第100話:休暇の終わり
食堂では、普段通りに夕食の時間が進んでいた。
しかし、ディアドラはずっとグランの隣から離れようとせず、ぴったりとくっついたまま一緒にご飯を食べている。
それを見ていたルヴィリスたち四聖華や王女たちは、「ぐぬぬ……」とあからさまに悔しそうな表情を浮かべていた。
明日は、3日間の休日の最終日である。
食事を終えたグランは、明日はみんなのために大量のロールケーキを作らなければいけないと考えながら、自分の部屋へと戻った。
風呂に入り、しばらくくつろいでいると部屋のドアがノックされる。
ドアを開けると、そこには寝間着姿のディアドラが立っていた。
グランは少し緊張しつつも、ディアドラを部屋の中へと招き入れる。
風呂上がりなのか、彼女からはふわりと石鹸のいい匂いが漂っていた。
ディアドラがソファに座ると、グランは冷蔵庫にあったジュースを取り出して手渡す。
ディアドラは火照った体に冷たいジュースが心地よいのか、気持ちよさそうにそれを飲みながらまったりとくつろぎ始めた。
そして、お互いの間に静かな沈黙が流れる。
しばらくすると、ディアドラは昨日と全く同じようにすっと立ち上がり、あろうことかグランのベッドに腰を下ろした。
(これ、昨日と全く同じ流れなのでは……?)
グランが内心で焦っていると、すかさず脳内に聞き慣れた声が響く。
『いよいよ、マスターの卒業式を執り行わないといけませんね』
(うるさい!)
脳内のアンサートーカーを一喝し、グランはディアドラへと視線を向けた。
するとディアドラは小首を傾げて聞いてくる。
「もう寝ないのか?」
「まあ、そろそろ寝ようと思っていたところだけど……」
「じゃあこっちに来たらいい」
ディアドラはまるで自分のベッドであるかのように、ポンポンと隣を叩いて招き入れてくる。
(いや、そこ俺のベッドなんだけどな……)
グランは深く嘆きながらも完全に観念し、彼女の隣へと横になった。
「グラン殿から手を出してくる分には問題ないと、みんなとの間で協定があるのだぞ」
ディアドラの少し挑発的な言葉に、グランは真剣な表情で返す。
「すまない。みんなの気持ちはすごく嬉しいし、男としてこの対応は不誠実なのだろうとは思う。だが、やはり自分はただ空気に流されるのはダメだと思っているし……愛するなら、一人だと決めているんだ」
ディアドラは『わかっている』と言いたげな優しい顔をして、グランにぎゅっと抱きついた。
「今はこれでいい」
豊乳剣の効果がまだ残っている柔らかな胸が、密着したグランの体にむにゅりと押し付けられる。
「……2、3、5、7、11、13……」
グランは必死に理性を保つため、虚空を見つめながら素数を数え始めた。
そして、心地よい温もりに包まれた二人はそのまま静かに寝落ちしていく。
『卒業式、中止ですね』
眠りに落ちる間際、グランは脳内で(お前、明日起きたら本当に怒るからな!)と叫びながら意識を手放すのだった。
次の日の朝、グランが目を覚ますと、隣ではディアドラがすでに目を覚ましていた。
彼女はじっと、愛おしそうにグランの顔を見つめている。
「……どうしたんだ?」
「いや。グラン殿の寝顔が、意外と可愛いんだなと思ってな」
ディアドラがふわりと微笑むと、グランは少し気恥ずかしくなった。
「これで、私の報酬の時間も終わりだな……」
ディアドラは幸せそうに微笑みながらも、どこか名残惜しそうな表情を浮かべる。
「また、二人きりで一緒にいられる日が来るさ」
グランが優しく彼女の頭を撫でると、ディアドラは嬉しそうにはにかんだ。
「ああ。……この期間、私はとても幸せだったぞ」
そう言うが早いか、ディアドラは急に顔を近づけ、グランの唇にチュッと軽い口づけを落とした。
グランが目を丸くして驚いていると、ディアドラは「ふふん」と自慢げに笑う。
「それでは、また後でな」
彼女は上機嫌でベッドから抜け出し、そのまま部屋を出ていった。
『ディアドラ様も、ずいぶんとイケイケになりましたね』
脳内のアンサートーカーのからかいの声が響く中、グランは不意打ちのキスにしばらく呆けたまま固まっていた。
その後、気を取り直して着替えを済ませたグランは、ホテルの厨房へと向かった。
今日はみんなのために、ロールケーキを大量に作らなければならない。
