第124話:おやすみ、けだもの
初詣を終え、聖域第5層から『凪の里』へと戻ってきた一行。
一息ついたところで、グランはふと気になって皆に尋ねた。
「そういえば、みんなはいつまでここに滞在する予定なんだ?」
すると、代表してヴァレンタイン侯爵が答える。
「うむ。学園が始まる二日前までいる予定だぞ」
「……もう完全に避暑地か避寒地扱いですね」
グランは思わず苦笑いした。
だが、ここにいるメンバーは皆、すでにこの聖域の第3層まで突破できるだけの実力を身につけている。グランとしても、もう特に心配することはなかった。
「まあ、みんなここまで来られる実力がありますしね。ここの宿泊施設はこれからもそのまま残しておきます。学園を卒業した後も、いつでも自由に来てくれていいですよ」
グランがそう告げると、皆は顔をパァッと輝かせて大喜びした。
特に四侯爵夫人たちは、すっかりここのエステと温泉の虜になっているらしく、「本当に!? 嬉しいわ!」とひときわ大きな歓声を上げて喜んでいたのだった。
そして、お腹も空いてきたので食事にしようということになり、グランはこの日のために『聖域ネット』を駆使して取り寄せた洋風おせちを用意した。
皆はそれを珍しそうに、そして美味しそうに食べていく。
(おせちって結構人を選ぶ味だと思っていたから、口に合ってよかった……)
グランは皆の満足そうな様子を見て、内心ホッと胸を撫で下ろした。
食事を終えると、皆はそれぞれ正月ならではの楽しみ方を満喫し始める。
女性陣は、いつぞやのバレーボールの時に使った『魔力を抑える結界装置』をグランから借りて、和気あいあいと羽根つきを楽しんでいた。
(去年は途中から魔法が混ざって激しいバトルになっていたからな……今年は平和でいい)
王族、貴族、平民といった身分の垣根を越え、皆が笑顔で混ざり合って遊んでいる光景を見て、グランは少し感慨深い気持ちになった。
一方、テラスでは四侯爵たちが引き続き楽しそうに酒盛りをしている。
「グラン、何か酒のあてはないのか?」
そう尋ねられたため、グランはベアトリクスからもらった特製ジャーキーを差し出した。
侯爵たちは「おお、これはなかなか美味いな」と上機嫌でジャーキーを齧っている。
「グラン、暇だから何かないのか?」
マルクがグランに声をかける。
そして残された男連中、カロンとトレースが手持ち無沙汰で一緒に近づいてきた。
(前世の正月といえば、親戚のおじさんたちと混ざって麻雀や花札なんかで博打をしたもんだが……)
グランは一瞬教えようかと考えたが、さすがに彼らはまだ未成年だ。
これが契機でギャンブル中毒にでもなったら大変だと考え直す。
「そういえば」
グランは収納魔法から一つのボードゲームを取り出した。
「なんだこれ?」
マルクが不思議そうに覗き込む。
「これは双六みたいなもので、『人生ゲーム』って言うんだ。最後にお金を一番持っていたやつの勝ちだぞ」
そうルールを説明し、グラン、マルク、カロン、トレースの男四人でゲームを始めることにした。
初めはルールに慣れておらずゆっくりと進行していたが、途中からコツを掴んでくると、盤面の展開に一喜一憂して大いに盛り上がっていく。
「おい! グラン! 子供八人は多すぎるぞ! 借金まみれだろ!」
マルクが腹を抱えて大笑いする。
「うるせえ! 止まったマスにそう書いてあったんだから仕方ねえだろ!」
「もっと無難に生きろよ!」
「お前こそ無難な人生を歩みすぎだろ、もっと冒険しろよ!」
グランが指摘するが、マルクは得意げに鼻を鳴らした。
「ふふん。俺はこう見えても身の丈に合った人生を過ごす主義なんだ。何事も平和が一番だ。……ただ、お前と出会ってからはすっかり人生が変わっちまったけどな!」
一方、カロンの盤面は凄まじいことになっていた。
「これ、現実でこれだけの土地と建物を所有してたら、絶対に裏社会から目を付けられるぞ……」
カロンはすっかり『不動産王』に成り上がり、札束を抱えて震えている。
そして、終始何かを考え込みながら静かに遊んでいたトレースは、なぜか『ヤ〇ザ』という職業に就いていた。
給料日マスを通過するたびに、全員に丁半博打を仕掛けては、全員から容赦なくお金を巻き上げていく。
そして、波乱万丈のゲームが終了した。
