第122話:この世界の住人として
ヴァレンシア領での激動の誕生日会から数日が過ぎた。
明日は終業式という日の放課後、演習場でいつも通り『蒼白銀の翼』の鍛錬を終えると、マルクから不意に提案された。
「グラン、明日の鍛錬は休みにしないか?」
「どうしてだ?」
グランが理由を尋ねると、マルクは肩をすくめる。
「明日は終業式だし、それに最近俺たちも休んでなかっただろ? 明日からは冬休みだしな」
「……確かにそうだな」
グランは納得し、メンバー全員を集めて声を張り上げた。
「じゃあ、みんな集まるのは今日で最後だな。明日の終業式が終わったら冬休みだ。今年の冬はかなり冷え込むから、体に気を付けて過ごしてくれよ!」
グランが爽やかに締めの挨拶をすると、それを聞いた『蒼白銀の翼』のメンバーたちの間に、一瞬だけ微妙な空気が流れた。
しかしグランはそれに全く気付かず、いつも通りに後片付けをして寮へ帰っていった。
寮の自室に戻り、グランはアンサートーカーと会話する。
(そういえば、今年は平日は必ず一日は休みにしようって言っていたのに、気づけばあまり休んでいなかったな)
グランが反省するように言うと、アンサートーカーは静かに答える。
『やはり皆様は学生ですからね。青春を謳歌するのも学生の立派な仕事です』
アンサートーカーは、グランがあの演習場での一瞬の『微妙な空気』を全く感じ取れていないことをあえて内緒にしていた。
(そうだな……俺の中身はもうアラフォーだから、そういう学生らしい気持ちはすっかり忘れていたよ)
グランは前世の年齢を思い出し、一人でしみじみと呟いた。
そして次の日。
大講堂での終業式が無事に終わり、グランは自室の片づけをするために寮へ向かおうとしていた。
今年の冬は、聖域にある『凪の里』で年末年始をゆっくり過ごそうと考えていたのだ。
すると、マルクたちがグランを取り囲むように話しかけてきた。
「グラン、これから何か予定はあるか?」
「いや、特にないぞ。寮の自室を掃除して、明日からは聖域の凪の里で冬休みを過ごそうかと思ってる」
「じゃあ、今日はこの後、特に予定はないんだな?」
「そうだな、何もないが……」
「よし、じゃあちょっと来てくれ」
マルクたちは有無を言わさずグランを連行し、そのまま学園の外へと連れ出した。
しばらく王都の街を歩いていると、一行は一際豪華で格式高い高級サロンの前に到着した。
「おいおい、ここは平民なんか絶対に入れない場所だぞ!? こんなところに何の用事なんだ?」
グランが焦って尋ねるが、サロンの前に立つ屈強な警護の者が深く頭を下げる。
「お待ちしておりました」
そして、恭しく扉が開かれた。
マルクたちは勝手知ったる様子で、堂々と中へ入っていこうとする。
「おいおい、本当に入っていいのか!?」
「大丈夫だって。ほら、行くぞ」
グランはマルクたちに囲まれるようにして、半ば強引にサロンの中へと押し込まれた。
豪華なサロンの奥へ進み、マルクたちに促されるまま、グランはとある部屋の扉をくぐる。
怪しみながら中へ入ると、そこは一切の光がない真っ暗な部屋だった。
バタンッ!
