第102話:夏合宿の終わり
夏休みもあと数日で終わるという頃。
すっかり凪の里での生活に慣れてきたみんなは、もうすぐ合宿が終わってしまうことに少し寂しさを感じていた。
侯爵夫妻たちも、ここでの生活の終わりを感じて少し名残惜しそうにしている。
そして夏合宿も残り三日となった日、合宿の集大成として各々の目標の達成具合を披露することになった。
ルヴィリスは火炎魔法の威力を大幅に上昇させてみせた。
エルスメリアはリンク・ウェポンを使った攻撃と防御と魔法の充実化を完了させていた。
ディアドラは魔導無双剣を習得しようとした結果、ディアドラオリジナルの技を習得し、グランのお墨付きをもらいその絶大な威力を披露した。
ソフィアは氷魔法の精密な制御と、領域化の範囲向上を達成していた。
オリヴィアは全属性魔法の行使による魔法展開速度と魔力の燃費改善を成功させていた。
セルフィリアは剣術と体術、そして新たに手に入れたリンク・ウェポンの練度を格段に上げていた。
ベアトリクスは新たな力に目覚め、圧縮した魔力を飛ばす前世でいう「波動」のような力を会得していた。
マルクとカロンの二人は侯爵たちに鍛え抜かれ、それぞれ身体強化と体術を大きく向上させていた。
トレースはグランに言われたとおり、魔力操作の極意を続けた結果、ここに来た時とは見違えるほどの魔法行使能力を身につけていた。
レキシとニーナはそれぞれ回復魔法と結界魔法を覚え、さらに拘束魔法が強化されている。
各自その威力と精度の高さには、指導にあたった侯爵夫人たちからも太鼓判が押されていた。
そして今、グランの目の前には極度に緊張した面持ちのクローディアが立っている。
いよいよクローディアの魔法適性を見るということで、凪の里の演習場で準備が進められていた。
グランは演習場に、的をいくつか用意する。
それは聖域の素材で作られた特性的であり、生半可な魔法だと傷一つすらつかない代物だった。
「クローディア、俺が言った通り、魔力操作の鍛錬は欠かさずしていたか?」
「はい。一日たりとも欠かしていません」
「なら大丈夫だ。自信を持て」
グランは優しく声をかけると、背後にいるソフィアとエルスメリアに向かって目配せをした。
二人は静かに頷き、クローディアの魔力の流れやステータスを見極めるために魔眼を発動させるのだった。
クローディアは魔力を練り上げ、少し緊張した様子で的に向かって手をかざした。
「ファイアボール!」
彼女が魔法を唱えた瞬間、入部試験の時とは比べ物にならないほど巨大で高威力の火球が飛び出し、真っ直ぐに的へと命中した。
凄まじい業火が巻き起こり、生半可な魔法では傷もつかないはずの聖域素材の的が、跡形もなく燃え尽きて消え去った。
クローディアの魔法適性は、完全に正常な状態へと戻っていたのだ。
自身の放った魔法の威力にクローディアは唖然とし、しばらくその場に立ち尽くした後、へたり込むように座り込んで大粒の涙を流し始めた。
グランはソフィアとエルスメリアに目配せをし、二人は深く頷き返す。
そして、座り込んで泣いているクローディアの元へ近づき、優しく声をかけた。
「よく頑張ったな、クローディア」
「グラン先輩……! 本当に、本当にありがとうございます……っ!」
ソフィアも演習場の舞台に上がり、クローディアの様子を確認して微笑む。
「魔力の滞りもないし、完全に正常に機能しているわ」
「ステータス値にも異常は一切見当たらないわね」
エルスメリアの報告も聞き届け、グランは一同に向かって高らかに宣言した。
「これにて、蒼白銀の翼の夏合宿を終了する!」
全員から歓声が上がり、その日の夜は合宿の打ち上げとして盛大な宴会が催された。
その宴会の席で、グランは皆にすでに四聖華や侯爵夫妻たちに伝えていることを同じように、自らの出自と、女神の遣いとしていずれ来る災厄に備えているという真実を打ち明けた。
