第123話:新年の始まりと不吉の予感
自身のサプライズ誕生日会で、改めてこの世界の人たちとの関わりを考えさせられたグランは、少しだけ意識が変わっていた。
(この世界ではあくまで『部外者』として、すべてにおいての最終ラインを超えないようにしていたが……それも少しずつ直していこう)
学園卒業まで、もうあと一年ちょっとしかない。
女神アリスティアが用意したこの物語も、刻一刻と終わりに近づいていた。
しかし、グランはまだ誰を生涯の伴侶にするか決めかねている。
『マスターのことですから、どうせ卒業式になっても誰も選ばないと思いますよ』
アンサートーカーがここぞとばかりにおちょくってくるが、そもそも今までは、自分はあくまで部外者なのだから、初めから選ぶことは考えてなかった。
(……俺もそんな気がしてるよ。とにかく、その時になってみないとどうなるかわからないさ)
グランがそんな風に考えているうちに、約束の日の年末の三日前となった。
『蒼白銀の翼』のメンバーと四侯爵夫妻たちが、年末年始を聖域の『凪の里』で過ごすことになっており、今日はその合流日だった。
グランが指定の場所で先に待っていると、学園寮からマルクたちやベアトリクス、トレース、クローディアが出てきた。
「グラン! 夏に続いて今回もよろしく頼むぜ!」
マルクが元気よく声をかける。
「年末年始にこういう過ごし方をするのは初めてだから、楽しみだよ」
ベアトリクスも笑顔で頷き、トレースは商人らしい目を光らせた。
「もしこの行事が我が商会の商機に繋がるのであれば、ぜひ広めていきたいですね」
グランはクローディアの方を向いた。
「クローディアは王都の屋敷には帰らなかったのか?」
「はい。もう実家でも昔のような蔑みを受けることはなくなりましたが……それでもあそこで冬休みを過ごすのは、個人的にはあまり気分のいいものではありませんので」
クローディアは静かに微笑む。
「グラン先輩のお誘いはまさに渡りに船でした。それに、先輩の故郷の風習というものにも興味があります」
「もし辛くなったら、いつでも逃げていいんだからな」
グランが優しく声をかけると、クローディアは力強く首を振った。
「大丈夫です。グラン先輩のおかげで、もう私は弱いままの私ではありません。私を守ってくれた人たちを、今度はこの力で守ります」
「いい心掛けだ」
グランは彼女の成長を眩しく思い、素直に褒めた。
そこへ、各侯爵家の豪華な馬車や王家の馬車が学園の前に次々と止まり、中から四聖華と四侯爵夫妻、王女と皇女、そしてメイドのレインが降りてきた。
「グラン様、今年も誘ってくださりありがとうございます」
レインが丁寧にお辞儀をする。
「レインは今回もお客さんなんだから、ゆっくり休んでくれよ」
「さすがにこの大所帯を、グラン様お一人では到底捌ききれません。微力ながらお手伝いさせていただきます」
「そんなのいいのに……」
「いえ、実を言いますと……なんと四侯爵様方から特別に給金がいただけるのです」
「……それなら、手伝ってもらってもいいのか?」
「むしろ、やらせてくれないと私の給金が減ってしまいます」
レインはそう言って、にっこりと完璧な笑顔を作った。
(レインなりの気遣いなんだろうな……)
グランは彼女の優しさに感謝し、「じゃあ、お言葉に甘えてお願いするよ」と頼むことにした。
皆が集まったところで、聖域までの移動手段についての話し合いになった。
夏休みの合宿の時と同じように、結界の入り口まで馬車で向かうとなると日を跨いでしまうため、途中の森の中まで進み、そこからグランの『ゲート』で一気に移動するという流れで決定する。
「じゃあ、さっそく馬車に乗ろうか」
グランがそう促した途端――。
「グラン様は私の馬車に!」
「いいえ、グランは私の隣よ!」
四聖華と王女、皇女が、グランをどの馬車に乗せるかで熾烈な争いを始めてしまった。