ノーマルのものから、チョコ味、フルーツ盛りなど、様々な種類を作るため朝から準備を進める。
すると、厨房の入り口からひょっこりと顔を覗かせる者がいた。
「グラン、やっぱりいたー!」
元気な声と共に厨房に入ってきたのは、ベアトリクスだった。
「ほら、前に今度一緒に料理作ろうって言ってたやつ、今やろうよっ!」
ベアトリクスは料理が得意だと聞いていたので、大量に作るこの状況での手伝いは非常に頼もしい。
グランも二つ返事で快諾し、二人で並んで作業を始めることになった。
「なるほど、こうやって作るのね。今度、実家でも作ってみるよ」
レシピや作り方を聞いたベアトリクスが感心したように言う。
「でも、材料は町で売っているものを使うと、少し味が変わるかもしれないぞ」
「その時は、色々と自分で調整してみるよ。料理って、そういう試行錯誤が楽しいんだしね!」
楽しそうに笑うベアトリクスと息を合わせながら、グランは次々とロールケーキを仕上げていった。
やがて、オーブンから甘く香ばしい匂いが厨房の外へと漏れ出し始める。
その匂いに釣られたのか、気づけば食堂には合宿の面々が続々と集まってきていた。
「みんな、できたから食べてくれ」
グランとベアトリクスが切り分けたロールケーキをテーブルに並べると、ちょっとした大試食会が開催された。
「やっぱり、何度食べても美味しいわね!」
四聖華やオリヴィア王女は、幸せそうに頬を緩めて絶賛する。
「こんなに素晴らしいお菓子、帝国にもないわ……!」
セルフィリア皇女は、初めて食べる洗練された味に目を輝かせて驚いていた。
「さっき味見したけど、本当に美味しいよね!」
ベアトリクスが胸を張ると、マルク、レキシ、カロン、ニーナの四人も大きく頷く。
「こんなに美味いもの、生まれて初めて食ったぞ!」
「先輩、これでお店を出したら絶対に大成功しますよ!」
商人魂に火がついたトレースが興奮気味に語り、クローディアも「私もこれなら毎日食べにいきます!」と満面の笑みを浮かべる。
侯爵夫妻もすっかり気に入ったようで、「後でレシピをもらって、家の料理人にも作らせよう」と頷き合っていた。
みんなが幸せそうにロールケーキを頬張る姿を眺めながら、グランは密かに口角を上げる。
(やっぱり、あの店のロールケーキのレシピは最高だな)
前世で通っていた名店の味を思い出しながら満足していると、アンサートーカーが語りかけてくる。
『あの味を完璧に再現するために、マスターはかなりの数を作りましたからね』
(ああ。あの時はさすがに、しばらくロールケーキは見たくなくなったからな……)
グランが苦笑すると、アンサートーカーは呆れたような声を出す。
『失敗作も含めて、マスターが全部一人で食べるからですよ』
(自分で作ったものは、責任を持って全部食べる。それに、人から作ってもらったものは感謝しながら全部食うのが、俺の流儀なんだよ)
グランは脳内でそう返しつつ、みんなの笑顔に囲まれた賑やかなお茶の時間をのんびりと楽しむのだった。
昼が過ぎた頃、侯爵たちが「そろそろ戻るか」と口を開いた。
グランも確かに、今戻って明日からの鍛錬に備えた方がいいと同意する。
みんなも同じ気持ちだったらしく、各自で片付けなどを済ませてからホテルを出た。
グランはみんなに忘れ物がないかを確認し、帰り用のゲートを開く。
皆が次々とゲートをくぐり抜ける際、口々に「この三日間は本当に楽しかった」「ありがとう」とグランにお礼を言ってくれた。
グランは少し照れくさそうにしながら「こちらこそ楽しかったです」と返し、全員が通ったのを見届けてから最後に自分もゲートに入り、空間を閉じた。
たった三日間離れていただけだが、帰り着いた『凪の里』の景色がひどく懐かしく感じられる。
広場に全員が集まると、代表してヴァレンタイン侯爵が声を張り上げた。
「みんないい休暇が取れて、十分に英気を養えたな。明日からはまたビシバシと鍛錬をしていくぞ!」
侯爵の言葉に、マルクたち男組が元気よく返事をする。
夫人たちもそれに続くように、「明日からはもっと実戦的なことをするわよ」と女性陣に発破をかけた。
ルヴィリスたちも気を引き締め直すように力強く頷く。
こうして、それぞれが新たな決意を胸に抱きながら、合宿の残り少ない休日の時間を思い思いに満喫するのだった。




