第38話 勝ち確ヒロインはなぜか今日も負けている
互いの告白合戦の後、私と花宮さんは二人きりの教室で和やかな空気で談笑に浸っていた。
もはや二人の間にはピリついた空気など一切ない。
昨日までちょっとギスギスしていたのが嘘みたいに私達は急激に仲良くなっていた。
「それにしてもあの広井さんが未希さんのことを『ミキティ』って呼んでいるなんて物凄く意外でしたわ。いつも硬派なイメージが強かっただけに」
「あ、普段は『氷室さん』って呼んでいるよ。でも一人の時は私のことを『ミキティ』呼びにしているんだよ。私と一緒の時もそう呼べばいいのにね」
「可愛らしい一面をお持ちの方ですのね。でも共感できますわ。私も一人の時は莉々様のことを『りーちゃん』だったり『りりたん』って呼んでおりますの」
「花宮さんこそ可愛らしい一面お持ちすぎるよ。なにそのギャップ。普段凛々しい印象しかなかったからその照れ笑いされたら大抵の男子は堕ちるよ」
でも花宮さんが堕としたいのは女の子なんだよなぁ。
なんとかして席子ちゃんにこの子の可愛らしさを教えてあげたい。
「未希さんもとても可愛らしいですわよ。清楚な感じありますし、頭も良いですし、フレンドリーな空気が親しみやすいですわ。トレードマークの三つ編みもずっと『いいな』って密かに思っていましたのよ」
「わわ。ありがとう花宮さん。三つ編みの良さを分かってくれる人が居て嬉しいよぉ。三つ編みって男の子のウケは悪いからいつも容姿を馬鹿にされていてめげそうだったんだよね」
「なんですって!? どこの誰ですかその無礼者は!! 私が懲らしめてさしあげますわ!! ハッ!? まさか広井さんじゃないですわよね!?」
花宮さんが烈火のごとく怒りを示している。
私の為に怒ってくれているのがよくわかる。
なんていい子なんだ。
「悪口言っていたのは中学までのクラスメイトだよ。広井くんは逆にこの三つ編み大好きなんだよ。私の三つ編みを首に巻いて一緒に歩きたいって言っていたんだ。えへへ」
「未希さんの反応は『えへへ』で正解なのです!? 普通に気持ち悪いですわよ!? その感想!」
「広井君の首に私の三つ編みを巻いて歩くことは私の夢の一つでもあるんだ」
「頬を染めながら放つセリフじゃありませんわ!?」
ああ。楽しいな。
今まで溜め込んだ感情を全て吐き出している気分だ。
まだ関係値の浅い花宮さんだからここまで素直に自分の気持ちを吐き出せるんだろうな。相手が席子ちゃんとかだと馬鹿にされることが分かっているからとてもこんな話はできない。
花宮さんとはこれからも本音を言い合える関係を続けていきた——
「——ど、どうして、それを、氷室さんが……知っているんだ?」
「「えっ!?」」
私達二人以外誰もいないはずの教室に第三者の声が響き渡る。
サァっと瞬時に顔が青ざめたのがわかった。
それは今最も聞こえてほしくない人の声だったから。
「広井……くんっ!?」
教室の出入り口で驚愕に染まった広井君が立っていた。
足が微かに震え、その姿は恐怖に怯えているようにも見えた。
「俺は……そんな感情を……声に出して漏らしたことなんてないはずだ。確かにキミの三つ編みは素敵で、それを首に巻いて歩きたいと思ったことは……何度もある。でもそんな変態染みた感情を、外に漏らすはずがない。どうして……キミは……俺が心の中に閉じ込めていた感情を……知っているんだ?」
「あ……あ……!」
言葉が出てこない。言い訳のしようがない。
どうしたらいいのか、わからない。
「どうして、キミは、俺の心の中を知っているんだ?」
「そ……れは……」
見たこともないくらい真剣な表情。
それはまさしく『不審』の感情。
いつも私に向けてくれていた優しさは今ばかりは一切伺えなかった。
「……聞き方を変えよう」
おそらく広井君はすでに全てを察していて——
私の口から全てを話してもらいたかったのだろう。
でも今の私はそんな風に考える余裕なんてなくて。
彼が私の所業を責めているように思えてしまったんだ。
だから——
「キミは他人の心を覗き見ることができるんだな?」
だからこの言葉は私を突き落とす言葉として聞こえてしまった。
「……っ!!」
私は何も言えず、この場から逃げ出してしまった。
今まで何度も広井君に負けて、悔しさを喚き散らしながら教室から飛び出したことはあった。
でも今日のそれは今までと非にならないくらい心の中に深い傷を作った。
こと恋愛に置いて、それだけは私にアドバンテージがあると思っていた。
テレパシーというチートが私に勝ち確定情報を与えてくれていた。
だけど今、私は今断崖に立たされてしまっている。
私が招いた傲慢が確定情報をひっくり返したのだ。
「バレた……バレた……バレたっ!!」
秘密がバレてしまった絶望が私の瞳を濁す。
明日からどんな顔をして広井君に会えばいいのかわからない。
全てが……終わった。
「何が……勝ち確定だよ……っ!」
それはこんなにも脆く、こんなにも簡単に勝敗が覆ってしまうのに何が勝ち確定だ。
負けているじゃないか。
昨日まで勝ち確だったのに負けているじゃないか!
「ぐす……うわぁぁぁぁん!!」
私はみっともなく泣き散らしながら逃げるように学校から走り去っていた。
その姿はあまりにも惨めで、悲壮感が漂っている。
勝ち確定状況に溺れた少女の傲慢が彼女に大きな敗北を与えていた。