直後、背後で重たい扉が閉められる音がした。
「おい! マルク! ふざけてる場合か!」
グランの背筋に冷たい汗が流れる。
実はグランは、前世を含めてホラー系や幽霊の類が全くのダメなのだ。
この異世界では魔法でどうにか物理的に対処できるかもしれないが、それでも怖いものは怖いのである。
途端に不安に襲われたグランは、極度のパニックから無意識のうちに『蒼白銀』の魔力を全身に纏い始め、暗闇の中で警戒態勢に入った。
次の瞬間、パッと部屋の明かりがつき、パンッ!とクラッカーの甲高い音が鳴り響いた。
グランはそれを敵の襲撃だと勘違いし、反射的に絶対防御魔法『サンクチュアリー』を発動させる。
「「「グラン、お誕生日おめでとう!!!」」」
その声を聞いてハッとし、辺りを見回す。
そこには、満面の笑みを浮かべる『蒼白銀の翼』のメンバーたちと、四侯爵夫妻の姿があった。
グランは状況をすべて理解し、気まずそうに『サンクチュアリー』を解除する。
ルヴィリスは苦笑いを浮かべた。
「いったい何を想像したら、そんなに警戒心を持つのよ」
少し呆れたように言う彼女の横で、マルクたちも冷や汗を拭う。
「魔力の高まりを感じた瞬間、ガチでヤバいと思って死を覚悟したぜ……」
ベアトリクスはそんなグランを見てクスクスと笑う。
「グランは人には優しいけれど、自分自身の事には本当に無頓着なのね」
一方、トレースとクローディアは真剣な顔で頷き合っていた。
「常に日頃からあれだけの警戒心を持たなければならないのか……」
二人は的外れな感嘆の声を上げている。
そこへソフィアが一歩前に出て、嬉しそうにグランに告げた。
「今日はグラン様の誕生日会です! 以前、グラン様は十二月が誕生日だと仰っていましたよね? ですから、お祝いをしようと皆でこっそり準備していたのです」
グランが改めて周りを見回すと、皆がサプライズの成功を心から喜んで笑顔を浮かべていた。
そして、四侯爵を代表してヴァレンタイン侯爵が一歩前へ出る。
「お前には日頃から世話になっているからな。これくらいはしないと、我々も礼を返すことができないだろう」
侯爵は周囲の豪華な装飾を見渡して微笑む。
「今日はこのサロンを完全に貸し切りにしている。気を遣うこともない、楽しんでいってくれ」
そこからは、最高級の豪華な料理が次々と運ばれ、場を盛り上げるための専属楽団による優雅な生演奏も始まった。
皆の温かい祝福に包まれ、グランの誕生日会は大いに盛り上がっていく。
そしてしばらく歓談を楽しんでいると、なぜか一人ずつグランへ贈り物を渡す『プレゼント会』が始まった。
「みんな、そこまでしなくていいのに……」
グランは申し訳なさそうに遠慮するが、全員が「いつも世話になっているのだから絶対に受け取って」と一歩も引かなかった。
まず、マルク、レキシ、カロン、ニーナの四人からは、平民向けの服のセットを二着ずつプレゼントされた。
「グラン君、素材はいいんだからもっとおしゃれに気を使いなさいよ」
レキシとニーナが呆れたように言うと、マルクとカロンも同意して頷く。
「お前、礼服はエグいヤツを着たりするのに、普段着はいつも同じような服ばっかりだからなあ」
確かに、グランはこれまで自分の服飾にはあまりこだわっていなかったため、その指摘は図星であり素直にありがたかった。
「みんな、ありがとう」
四人に礼を言うと、次はトレースが前に出た。
「僕からは、うちの商店で使える割引券です」
そう言ってトレースは、全品半額になるチケットを二十枚ほど渡してきた。
「いくらなんでもこれは多すぎるだろ」
グランが苦笑いするが、トレースは首を横に振る。
「グラン先輩に受けた恩に比べたら、これでも全然足りないくらいです。いつでもうちの店で買い物をしてください」
マルクたちから、トレースの実家であるエルマン商会は生活用品などの質がかなり良いと教えてもらっていたため、グランもたまに買いに行っていたのだ。
「なんだかコネを使っているみたいで悪いな。……ありがとう、大事に使わせてもらうよ」
グランが感謝を伝えると、トレースは商人らしい笑顔で「今後とも当店をご贔屓に」と頭を下げた。
続いて、クローディアが小さな箱を差し出した。
「これは……?」
「開けてみてください」
クローディアに促されて箱を開けると、中から精巧で可愛らしいオルゴールが出てきた。
「これは、私が辛い時に聴いて元気をもらったものと同じオルゴールです」
クローディアは少し照れくさそうに微笑む。
「グラン先輩に辛い時があるかどうかは測りかねますが……何か悩んだり、元気が欲しい時に聴いてもらえたら嬉しいです」
その健気で心のこもった贈り物を見て、四聖華や王女、皇女たちは内心で(あの子、なかなかやるわね)と唸り、静かに警戒心を高めていた。
「ありがとう、大事にするよ」
グランが優しく微笑んで受け取ると、クローディアは無事に受け取ってもらえたことにホッと安堵の表情を浮かべた。
次はベアトリクスの番だった。
「私からは食べ物だよ!」
そう言って渡されたのは、夏休みにもらったあの特製ジャーキーだった。
「これ、大好きなんだよ」
グランが喜ぶと、ベアトリクスは半ば呆れたように笑う。
「そうだよね。夏休みに渡したやつ、たった二日で全部食べ切ってたもんね」
ベアトリクスは胸を張って続ける。
「今回はなるべく保存の利く方法で作ったし、量もかなり多いよ!」
「冬休みの間、聖域でこれを食べながら過ごさせてもらうよ」
グランは素直に大喜びし、ベアトリクスに感謝を伝えた。
