かない法則があるんだ。だから安心して休んでくれ」
「なるほど」
グランは納得し、皆と一緒に床に座り込んだ。
それぞれが携帯食にかぶりつき、疲れを癒しながら今後の予定について話し合う。
「最下層にはおそらくダンジョンボスがいるだろう。だが、君たちの凄まじい戦いぶりを見ていたら、何の心配もいらないな」
グレイが苦笑いしながら言うと、ヒロインたちもダンジョンの魔獣相手に全く苦労していないため、どこか余裕の表情を浮かべていた。
グランはこっそりとアンサートーカーに尋ねる。
(なぁ、ダンジョンボスの正体は分かるか?)
『はい、分かります』
(……いや、まだ教えなくていい)
事前にすべてを知ってから挑むより、その場で直面して対処する方が彼女たちの経験になる。そう考えたグランの意図を汲み取り、アンサートーカーは同意して沈黙した。
『分かりました』
休憩を終え、グレイが声をかける。
「では、行こうか」
皆は一斉に立ち上がり、武器を構え直す。
そして、第七層へと足を踏み入れた瞬間――これまでとは打って変わり、空気が少し暖かくなっていることに皆が気づいた。
「ふむ……」
グレイが訝しげに呟き、四聖華や王女、皇女たちも急激な環境の変化に警戒を強める。
(これは、地中深くに近づいていっているからなのか?)
『その通りです。最下層まであと三階層……気を引き締めてください』
アンサートーカーの警告に、グランも油断なく周囲を警戒する。
そのまま慎重に探索を続けていると、突然、前方に『炎』を纏った狼の魔獣が姿を現した。
「な、なぜこのような寒冷地のダンジョンに炎系の魔獣が……!?」
グレイが驚愕の声を上げる。極寒のヴァスティール領ではあり得ない生態系だ。その言葉を聞き、四聖華たちも即座に戦闘態勢をとる。
「やあっ!」
ソフィアが素早く氷の魔法を放ち、炎の狼の足元を凍らせて動きを封じる。
「ふっ!」
そこへエルスメリアが飛び込み、重いメイスを一閃して見事にとどめを刺した。
戦闘を終え、崩れ落ちた炎の魔獣を見下ろしながら、グレイは深く息を吐いた。
「……この異常事態を目の当たりにすれば、龍脈の異常だと言われても納得するしかないな。おそらく、ここから先はこの地の常識が一切通用しないだろう。皆、気を引き締めていこう」
さらに奥へと進んでいくと、明らかに空気が暖かくなっていった。
階層を降りるごとに気温は上昇し、ついには外が冬であることを忘れてしまうほどダンジョンの中は暑くなってきた。
全員は収納魔法に厚着のコートなどをしまい込み、動きやすく涼しい格好に着替える。
グレイも上着を脱いだが、ここまで暑くなるとは思わなかったのか、シャツ一枚というかなりラフな格好になっていた。
女性陣は、チラリと見える年上の騎士の引き締まった肉体を見て、少し頬を染めて興奮しているようだった。
(グレイさんってヴァーミリオン家の子息たちに並ぶくらいイケメンだからな。そりゃ女性陣も騒ぐわ)
グランが内心でアンサートーカーに語りかけると、すぐにおちょくるような声が返ってきた。
『マスターが今ここでパンツ一丁になれば、もれなく全員から黄色い声で騒がれますよ。まるで腹をすかせた肉食獣の群れに、極上の霜降り肉の塊を置くようなものです』
(お前はもういい!)
グランは内心でツッコミを入れつつ、真面目な疑問を投げる。
(いくら地中深くへ進んでいるからといって、ここまで急激に暑くなるものなのか?)
『龍脈に近づいているため、その熱気にあてられているのです。前世の知識で言えば、活火山の溶岩に近づいているとイメージすれば分かりやすいでしょう』
(なるほどな)
その説明にグランも納得する。
やがて第八層を抜け、第九層へと到着した。
すると、もう完全に別の地域に来たかのごとく、出現する魔獣の大半が炎属性を持つ魔物へと変わっていた。
しかし、魔物の種類や属性がどれほど変わろうと、この規格外の戦力の前では何の問題にもならない。
一行は危なげなく魔獣を蹴散らし、そのままスムーズに踏破していく。
そして、ついに最下層である第十層へと足を踏み入れた。
その瞬間、グレイは長年の実戦で培った経験から、今までのダンジョンとは明らかに空気が変わったことを察知した。
「おそらく、ここが最下層だな。あとはダンジョンボスを倒して、グラン君にコアと龍脈を調整してもらえばいいのだな?」
グレイが皆に告げて確認する。
「ええ、それでいいと思います」
グランが頷くと、グレイは頼もしく笑った。
「なら、さっさと片付けて家に帰り、今夜は祝杯といくか」
その言葉に、皆も気合いを入れ直して表情を引き締める。
さらに最下層の奥へと進んでいくと、いかにも『特別』な空気を放つ場所に到着した。
行く手を阻むように、重厚で分厚い門が固く閉ざされている。
(ここがボス部屋か?)
