第130話:古代の迷宮
翌朝。一行はテントを畳み、ダンジョン前と言われる場所へと向かって移動を始めた。
その道中、斥候として先発していた騎士たちが戻ってくる。
「ここから先は戦闘になるだろう」
グリフィスとグレイが皆に告げた。
「まずは我々がやる。皆は一度見ていてくれ」
グランも「確かにそうした方がいい」と頷き、ルヴィリスたちに伝える。彼女たちもそれに賛成し、まずはヴァスティール家精鋭騎士たちのお手並みを拝見することになった。
現れたのは、狼型の魔獣の群れだった。素早い動きで接近し、鋭い牙と爪で容赦なく攻撃を仕掛けてくる厄介なタイプだ。
しかし、騎士たちはこの寒冷地の魔獣に慣れているのか、連携して堅実に攻撃を捌き、次々と狼たちを討伐していく。
グリフィスも騎士たちに任せていれば大丈夫だと確信し、先発隊に再度確認を取らせた。
「周囲の魔獣は一掃いたしました」との報告を受け、グリフィスが指示を出そうと口を開く。
「グラン、ここからどうする?」
グリフィスが尋ねると、グランは静かに答えた。
「一度、解析魔法を展開してもいいですか?」
「ああ、頼む」
グリフィスが頷くと、グランの周囲から『蒼白銀』の圧倒的な魔力が溢れ出し、足元に巨大で複雑な魔法陣を形成した。そのあまりにも神々しく美しい光景に、周囲の騎士たちや兄二人、四聖華と王女と皇女も息を呑んで見守る。
グランは脳内でアンサートーカーに確認を取った。
(ここの龍脈はどうだ?)
『解析完了。やはり、ダンジョン内のコアが龍脈を汚染しています。おそらく永いこと放置され、崩落の影響でダンジョン内が浄化されず行き場を失った魔物などが中であふれ返っているのでしょう。俗に言う『蟲毒』状態になっています。負の魔力が蔓延し、その影響を受けて変異した魔素が龍脈に逆流し、それがヴァスティール領にまで魔素の汚染として広がっているようです。ただ、龍脈には汚染されていない魔素もあるため、一気にではなくゆっくりと侵食しているような状態です』
(なるほどな……根本的な原因はなんだ?)
『アカシックレコードを調べた結果、二百八十年前――マスターが眠りについた二十年後に、ここで凄まじい大地震があったようです。その時にダンジョンの入り口付近が崩落してダンジョンごと沈み込み、最下層のダンジョンコアが、地震の影響でズレた龍脈の一部に近接してしまったのでしょう。このヴァスティール領がこうなったのも、まさに奇跡レベルの事象が悪く重なり続けた結果と言えます』
(嫌な奇跡だな。……なら、やることは一つだ。ダンジョンを攻略して、ダンジョンコアと龍脈を正常に戻す。俺の力で可能か?)