次は四聖華たちの番だったが、今回は侯爵夫妻と一緒にプレゼントを選んだのだという。
グランは少し嫌な予感がしたが、大人しく成り行きを見守ることにした。
まず、ヴァレンタイン侯爵が前に出て一枚の紙を差し出した。
「我が家からは、ダイヤモンド鉱山の権利書をやろう」
「いやいや! さすがにそんなものは貰えませんよ!」
グランが全力で辞退すると、ヴァレンタイン侯爵は豪快に笑い飛ばした。
「もちろん、ただで渡すつもりはないぞ。お前が我が娘を選んだら、の話だ!」
「お父様ったら、もう!」
ルヴィリスが顔を赤くして父親を嗜めると、今度は彼女自身から小さな箱を手渡された。
中に入っていたのは美しいカフスボタンだった。
『マスター、これ一級品ですよ』
アンサートーカーの言葉を聞き、グランはたじろぐ。
「こ、こんな高価なもの貰えないよ」
「みんなにはいつも度肝を抜くようなものをバラまいているのに、何を言っているのよ!」
ルヴィリスに呆れた顔でそう説得され、グランもありがたくお礼を言って受け取ることにした。
次はヴァーミリオン侯爵家だった。ヴァレンタイン家と同じように、渡されたのは領地の一角にある広大な農地の権利書だった。
グランが同じように断りを入れると、ヴァーミリオン侯爵もニヤリと笑う。
「もちろん、エルと結ばれたらの話だからな」
「私はいつでもいいですよ?」
エルスメリアが甘い声を出してグランに抱き着く。
そしてエルスメリアからは、ネクタイピンをプレゼントされた。
例のごとく一級品の品だったらしく、エルスメリアも「絶対に受け取ってくださいね」と一歩も譲らない。
グランはエルスメリアにも感謝を伝え、素直に受け取った。
続いてヴァレンシア侯爵家からは、未開拓地の占有権の権利書が提示された。
「例によって、ソフィアと結ばれたらだがな」
侯爵がそう言うと、ソフィアが満面の笑みでグランに飛びついてきた。
「私からのプレゼントは、私自身です!」
そのままグランに抱き着くソフィアだったが、すぐに四聖華や王女、皇女から「離しなさい!」と怒られ、引き剥がされてしまう。
ソフィアは渋々といった様子で、別で用意していた懐中時計を差し出した。
これもまた素晴らしい一級品だった。
「これ、貰っても大丈夫なのか? かなりの物だろ?」
「グラン様からいただいた数々の物を考えたら、これでも足りないくらいです」
ソフィアは有無を言わさず、押し付けるようにグランの手に握らせた。
グランは「大切にするよ」と微笑み、懐中時計を胸元にしまう。
次はヴァスティール侯爵家だった。
用意されたのは、代々家宝として伝わっている剣聖の証として有名な宝剣の『所有権の証明書』だった。
「これもディアドラと結ばれたら、だな!」
ヴァスティール侯爵が豪快に笑うと、侯爵夫人も優しく微笑みながら補足する。
「これは代々、剣聖に受け継がれるものだから、このままいけば必然的にディアドラが継承することになるわ。だから、ディアドラと一緒になればあなたも使えるという証明よ」
(それ、実質的にディアドラの物じゃん……)
グランは心の中でそう突っ込みそうになったが、そんな野暮な口出しはぐっと飲み込んだ。
そしてディアドラからは、美しいバングルを手渡された。
「これは、私がお小遣いを貯めて買ったものだ」
「そんな高価なものじゃなくてもよかったのに……」
グランが申し訳なさそうに言うと、ディアドラは少しだけ頬を染めて目を逸らす。
「自分を犠牲にして他人に尽くすというのは……存外、いい気持ちになるものだな。だから、ぜひ受け取ってくれ」
彼女の不器用で真っ直ぐな言葉に胸を打たれ、グランは断ることなどできず、そのバングルを素直に受け取った。
そして最後は、オリヴィア王女とセルフィリア皇女の番だった。
二人ともそれぞれの国のトップに立つ王族と皇族だ。いったい何をくれるのか、グランには想像もつかなかった。
まずオリヴィアからは、国内のすべての関所をフリーパスで通れる王家の紋章が入った小さな宝剣が渡された。
「これを使えば、関所での通行料や身分の証明など、面倒な手続きはすべてパスされるわ」
「これ、平民の俺がもらって本当に大丈夫なものなのか?」
グランが恐る恐る尋ねると、オリヴィアは笑顔で頷く。
「お父様のお墨付きよ。遠慮なくもらってちょうだい。それに王城の者に見せれば、私といつでも会えるわ」
これから遠出する時にかなり便利だなと思い、グランはありがたく受け取って礼を言った。
そして最後に、セルフィリア皇女が前に出る。
「私からも、オリヴィアのものと同じような通行手形も含め、そして帝国に来たらいつでも私にフリーパスで会えるように、これをあげるわ」
そう言って渡されたのはこちらも同じく、帝国の皇帝一族の紋章が精巧に刻まれた小さな宝剣だった。
ヴァレンタイン侯爵がそれを見て驚きの声を上げる。
「ということは、帝国にも自由に出入りできるようになるのか……」
「もちろんよ!」
セルフィリアは胸を張り、さらにとんでもないことを言い出した。
「私と結ばれたら、私に下賜される帝国の領地もあげるわ! でも安心して、グランは何もしなくていいの。優秀な文官と武官がついているから、勝手に領地経営はされるようになっているわ」
「この前、お前と結婚しても皇族のしがらみなんかには囚われないって言っていただろ?」
「ええ、そうよ。領地がもらえるだけで、あなたは本当に何もしなくていいの」
(これって、前世でいう夢の不労所得ってやつか……!?)
