第101話:ブラックダイヤモンドの輝き
短かった休暇が終わり、凪の里では再び気合の入った鍛錬が再開された。
四侯爵夫妻たちにビシバシと鍛え上げられていた『蒼白銀の翼』のメンバーたちは、実際に聖域の第1層や第2層で実戦経験を積んでいた。
その成果は凄まじく、ルヴィリスたち四聖華がソロで安定して踏破できるようになったのはもちろんのこと、オリヴィア王女やセルフィリア皇女もソロで第2層をクリアできるほどに成長していた。
ベアトリクスたち平民組もパーティーの人数を減らして実戦経験を積み、安定して第2層を突破するなど、それぞれがすさまじい成長力を見せている。
そして、夏休みも残り十日となったある日のこと。
一日の鍛錬が終わり、グランが自室でくつろいでいると、オリヴィア王女が部屋を訪ねてきた。
「どうしたんですか?」
グランが尋ねると、オリヴィアは「少し話があるの」と言って自然な動作で部屋に入ってくる。
「……王女様が、未婚の平民の男性と密室で二人きりになるのはどうなんでしょうか?」
「ふふっ。そんな建前、この場所では関係ないわ」
オリヴィアは全く意に介さず、強気な笑みを浮かべてみせた。
(まあ、このまま突っ込んでも話が進まないからスルーしよう……)
グランは早々に諦め、本題に入ることにした。
「それで、話ってなんですか?」
「実はね、もうすぐセルフィリアの誕生日なのよ」
「そうなのですね。……それって、誕生日のために帝国に戻らないといけないんですか?」
「いいえ。セルフィリアはああいう大規模なパーティーを開かれるのが嫌いだから、いつも適当に誤魔化しているの。ただ、親からプレゼントをもらったり兄弟にお祝いされたりと、家族からはちゃんと愛されて祝ってもらっているのよ。でも、今年は留学中だから帝国で祝うことができないでしょう? だから、せめて私たちだけでもお祝いしてあげたいの」
そこまで言うと、オリヴィアは少しだけ真剣な表情になった。
「確かに、あなたを巡っては恋のライバルだけれど……その前に、私たちは無二の親友よ。あの子に寂しい思いはさせたくないの」
「わかりました。じゃあ、サプライズでお祝いしましょうか」
「本当!?」
「ええ。せっかくですから、みんなも巻き込んで盛大に祝いましょう」
グランの提案にオリヴィアはパッと花が咲いたような笑顔になり、「じゃあ、後は頼んだわね!」と言い残して機嫌よく部屋を出ていった。
(後で役割分担を決めないとな……)
グランは一人になると、さっそく脳内の相棒に語りかけた。
(なあアンサートーカー、セルフィリアの誕生日会をやりたいんだけど。せっかくだし、それなりの会場を用意しようと思うんだが)
『サプライズにするのであれば、会場の建設は当日に一気に行うのがよろしいでしょう』
(そうだな。……あとは、プレゼントは何にしようか)
『今回も、やはり武器にするのですか?』
(そのつもりだ。ほら、学生選抜の親善試合で、俺がセルフィリアの『漆黒の魔剣』を折ってしまっただろ? それ以降あの剣を見ていないから、ずっと気になってたんだよ)
『おそらく帝国に置いてきているのでしょうが……一度、ご本人に直接聞いてみてはいかがですか?』
アンサートーカーの助言を受け、次の日の鍛錬の合間、グランはセルフィリアに声をかけた。
「セルフィリア、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「私のこと? なあに、何でも聞いて!」
グランから話しかけられたことがよほど嬉しいのか、セルフィリアはパッと表情を輝かせる。
「俺があの親善試合の時に折ってしまった、漆黒の魔剣って今どうなってるんだ?」
「ああ、あれなら私の収納魔法にしまってあるわよ」
セルフィリアはそう言うと、収納魔法から一つの立派な箱を取り出した。
箱を開けると、そこには綺麗に真っ二つになった刀身が、大切に保管されていた。
「これ、少しの間だけ借りてもいいか?」
「ええ、もう使えないものだし大丈夫よ」
「やっぱり、セルフィリアはこの剣がいいのか?」
「そうね……ずっと一緒に戦ってきた剣だから。今も代わりの違う剣を使っているけれど、やっぱりどうしてもしっくりこないの。帝国の腕利きの鍛冶師にも診てもらったんだけど、ここまで完全に折れてしまっては修復できないって言われてしまって」
寂しそうに笑う彼女を見て、グランは申し訳なさに胸が痛んだ。
「……すまない」
「謝らないで、グラン。私があなたと本気で戦うことを望んだ結果なのだから。もしあれが実戦だったなら、私はとうに死んでいるわ。だから、本当に気にしないでほしいの。これは私があなたに負けたという大切な証よ。これがあるから、私は今はもっと頑張れるの」
セルフィリアは優しく微笑み、グランの言葉を遮った。
そして「じゃあ、しばらく預けておくわね」と言って折れた剣の入った箱をグランに渡し、再び凛とした足取りで訓練へと戻っていくのだった。
その日の晩、グランは凪の里にある錬金工房に籠もっていた。
(なあアンサートーカー、あの漆黒の魔剣は修復可能か?)
