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第201話《杭と、沈黙》— アンタイオス②・応急の道 —  

1.提案と懐疑

 

コルムは、道具小屋の前で腕を組んでいた。

 

智也は、その前に立った。

 

「一時的に、馬を守れるかもしれません」

 

コルムの目が、わずかに細くなった。

 

「机の上の話だろう」

 

「かもしれません」

 

「かもしれない、で馬が助かるのか」

 

「助かりません」

 

コルムが黙った。

 

「時間を稼げるだけです。根本は、地面の下を直さないと終わりません」

 

(……売り込むな)

 

(フロリーで、正論をぶつけて拒絶された)

 

(今日は、頼むだけでいい)

 

「やっていい場所を、借りたいだけです」

 

コルムはしばらく智也を見ていた。

 

やがて、何も言わずに小屋の戸を開けた。

 

中には、古い鍬や鋤が壁に立てかけてあった。

 

「好きに使え」

 

それだけ言うと、コルムは馬房の方へ歩いていった。

 

 

 

2.杭を打つ

 

草原の風は、乾いていた。

 

智也は、ビトルの持つ計測板を覗き込んだ。

 

「反応が一番強いのは、この線ですね」

 

ビトルが地面に細い杭を一本立てた。

 

「ここから、あちらの木まで。数値の落差が急です」

 

ラナが風の流れを見て、腕を伸ばした。

 

「風の乱れも、同じ線に沿っていますわ」

 

上空でレオンが旋回し、降りてきた。

 

「草の色が変わってる筋がある。同じ方向だ」

 

(……三つの独立した観測が、同じ線を指している)

 

(これなら、配置を決めていい)

 

智也は棒を懐から出し、地面に線を引いた。

 

「この線と、馬房の間に、等間隔で杭を打ちます」

 

グレンが鉄杭の束を担いで前に出た。

 

「本数は」

 

「五本。間隔は三メートル」

 

「深さは」

 

「地脈の漏れを吸えれば十分です。一メートルもあれば」

 

グレンが頷き、ハックに合図した。

 

ハックが一本目の杭を地面に立てた。

 

グレンが大槌を振り下ろした。

 

鈍い音が、草原に響いた。

 

一本、また一本。

 

智也は魔石を一つずつ取り出し、杭の頭に固定していった。

 

(……鉄が、魔石の斥力に反応しやすいのは、前に見た)

 

(漏れたエネルギーが、杭を伝って地面に逃げる。避雷針と同じ理屈だ)

 

(屋根の穴は、後で直す。今は、雨どいを付けるだけだ)

 

作業が進む間、コルムは離れた場所に立っていた。

 

腕を組んだまま、動かなかった。

 

四本目の杭が打たれたとき、コルムが道具小屋に戻った。

 

戻ってきたとき、両手に予備の鉄杭を抱えていた。

 

誰も、それを頼んでいなかった。

 

コルムは何も言わずに、五本目の杭の場所にそれを置いた。

 

リュミアが、それを見ていた。

 

(……この人は、口より先に体が動く人だ)

 

智也は、リュミアの横顔にそう書いてあるのを見た気がした。

 

 

 

3.変化

 

杭が五本、すべて打ち終わった。

 

日は、まだ高かった。

 

デネブが猫の姿のまま、杭の一本に近づいた。

 

前足で軽く触れ、すぐに離した。

 

「熱くなってる。吸ってるわね」

 

一時間ほどが経った。

 

最も症状の重かった馬が、囲いの中でわずかに首を上げた。

 

コルムが、そちらを見た。

 

馬が、ゆっくりと数歩、前に出た。

 

止まっていた足が、また止まった。

 

だが、確かに動いた。

 

コルムが囲いに近づいた。

 

馬の首に、そっと手を当てた。

 

何も言わなかった。

 

ただ、そこに立っていた。

 

長い時間、そうしていた。

 

リュミアの耳が、静かに伏せた。

 

 

 

4.一時しのぎの言葉

 

智也は、コルムの隣に立った。

 

「言っておかないといけないことがあります」

 

コルムが振り返った。

 

「一時的なものです。杭の魔石が満ちれば、また元に戻ります」

 

「……いつまで保つ」

 

「早ければ一日。長くて三日です」

 

コルムは、しばらく黙っていた。

 

「三日後は」

 

「地面の下を直さないと、意味がありません」

 

(……ここで安心させるな)

 

(できることと、できないことを、はっきり言え)

 

「今日、あなたの馬を全部治せたわけじゃない」

 

「時間を、買っただけです」

 

コルムは馬の首から手を離した。

 

「……時間があれば、何ができる」

 

「下に行って、原因を直す準備ができます」

 

コルムは何も言わなかった。

 

馬房の柵に、手をかけたまま立っていた。

 

 

 

5.沈黙の橋

 

日が傾き始めた。

 

グレンとハックが道具を片付けていた。

 

コルムは、農具を持ち直した。

 

馬房の方へ、歩いていった。

 

何も言わなかった。

 

智也も、それ以上は言わなかった。

 

 

翌朝、一行が出発の準備をしていると、飛竜の近くに人影があった。

 

コルムだった。

 

水桶と、餌の入った袋が、すでに用意されていた。

 

誰も頼んでいなかった。

 

「……早いですね」

 

智也が声をかけると、コルムは目を合わせずに答えた。

 

「飛竜も、腹が減るだろう」

 

それだけ言うと、桶を置いてその場を離れようとした。

 

「コルムさん」

 

コルムが足を止めた。

 

「昨日は、ありがとうございました」

 

コルムは振り返らなかった。

 

「……礼を言うのは、こっちだ」

 

小さな声だった。

 

聞き取れるかどうか、というくらいの声だった。

 

コルムは、そのまま馬房の方へ歩いていった。

 