グランが内心で目を輝かせていると、アンサートーカーがすかさず冷静なツッコミを入れた。
『マスターが本気を出して鍛冶と錬金術を駆使すれば、いつでもすぐに大金持ちになれますよ』
(まあ、それもそうか)
グランはすぐに冷静さを取り戻し、セルフィリアにも「ありがとう」とお礼を言う。
そして、オリヴィアからもらった王国の宝剣と、セルフィリアからもらった帝国の宝剣を、まとめて収納魔法の中に大切にしまった。
無事にプレゼントを受け取ったグランは、皆と一緒に豪華な料理を味わい、音楽に合わせて踊り明かし、気づけばすっかり夜になっていた。
「みんな、今日は本当にありがとう。こんなに盛大に誕生日を祝ってもらったのは初めてだ。本当に嬉しいよ」
グランが心を込めて締めの挨拶をすると、それを聞いた皆も嬉しそうに笑顔で応えた。
そして誕生日会がお開きになる間際、エルスメリアがグランに尋ねてきた。
「年末年始は、今年も初詣はしないの?」
「特に考えていなかったな」
グランがそう答えると、エルスメリアは「今年も行きたいですわ!」と目を輝かせる。
それを聞いた他の四聖華や四侯爵夫妻も「やるなら私たちも行きたいな」と乗り気になった。
王女と皇女、マルクたちやベアトリクス、トレース、クローディアは不思議そうな顔をする。
「初詣って何?」
「俺の故郷の文化だよ。去年は四聖華とレイン、それに四侯爵夫妻と一緒に聖域で過ごしたんだ」
グランがそう説明すると、今度は彼らまで「私たちも行きたい!」と口々に言い出した。
当初は一人でまったりと過ごすつもりだったため、今年もまた騒がしい年末年始になるなとグランは内心ため息をつく。
しかし、ここまで盛大に誕生日を祝ってくれた手前、断るわけにもいかなかった。
「じゃあ、年末の三日前に学園に集合ということで」
グランが提案すると皆も嬉しそうに了承し、一行は高級サロンを後にして解散となった。
学園へ戻る道すがら、マルクたちがグランに笑いかける。
「今年は雪がひどくなると言っていたからな。実家に帰らないつもりだったからちょうどよかったぜ」
そして学園寮の自室に戻ったグランは、一息つきながらアンサートーカーに話しかけた。
(みんながこんな誕生日のサプライズをしてくれるなんて、全く思ってなかったよ)
すると、アンサートーカーは呆れたような声で返す。
『私は気づいていましたよ』
(え、いつ?)
『マスターが終業式の前日、演習場で締めの挨拶をした時です』
(まじか……俺、全然気づかなかったわ)
グランが驚いていると、アンサートーカーは静かに、そして真剣なトーンで語り始めた。
『マスターの意識の根底には、自分はこの世界に対してあくまでも“部外者”であるという思いがあります。だからこそ、この世界の人たちにはなるべく優しく、理不尽なことには厳しく立ち向かっている。しかし、ご自身に対しては二の次で考えている面があり、リスティアの人たちに対して壁を作っています』
アンサートーカーの言葉が、グランの胸の奥を突く。
『転生を繰り返す特殊な存在ではありますが、それでも……もうこの世界の住人として生きることを意識してもいいのではないでしょうか?』
まさかアンサートーカーからそんな本質的なことを言われるとは思っておらず、グランは言葉を失い、少し考え込んだ。
そんなグランの様子を察してか、アンサートーカーはわざと明るい声でおちょくってくる。
『マスターは女神アリスティアの物語で“やりたい放題する”と息巻いていましたが、やはり元来のその優しさが邪魔をしますね』
(……うるせえよ)
グランは毒づきながらも、相棒の的確な指摘には内心で深く同意していた。
「さて……年末年始は忙しくなるぞ」
グランは照れ隠しのように言葉に出して話題を変え、その日は心地よい眠りについた。




