第108話:分かつ蒼白銀の翼
エルスメリアと濃厚な夜を過ごした日から数日が経ち、10月ももう終わりに近づいてきた。
この時期は「修練会対抗戦」が近づき、学園全体が異様な熱気に包まれていた。
例年通りなら各修練会から10名の代表を選び、一週間にわたって自拠点のフラグを守り敵拠点のフラグを奪取するルールだったが、去年は貴族主義の理事たちが『蒼白銀の翼』をつぶすため、蒼白銀の翼対全修練会の連合の特別ルールに変更した。
しかし、その結果は『蒼白銀の翼』が完膚なきまでに勝利し、貴族主義が否定され、完全実力主義の決定打となってしまった。
そして今年は『蒼白銀の翼』のメンバーは14人に増えていた。
いつもの対抗戦のルールでは勝負にならないと学園長から直々に言われてしまう。
しかもメンバー個々の実力は去年より遥かに強くなっており、さらにセルフィリアや新入生であるクローディアとトレースの加入により、もはやどこが相手でも負ける要素がなかった。
そのため今年の対抗戦をどうするべきか検討中であり、ホームルームの時間に学園長から「Sクラスから何かいい案がないか聞こうと思ってな」と相談される。
クラスの皆も去年のルールでも、もはや相手にならないだろうと薄々その空気を感じていた。
去年司令官を務めたルヴィリスが口を開く。
「去年は人数差もあり、敵の先輩方にも強い方々がたくさんいましたわ。ですが、今年の実力なら学園全員が一斉にかかってきても、私たちが負けることはないと思いますわ」
グランもその意見に同意し、「いくらハンデをあげたところで、相手はともかく自分たちには何のメリットもありません」と学園長に告げる。
学園長は「困ったものだ」と頭を抱えるが、そこでグランはあえて『蒼白銀の翼』を分けて対抗戦に出ればいいのではと提案した。
学園長も「確かに人数が少なければハンデにはなるだろう」と頷き、「だが、どうやって分けるのだ?」と尋ねる。
グランは実力差を考慮し、チーム分けの案を出した。
「四聖華と王女と皇女、そしてクローディアの7人。それと、ベアトリクス、マルク、レキシ、カロン、ニーナ、トレース、そして俺の7人で分けよう」
すると、四聖華と王女と皇女から大ブーイングが巻き起こった。
「グランと一緒じゃなきゃ嫌ですわ!」
六人が一斉に駄々をこねるが、グランは「それだと蒼白銀の翼の中でもバランスが取れないだろ」と反論する。
ベアトリクスも「さすがにそう思う」と同意し、マルクやカロンも苦笑いしながら口を挟む。
「四聖華様や王女様、皇女様が相手となると、こっちはかなりきついぜ。そこにグランまでいたら絶対に勝てる気がしないし、グランがこっちに入ればバランスも良くなると思うぞ」
それでも六人は「グランと一緒じゃなきゃ嫌!」と全くまとまらないため、グランは仕方なしに条件を出した。
「……わかった。もし今回の修練会対抗戦でそっちのチームが優勝したら、既成事実以外の願いは何でも一つ聞いてやる」
それを聞いた六人はピタリとブーイングをやめ、一斉に集まってコソコソと真剣な相談を始めだした。
脳内のアンサートーカーがすかさず呆れた声を上げる。
『マスター、なぜ自ら寿命が縮むようなことを言うのですか』
(このままだと話がまとまらないだろ。それに、勝てばいいだけの話だ)
『修練会対抗戦が始まった瞬間、遠征地が彼女たちの魔法で焼け野原になりますよ』
マルクとカロンも青ざめた顔でグランに詰め寄る。
「おいグラン! お前がそんなご褒美をぶら下げたら、向こうは本気どころの騒ぎじゃなくなるぞ! 俺たちはまだ死にたくねーんだよ!」
「負けなければいいだけだ。前回も圧倒的な数の差を覆したんだから、今回も策を巡らせて勝つんだよ」
グランのその言葉に、学園長は『蒼白銀の翼』を二つに分ける案を正式に採用した。
「それで、他の各修練会の代表数は何人にするのだ?」
「前のように連合でもいいですし、各修練会の代表数を増やしてサバイバルでもいいです。そこは学園長と教官たちにお任せします」
「わかった。教官たちと協議して決めることにしよう」
そしてホームルームが終わり、グランはルヴィリス、エルスメリア、ソフィア、ディアドラの四人に声をかけた。
「リンク・ウェポンのメンテナンスとアップデートをするから、次の休みの日に王都の工房に来てくれないか」
四人は少し嬉しそうに「必ず行くわ」と答える。
すると、オリヴィアとセルフィリアが不満そうに尋ねてきた。
「私たちは何もないの?」
