第127話:白き誇り
そして次の日の朝。
グランが目を覚ますと、部屋の片隅に、今日の誕生日会で着るための完璧な礼服が用意されていた。
(またアリスティアか……)
宛名などなくても、女神からの差し入れであることは明白だった。
グランはもう何もツッコむことなくそれを受け入れ、ディアドラと共に朝食を済ませる。
誕生日会の時間が来るまで大人しく自室で時間を潰していると、コンコン、と扉がノックされた。
グランが扉を開けると、そこには少し気まずそうな顔をしたグレイが立っていた。
「グラン君……ちょっと、演習場まで来てくれないか?」
その表情を見て、グランは少し嫌な予感がしたが、大人しく彼についていくことにした。
演習場に着くと、そこにはヴァスティール家の誇り高き騎士たちがズラリと並び、舞台の真ん中には剣を構えたグリフィスが立っていた。
グレイは苦笑いしながら、グランに小声で告げる。
「もう状況は分かっていると思うけど……そういうことなんだ」
「……なるほど、そういうことですね。わかりました」
グランがため息をつきながら頷くと、グレイは「すまない」と頭を下げた。
「いえ。ここは誇り高き騎士たちの治める領地です。言葉ではなく、力を示さなければ納得してもらえないのは分かりますから」
「話が早くて助かる。武運を祈るよ」
グレイはそう言って下がっていった。
グランが舞台の上に立つと、グリフィスは鋭い眼光と共に剣の切っ先をグランへ向けた。
「お前は、ディアドラ以外にも手を出していると聞くが……本当か?」
いきなりの核心を突く質問に、グランは少し言い淀みつつも正直に答える。
「『手を出す』という言い方は少し語弊がありますが……ディア以外にも懇意にしている女性はいます」
その瞬間。
グリフィスの全身から、ドス黒く凄まじい殺気が爆発的に放たれた。
「お前のような不誠実な奴に、大切なディアドラは絶対に渡さんッ!!」
完全にブチギレたグリフィスが、地を蹴って猛然と斬りかかってくる。
『マスター! そんな馬鹿正直に言ったら、お兄様なら誰だってキレますよ!』
脳内でアンサートーカーが呆れたようにツッコミを入れる。
(嘘をついて後からバレる方が、もっと印象悪いだろ!)
『そういう時は、のらりくらりとはぐらかすんですよ!』
(もう遅いっ!)
グランは脳内で言い合いながらも、猛スピードで迫り来るグリフィスの剣撃に対し、冷静に手を伸ばした。
ガキィィィンッ!!
グランは両手で刃を挟み込む『ソードブレイク』で、グリフィスの渾身の一撃を受け止めた。
(このまま剣をへし折ることもできるが……それでは、騎士として、そして兄としての彼のプライドまで折ってしまうことになる)
グランはそう判断し、しばらくはこのまま様子を見ることにした。
一方のグリフィスは、自身の全力の剣閃を素手で完全に止められたことに内心深く驚愕していた。
(これが、家族が言っていた『強い』という言葉の現実味か……!)