『十分可能です。マスターの力と私の補助があれば問題ありません。試算したところ、これが上手くいけば、ヴァスティール領はマスター特製の農作物を使えば秋には見事な豊作に恵まれます』
(それはいい情報だ)
グランは魔法陣を収束させると、グリフィスたちに向き直り、解析結果を詳細に伝えた。
二百八十年前の地震の話を聞くと、グレイがハッとして口を開いた。
「確かに、歴史書に記述があった。ただ『あの地震でダンジョンが使えなくなった』と簡単に書かれていただけで、特段気にはしていなかったが……そういうことだったのか」
グランからの報告をすべて聞き終えたグリフィスは、決意に満ちた表情で力強く頷いた。
「ならば、やることは一つだな。よし、ではここからは崩落箇所の撤去作業だな」
騎士たちは魔法を駆使し、入り口を塞いでいる瓦礫の山を丁寧に撤去し始めた。
その間、グランたちは周囲の警戒を買って出た。ツーマンセル(二人一組)での警戒態勢だ。
ルヴィリスとエルスメリア、ソフィアとディアドラ、オリヴィアとセルフィリア。そして、グランはグレイと組むことになった。
グランはグレイの指揮下に入る。
「君が指揮を執ってみるか?」とグレイが尋ねてきたが、グランは首を横に振った。
「この地を勝手知ったるグレイ様の方が適任です。俺は勉強させてもらいます」
そう言うと、グレイは少し嬉しそうに微笑み、警戒に当たりながらこの地特有の気候や動植物、そして魔物の種類や生態について丁寧に教えてくれた。
そして、昼も過ぎた頃。
グランとグレイは携帯食をかじりながら、少し休憩を取っていた。
そこでふと、グレイがルヴィリスの誕生日会での『決闘』の後の話を持ち出した。
「あの後、グレイシア公爵の耳に入ってね。私はもう駄目なのかと思ったよ」
グレイは苦笑しながら当時を振り返る。
「ただ、ヴァレンタイン侯爵と王家がしっかりと抗議してくれてね。私は『アルフレッド様の命を受けただけ』ということで、お咎めなしという判断になったんだ」
「それはよかったです」
グランが安堵すると、グレイは少し真剣な目をして問いかけてきた。
「……ちなみに、あの時君は、本当にアルフレッド様を殺すつもりだったのか?」
「そんなわけないじゃないですか。そんなことをしたら俺は今頃お尋ね者ですよ」
グランが即答すると、グレイは少し砕けた口調で笑った。
「いや、あの時君は結構本気だっただろ」
グランもつられて苦笑する。
「本気のように見せないと、また同じようなことをしますからね。一度、痛い目を見せておいた方がいいと思いました」
それを聞いたグレイは、穏やかな、しかし真剣な表情でグランを見つめた。
「君は、自分を少しは大事にしなさい」
「え……」
「君はおそらく、私が想像するよりもずっと強いのだろう。だが、君を大切に思っている人たちもいるんだ。何かあった時は、一度その人たちの顔を思い浮かべて、いったん立ち止まるようにするんだ」
その言葉に、グランはハッとした。
前世の年齢を合わせれば自分の方が年上だが、この人生では間違いなく自分の方が年下だ。それに、この世界に来て圧倒的な力を手に入れたことで、『部外者の自分が起こしたことはすべて自分の力だけで解決しないといけない』という傲慢な傾向に陥り、無茶をしてしまっていたのかもしれない。
グランは自身の振る舞いを少し反省し、兄のようなグレイの温かい助言をありがたく受け取るのだった。
昼食を終え、「一度戻ろう」というグレイの判断で入り口付近へ戻ると、撤去作業はもうほとんど終わりに近づいていた。
「あのがれきの量を、この短時間で……」
グランが感嘆の声を漏らすと、グリフィスが誇らしげに胸を張った。
「我が騎士団には、軟弱な者はいないからな」
『彼らは身体強化魔法の練度が、総じて極めて優れています』
脳内でアンサートーカーが補足する。精鋭ぞろいのヴァスティール家騎士団は本当にすごいなと、グランは素直に感心した。
(ただ、ディアドラに関してだけはみんな甘すぎるというか、IQが下がるというか)
やがて瓦礫の撤去が完全に終わり、古代ダンジョンのぽっかりと口を開けた入り口が姿を現した。
その瞬間――四聖華や王女、皇女の六人が一斉に「うっ……」と顔をしかめ、気分を悪くしたように口元を押さえた。
「どうした! 何かあったのか!?」
グランは慌ててアンサートーカーに原因を確認する。
『おそらく、入り口から漏れ出した負の魔力にあてられたのでしょう。彼女たちは魔力量が多く、魔力操作能力も極めて高いため、感覚が鋭敏になっているのです』
(なら、なんで俺は無事なんだ?)