『マスターの鍛冶と錬金の技術、そして聖域の素材を使えば十分に可能でしょう』
(よし。じゃあ、それならいっそのことリンク・ウェポンとしての機能も組み込もうと思う)
『王国の人間ではない帝国の方にそれを提供すれば、あの国は何としてでもその技術を調べようとしますよ?』
(セルフィリアがそれを許さないだろうから大丈夫だ)
『確かに、セルフィリア様ならそういった者たちは撥ね退けるでしょうね。私としては、彼女にそれほどのものをプレゼントしたことにより、四聖華や王女殿下がどう思うかの方が心配ですが』
(そこはもう、甘んじて受け止める覚悟はできている)
『マスターがそこまで覚悟を決めているのであれば、私は何も言いません。それなら、どんな風に改造するかはもう決めているのですか?』
(ああ。前世のゲームにあった魔剣に近づけようと思っている。今の漆黒の魔剣の能力に、セルフィリアにぴったりのブラックダイヤモンドを極限まで魔石化して付与する。聖域の素材を使うなら、耐久力も攻撃力も跳ね上がるはずだ。さらに、疑似召喚獣として『黒結晶龍』を実装しようと思う)
『それはすさまじいですね』
(この黒結晶龍、略して黒龍は、攻撃だけじゃなく防御にも使えるように調整するつもりだ)
『これでセルフィリア様の強さが格段に跳ね上がりますね』
(じゃあ、さっそく始めよう)
グランはさっそく作業に取り掛かり、その日は夜中まで工房に籠もって剣の修復と強化を続けた。
次の日、グランはあらかじめオリヴィアに頼み、セルフィリアを聖域の第1層へと連れ出してもらった。
その隙に他のメンバー全員を集め、三日後の夜にセルフィリアのサプライズ誕生日パーティーを開催することを伝える。
全員が快く承諾してくれ、着々と準備が進められることになった。
「パーティーの時のドレスはどうするの?」
エルスメリアの母であるヴァーミリオン侯爵夫人からのもっともな問いかけに、グランは『聖域ネット』のカタログを取り出して見せた。
「水着の時と同じで、これで注文すれば明日にはここに届きます」
女性陣は目を輝かせてカタログを広げ、ワイワイと楽しそうに自分たちのドレスを選び始める。
特に平民であるレキシやニーナは、四聖華や侯爵夫人たちの意見を聞きながら、慎重にドレスを選んでいた。
マルクたち平民の男組や四侯爵たちも、自分たちの着る礼服を選んでいく。
「料理などは全部俺の方で用意しますから、みんなはサプライズに向けて、セルフィリアにバレないように立ち回るのをお願いします」
「それなら、オリヴィア殿下に任せるのが一番いいわね」
順調に話し合いが進む中、ヴァーミリオン侯爵夫人がふとグランに声をかけた。
「皇女殿下のドレスは、あなたが選んであげなさい」
「え? なぜですか?」
「本人にドレスを選ばせたら、サプライズにならないでしょう? それに、好きな男が選んだドレスを着るというのは、女にとって『その人に染められる』ような気がして、とても幸せなことなのよ」
うっとりとした表情で語る侯爵夫人に、グランは少し戸惑う。
「それは……色々な意味で大丈夫なんでしょうか?」
「それくらい、いいじゃないの」