相手の実力の底知れなさを肌で感じ取ったグリフィスは、一度剣を引いてグランから距離を取った。
そして、再び剣を真っ直ぐに突きつける。
「……いいだろう。お前が勝てば、ディアドラとの交際を認めよう。しかし私が勝てば、今後一切ヴァスティール家とは関わらないでもらおう」
「わかりました」
グランは静かに答え、再び徒手空拳の構えに入った。
それを見ていたグレイが「兄さん……」と心配そうに呟いた、その時だった。
「やめてください!!」
演習場に、よく通る凛とした叫び声が響き渡った。
グリフィスとグランが声のする方向へ視線を向けると、そこには怒った顔のディアドラと、少し遅れてやってきた侯爵夫妻の姿があった。
「私の誕生日会の前に、いったい何をしているのです!?」
ディアドラがズンズンと歩み寄りながら声を張り上げると、周りを囲んでいた騎士たちや、二人の兄たちは、あからさまに気まずそうに目を逸らした。
その光景を見て、グランは瞬時に状況を理解する。
(ああ、なるほど。ここの騎士や男連中はみんな、ディアが可愛すぎて全く頭が上がらないんだな……)
ディアドラはグランの隣まで来ると、その腕をグッと引っ張った。
「グラン殿、このような野蛮な真似に付き合う必要はありません。さあ、行きましょう」
強引に舞台から降ろそうとする彼女に対し、グランは自分の腕を掴むディアドラの手にそっと自分の手を重ね、優しく引き剥がした。
「え……」
拒絶されたと勘違いしたのか、ディアドラが驚いたようにグランを見つめる。
「なぜ……?」
「みんな、ディアのことが大好きだから、心配でこんなことをしてるんだ。だから、怒らないでやってほしい」
グランは優しく微笑みながら彼女を諭す。
「それに、俺もみんなに『ふさわしい男』だと認められないといけないから。……だからディアは、俺の勝つところを見守ってくれないか?」
グランの真っ直ぐな真剣さが伝わったのだろう。ディアドラはポッと頬を赤く染め、こくりと頷いた。
「わかった。グラン殿の武運を祈る」
そして彼女は、去り際に背伸びをして、チュッとグランの頬に口づけをした。
「「「「!!???」」」」
その瞬間。
周りを囲む騎士たち、二人の兄、そしてあろうことかヴァスティール侯爵までもが一斉に凄まじい殺気を爆発させた。
侯爵夫人だけが、扇子で口元を隠しながら「あらあら」と優雅に笑っている。
「き、貴様ぁぁッ!! 妹に何をさせている!!」
「いや、今のは俺がさせたわけじゃないし、俺が悪いのか……!?」
理不尽な殺意を向けられ、グランは内心で激しくツッコミを入れる。
『ディアドラ様も、なかなかしたたかですねぇ』
脳内の相棒にまでおちょくられ、四面楚歌のグランはたまらなく居心地が悪くなった。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「……俺が勝ったら、ディアとの関係を認めてください!」
グランがそう叫ぶと、グリフィスは完全に怒りが頂点に達し、目を血走らせて吠えた。
「気安く『ディア』と呼ぶなァァァァッ!!」
怒髪天を衝く勢いで突撃してきたグリフィスは、猛烈な勢いで剣を振り回し始めた。
さすがは『剣聖』の血を引く者たち。その剣の腕は王国の騎士の中でも間違いなくトップクラスだ。
だが――普段、学園の演習場でディアドラの苛烈な剣閃を捌き慣れているグランからすれば、怒りに任せたグリフィスの太刀筋は少し大振りに見えた。
(腕は確かだが、ディアほどじゃない)
グランは冷静に致命傷を避け、紙一重で剣を躱していく。
そして、狙い澄ましたタイミングで再び『ソードブレイク』を放ち、両手で刃をガッチリと挟み込んだ。
「なっ……!?」
驚愕するグリフィスを前に、グランは今度は容赦なく力を込める。
パキィィィンッ!!
硬質な音を立てて、グリフィスの愛剣が真っ二つにへし折られた。
真っ二つにへし折られた剣。そしてグランはそのまま、ガラ空きになったグリフィスの腹に強烈な拳を叩き込んだ。
モロに一撃を食らったグリフィスは、そのままくずおれてバタリと倒れ伏した。
すると、それを見ていた周囲の騎士たちが一斉に血走った目で叫び声を上げた。
「「「よくもグリフィス様をォォォ!!」」」 「「「いや、ディアドラ様は渡さァァァん!!」」」
「えっ、ちょっと!」
グランが制止する間もなく、騎士たちが一斉に群がり、殴る蹴るの暴行を加えてきた。
(痛い!痛い!これはヤバい!)