そんな騒ぎをよそに、マルク、レキシ、カロン、ニーナの四人は、侯爵たちが用意してくれていた別の馬車にさっさと乗り込んでいく。
ベアトリクスとトレース、クローディアも、レインと一緒に手際よく別の馬車へ乗り込んでしまった。
皆が呆気なく避難を完了させる中、グランただ一人が、血走った目をしたヒロインたちの中心に取り残されていたのだった。
これじゃあ埒が明かないと思い、グランは自分で乗る馬車を選ぶことにした。
そして、オリヴィア王女とセルフィリア皇女が乗っている馬車を選ぶ。
四聖華たちはそれにショックを受け、ひどく悲しそうな顔をした。反対に、オリヴィアとセルフィリアは大喜びで、さっそく自分たちの馬車に乗り込む。
落ち込んでいる四聖華たちに向かって、グランはなだめるように言った。
「みんな各々俺を堪能しただろ? たまには王女様と皇女様にも気を遣わないといけないからな」
それを聞いた四聖華たちも、さすがに思うところがあったのか潔く身を引いた。
だが、「『凪の里』に着いたら覚悟してね」と凄まれ、グランは冷や汗をかきながら皇女たちの馬車へ乗り込んだ。
お忍び用の馬車とはいえ、さすがは王国の王女と帝国の皇女が乗る馬車だ。三人が横一列に座れるほどのゆったりとしたスペースがあった。
それを狙ってか、二人はグランを真ん中に座らせ、両サイドからぴったりと挟み込む。そして密室であることをいいことに、結界の入り口に着くまで存分にグランを堪能していた。
そして聖域の前に到着し、乗ってきた馬車を見送ると、グランは『ゲート』の魔法を起動する。
皆それぞれこれからの日々に胸を躍らせながらゲートをくぐり、無事に『凪の里』へと到着した。
到着するなり、ヴァレンタイン侯爵が開口一番に言う。
「やはりここは過ごしやすいな! 毎年来てもいいくらいだ」
それに賛同して、他の侯爵たちも頷く。
「私たち四人なら、もう第三層まではいつでも来れるようになったからな。それもいいかもしれん」
「そうね。エステと温泉を満喫しに来るのもいいかもね」
侯爵夫人たちもすっかりその気だ。四聖華たちは「あの過酷な聖域が、完全に別荘地みたいな感覚になってるわね……」と少し呆れていた。
マルクたちがグランに尋ねる。
「とりあえず、部屋はあの時のままなんだよな?」
「ああ、夏休みのままだよ」
「じゃあ荷物だけ置いてくる。それと、俺たちは何をすればいいんだ?」
「そうだな。初めての人もいるから改めて説明するよ。みんな、とりあえず荷物を置いたらまた広場に出てきてくれ」
グランがそう伝えると、皆はそれぞれの部屋へ荷物を置きに行き、少しして再び広場に集まった。
グランは前回と同様に、この年末年始の過ごし方を説明する。
年末に『年越しそば』を食べ、除夜の鐘を聞きながら眠りにつき、朝は『初日の出』を見るのだと。四聖華や四侯爵夫妻たちは勝手知ったる様子で頷き、初めて聞くメンバーたちは皆、興味津々で耳を傾けていた。
「年末の当日までは各自自由行動だから、好きに過ごしてくれ」
グランが言うと、侯爵夫人たちはさっそく連れ立ってエステと温泉へ向かい、マルクたち平民組は各々のカップルで凪の里の散策に出かけた。
トレースとクローディアは「ゆっくり魔力操作ができる場所はありますか?」と聞いてきたため、グランが静かな場所へ案内すると、そこで二人並んで魔力操作のための瞑想を始めた。
一方、四侯爵たちはグランの元へやってきて「あれ、ないのか?」と尋ねてくる。
「え、まさか日本酒ですか?」
「そうだ」
「お正月まで取っておかないんですか?」
「少しだけならいいだろ?」
とせがむ侯爵たち。グランは「まあ結構在庫もあるし、いいか」と各人に二本ずつ日本酒を渡した。四侯爵たちは嬉しそうにテラスへ向かい、さっそく明るいうちから酒盛りを始めた。
