第118話:青の思い
修練会対抗戦も終わり、十二月に差し掛かる。
グランは今年もソフィアの誕生日会に招待され、そして例によってエスコートを頼まれた。
もちろん拒否権なんてあるわけなかったし、ここまできて拒否する理由もなかった。
送迎の馬車も手配されており、当然のように宿泊する部屋まで用意されている。
グランは指定された日に馬車に乗り込み、ゆっくりとヴァレンシア領へ向かう。
今年の誕生日会は二学期の終業式前に開催されるようだ。
どうやら今年は雪が降るのが早いと予想されており、それに合わせていつもより前倒しで開催するとのことだった。
グランは数日馬車に揺られ、ヴァレンシア領に到着する。
ここは相変わらず冒険者で溢れかえっており、活気に満ちる街だった。
ヴァレンシア領の屋敷に到着すると、そこにはソフィアとガラクが玄関で待っていた。
馬車から降りたグランを見ると、ソフィアは駆け寄ってグランに思いっきり飛び込んで抱きつく。
グランはそれを受け止め、ソフィアをたしなめる。
「こらこら、急に飛び込んできたら危ないじゃないか」
「グラン様!今年も来てくれてありがとうございます!」
ソフィアは人目も気にせず抱きしめてくる。
そしてガラクが苦笑いをしながら注意する。
「お嬢、その辺にしないと侯爵夫人から怒られますぜ」
「それもそうね。早速部屋に行きましょう」
ソフィアがそう答えると、グランの腕を抱きしめて屋敷に入る。
すれ違いざまにグランがガラクを見ると、ガラクは親指を立てて「あとは任せた」と言わんばかりに笑顔を見せた。
そして侯爵夫妻たちが待つ執務室で、グランたちはお茶を飲む。
「グラン君、今年もよく来てくれた。歓迎するよ」
「今年は雪がひどくなるらしいからね。まだ雪が降る前にソフィアの誕生日会をしようって話になったのよ」
ヴァレンシア侯爵が声をかけ、ヴァレンシア侯爵夫人もそう説明する。
「大雪だと来ることが難しくなりますからね」
グランがそう返すと、ヴァレンシア侯爵夫妻はグランをジト目で見ながら話す。
「ゲートを使えば行けるだろう」
「いやいや、普通はあんな魔法使えないていで過ごしているんです」
グランは慌てると、ヴァレンシア侯爵夫人はこともなげに言う。
「去年も使った、今日泊まる部屋はもともと空き部屋だったのよ。あなた専用の部屋にして、そこをゲートで繋げれば、バレずに来れるわ」
「早速ゲートを置きましょう」
その言葉を聞いたソフィアは、間髪入れずにグランを急かす。
しかしヴァレンシア侯爵は額に青筋を浮かべながら言う。
「グラン君、そんなことをすれば我が家の一員になるということだがいいのか?」
「い……いえ、もともとゲートを繋ぐつもりはありません」
グランはたじたじになりながら答えると、ソフィアはプンプンしながら怒る。
「お父様!せっかくもう少しで既成事実が作れたのに、邪魔をしないで!」
「ソフィ!そんなはしたない子に育てた覚えはないぞ!」
ソフィアのその言葉を聞きヴァレンシア侯爵が叱ると、ヴァレンシア侯爵夫人が二人をいさめる。
「あなた、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
そして侯爵夫人はグランに声をかけ、ソフィアに案内させる。
「長旅で疲れたでしょう、今日はゆっくり部屋で休んで。ソフィ、グラン君を案内して」
「わかりました」
「それでは失礼いたします」
ソフィアは嬉しそうにグランの腕をとり、グランも礼をして部屋を出る。
二人が出た後、少し圧が強くなった夫人は侯爵に問いただす。
「もう少しだったのに、なぜ邪魔をしたの?」
「い、いや、そんなつもりじゃなかったんだ……」
侯爵はたじろぎながら弁明する。
「あなた、今日は寝かせないわよ」
侯爵夫人の宣言を受け、侯爵は深くうなだれた。