結果は、一位が不動産王のカロン。二位は終盤の怒涛の追い上げを見せたトレース。三位は無難な人生を歩み抜いたマルク。
そしてビリは、借金まみれで子供が十四人も生まれたグランだった。
その散々な結果に、グラン以外の三人は腹を抱えて大爆笑している。
グランも、まさか自分がここまでネタのような結果になるとは思っておらず、一緒になって笑っていた。
すると、いつの間にか後ろでこのゲームの様子を眺めていた四聖華や王女、皇女たちが、ニヤニヤしながらグランに顔を近づけてきた。
「グラン……子供は十四人も欲しいの? なら、私たちも頑張らないといけないわね」
「借金まみれになっても安心してください。私たちがいればお金なんてどうにでもなりますから!」
みんなのとんでもない解釈に、グランは顔を引き攣らせる。
「いやいや! あくまでゲームの中の話だからな!?」
グランは必死に弁解する羽目になった。
そして次の日。
皆は各々のどかに正月休みを満喫していた。
グランが『凪の里』をのんびりと散策していると、演習場で一人汗を流すベアトリクスの姿を見かけた。
「休みなのにすごいな。ずっと鍛錬してるじゃないか」
グランが声をかけると、ベアトリクスは少し真剣な表情を浮かべて足を止めた。
「私はみんなと違って近距離特化だからね。それに、グランが名付けてくれた『波動』をまだ完全に使いこなせていないんだ」
彼女は自身の拳を見つめながら続ける。
「学園を卒業したら、私にも貴族としての責務が待っている。こうやって自分の力だけに集中して鍛錬できる時間は、もうあと一年と少ししかないから……」
その言葉の端々に、グランは彼女の隠しきれない『焦り』を感じ取った。
「そうやって無理して体を壊したら、元も子もないぞ。隠してるつもりだろうけど、バレバレだ」
「え……?」
グランはそう言うなり、ベアトリクスの腕をパッと掴み上げた。
「うっ……!」
ベアトリクスは思わず痛みに声を上げ、顔をしかめる。
「やっぱりな。筋肉も筋も悲鳴を上げてる。無理しすぎだ」
グランは呆れたように息を吐き、収納魔法から小瓶を取り出した。
「今日はこれを飲んで休め。その代わり、明日は俺が一日お前の鍛錬に付き合ってやる」
自分の限界をあっさりと見抜かれたことに驚きつつも、「明日は一日付き合ってくれる」という言葉にベアトリクスの目が輝く。
「本当!? わかった、なら今日は休むよ。……それで、これは?」
ベアトリクスが小瓶を受け取りながら尋ねる。
「この聖域の中でのみ、効果を発揮する『エリクサー』だ。それを飲めば肉体のダメージは完全に治る。だが、精神的な疲労までは回復しない」
グランは真剣な目を彼女に向けた。
「たまにはリフレッシュして、心身ともに休ませろ。どちらが欠けても、まともな鍛錬にはならないぞ。明日に備えて、今日はゆっくりしな」
その言葉に説得され、ベアトリクスは素直に頷いた。
その日は演習場を出て、皆と一緒に羽根つきをしたりお茶を飲んだりと、のんびりとした時間を過ごす。
(こうやって何も考えずに体を休めたのは、いつぶりだろう……)
今までは「寝て、起きて、鍛錬する」の繰り返しだった自身の生活を振り返り、ベアトリクスは少しだけ反省した。
そして次の日。
ベアトリクスが意気揚々と演習場へ向かうと、そこにはすでに腕を組んで立つグランの姿があった。
「しっかり休めたか?」
「ばっちり! おかげで体も軽いよ、ありがとう!」
ベアトリクスが元気よく答えるのを見て、グランも満足そうに頷く。
「それで、お前は『波動』の何に躓いてるんだ?」
本題に入ると、ベアトリクスは首を傾げて悩ましげに言った。
「そもそも、この力が何なのかがまだ掴み切れていないんだよね。対抗戦の時もそうだったけど、結局みんなが魔法を使っているのを真似して、魔力を放出する要領で撃っているだけで……これなら、普通の魔法を覚えた方がいいのかなって最近考えるようになったんだ」
彼女の迷いを聞き、グランは「なるほど」と顎に手を当てる。
「じゃあ、俺が『波動の使い方』を実際に見せたら、方向性が決まるか?」
「えっ!?」
ベアトリクスは目を丸くして驚いた。
「グラン、『波動』を使えるの!?」
(なあ、アンサートーカー。俺も使えるよな?)