グランがアンサートーカーに問う。
『はい、そうです』
グレイも門を見上げ、厳しい声で指示を出した。
「ここがダンジョンのボス部屋か……皆、準備を怠るな」
入念に装備と魔法の確認を行い、全員が静かに頷く。
そして準備が整うと、グレイが自ら先頭に立ち、その重厚な門を力強く押し開けた。
部屋の中を確認すると、一匹の巨大な魔獣が横たわって眠っていた。
グレイはその姿を見るなり、驚愕に目を見開いた。
「バカな……なぜ『地獄の番犬』と言われているケルベロスがいる!今までこのダンジョンの様子を見てきたが、ここはそこまで強力な魔獣が出るダンジョンではないぞ!みんな、今までの魔獣のことは一旦忘れろ。こいつはAクラスの魔獣だ!」
四聖華や王女、皇女もケルベロスの名前は聞いたことがあるらしく、武器を構えて最大限に警戒する。
グランは脳内のアンサートーカーに解析を命じた。
『解析完了。個体名『地獄の番犬ケルベロス・イオ』。固有名称を持つネームドモンスターです。魔獣のランクはS寄りのA。かなりの強敵ですのでご注意を』
「みんな、かなりの強敵だ。だが、いつも通りに戦えば勝てる。慎重に行こう!」
ケルベロスは侵入者の気配を察知したのか、ゆっくりと起き上がってこちらを睨みつけ、鼓膜を劈くような咆哮を上げた。
そして猛烈な勢いで突進してくるが、それを最前列のエルスメリアが真正面から受け止め、敵のヘイトを自身へと向けさせる。
ケルベロスは巨大な前足でエルスメリアに強烈な攻撃を叩き込む。
その一撃一撃が異常に重いのか、エルスメリアがシールドバインダーと防御魔法を駆使して防いでも、少しずつ押され気味になっていた。
(エルの防御力でも競り負けるのか……!?)
『おそらく、ダンジョン内に蔓延する負の魔素でかなり強化されているのでしょう。ただ、勝てない相手ではありません』
(当然だ。こっちはあの『聖域』で過酷な修行をしてきたんだぞ)
その言葉を体現するように、エルスメリアはだんだんとケルベロスの攻撃を見切り始めた。
次第に押し負けることはなくなり、苛立ったケルベロスが大振りになった攻撃を見事にパリィして、巨体の体勢を大きく崩させる。
「今です!」
「はぁっ!」
その隙を逃さず、両側からソフィアとディアドラが飛び出し、ケルベロスの後ろ足に鋭い斬撃を加えた。
確かなダメージを与えたところに、さらにセルフィリアが追撃で胴体へ深々と刃を叩き込む。
魔獣が苦痛に悶えた瞬間、ルヴィリスの放った矢が正確にケルベロスの右目を貫いた。
さらに、痛みに暴れ狂うケルベロスに対し、オリヴィアが強力な魔法を撃ち込んで追撃する。
歴戦の騎士であるグレイがその最大の隙を逃すはずもなく、一気に間合いを詰めて首元へと斬りつけた。
しかし、ケルベロスの皮膚は思いのほか硬かったらしく、浅い傷しかつけることができなかった。
反撃に出たケルベロスの前足がグレイに迫るが、グランが咄嗟に前に入り『魔導烈衝拳』を放ち力強く弾き飛ばす。
グレイはその隙に素早く退避し、グランも続けてバックステップで距離を取った。
「グラン君、助かったよ」
「いえ。まさかグレイ様の剣で斬れないとは思いませんでした。弱点だからこそ、あそこだけ異様に硬いのでしょうか」
「ケルベロスはまだ本気じゃない、それは今から分かるはずだ」
グレイがそう呟いた直後、ケルベロスの全身から先ほどとは比べ物にならないほど膨大な魔力が溢れ出した。
「みんな、一度下がるんだ!」
グランの叫びを聞き、全員が素早く一箇所に固まる。
エルスメリアは急いでシールドバインダーを前方に展開し、強力な結界魔法を張った。
