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第200話《北が、軋む》— アンタイオス①・呼び声 —

1.屋根の下

 

復興広場の天幕が、一つずつ畳まれていった。

 

最後の家族が、新しい長屋に荷を運び入れる。

 

戸口で母親が振り返り、頭を下げた。

 

智也は手を振り返した。

 

一万二千人が、屋根の下に入った。

 

(……ここまでは、来た)

 

天幕の消えた広場は、急に広く見えた。

 

リュミアが、隣に立った。

 

耳が、穏やかに寝ている。

 

「終わったね」

 

「住宅は、な」

 

リュミアは、それ以上聞かなかった。

 

尻尾が、一度だけ揺れた。



 

2.正式な依頼

 

住宅が片付いて数日後、王宮から呼び出しが来た。

 

登庁すると、ヴァレリアとキャンベルが待っていた。

 

机に、軍からの報告書が広げてあった。

 

キャンベルが、要点を先に置いた。

 

「バランタインの軍馬が、倒れています」

 

「倒れる」

 

「立っていた馬が、急に脚を折る。何もないのに暴れ出して、囲いを壊す個体もいる」

 

ヴァレリアが続けた。

 

「バランタインは、王国の軍馬の供給地です。ここが止まれば、騎兵が編成できません」

 

(……戦の、生命線か)

 

キャンベルが、報告書の別の頁を開いた。

 

「それと、魔物が出ています」

 

「バランタインは、本来、低級の魔物しか湧かない土地です」とキャンベルが続けた。

 

「ですが今回、討伐に出た騎兵が、三人戻りませんでした」

 

(……その土地の常識は、俺は知らない)

 

(だが、キャンベル殿が低級しか出ないと言うなら、そうなんだろう)

 

(普段より高い格が出ている。魔物の格と漏れの深さの関係は、前に見てきた)

 

(だとすれば、バランタインの漏れが、普段よりずっと深い、ということになる)

 

智也は報告書を手に取った。

 

馬の倒れ方が、図で示されていた。

 

立った姿勢のまま、脚を内側に畳んだ折れ方だった。

 

デネブが、智也の肩から机に降りた。

 

猫の姿のまま、報告書を覗き込んだ。

 

「馬が倒れて、魔物の格が上がる……」

 

デネブが、尾を一度振った。

 

「それ、地脈が荒れたときの症状に、似てるわよ。」

 

(……地脈)

 

智也は、しばらく報告書を見ていた。

 

(病なら、獣医が気づく。だが病ではない、と現場は言っている)

 

(デネブの勘も、地脈を指している)

 

(だが、見てもいない俺が、ここで原因を断言するのは違う)

 

「断言はできません」

 

智也は顔を上げた。

 

「ですが、病でないなら、地脈の異常を疑う価値はあります。確かめるには、現地を見るしかない」

 

ヴァレリアが、静かに智也を見た。

 

「だから、あなたに頼んでいます」

 

キャンベルが言った。

 

「正式な依頼です、智也殿。原因を突き止め、止めてほしい」

 

「これは、軍では撃てない敵かもしれませんので」

 

智也は、少し考えた。

 

(地脈の話になるなら、連れていきたい人がいる)

 

「一つ、お願いがあります」

 

「何でしょう」とヴァレリア。

 

「カイル教授を、同行させてください。地脈のことなら、あの人の知識が要ります」

 

ヴァレリアが頷いた。

 

「ガルドたちも、同行させます」

 

キャンベルが言った。

 

「補給と護衛は、こちらで整えます。あなたは、原因だけを見てください」

 

3.北へ

 

出立は、二日後だった。

 

智也の工房組と、ガルド、ラナ、レオン。

 

それに、カイル教授が加わった。

 

ガルドが装備を確かめ、重い足音で広場を歩いていた。

 

ラナが弦の張りを確かめ、静かに頷いた。

 

グレンが道具袋を肩に担ぎ直した。

 

ハックが荷を一つずつ点検していた。

 

ビトルが計測器を抱え、何度も確認していた。

 

カイルが分厚い手帳を脇に挟んで立っていた。

 

レオンが飛竜の様子を見ていた。

 

デネブが、智也の肩に乗ってきた。

 

出発の朝、智也は北の空をしばらく見ていた。

 

(系は、壊れたときに、俺を呼ぶ)

 

(馬が倒れ、影が出て、それで俺が呼ばれる)

 

(呼ばれて行くのが、嬉しいのか、怖いのか、自分でも分からない)

 

(直し続ければ、いつか、直すものがなくなる)

 

(そのとき、誰も、もう俺を呼ばない)

 

リュミアが、横に来た。

 

耳が、少しだけ前に倒れていた。

 

「考えてるね」

 

「考えてる」

 

「朝に考えるって、約束したのに」

 

「……これは、朝に考えてる方だ」

 

リュミアが、小さく笑った。

 

「じゃあ、いい」

 

智也は図面を革袋に収め、最後に判断の棒を腰に差した。

 

「……じゃあ、やるか」

 

飛竜の背に乗ると、地面が足の下から離れた。

 

翼が空気を割り、草原が下に広がっていった。

 

北へ、一行は飛んだ。




【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


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