『マスタークラスになると、この程度の負の魔力はそよ風にすらなりません』
その返答にひとまず安堵しつつ、グランは急いで六人の元へ駆け寄った。
「入り口から負の魔力が蔓延しているんだ。……この先はもっと酷いぞ」
グランが警告すると、皆は少し悔しそうに俯き、考え込んだ。
やはり彼女たちは高位貴族の令嬢だ。内心ではダンジョンに潜りたい気持ちでいっぱいだろうが、これは実戦であり、ディアドラの領地の問題を解決するために来たのだ。決して遊びに来たわけではない。ここで無理をしてダンジョンに入り、いざという時に足を引っ張ってしまうようなことになれば本末転倒だ――そう冷静に判断しているのだ。
グリフィスはその葛藤する心情を察したのか、落ち着いた声で告げた。
「危険だと判断したら、すぐに戻ればいい。外の警備は我々に任せろ」
そして、隣に立つ弟のグレイへと視線を向ける。
「グレイ。お前がみんなをまとめるリーダーとして行ってこい」
「拝命いたしました」
兄の命を受け、グレイも瞬時に真剣な『騎士モード』に入り、凛々しく返事をした。
「私たちは、グレイ様の指示に従います」
六人も覚悟を決め、まずは様子見として中へ入ることを決意した。
「まずは隊列を組もう」
グレイが指示を出し、探索のための陣形が組まれた。
最前列には防御魔法に優れたエルスメリアを配置し、その後ろには『遠視』と『透視』の能力を持つルヴィリスを立たせる。
両サイドの警戒はディアドラとソフィアが担い、その後ろにグランとセルフィリア、そしてオリヴィアが続く。最後に殿をグレイが務めるという、各々の長所を活かした隙のない布陣だ。
「よし、行くぞ」
準備を整え、いざ入り口へと足を踏み入れる。
すると、先ほどよりもさらに濃い負の魔力の影響を受け、皆が一斉に顔をしかめた。
「みんな、四侯爵たちが第4層でやっていた、環境適応のための防御膜を展開するんだ」
グランが咄嗟にアドバイスを送る。全員が以前の『ヴィジョン』でその光景をしっかりと見ていたため、すぐさま対応し、自身の周囲に魔力の膜を張った。
すると、嘘のように負の魔力の影響が消え去り、皆の顔に生気が戻った。殿を務めるグレイも、同じように防御膜を展開している。
「グラン君、よく気付いたね」
グレイが感心したように言うと、グランは苦笑しながら振り返る。
「グレイ様、みんなが自分で気付けるように、あえて教えませんでしたね?」
「ははっ。どうせこれからダンジョンに入るのだから、こういう時はまず自分からこの魔法を使うように意識した方がいいからね」
グレイのその言葉に、四聖華や王女、皇女たちはハッとさせられた。
やはり、知識として知っていることと、実際に現場で経験することは全く違う。ダンジョンという過酷な環境下では、経験から得た咄嗟の判断が生死を分けるのだ。
(このダンジョンで学べることは、すべて学ぼう)
皆はそう決意し、探索者としての意識を鋭く切り替えた。
華やかな誕生日会から一転して始まった、まさかの大冒険。張り詰めた緊張感の中にも少しだけ胸を躍らせながら、グランたちは未知の古代ダンジョンへと深く潜っていくのであった。
グランは隊列の中で周囲を警戒しながら、脳内のアンサートーカーにダンジョンの構造解析を頼んだ。
(このダンジョンの全体構造はどうなっている?)
『解析完了。地下深くへと続くダンジョンではありますが、階層自体はそこまで多くありません。一階層ごとの構造が縦に長く、深く造られているだけで、最下層のダンジョンコアまでは全十階層程度です』
(なるほど。階層が少ないのはありがたいが、その分一つ一つの道のりが長いってことだな)
グランはアンサートーカーからの情報を頭の片隅に入れ、気を引き締め直し、ダンジョンの真相に目指すのであった。