侯爵夫人がウインクすると、四聖華の面々もさすがに文句は言えないのか、しぶしぶといった様子で頷いた。
その後、オリヴィアとセルフィリアが訓練から戻ってくると、みんなは何事もなかったかのように鍛錬を再開した。
その日の夜、グランはオリヴィアに計画の進捗を伝え、三日後にサプライズパーティーを決行することを報告した。
オリヴィアもグランが持ってきたカタログを見て自分のドレスを選ぶ。
「ついでに、セルフィリアのドレスはこれにしようと思うんですが」
グランはカタログにある、黒色の高級そうなドレスを指さす。
「あら、なかなかいいセンスね。それならセルフィリアの雰囲気にもぴったり合うわ」
オリヴィアから太鼓判をもらい、グランは無事にドレスの手配を済ませた。
ドレスが明日届くことを確認したグランは、そのまま再び錬金工房へと戻り、セルフィリアのリンク・ウェポンの作成に没頭するのだった。
そして、三日後の夜。
一日の訓練が終了した後、各自が自分の部屋に戻り、届いたばかりのドレスや礼服に着替える。
オリヴィアはセルフィリアの部屋を訪ね、「ちょっと来て」と言って彼女に目隠しをし、部屋から連れ出した。
その間に、グランが急ピッチで建設した誕生日パーティーの特設会場へとみんなを招き入れる。
普段の迎賓館の会場よりは狭いが、それでも全員が入るには十分すぎる広さと豪華さを備えていた。
みんなが息を潜めて待つ中、オリヴィアに手を引かれたセルフィリアが会場の前へと到着する。
「さあ、目隠しを取っていいわよ」
オリヴィアに言われるがまま目隠しを外したセルフィリアは、目の前の光景に息を呑んだ。
そこには立派なパーティー会場があり、中から平民組が一斉にクラッカーを鳴らした。
「「「セルフィリア様、お誕生日おめでとう!!!」」」
一瞬何が起きたのか分からなかったセルフィリアだが、すぐにそれが自分のためのサプライズだと気づき、感動のあまりボロボロと涙を流し始めた。
「みんな……っ、ありがとう……!」
「さあ、あなたもドレスに着替えましょう」
「でも、私、こんなところにドレスなんて持ってきてないわ……」
困惑するセルフィリアの前に、グランが一つの大きな箱を持って歩み寄った。
「これ、俺が選んだドレスなんだ。ぜひ、これを着てほしい」
グランから箱を手渡され、セルフィリアは驚きと共に顔を真っ赤に染め上げた。
彼女はオリヴィアと共に一度宿泊施設へと戻り、グランが選んだドレスに着替えてから再び会場へと向かう。
その間、グランも一度自室に戻り、以前の学生選抜の交流パーティーで着ていた、微かに銀の輝きを放つ漆黒の礼服へと着替えていた。
会場の入り口で待っていたグランは、美しく着飾ったセルフィリアを優しくエスコートし、二人で腕を組んで会場の中へと足を踏み入れた。
四侯爵夫妻や蒼白銀のメンバーたちが、改めてセルフィリアの誕生日を祝福する。
「本当に、みんなありがとう。お祝いしてくれたこの気持ちだけで、私は十分すぎるほど幸せよ」
セルフィリアが感極まった様子で深くお礼を言うと、会場は温かい拍手に包まれた。
しかし、なぜかみんなの視線が、一斉にグランへと向けられる。
(えっ?)