直後、ケルベロスが天を仰いで咆哮し、ボス部屋の全体を焼き尽くすほどの凄まじい爆炎魔法を展開した。
押し寄せる爆炎の威力に、エルスメリアの結界魔法がミシミシと悲鳴を上げる。
エルスメリアは少し苦しそうな表情を浮かべたが、気合いの声を上げた。
「ふんっ!!」
その掛け声とともに膨大な魔力を注ぎ込み、結界をさらに強固なものへと強化して炎を防ぎ切る。
そして、爆炎魔法が終わり視界が晴れると、ケルベロスは三つ首の姿へと変貌していた。
「ここからが本番だ、皆気を抜くなよ!」
グレイの指示に従い、各自が散開して攻撃を加えようとする。
すると、ケルベロスは頭を天井に向けて咆哮を上げ、まばゆい光に包まれた。
直後、その巨体が三体に分裂し始めた。
「こんな状態になるのは見たことがないぞ!みんな、分かれて対処するんだ!」
グレイの驚きの声を受け、三つのグループに分かれて迎撃の態勢をとる。
一匹目はエルスメリアが引きつけ、ルヴィリスとソフィアが相対する。
二匹目はセルフィリアが引きつけ、ディアドラとグレイが相対する。
三匹目はグランが引きつけ、オリヴィアがひたすら遠距離から支援魔法を放つ。
各々が分裂したケルベロスと激しく対峙する。
グランはオリヴィアの正確無比なアシストのおかげで、かなり楽に立ち回ることができていた。
「プレッシャー・カノン!」
三匹のケルベロスが一直線に並んだ隙を逃さず、グランのオリジナル技で同時にダメージを与えるとケルベロスたちはたまらず後ろへとたじろぐ。
そして三匹が一箇所に集まると、再び融合して一体の三つ首状態へと戻った。
「ここだ!全員攻撃しろ!」
グレイの合図とともに、各々が持つありったけの魔法を一斉に放つ。
おびただしい魔法の集中砲火が終わり視界が晴れると、ケルベロスは全身ボロボロの状態になっていた。
その隙を間髪入れず、グレイが再度一つの首元を狙って鋭く斬りつけ、見事に首を切断する。
ディアドラとセルフィリアも負けじと同時に斬りかかり、残る二つの首を綺麗に切断した。
すると最後の抵抗なのか、再び膨大な魔力が首を失ったケルベロスの中心に集まり始める。
「みんな、早く私の後ろへ!」
エルスメリアが声を上げ、シールドバインダーを前方に構えて前回よりもさらに強力な結界魔法を張る。
直後、凄まじい大爆発が起きた。
エルスメリアの結界もビリビリビリと悲鳴のような音を鳴らすが、決して砕けることはない。
そしてついに爆発が収まると、ケルベロスは光の粒子となってダンジョンへと消えていった。
後に残されたのは、三つの大きな魔石のドロップアイテムだった。
(首が三つあったから魔石も三つなのか……?)
グランは内心でそう思いつつも、ダンジョンの最下層ボスを無事に倒せたことに深く安堵する。
「やったわ!」
皆も勝利を確信し、歓喜の声を上げた。
「君たちがいなければ、あれは倒せなかったよ。本当にありがとう」
グレイも安堵の息を吐き、心からの感謝を伝える。
「とてもいい経験になりました」
四聖華たちも充実した表情で頷く。
「こんな経験はめったにできないわね」
「帝国で何度かダンジョンに潜ったことはあるけれど、ボスがここまで強かったのは初めてよ」
王女と皇女も興奮冷めやらぬ様子で語り合った。
「さあ、ダンジョンコアのある部屋に行こう」
グレイが促すと、ディアドラが足元のアイテムを指差した。
「このドロップアイテムはどうするのです?」
「いったん持ち帰って、後で話し合おう」
「じゃあ、グランが持っておいて」
ルヴィリスに頼まれ、グランはケルベロスの大きな魔石三つを自身の収納魔法へと入れた。
そして一行は、ついにダンジョンコアが安置されている最奥の部屋へと足を踏み入れた。