オリヴィア王女とセルフィリア皇女、ベアトリクスや平民組、そして新入生たちはその事実に驚愕する。
しかし、これまでのグランの規格外すぎる強さを目の当たりにしてきた彼らは、その説明に深く納得した。
オリヴィアとセルフィリアは、グランが語った災厄に備え、自分たちの王族・皇族としての立場でできることは全面的に協力すると力強く約束してくれた。
翌日は予備日となっており、皆それぞれが自由に休憩を取ったり、最後の鍛錬に励んだりと、思い思いの時間を過ごしていた。
そんな中、グランは侯爵たちに呼び出されていた。
「侯爵様方、蒼白銀の翼のメンバーの鍛錬を見ていただき、本当にありがとうございました」
「こちらこそ礼を言わせてくれ。君のおかげで、我々はついに聖域の第4層の踏破を成し遂げることができたのだからな」
侯爵たちはそう言って、聖域第4層踏破の発表に向けて作成した資料をグランに手渡し、内容の確認を求めてきた。
資料に目を通したグランは、ある点に気がつく。
「第3層についての記述がすっぽり抜けていますが……」
「ああ、そこの存在は最後まで迷ったのだがな。第3層はグランの出自の秘密に深く関わることになりそうだから、あえて記載しないことにしたのだ。だから、どうやって辻褄を合わせるか相談しようと思ってな」
グランは少し考えた後、一つの案を提示する。
「ここは、特定の人間しか入れないようにもできます。神に選ばれた者しか辿り着けないと記載し、その根拠として『第3層にいる聖域の案内人が教えてくれた』とするんです。ここに来るには運次第であり、たまたま会えたと言っておけば、なんとか誤魔化せるのではないでしょうか」
「なるほど。そこが妥当な落とし所だな。あとはゲートの仕様などはそのまま記載してもいいだろう。戦利品の持ち帰りも、第4層からのものだと記載しておけばいい。そうすれば、無謀な挑戦者が現れることも減るはずだ」
侯爵たちもグランの意見に賛成し、その方針で資料をまとめることになった。
「この踏破の発表はいつになさるおつもりですか?」
「夏休みが終わってからするつもりだ。……そういえば、クローディアのアシュクロフト家への報告も、この第4層踏破の事実を伝えておけば、彼女の情報が正確だったという証明になる。あの子の家での立場も保たれるだろう。それに、あそこまで強くなったのだから、家での立場も完全に逆転しそうだがな」
侯爵たちは愉快そうに含み笑いを浮かべていた。
その後、侯爵たちと細かい資料作りの打ち合わせを終えたグランは、次に侯爵夫人たちの元へと向かった。
優雅にお茶会を開いていた侯爵夫人たちは、グランの姿を見るなり嬉しそうに席へ座るよう促した。
少し緊張しながら席につくグランに、ヴァレンタイン侯爵夫人が微笑みかける。
「グラン、今年も本当に充実した夏になったわ。ありがとう」
「やっぱりここのエステは最高ね」
「私の領地にも、あんな素晴らしい温泉が欲しいわ」
「今度は私たちが第4層に行こうかしら?」
ヴァーミリオン侯爵夫人、ヴァスティール侯爵夫人、ヴァレンシア侯爵夫人も次々と口を開き、すっかり聖域を満喫した様子だった。
「奥様方、蒼白銀の翼のメンバーの訓練に付き合ってくださり、本当にありがとうございました」
「私たちも久しぶりに良い鍛錬ができて楽しかったわ」
挨拶を終えたグランは、収納魔法から豪奢な箱を取り出し、侯爵夫人たちのテーブルに置いた。
「お約束していた、聖域の素材で作ったアクセサリーです」
侯爵夫人たちが少し興奮気味に身を乗り出す中、グランは静かに箱の蓋を開けた。
中には、花を模した美しいブローチが4つ収められていた。
それぞれに小さなルビー、エメラルド、ダイヤモンド、サファイアが花びらのように飾り付けられ、中心には大きくて美しい真珠が埋め込まれている。