「オリヴィア様はリンク・ウェポンを持っていませんし、セルフィリア様も渡したばかりです。最低でも半年は使って魔力を馴染ませてくれないと、メンテナンスもアップデートもできませんよ」
「じゃあ、私たちは見に行くだけにするわ」
二人は勝手に工房へついてくることを決めてしまった。
グランは「まあ、別に邪魔しなければいいか」と軽く答え、了承するのだった。
休日の朝、グランは王都の工房にいた。前日から寝泊まりして、今日の準備を整えていたのだ。
今日は四聖華と王女、皇女の六人が工房へやってくる。
目的は、四聖華たちのリンク・ウェポンのメンテナンスとアップデートだ。
グランはさすがに四人いっぺんに行うと丸一日かかると思い、「待っている間、手持ち無沙汰になるぞ」と事前に伝えていた。
しかし四人は、「一日中時間を空けるわ!」と何の躊躇もなく予定を空け、オリヴィアとセルフィリアも「私たちもその日は予定を入れない!」と強く言ってきたのだった。
『マスター、以前のような「豊乳剣」の事故がまた起こらないといいですね』
脳内でアンサートーカーが楽しげにおちょくってくるが、グランは(その心配はない。ジョーク品は全部収納魔法にしまったし、他にも色々と片付けた。事故が起こることはもうない)と自信満々に返す。
アンサートーカーも簡易スキャンを実行し、『……大丈夫そうですね』と安全を確認した。
そして午前十時半頃、工房の扉がノックされる。
グランが扉を開けると、そこには六人全員が揃って立っていた。
「てっきりバラバラに来ると思っていたんだが」
グランが驚いて尋ねると、ソフィアが「みんなで一緒に行きましょう」と提案し、「抜け駆けはダメよ」と釘を刺したらしい。
全員がその意見に賛成した結果、揃ってやって来ることになったそうだ。
グランは六人を工房の中へと案内する。
オリヴィアは「建てた時にしか見ていなかったけれど、こんな風になっていたのね」と感心し、初めて訪れたセルフィリアは帝国の工房や錬金施設と比べながら興味津々に見回していた。
「じゃあ、まずはエルから始めようか」
グランが名前を呼ぶと、自分が一番だったことにエルスメリアはひどく喜び、そのままグランにギュッと抱き着いた。
「ちょっと!」
他の五人が一斉に声を上げ、エルスメリアを引き剥がそうとする。
しかしエルスメリアは余裕の笑みを浮かべ、とんでもない爆弾発言を投下した。
「ふふっ。私たちは誕生日会の夜に、それはそれは濃密な夜を過ごしたのよ?」
その一言で、工房の空気が一瞬にして凍りついた。
ルヴィリスが涙目になりながら、「ま、まさか……既成事実を作ったの!?」とグランに詰め寄る。
「作ってない!」
グランが即座に否定するが、エルスメリアは「まだ一つにはなってないけれど、もう時間の問題だわ」とうっとりした顔で語り続ける。
(このままじゃ話が全く進まない……!)
グランは強制的に話を切るため、「さっさとリンク・ウェポンとチョーカーを渡してくれ」と催促する。
エルスメリアは少し名残惜しそうにチョーカーを外し、リンク・ウェポンと共にグランへ渡した。
ソフィアがエルスメリアの両肩を掴み、「エル、一体何があったのか詳しく教えて」と凄む。
グランはあらかじめ用意していた待機用のソファとテーブルへ彼女たちを案内し、お茶と「必殺のロールケーキ」をテーブルに並べた。
「俺は作業に入って、終わり次第呼ぶから。みんなで適当にくつろいでいてくれ」
グランがそう言って奥へ引っ込むと、四聖華と王女、皇女は美味しいお茶とロールケーキを堪能しながら、エルスメリアの夜の武勇伝を聞き始めた。
時折、待機スペースからは「キャー!」という黄色い悲鳴が上がっている。
一方、グランは工房の作業台で、アンサートーカーと相談しながらエルスメリアのリンク・ウェポンにメンテナンスとアップデートを施していた。
『以前から言っていた、浮遊盾の増加とビットシステムの追加でよろしいのですね?』
(ああ、そうだ)
『修練会対抗戦の直前に、あえて敵を強くするのは効率が悪いのでは?』
アンサートーカーが呆れ混じりに問うが、グランは手を動かしながら答える。
(これは前々から約束していたことだからな。それに、今回の対抗戦では俺が敵だ。リンク・ウェポンの新しい力を俺がどう対処するかも経験できるし、将来のことを考えたらこのタイミングがギリギリだと思ったんだ)
『……そんな彼女たちの将来より、マスターご自身の「卒業後の将来」を心配してください』
(うるせえ!)