ベアトリクスは、すでに部屋で鍛錬用の服に着替えており、「『波動』の練習がしたい」と言う。グランが演習場に案内し、「ここなら好きなだけ暴れられるぞ」と説明すると、彼女は喜んでさっそく鍛錬に打ち込み始めた。
そして四聖華と王女、皇女の六人は、用意された場所で優雅なお茶会の準備を始め、レインもそれを手伝いながら共に和やかな時間を過ごしていた。
皆が各々好きなように過ごしているのを確認した後、グランも年末に向けてそばの準備に取り掛かる。
そして大晦日の夜。
グランが去年も見せた見事なそば打ちを披露すると、マルクたちから「おおっ」と歓声が上がった。
揚げたての天ぷらを乗せた年越しそばを、レインがみんなに配っていく。
四聖華や四侯爵夫妻は去年の経験で慣れたのか、箸をうまく使って上手に食べていた。王女と皇女は、一度見ただけで器用に箸を使いこなし、そばの味を堪能している。特にオリヴィアはとても気に入ったようで、おかわりまでしていた。
マルクたち平民組は、初めての箸に悪戦苦闘しながらも、途中から慣れてきたのか美味しそうにそばをすすっていた。
除夜の鐘が響く中、グランが皆に声をかける。
「明日は『ヴィジョン』で初日の出を見るから、今日は早めに寝て、明日は早起きしよう」
皆はそれに賛成し、その夜は早めに床に就いた。
翌朝。まだ外は暗いが、皆は広場に設置された『ヴィジョン』の前に集まっていた。
去年と同じく、ヴァーミリオン領の絶景スポットからの日の出を見るためだ。
レインが温かい飲み物を各自に配り、一息ついていると、ヴィジョンの映像の奥から薄っすらと光が差し込んできた。
そして、見事な初日の出が昇り、皆で静かにそれを拝む。
日が昇りきり、グランが新年の挨拶をしようと口を開きかけた瞬間――。
「「「あけましておめでとう! 今年もよろしくね!」」」
四聖華たちが、グランの言葉を先回りして一斉に声を上げた。
それにつられるように、他の皆も「あけましておめでとう! 今年もよろしくお願いします!」と元気よく挨拶を返す。
グランが四聖華たちを見ると、彼女たちは「してやったり」とばかりにニヤニヤと笑っていた。
グランは苦笑いしながらも、皆に向かって「あけましておめでとう、今年もよろしくお願いします」と温かい挨拶を返した。
グランはあらかじめ用意していた晴れ着や袴を皆に手渡した。
四聖華と四侯爵夫妻たちは、去年の経験を活かして各々協力し合いながら着替え始める。
初めて和装を見た残りのメンバーたちは、その色鮮やかで美しい衣装に感動の声を上げていた。着付けが分からない彼らには、レインが手際よく手伝って各自着替えを済ませていく。
グランはレインにも彼女用の和装を渡し、「レインも着替えてきてくれ」と伝えると、自分も部屋に戻って着替えを済ませた。
グランが着替え終わって外に出ると、皆それぞれ互いの格好を確認し合いながら、初めての和装の感想を楽しく語り合っていた。
そこへルヴィリスが不思議そうな顔をしてグランに近づいてくる。
「グラン? 去年にあった神社とかがなくなっているのだけど、大丈夫なの?」
彼女の問いに、グランは微笑んで答えた。
「今年の初詣はここじゃないんだ」
そう言ってグランは新たな『ゲート』を開き、皆を案内するために先頭に立ってゲートをくぐった。
皆がグランに続いてゲートを抜けると、そこはなんと第5層のリゾート地だった。
海岸沿いの美しく舗装された山道を少し歩いていくと、突如として朱色の『鳥居』が数多く立ち並ぶ長い参道に出る。
「今年の神社はここです」
グランが案内すると、皆は連なる鳥居のトンネルに圧倒されながら参道を駆け上がり、やがて少し小さめの趣ある神社へとたどり着いた。
皆は事前に参拝の作法を聞いていたため、グランが用意した小銭を各々受け取ると、順番に賽銭箱に入れて手を合わせた。
四侯爵は去年と同じように自領の安寧と発展を、侯爵夫人たちも変わらず領民と子供たちの平和を願う。