「宝石は魔石化しております。そして台座の金属には、アダマンタイトとオリハルコンの合金を使用しました」
グランが事もなげに説明すると、侯爵夫人たちは全員、雷に打たれたように一斉に固まった。
「……グラン君、こんなもの世に出たら、大変なことになるわよ!?」
「せっかく作ったんですし、奥様方には合宿でかなりお世話になりましたから、ぜひ受け取ってください。それに、お代は後で侯爵様たちからきっちりいただきますので、どうぞご遠慮なく」
グランが苦笑しながら各々の箱を渡すと、侯爵夫人たちは恐る恐るそれを受け取り、ブローチの放つ輝きにうっとりと見惚れた。
「これは……代々侯爵家の夫人が受け継ぐための家宝にするわ!」
ヴァレンタイン侯爵夫人が宣言すると、他の夫人たちも深く共感して何度も頷いた。
「この時代に生まれて、あなたに会えたことに本当に感謝するわ。困ったことがあれば、私たちが全力で力になるわよ」
「ありがとうございます」
「ふふっ。なんなら、そのままうちに婿入りしてくれてもいいのよ?」
冗談とも本気ともつかない夫人たちの誘いに、グランはただ曖昧に苦笑いを返すことしかできないのだった。
そして、グランはマルク、レキシ、カロン、ニーナの四人と合流し、ビーチバレー大会の景品だったペアのアクセサリーを手渡した。
さすがに高価すぎる宝石は遠慮すると言われていたため、それぞれマルクたちにはアメジストを、カロンたちにはトパーズをあしらったバングルを渡す。
「これには魔道具の仕様を組み込んであるから、腕の太さに合わせてぴったりはまるように自動で調整されるぞ、そして宝石は魔石化してある。魔力操作の鍛錬の応用で宝石に魔力をためることができるぞ。」
「おお、すげえ! ありがとな、グラン!」
レキシとニーナはアクセサリーの美しさに喜んでおり、マルクとカロンも嬉しそうにグランへとお礼を言った。
その後、グランはベアトリクスの元へと向かった。
彼女は演習場で、新たに覚えたという波動の練習に打ち込んでいるところだった。
ベアトリクスはグランの姿を見るや否や、嬉しそうに手を振って出迎えてくれる。
「ベアトリクス、これ。ビーチバレー大会の景品だ。念のため三本入れてある」
グランは収納魔法からエリクサーの入った箱を取り出し、ベアトリクスに手渡した。
「お母様の病気は、多分その薬を一本飲めば治るはずだ。後の二本は、万が一の時の予備として置いておいてくれ」
「グラン……本当にありがとう。……ついでに、波動の練習に付き合ってくれない?」
「ああ、もちろんいいぞ」
グランは快く引き受け、しばらくの間ベアトリクスの鍛錬に付き合った。
その後、最後にルヴィリスたち四聖華と王女、皇女がお茶会を開いているから来てほしいと呼ばれていたため、そちらへと向かう。
席に着いたグランは、皆と夏合宿の成果を語り合い、二学期からもよろしくと挨拶を交わした。
「そういえばグラン、九月に私の誕生日会があるのだけれど、もちろん来てくれるわよね?」
「ああ、もちろん参加するよ」
「……ただし、誕生日プレゼントは絶対に用意しないでね?」
「え、なぜだ?」
グランが不思議そうに尋ねると、ルヴィリスは真剣な顔で首を振った。
「私たち、今ここで六人で話していたのだけれど、それぞれありえないくらい価値のあるものをもらっているから、逆にグランのプレゼントのハードルが年々上がりすぎて恐ろしいのよ。これ以上、一体何をくれるつもりなの?」
「いや、今はまだ何も考えてないけど……」
「もう、これまでのプレゼントだけで一生分のものをもらったから、これ以上は本当に気を遣わないでほしいの。誕生日会に来て、お祝いの言葉をくれて、一緒に踊ってくれるだけで十分よ。私たちも、これ以上のものをもらうのは申し訳なさがいっぱいだわ」
ルヴィリスの切実な言葉に他の五人も深く頷いており、グランは苦笑してその申し出を受け入れるしかなかった。