部屋に案内されたグランはソフィアと他愛もない話をしていると、扉をノックする音が聞こえた。
ソフィアが返事をして扉を開けると、ガラクが少し気まずくしながら声をかけてきた。
「すまんお嬢、お楽しみ中だったか」
「ガラクさん、俺たちはまだそんな関係じゃないです!」
グランは慌てて否定すると、ガラクは笑いながらからかう。
「なんでえ坊主、お前そんな強いのに奥手なのか」
「ガラクさん、グラン様はそこがいいんです!絶対落としてみせます!」
ソフィアはガラクに気合を入れて宣言すると、ガラクはその勢いに少し驚きながらも、ここに来た要件を話し始めた。
「実はな、屋敷の使用人やこの町の冒険者たちが、グランの強さを見たいから戦ってくれと言っててな」
「え、急にどうしたのですか?それに、ソフィの誕生日会の前なのにいいのですか?」
グランは尋ねると、ガラクは説明を付け加える。
「ああ、すまん言葉が足りなかったな。今回お嬢のエスコートを坊主がするって皆が聞いてな。お嬢の想い人のお前さんの強さを試したいって話になって、ヴァレンシア侯爵夫妻も許可してくれたんだ。明日の誕生日会の余興で、百人組手という形でお前さんが俺たちと戦うことになったんだ」
それを聞いたグランは頭を抱える。
しかしソフィアは目をキラキラさせて、テンションが爆上がりしていた。
「これでグラン様の実力が認められて、晴れて結ばれるのですね!」
「……お嬢、坊主が強いのは何となく感じますが、それほどなので?」
ガラクはソフィアに聞くと、ソフィアはガラクに自信満々に答える。
「本気を出したら一瞬で終わります」
ガラクはそれを聞いて笑う。
「お嬢がそこまで言うのですかい。坊主、今は俺が言った通りうまく気配を消しているが、一年前に俺が感じ取った気配は合っていたんだな。……俺たちが挑戦者か、それはそれで楽しみだ」
そして、今まで見せたこともない覇気をグランにぶつける。
グランもその覇気を正面から受け止め、礼をする。
「ガラクさん、明日はよろしくお願いします」
ガラクはそれを受け、歴戦の戦士が獲物を見つけたように獰猛な笑みを浮かべる。
「これを受けても平然としているなんてな。明日はマジで本気を出さないといけないようだな、それじゃあ邪魔したな」
そして覇気を抑えて元に戻し、部屋を出ていった。
ソフィアはグランに抱きつく。
「ガラクさんの覇気を受けても平気なんてさすがですね」
「冒険者たちは強さに並々ならぬ誇りを持っているからな。明日は俺もソフィが恥じないように戦うよ」
グランは気を引き締めると、ソフィアは急にグランへキスをした。
「グラン様の活躍を楽しみにしています」
「おいおい」
グランは不意打ちでキスしてきたソフィアをなだめるが、ソフィアはさらにとんでもないことを言い出す。
「明日の夜は本当に楽しみです!」
グランは冷や汗を流しながら話を逸らす。
「さあ、旅の疲れもあるし、今日の晩餐まで少し休むよ」
「わかりました」
ソフィアは返事をして、グランのベッドに潜り込んだ。
「ソフィ、ちょっとなんでそこに入るの?」
グランは慌ててソフィアにそういうと、ソフィアは微笑む。
「グラン様が眠るまで隣にいます」
「それは明日にとっておいたほうがいいだろう」
グランは仕方なく説得すると、ソフィアは何を勘違いしたのか、飛び上がって喜んだ。
「明日ついに結ばれるのですね!では明日楽しみにしています!」
勢いよく部屋を出ていくと、すぐに隣の部屋からガサガサと音が鳴り始めた。
グランは心の中でつぶやく。
(そういえば隣がソフィの部屋だって言ってたな)
『いよいよ明日卒業ですね』
(お前、俺が手を出さないこと知ってるだろ)
アンサートーカーの言葉にグランは呆れるが、アンサートーカーは続けて分析を語る。
『マスターはエルスメリア様を一番警戒していますが、私の分析で一番やばいと推測するのはソフィア様ですよ』
(え、なんで?)