グランはみんなに『プレゼントを用意している』とは一言も言っていなかったが、全員が『当然、何かすごいプレゼントを用意しているんだろう?』と期待と圧の込もった視線を送ってきていた。
逃げ場のない空気に、グランはただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
グランは収納魔法から、以前セルフィリアから預かっていた武器箱を取り出した。
帝国の最高の鍛冶師ですら修復不可能と言われていたものだったため、セルフィリアは少し驚いた表情を見せる。
しかし、ただ折れた剣をそのまま返すようなグランではないと分かっているからこそ、彼女の胸の中で大きな期待が膨らんでいく。
グランがセルフィリアの目の前で、ゆっくりと箱を開ける。
すると、そこには見事に修復された見た目が少し変わった漆黒の剣が一振りと、中央に穴の開いたチョーカーが収められていた。
「これは……」
セルフィリアが信じられないというように呟く。
他のみんなは、すっかり恒例行事となった『グランによるトンデモ武器の説明会』を息を呑んで待ち構えていた。
「これは君が使っていた『漆黒の魔剣』だ。聖域の素材と俺の鍛冶錬金を駆使して修復し、ルヴィリスたち四聖華と同じように『リンク・ウェポン』として復活させた」
自分たちだけの特別仕様だと思っていた四聖華たちは少し頬を膨らませてグランを見たが、彼は気にせずそのまま説明を続ける。
リンク・ウェポンの真実を初めて知ったセルフィリアは驚愕し、目を丸くした。
「あの規格外の魔導兵装を作ったのって、グランだったの……!? 」
「ああ、そうだ。できれば内緒にしておいてくれると嬉しい」
「……ええ、もちろんよ!」
秘密の共有にセルフィリアが嬉しそうに頷くと、グランは再び説明に戻る。
「まずは剣を手に取って、魔力操作の要領で魔力を流してみてくれ」
セルフィリアが言われた通りにすると、グランは『蒼白銀の魔法陣』を起動させた。
そして、剣の柄と穴の開いたチョーカーに、セルフィリアの魔力を纏わせたブラックダイヤモンドをカチリとはめ込む。
「よし、あとはそのチョーカーをつければ完成だ」
グランが促すが、セルフィリアは上目遣いで「グランが、着けて?」と甘えてきた。
(またこの流れかよ……)
グランは内心で嘆きつつも、彼女の正面に立ってチョーカーを手に取る。
セルフィリアの黒くて美しい長い髪をそっと避けながら、首元に慎重にチョーカーを着けてやった。
セルフィリアは顔を真っ赤に染めながらも、愛おしそうにグランの顔をじっと見つめている。
「じゃあ、そのまま『剣をしまう』ように念じてみてくれ」
セルフィリアが意識を集中させると、手に持っていた漆黒の魔剣がすっと亜空間へと消えた。
「次は『剣を出す』と念じてみて」
今度は、彼女の右手に黒い光が出て、一瞬にして漆黒の魔剣が握られていた。
「これが、リンク・ウェポン……!」
「ああ。ずっと使っていた漆黒の魔剣と、全く同じ感覚で使えるはずだ。……さらに、新しい機能も追加してある。魔力を込めて『召喚』と言ってみてくれ」
感動するセルフィリアに、グランはさらなる衝撃の事実を告げる。
セルフィリアが言われた通りに剣へ魔力を込め、「召喚」と呟く。
すると、亜空間から凄まじい威圧感を放つ『黒結晶龍』が現れ、セルフィリアの足元へと潜り込み、彼女を頭の上に乗せた。
突如として現れた黒龍の姿に、四侯爵夫妻は度肝を抜かれ、蒼白銀の翼のメンバーたちも信じられないといった顔で驚愕する。
グランは周囲の反応など気にせず、淡々と性能説明を続ける。
「その黒龍は、硬度を極限まで高めた黒結晶の集合体だ。自由自在に形を変えられるから、攻撃にも防御にも好きに使えるぞ、名前は「リンク・ウェポン『黒煌』」だ」
愛用の漆黒の魔剣が戻ってきただけでなく、グランが自分のために丹精を込めて作り上げてくれた最強の武器に、セルフィリアは深く感激していた。
「グラン……! これ、一生の宝物として大事に使うわ!!」
感極まったセルフィリアは龍の頭から飛び降り、そのままグランへと勢いよく抱きついた。
「ちょっと! 抜け駆けはずるいですわ!」
すかさずルヴィリスたち四聖華とオリヴィア王女が加わり、グランからセルフィリアを引き剥がそうとキャットファイトが始まる。
その騒ぎを横目に、ルヴィリスの父であるヴァレンタイン侯爵が「しかし、これで帝国にリンク・ウェポンの技術が流れる恐れが出るか……」と懸念をこぼした。
その言葉を耳にした瞬間、セルフィリアはグランから離れ、漆黒の魔剣を胸の前に真っ直ぐに構えた。