痛いところを突かれたグランは、心の中でアンサートーカーに悪態をついた。
もともと四聖華たちのアップデート用素材やパーツは用意していたため、作業は一時間もかからずに終わった。
グランが待機スペースへ向かうと、そこには満足げな顔をしたエルスメリアと、ひどく悔しそうな顔をしたルヴィリスがいた。
そして残りの四人は、まるで獲物を狙うかのようにギラついた瞳でグランを見つめている。
(……なんか怖いな)
グランは冷や汗を流しながら、「終わったから来てくれ」とエルスメリアに声をかけた。
「新しい機能、みんなに見せるか? それとも内緒にしておくか?」
「みんなにお見せしますわ」
エルスメリアがそう答えると、他の五人も興味津々で立ち上がり、揃って工房の実験場へと足を運ぶ。
実験場の中央で、グランはエルスメリアにリンク・ウェポンとチョーカーを渡そうとするが、彼女は「チョーカーはやっぱり、グラン君が着けてほしいな」と甘えるようにねだってきた。
「仕方ないな」
グランがチョーカーを着けようと前に立つと、エルスメリアは不意にグランの首に腕を回して抱き着いた。
「離しなさい!」
それを見ていた五人が一斉にエルスメリアに近づき、力ずくで引き剥がそうとする。
「エル、そうやって抱き着かれたらチョーカーを着けられないじゃないか」
「グラン君の温もりを十分に感じてからでもいいでしょう?」
結局、エルスメリアが満足して離れるまで少し時間がかかり、ようやくグランは彼女の首にチョーカーを着けることができた。
恍惚とした顔で見つめてくるエルスメリアを前に、グランは咳払いを一つしてリンク・ウェポンの説明を開始する。
「まずはメイスの変形機構だ。剣だけじゃなく、新たに『ランス』への変形も追加した。単純なリーチが向上するし、エルの筋力と魔力なら片手でもランスを十分に振り回せるはずだ」
さらにグランは、防御と遠隔攻撃の要について説明を続ける。
「それと、今まで浮遊盾と呼んでいたが、これからは「シールドバインダー」と呼び、数が二つから四つに増えた。さらにその内側に、拳サイズのビットを各四つ、合計十六個実装した」
「ビットを十六個も……!?」
「いくらなんでも制御が難しすぎるし、魔力がすぐに枯渇してしまうのでは?」
ルヴィリスとディアドラが驚愕し、懸念を口にする。
「普通ならな。だが、これはエルの規格外の魔力量と浮遊盾で培った空間把握能力じゃないと使いこなせない専用チューンだ。ただし、展開する数に比例して魔力を消費するから、使い所はしっかりと見極める必要があるぞ」
エルスメリアは言われた通り、さっそくリンク・ウェポンを展開する。
すると、少し見た目が変わった浮遊盾のシールドバインダーが四つ現れ、その瞬間エルスメリアは厳しい表情を見せた。
「単純に数が倍になったからな。その分、魔力も急激に消費する。だが、エルの適応力ならすぐに慣れるはずだ」
グランがそう声をかけると、エルスメリアもその言葉通り徐々に顔の表情が戻り、四つのシールドバインダーを自由自在に動かしていく。
時折、前方に四つ並べて結界魔法を展開したり、メイス、剣、ランスと形状を変化させながら、その使用感を確かめていった。
「ビットを展開しますわ」
皆に聞こえるように、エルスメリアはそう宣言し、初めは一つのシールドバインダーに付いている四つのビットを展開した。
少し動きにムラがあったが、すぐにコツを掴んで自由自在に操り始める。
そして八つ、十二個と次々とビットを展開していくが、数が増えるにつれて制御も怪しくなり、エルスメリアは目に見えて表情が厳しくなっていった。
それでも意地で十六個すべてのビットを展開し、空中に滞留させることに成功する。
だが、そこで限界を迎えてふっと体から力が抜け、倒れそうになったところをグランがパッと受け止めた。
「今日はここまでだな。これを自由自在に操るには、今の強さだと内蔵されているエメラルドに魔力を溜めておくしかないな」
「……これを魔石の魔力補助なしで動かせるようになったら、私はさらに強くなるかしら?」
息を切らしながらもエルスメリアが問うと、グランは笑みを浮かべて答えた。
「この機構を魔石の補助なしで完全に動かせるようになったら、俺も少し本気を出さないと勝てなくなるかもな」
「ふふっ、それなら早く使いこなせるようになってみせるわ」
「魔力が枯渇しかけているから、今は休んだ方がいい。来客室のベッドまで案内するよ」
そう言ってグランが促すが、エルスメリアはグランの首に腕を絡ませ、「グラン君に運んでほしいな」と甘え始めた。
それを見ていた五人が、「私たちが運ぶわ!」と強引にエルスメリアを抱え上げ、グランに部屋の場所だけを聞くと、そこのベッドに彼女を容赦なく放り込んだ。