リュミアが、智也の袖を軽く引いた。

 

「……今の、聞こえた?」

 

「聞こえた」

 

リュミアの尻尾が、ゆっくりと一度揺れた。

 



6.棒が示す場所

 

出発の前に、智也はもう一度、草原に出た。

 

判断の棒を握り、昨日の線を辿った。

 

線の先、家畜が決して近づかない一点があった。

 

草だけが、そこだけ妙に濃かった。

 

だが、目に見える入口はどこにもなかった。

 

ただの草原にしか見えなかった。

 

棒を近づけると、手のひらに強い反応が返ってきた。

 

(……反応はある。だが、扉も、階段も、何もない)

 

(草の色が違うのは、地脈のマナが染み出しているからだ。だが、それだけでは入口の場所までは分からない)

 

背後に、足音がした。

 

コルムだった。

 

腕を組んで、智也の指した地面を見ていた。

 

「そこか」

 

「分かりますか」

 

コルムは、しばらく黙っていた。

 

「……そこは、子どもの頃から近づくなと言われてた場所だ」

 

「理由は」

 

「知らない。ただ、家畜が嫌がる。人も、なんとなく足が向かない」

 

「入口を見た者は」

 

コルムは首を横に振った。

 

「聞いたことがない」

 

(……当然か)

 

(家畜が避け、人も避け続けた場所に、誰がわざわざ潜り込む)

 

(見つからなかったんじゃない。誰も、探そうとしなかっただけだ)

 

 

 

7.夜明けの輪郭

 

その日は、日が落ちるまで手がかりが見つからなかった。

 

グレンが地面を大槌の柄で叩いて回ったが、音の変化ははっきりしなかった。

 

土の層が厚く、空洞の反響が拾えない。

 

ラナが風を読んでも、地表付近の空気の動きは弱く、方向を絞れなかった。

 

「今日は、ここまでですわね」

 

智也は草原を見渡した。

 

(……地上から闇雲に探しても、範囲が広すぎる)

 

(何か、もっと確実な手がかりが要る)

 

その夜、野営の焚き火の前で、智也は考え続けていた。

 

デネブが、猫の姿で膝に乗ってきた。

 

「何、悩んでるの」

 

「入口の場所だ。地下に空間があるのは分かってる。でも、どこから入るかが分からない」

 

「棒じゃ、駄目なの」

 

「反応があるのは分かる。でも、点じゃなくて、面で広がってる。どこが入口かまでは教えてくれない」

 

デネブが尻尾を揺らした。

 

「石は、温まり方が違うわよ」

 

「……温まり方?」

 

「土と石じゃ、熱の伝わり方が違う。夜は冷めるのも違う」

 

智也は、動きを止めた。

 

(……熱容量だ)

 

(石造りの構造物は、土よりも熱を溜め込みやすい。逆に、冷める速さも違う)

 

(もし、地下に石の構造物があるなら、その真上の地表は、周りの土と冷え方が変わるはずだ)

 

(そして、扉や継ぎ目のような、薄い部分は、さらに冷え方が違う)

 

「デネブ、明日の朝、早く起きられるか」

 

「猫は、朝に強いのよ」

 

 

 

8.霜の形

 

夜明け前、まだ暗いうちに、一行は草原に出た。

 

気温が、一晩でかなり下がっていた。

 

地面には、薄く霜が降り始めていた。

 

レオンが飛竜に乗り、上空に舞い上がった。

 

「まだ暗くて、よく見えないぞ」

 

「もう少し待ってください。日が出れば分かります」

 

空が白み始めた。

 

地表の霜が、朝日を受けて溶け始める。

 

普通の土の部分は、一様に溶けていく。

 

だが、コルムの指した草原の一点だけ、様子が違った。

 

ある範囲だけ、霜の溶け方が明らかに遅かった。

 

まるで、地面に淡い輪郭線が浮かび上がったようだった。

 

上空のレオンが、声を上げた。

 

「……見えた! 丸だ! 地面に、丸い形が浮かんでる!」

 

地上からでは分からなかった。

 

だが空から見ると、霜の溶け残りが、はっきりとした円を描いていた。

 

智也は、その輪郭に駆け寄った。

 

(……石造りの構造物の熱容量は、土よりも大きい)

 

(一晩でゆっくり冷えて、朝もゆっくり温まる。だから、霜が溶けるのが遅れる)

 

(この円が、地下構造物の輪郭だ)

 

ビトルが計測板を円の内側に沿わせながら歩いた。

 

「反応、円の内側で急に強くなります。境界がはっきりしてます」

 

円の中に、さらに小さな異常があった。

 

一箇所だけ、霜が周りよりも早く溶けている場所があった。

 

直径にして、人ひとりが通れるくらいの大きさだった。

 

「……ここだけ、逆に早く溶けてます」

 

(……そこだけ、熱の逃げ方が違う)

 

(分厚い石の壁じゃなくて、薄い蓋か、隙間のある構造だ)

 

(つまり――)

 

「そこが、入口です」

 

グレンが駆け寄り、その場所に積もった土と根を払った。

 

蔦に覆われた石の縁が、わずかに顔を出した。

 

コルムが、その場に立ち尽くしていた。

 

「……毎朝、ここを通ってた」

 

「見えなかったんですね」

 

「陽が昇ってからしか、ここには来ない」

 

(……そうか)

 

(夜明けの、ほんの短い間にしか見えない輪郭だった)

 

(誰も見つけられなかったんじゃない。誰も、この時間にここを見ていなかっただけだ)

 

朝日が完全に昇ると、輪郭はすでに見分けがつかなくなっていた。

 

草原は、また元のただの草原に戻っていた。

 

だが、そこに何があるかは、もう分かっていた。

【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


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