完全に理性を飛ばしている男たちを前に、グランも仕方なく抵抗を始める。演習場はあっという間に、男たちの汗と嫉妬が飛び交う大乱闘の場と化した。
よく見ると、騎士たちに混ざってグレイや、あろうことかヴァスティール侯爵までが「グラン、覚悟ォ!」と参戦してきている。
(ただ、誰も剣を抜いていない。本気の殺し合いってわけじゃなくて、みんなディアドラのことを想って……いや、それにしてもこれは酷いな!)
心の中でツッコミを入れながらも、グランは襲いかかってくる男たちを一人、また一人と確実に対処していく。
そして最後に、背後から飛びかかってきたヴァスティール侯爵を綺麗に投げ飛ばして転がすと、ようやく乱闘は終わりを告げた。
「グラン殿!」
ディアドラが駆け寄り、グランの胸に勢いよく飛び込んで抱き着いてくる。
周囲では、グリフィス、グレイ、侯爵、そして騎士たちが床に転がり、呻き声を上げながら二人を恨めしそうに見つめていた。
グランは多勢に無勢で結構殴られたため、顔がボコボコに腫れ上がっていた。だが、騎士たちや兄たち、侯爵も等しくボロボロの傷だらけになっていた。
そこへ、パンッ! パンッ! と扇子を叩く高い音が響く。
「さあ、誕生日会前の『余興』はここまでよ!」
ヴァスティール侯爵夫人が楽しそうに場を仕切り、これにて強制終了。グランも一度、身支度を整えるために自室へと戻ることになった。
そして、誕生日会の時間が近づき、メイドが呼びにやって来た。
(さすがに、顔がボコボコに腫れたままエスコートするのはディアドラに申し訳ないよな……)
グランは鏡の前で回復魔法を使い、自身の顔と体の傷を綺麗に治した。
応接室に戻ると、侯爵や兄二人、騎士たちがまだ顔を腫らしたまま集まっていた。グランは気を利かせて彼らにも回復魔法をかけようとしたが、侯爵夫人がピシャリと制止した。
「駄目よ、グラン。この男たちを甘やかしては。みんなディアドラを想って自分からやったことなのだから、今日はこの傷だらけの顔のまま出席しなさい」
「「「う、うぅ……」」」
侯爵をはじめ、兄二人や屈強な騎士たちが、揃いも揃ってシュンと項垂れる。
(……ここの真のトップは、間違いなく侯爵夫人だな)
王国の女性は本当にみんな強い、とグランは改めて実感した。
その後、メイドに案内されて会場の入り口に到着したグランは、「ディアドラ様がいらっしゃるまで、しばらくお待ちください」と言われ、その場で待機することになった。
会場の入り口周辺には、先ほど演習場で乱闘を繰り広げた騎士たちが護衛として立っている。当然、皆ボコボコに顔を腫らしたままだ。
グランが非常に気まずそうに視線を泳がせていると、ふいに背後から声が掛かった。
「グラン殿」
振り返ると、そこには息を呑むほど美しい姿をしたディアドラが立っていた。
純白の豪奢なドレスに身を包みながらも、その腰には次期剣聖らしく一振りの『剣』を差している。可憐さと凛々しさが同居する、彼女にしか着こなせない見事な装いだった。
「……どうだ?」
ディアドラが少し照れくさそうにドレスの裾をつまむ。
「とても綺麗だよ。ディアドラをエスコートする栄誉をいただき、ありがとうございます」
グランが恭しく一礼して手を差し出すと、ディアドラは嬉しそうにはにかんだ。
「私も……グラン殿にエスコートされるのは、とても嬉しい」
彼女はそう言いながら、グランの腕に愛おしそうに自分の腕を絡ませた。
それを見ていた周囲の騎士たちは、ギリィィッと歯を食いしばり「ぐぬぬ……」と悔しそうな顔をしていたが、先ほどの演習場での完全敗北がある手前、もはや誰一人として文句を言う者はいなかった。