グランは疑問に思うと、アンサートーカーが指摘する。
『十歳のあの時、力を求める代償で自分を捧げようとした人ですよ』
(いや、あれはあくまで言葉のあやだろ?)
グランは反論すると、アンサートーカーは断言する。
『いえ、あれは本気でしたよ。しかもその相手が、今はご自身の人生で一番好きな人になっているのです。それに1年生の魔導大会の時、あれだけの観客の前で既成事実を作るために、なりふり構わず行動にうつしているのですから、今のこの状況だと、襲われるのは秒読みですよ』
グランは迫る貞操の危険を感じながら、ヴァレンシア家の晩餐を一緒にいただく。
そして風呂に入り、明日の誕生日会兼余興の百人組手に備えて早めに寝ることにした。
そして次の日、誕生日会当日。
グランは例によって女神アリスティアから、ソフィアの色に合わせた青色の差し色が入り、金の刺繍が所々にあしらわれた豪華な黒の礼服を送られる。
グランはもう何も文句を言わずに、それを淡々と着こなした。
そしてしばらくすると、ガラクが部屋を訪ねてくる。
礼服姿のグランを見たガラクがからかう。
「ほう、坊主なかなか様になっているじゃねえか。その服で戦うつもりか?」
「いえ、ちゃんと服は用意しています」
「いい心がけだ」
グランはそう返すと、ガラクは感心して会場を案内し、言葉を残す。
「それじゃあ今日はお嬢のエスコート、ちゃんと頼んだぜ」
そう言って、ガラクは会場の中に消えていった。
グランがしばらく待っていると、後ろから声が掛かる。
「グラン様」
振り向くと、美しい青色のドレスを着たソフィアが立っていた。
そしてグランに近づき、微笑む。
「グラン様、エスコートを受けていただいてありがとうございます」
「ソフィアをエスコートする栄誉をいただき、ありがとうございます」
グランも恭しく返すと。ソフィアの手を取り手の甲にキスをすると、ソフィアはとても明るい笑顔を浮かべ、グランの腕を取り密着するように抱き込む。
そして入場の時間となり、ソフィアはグランとともに入場する。
大勢の冒険者や町の人が二人を歓迎し、拍手をして声を上げる。
しかしグランは時折、自分を値踏みしている視線を感じており、おそらくこれから余興の百人組手の相手だと思い、できるだけ平然を装っていた。
そして例のごとく、ソフィアの隣でまるで婚約者のような扱いでヴァレンシア侯爵夫妻たちと並び、来客の挨拶を受ける。
そして四聖華と王女、皇女がソフィアたちに挨拶をしに前へ出る。
そしてソフィアに誕生日の祝福をした。
「今から余興があるのでしょう?」
「聞きましたわよ、なんでも未来のソフィの旦那さんの強さを試すって」
ルヴィリスがグランに尋ねる、エルスメリアもすごい顔をしながらソフィアと侯爵夫妻に聞こえるように確認する。
「ソフィ、まさかこんな風に外堀を埋めるとはな」
「ソフィアさん、強引すぎますわよ」
ディアドラも呆れながら話し、王女も苦笑すると、セルフィリアがグランに言葉を投げかける。
「グラン、もしこの組手で認めてもらったらソフィと結婚するの?」
「いや、まだそんなこと考えてない」
グランはそう否定すると、ヴァレンシア侯爵がその言葉に乗っかり同意する。
「そうだぞ、強いだけじゃだめだ」
「お父様!」
ソフィアは頬を膨らませて抗議すると、ヴァレンシア侯爵夫人も微笑みながら話す。
「まず、みんなに認められてからね」
グランは内心頭を抱えた。
だが、今まで戦ってきた人たちと違い、生きる残るための本能で、強くなっている人たちが相手なのだ。
強さに対してまた違う考え方を持つ人たちと拳を交えることに、少し期待もしていた。