グランはすかさず脳内の相棒に確認を取る。
『マスターの規格外の魔力を用いれば、可能な限り似たものを再現することはできます。しかし、ベアトリクス様の波動はあくまで彼女唯一の性質です。あそこまでの純度のものを完全に再現することは不可能ですが……それでもマスターの魔力で再現したオリジナルの【波動技】であれば、ベアトリクス様も今後の鍛錬次第で十分に習得可能だと思います』
(それなら大丈夫だな)
『イメージしやすいように視覚的に再現して見せることは、彼女の鍛錬としてこの上ない指針となるでしょう』
アンサートーカーのお墨付きをもらい、グランは自信ありげにベアトリクスへ向き直った。
そして、収納魔法から『聖域』の魔物の素材で作られた頑丈な的を取り出し、演習場に設置する。
「まずは、あの的に向かっていつものようにお前の『波動』を撃ち込んでみろ」
「わかった!」
ベアトリクスは言われた通りに構え、気合いと共に二、三発の波動を的に撃ち込んだ。
ドンッ! ドンッ! と鈍い音が響くが、的は傷一つ付かず、びくともしない。
「くっ……」
自分の攻撃が全く通用せず、ベアトリクスは悔しそうに顔をしかめた。
「気にすんな。あれは聖域の強力な魔物の素材で作った特注品だ。そう簡単に壊れないから落ち込まなくていい」
グランは彼女をフォローしつつ、スッと右手を的へ向けてかざした。
「ベアトリクス。この力がどういうものなのか、それが正解かどうかは、お前がこれから一生をかけて『波動』と共に考えていくんだ。だが……俺なら、こうやって使う」
グランはそう言うと、自身の膨大な魔力をコントロールし、ベアトリクスの『波動』の性質に限りなく似せて再現し始めた。
グランの右手に、凄まじい密度の波動が『圧縮』され、溜め込まれていく。
数秒後。
チャージされたそれは、先ほどベアトリクスが放った波動の三倍以上の大きさとなって、凄まじい勢いで的へと発射された。
ズドォォォォンッ!!
轟音と共に、ちょっとやそっとじゃ絶対に壊れないはずの聖域素材の的が粉々に砕け散った。
「なっ……! そういうことね!波動は『溜めて使う』のがメインなんだね!」
ベアトリクスは目を輝かせて驚嘆の声を上げた。
「俺の使い方が絶対に正しいとは限らない。だが、波動は『溜めれば溜めるほど、威力が跳ね上がる性質』を持っていると俺は思っている」
グランはそう言うと、今度は的をバラバラな位置に複数設置した。
「次はこれだ」
グランは両手をかざし、再び波動を溜め込む。そして発射の瞬間――。
バシュゥゥゥンッ!!
放たれた波動は空中で無数に枝分かれし、拡散しながらすべての的を正確に貫き、砕き散らした。
「あんな使い方もできるの!?」
「これは『拡散波動』だ。他にもあるぞ」
グランは次々と新たな的を出し、波動をビーム状に出す『圧縮波動』、着弾と同時に周囲を巻き込んで爆発する『炸裂波動』、物理的な衝撃波を広範囲に撒き散らす『衝撃波動』など、多彩なバリエーションを披露していく。
『マスター、これ……前世のゲームの完全な再現ですよね?』
脳内でアンサートーカーが呆れたようにツッコミを入れてくる。
(バイバイ、バ〇ド)
『他社の著作権に触れて怒られても知りませんよ』
アンサートーカーの警告をスルーしつつ、グランはベアトリクスに向き直る。
グランの多彩な使い方を目の当たりにしたベアトリクスは、さっそく見よう見まねで波動を溜め始めた。
「イメージ……イメージ……!」
彼女はグランが放った軌道を頭の中で強く描き、気合いと共に放つ。
ズドンッ!
放たれたチャージ波動は、見事に的の一部を破壊した。
「できた……!」
それまで悩んでいたのが嘘のように、彼女はグランが再現した様々な波動を次々と成功させていく。
「やはりイメージが大事だな」
グランが感心して呟くと、アンサートーカーも同意する。
『魔法においてイメージは最も重要です。しかし、見たこともないものをゼロから想像するのは、どの世界においても至難の業。だからこそ、マスターが視覚的に見せたことで、彼女の中で明確な指針ができたのでしょう』
一通りの試し撃ちを終え、ベアトリクスは満足げに汗を拭った。
「ありがとうグラン! すごく参考になったよ!」
「本当は自分自身の力で辿り着いてほしかったんだがな……よし、最後にもう一つだけ見せてやる」
グランはそう言って深く構えると、右手に極大の波動を溜めた。
しかし、グランはその波動を放つが、すぐに自身の体へ戻ってくる。
「えっ!?」
自分自身を攻撃したように見えたため、ベアトリクスは何が起きたのか理解できず目を丸くする。
だが次の瞬間、グランの全身から爆発的で凄まじいオーラが立ち昇った。
そしてグランは、あらかじめ立ててあった的に向かって波動を凄まじい速度で『連射』し始めた。
ドゴゴゴゴゴゴゴォォォォンッ!!