王女と皇女はそれぞれ自国の平和と安寧を願い、四聖華たちも自領の平和を願い、そして全員が自身のさらなる飛躍とグランとの恋の成就を願った。
ベアトリクスは恋人との将来の希望を、マルクたち平民組は、お互いのパートナーや家族の平和を願い、トレースは、商人の家らしくエルマン商会の商売繁盛を願い、そしてこちらも全員がもっともっと強くなりたいと願った。
クローディアは、実家に残る自分に良くしてくれた使用人たちの無事と健康、そして彼らを守るためにさらなる強さを願った。
そして、初詣恒例の『おみくじ』の時間。
皆で引いたおみくじを、一斉に開こうという流れになった。
ヴァレンタイン侯爵がグランを見てからかうように笑う。
「お前は去年、盛大に笑わせてくれたからな。今年も大いに期待しているぞ!」
四聖華たちもクスクスと笑いながら同意する。
「グランは本当に期待を裏切らないし、いつも私たちの斜め上の想像を超えることをしてくれるからね」
四侯爵夫人たちも「あなたはいつも見ていて飽きないわ」と優しく微笑んだ。
(今年こそは……!)
グランは内心で強く意気込み、おみくじを握りしめた。
そして、いざ開帳。
侯爵夫妻たちは去年と同じく見事な『大吉』。オリヴィア王女とセルフィリア皇女も揃って『大吉』だった。
ベアトリクス、マルク、レキシ、カロン、ニーナ、レインは『中吉』。
トレースは『吉』、クローディアは『小吉』と、それぞれまずまずの結果だ。
しかし、四聖華たちは見事に『凶』であり、グランに至っては堂々の『大凶』だった。
ただ、四聖華たちの『凶』は、書かれている内容自体はそこまで悪いものではなく、「これでなんで凶なの?」と疑問符が浮かぶようなマイルドな内容だった。
だが、グランの場合は違った。あまりにも内容が酷かったのだ。
要約すると、以下の通りである。
【縁談】望まぬ縁談があなたを破滅に導く。
【待人】来ない。そもそもいない。
【失物】見つからず。
【旅行】やめとけ。
【商売】騙される。
【学問】何を学ぶつもりだ。
【病気】健康そのもの。
【仕事】働いたら負け。
【転居】すぐに引っ越せ。
皆が興味本位でグランのおみくじを回し読みしていくが、見終わった者は一様に、言葉を失い、明らかに行き場のない同情の目をグランに向けてくるのだった。
『マスター!いくらなんでもこれを引くのは、もうエンターテイナーを通り越していますよ!』
アンサートーカーが脳内で爆笑しているのが伝わってくる。
(うるせえ! こんなもん絶対に信じねーぞ!)
グランは脳内で強がりながら、結び所へ歩み寄った。
そして、その大凶のおみくじをしっかりと結び付け、「どうかこの通りにならないようにしてくれ……」と切実に祈る。
それを見ていた四聖華たちが、不思議そうに尋ねてきた。
「グラン、何をしているの?」
「悪い結果が出たおみくじは、こうやってここに結んで、結果が少しでも好転するように神様に祈るんだよ」
グランがそう説明すると、四聖華たちも「なるほどね」と頷き、グランの真似をして同じように『凶』のおみくじを結び所に結んで祈りを捧げた。
参拝とおみくじを終えた後、グランは一行を特別な絶景スポットへと案内した。
そこは、グランが前世の記憶を頼りに再現した場所だった。
眼下に広がる真っ青な海と、力強くそびえる緑の山々。そして、その大自然の間に連なる朱色の鳥居が見事なコントラストを描き出している。
「うわぁ……綺麗……」
「ええ、本当に素晴らしい景色ね」
皆はその息を呑むほど美しい景色に圧倒され、しばらくの間、潮風を感じながら絶景を楽しんだ。
そして大満足の初詣を終えた一行は、再びゲートをくぐり、温かい『凪の里』へと戻っていった。
神社は「元〇隅神社」を想像してください。
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