「グロリアス帝国第二皇女、セルフィリア・グロリアスの名において! たとえ、どのようなことがあっても、この剣を帝国の技術研究などに利用させるようなことは決してしないと、私の剣と魂に懸けて誓います!」
皇女としての気高き覚悟を持った宣言に、四侯爵たちも「そこまでの覚悟なのか……」と深く頷いた。
懸念が払拭されたことで、侯爵たち大人組も改めてセルフィリアの誕生日と新たな力の覚醒を、素直に祝福するのだった。
その後、自動人形による優雅な演奏が会場に響き渡る中、セルフィリアは嬉しそうにグランと三曲も続けてダンスを踊った。
グランはその後も、四聖華やオリヴィア、ベアトリクスとも順番にステップを踏む。
周囲では、四侯爵夫妻たちが大人の余裕を感じさせる見事なダンスを披露し、マルクとレキシ、カロンとニーナもそれぞれ手を取り合って楽しそうに踊っていた。
トレースに至っては、クローディアの厳しい指導を受けながら必死にステップの練習をさせられている。
そしてパーティーの最後、セルフィリアが全員に向けて深く頭を下げた。
「今日は私のために、こんなに素晴らしいサプライズを用意してくれて本当にありがとう。この思い出は、一生忘れないわ」
温かい拍手に包まれながら、誕生日パーティーは大盛況のうちにお開きとなった。
皆が解散した後、グランは会場の後片付けを済ませ、風呂に入ってから自室へと戻った。
しかし、部屋に入るとそこには当然のようにセルフィリアの姿があった。
「どうしたんだ?」
「四聖華のみんなに聞いたわ。誕生日の夜は、グランと一緒に寝るのが決まりなんでしょ?」
そう言って、セルフィリアはすでにグランのベッドに潜り込んでいる。
「おいおい、皇女様がそんなこと真に受けるなよ……」
「大丈夫よ。もしグランが私に手を出したら、そのまま帝国に連れ帰って盛大に結婚式を挙げるから」
「一応言っておくが、みんなとは一緒に寝ただけで何もしていないからな?」
「ええ、それも聞いているわ。……でも、私が襲うかもしれないわよ?」
悪戯っぽく笑うセルフィリアに、グランは本気で焦る。
「それだけは本当に勘弁してくれ……」
「もう、本当に頭が固いわね」
「……仕方がないだろ、こういう性格なんだから」
「まあ、あなたのそういう誠実なところが好きなのだけれど」
セルフィリアは幸せそうにはにかみながら、ぽんぽんと隣を叩いてグランを招き入れる。
グランは仕方なしにベッドに入り、セルフィリアの隣に横になった。
セルフィリアもグランの方へと寝返りを打ち、真正面からにっこりと微笑みかけてくる。
「本当に手を出さないの? 据え膳食わぬは男の恥、と言うじゃない?」
「俺はまだ、誰か一人を決めることができない。かと言って、中途半端に手を出すのは違うと思っている。そこは大切にしたいんだ」
「……ふふっ、古風なのね。まあ、そこまで大切に思われているのなら、今はこれでいいかな」
そう言うと、セルフィリアは不意に顔を近づけ、グランの唇にそっとキスをした。
「今日はこれで満足してあげる」
彼女はグランの腕を取って自分の頭の下に敷き、腕枕の状態でぴったりと体を密着させて目を閉じる。
グランは不意打ちのキスにあっけに取られていたが、温かい体温に包まれているうちに急激な眠気が襲ってきて、そのまま深い眠りへと落ちていった。
翌朝、グランが目を覚ますと、セルフィリアはすでに起きており、至近距離でじっとグランの顔を見つめていた。
「おはよう」
「おはよう、グラン!」
顔をぱあっと明るくさせて元気に挨拶を返す彼女に、グランは昨日説明し忘れていたことを話し始める。
「そういえば、あの剣にはめ込んだブラックダイヤモンドは魔石化した宝石なんだ。仕様について説明していなかったな」
グランからその機能と魔力の通し方を聞いたセルフィリアは、さっそく魔石に魔力を注ぎ込んでみる。
しかし、まだ慣れない魔力操作に膨大な集中力を使ったためか、すぐにこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。
「ごめんなさい……なんだか急に、強い眠気が……。このままだと、二度寝してしまいそう……」
「今日は訓練は休めばいいさ」
「でも、それだとみんなに置いて行かれてしまうわ……」
「今のその状態じゃ、どっちみち訓練に身が入らないだろ? 俺が事情を説明しておくから、今日はゆっくり休んでおきな」
グランが優しく言って部屋を出ていくと、一人残されたセルフィリアは幸せそうに微笑んだ。
彼女はグランの匂いが残る布団に顔を埋め、その温もりを心ゆくまで堪能しながら、再び穏やかな眠りへと落ちていくのだった。