「そういえば、グラン様の誕生日はいつなのですか?」
ソフィアがふと尋ねると、他の皆も「そういえば聞いたことがなかったわね」と興味津々に身を乗り出してきた。
「俺は十二月だ。ソフィの誕生日と近いな」
「まあ! では、今年はグラン様の誕生日会も盛大に行いましょう! 楽しみにしていてくださいね!」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
グランは素直に感謝を伝え、彼女たちとの優雅なお茶会を満喫した。
そして、夏合宿の最終日。
皆が名残惜しそうに凪の里の景色を目に焼き付けた後、グランが開いたゲートをくぐって帰還する。
ゲートを抜けた先には、示し合わせたように侯爵家が手配した複数の馬車が待機しており、一行はそれに乗って近くの町へと向かった。
侯爵たちは、聖域の第4層で手に入れた魔石や、第1層・第2層で得た戦利品を持ち帰るため、そのまま領地へと向かうそうだ。
彼らは娘である四聖華たちに「そのまま学園に通いなさい」と指示を出す。
「ではグラン、次はルヴィリスの誕生日会でまた会おう」
ヴァレンタイン侯爵夫妻が別れの挨拶を告げると、他の侯爵たちも「また娘の誕生日会で」と笑顔で言い残し、それぞれの領地へと帰っていった。
その後、王都に到着して学園前まで戻ってきた一行は、「それでは二学期にまた」と互いに挨拶を交わし、それぞれの寮へと戻っていく。
一方、クローディアは学園の寮には戻らず、そのまま実家であるアシュクロフト伯爵家へと帰宅し、父である伯爵に顔を合わせていた。
「お父様。四侯爵様たちが、聖域の第4層を見事踏破なさいました」
そう報告したクローディアに対し、伯爵は「何を馬鹿なことを言っている!」と怒鳴り散らし、容赦なく罵声を浴びせてきた。
しかし、合宿で確かな実力を身につけたクローディアは、その程度の言葉では微塵も動じなかった。
「信じられないのであれば結構です。二学期が始まる頃には、正式に発表されるでしょうから」
あまりにも冷めた口調で言い放つクローディアを見て、伯爵と伯爵夫人はまるで別人になったかのようなその態度に怒りを募らせる。
「この魔力無しの落ちこぼれが! 何を勘違いしている!」
「……落ちこぼれ、ですか」
クローディアは静かに両手を前に突き出すと、右手に紅蓮の炎を、左手に極寒の氷を纏わせた。
クローディアは炎と氷が最適性だった。世にも珍しい反属性同士の最適性持ちである。
これも原因の一端だとアンサートーカーがあとで分析していた。
それを見た伯爵たちは目を見開き、驚愕に顔を歪める。
「なっ……! お前、魔法が使えるようになったのか!?」
「ええ、そうです。お父様とお母様が馬鹿にしていた、平民の修練会の合宿で鍛えていただき、使えるようになりました。……それでは、私はこれで失礼いたします」
クローディアはそれだけを告げると、唖然として背中を見送る両親を置き去りにして部屋を出た。
そして自室へ向かう廊下で、今度は兄と姉に遭遇してしまう。
二人は相変わらずクローディアを見下すような言葉を投げかけてきたが、クローディアは黙って右手に大きな炎の球を発生させてみせた。
その圧倒的な魔力の熱と威圧感に、兄と姉は驚愕し、無様に床へとへたり込む。
「私はもう、落ちこぼれではありません。これが蒼白銀の翼の力です。……もう、あなた方には決して負けません」
冷たく言い放ち、恐怖で震える兄姉を後にして、クローディアは自室へと戻った。
部屋の扉を閉めた瞬間、自身の内に流れる確かな手応えを感じ、クローディアの胸に熱いものがこみ上げてくる。
(グラン先輩のおかげです……。私は絶対に、このご恩は一生忘れません)
クローディアは自分を救い出してくれた恩人の姿を思い浮かべながら、静かに、そして力強く決意を呟くのだった。