それは、ベアトリクスが今まで使っていた単なる小手先の連射とは一線を画していた。
まるで『溜めた状態の波動』を、際限なくマシンガンのように撃ち込み続けているのだ。
しばらくその圧倒的な連射を続けた後、グランは少し息を乱し、構えを解いた。
「……ふぅ……」
それを見たベアトリクスは、一瞬で理解した。
(あれは、波動を身体強化のように使う『奥の手』だ……!)
「……どうだ?見て分かったと思うが溜めた波動を連射できるし、身体強化も今までとは一線を画す強化がされる。だが効果時間は短いし、どうしてもクールダウンしないとまた使えないが、ここぞというときに使えば強力な切り札となる。」
グランが振り返って尋ねると、ベアトリクスは興奮冷めやらぬ様子で頷く。
「すごい……本当にすごい! 私、この冬休みの間に絶対にそれを習得してみせるよ!」
「ああ、期待してるぞ。ただ、波動を溜めている間はどうしても隙ができる。その『隙』をどうやってカバーするか、それはお前自身で考えるんだぞ」
「わかった!」
ベアトリクスは元気よく返事をし、その日の充実した鍛錬を終えた。
宿泊施設へ戻る道すがら、ベアトリクスは嬉しそうにグランに笑いかけた。
「今日は一日付き合ってくれて、本当にありがとう」
「方向性が決まって何よりだよ。これで遠近両用になって隙がなくなれば、四聖華や王女、皇女たちにも勝てるようになるぞ」
「うん! ありがとう!」
二人は笑顔で言葉を交わし、その場で解散した。
ベアトリクスを見送り、グランが自室へ戻ろうと踵を返した、その時だった。
「――グラン?」
背後から、地を這うような低い声が聞こえた。
振り返ると、そこには頬を限界まで膨らませ、般若のようなオーラを放つ四聖華と王女、皇女の六人が立ち塞がっていた。
「ひぇっ……!」
グランが後ずさる。
ルヴィリスが一歩前に出て、ジリッと距離を詰めた。
「グラン……今日は一日、いったいどこへ行っていたの?」
「ずっと探していたのに、どこにも見当たらないなんて……」
エルスメリアが恨めしそうに言うと、ソフィアが氷のように冷たい笑顔を浮かべる。
「まさか……ベアトリクスさんと、二人きりで甘い逢瀬を楽しんでいらしたの?」
「私たちよりも、ベアトリクスの方が大事だというのか……?」
ディアドラが悲しげに、しかし鋭い眼光で睨みつける。
さらにオリヴィア王女が扇子で口元を隠しながらチクリと刺した。
「いつの間に、あのベアトリクスさんにも手を出したのかしら?」
そして最後に、セルフィリア皇女がとどめを刺すように言い放つ。
「ベアトリクスって、心に決めた婚約者がいるんじゃなかったっけ? ダブル不倫なんて、本当にいいご身分ね……このケダモノ」
「なっ……! 何を言っているんだ! 今日は一日、ベアトリクスの鍛錬に付き合っていただけだぞ!」
グランが必死に弁明するが、六人は全く聞く耳を持たない。
「「「ずるーい!!」」」
そういうと一斉に声を上げ、グランを取り囲んだ。
「明日は絶対に私たちと過ごすのよ!」
「わかった! わかったから!」
グランは彼女たちの凄まじい圧に屈し、無理やり明日の約束を取り付けさせられるのだった。
一方その頃、自室に戻ったベアトリクスは、ベッドに寝転がりながら今日のグランの姿を思い浮かべていた。
(グラン……)
出会った時から、彼は他の皆とは一線を画す圧倒的な強さを持っており、その存在感も段違いだった。
最初は単純にその強さに憧れていた。だが、彼と接するうちに、その優しさや不器用な人となりにも強く惹かれ、好印象を抱くようになっていた。
自分には、心に決めた大切な婚約者がいる。
それでも――グランのことが異性として全く気にならないかと言われれば、決して嘘にはできない自分がいた。
(……でも、私には大切な人がいる。なら私は、グランの教えを忠実に守って強くなり、彼が誇れるような『一番弟子』になろう。憧れの人に、恥じないように)
ベアトリクスは静かに目を閉じ、胸の奥で小さく騒ぐ『淡い恋心』に蓋をした。
(オヤスミ、私の小さなケダモノ――)
彼女はそう心の中で呟き、心地よい疲労と共に深い眠りについた。




