表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
199/202

第199話《地面が、ある》— ゴーレム⑥-義肢転用 —

1.杖一本で

 

リュミアが、工房の前に男を連れてきた。

 

三十代半ばの元兵士だった。

 

右足の膝下がない。

 

義肢は脇に抱えていた。

 

つけていなかった。

 

「義肢工房で話を聞いてきたんだ。持っているのに、つけていない人が多いって」

 

「なぜ外しているんですか」

 

元兵士が義肢を見た。

 

「重い。一日つけていると、残った膝が痛くなる。擦れて傷にもなる」

 

ライラが先日の調査結果を持ってきた。

 

王国に帰還した傷痍兵のうち、義肢を外して杖で暮らしている者が全体の四割近い。

 

「道具があっても、使えなければ道具じゃない」

 

(……そうだ)

 

(仕組みが動いても、使われなければ意味がない)

 

(これは、工学の問題だ)

 

 

 

2.三つの問題と、転用


「義肢が外れる理由を、三つに絞りました」

 

ライラが説明した。

 

「重さ。摩擦。形の不一致です」

 

「全部、解決できる」

 

元兵士が顔を上げた。

 

「……本当に?」

 

「試したことはない。でも、同じ問題を別の場所で解いている」

 

(……ゴーレムだ)

 

(ゴーレムのアームを作る時に、軽くする、擦れをなくす、個人の体に合わせる、全部やった)

 

シルヴァ族を呼んだ。

 

「あなたの絹を、義肢の内側に張りたい。皮膚に当たる部分に」

 

シルヴァが元兵士の切断面を静かに見た。

 

「……ここが、傷になっているんですね」

 

「そうだ」

 

「……我らの絹は、摩擦がほぼゼロです。ここに張れば、傷はできません」

 

元兵士が、自分の脚を見た。

 

何も言わなかった。

 

次にミエルを呼んだ。

 

「蜜蝋で、この人の切断面の型を取りたい。そのままスラグ複合材を流す」

 

ミエルが手のひらほどの蜜蝋を持ってきた。

 

「温めると柔らかくなります。冷えれば形を保ちます」

 

ミエルの手の中で、蜜蝋が温められた。

 

柔らかくなった蜜蝋を、元兵士の切断面に当てた。

 

元兵士が少し緊張した顔をした。

 

「冷たくないです」とミエルが言った。

 

「……うん」

 

ミエルが型を取った。

 

剥がすと、切断面のかたちが正確に写し取られていた。

 

「これで、あなただけの形が作れます」

 

元兵士がその型を見た。

 

「……俺の形だ」

 

「そうだ」

 

「……今まで、そういうものはなかった」

 

(……規格品しかなかったから)

 

(人間の体が規格に合わせていた)

 

「もう一つある。足裏にセンサーを入れる」

 

「センサー」

 

「地面を踏んだ時の圧力を、膝に伝える仕組みだ。どこを踏んでいるか、分かるようになる」

 

元兵士が、しばらく動かなかった。

 

「……地面が、分かる」

 

「そうだ」

 

「やってくれ」

 

声が、少し違った。

 

三日かかった。

 

ビトルが圧力センサーを設計した。

 

リックが足裏に組み込んだ。

 

シルヴァが内張りを仕上げた。

 

ミエルの型から流し出した外装が、スラグ複合材で固まった。

 

完成した義肢の重さを量ると、元の木製の義肢の四十一パーセントだった。

 

 

 

3.地面が、ある

 

完成した義肢を、元兵士が装着した。

 

固定具を締める手が、少し震えていた。

 

立った。

 

「……軽い」

 

一歩、踏み出した。

 

止まった。

 

足裏を、地面にゆっくりと押しつけた。

 

目を閉じた。

 

「……地面が、ある」

 

顔から、何かが解けた。

 

戦場に行く前から張り続けていたものが、今日初めて緩んだような顔だった。

 

ゆっくりと、また歩き始めた。

 

一歩ずつ、確かめるように。

 

誰も何も言わなかった。

 

リュミアが泣いた。

 

泣きながら、自分が泣いていることに気づいた。

 

指先で頬に触れて、少し驚いた顔をした。

 

「……あ」

 

それだけ言って、また元兵士を見た。

 

(……この人は、こういう人だ)

 

智也は、リュミアの横顔を見ていた。

 

(知らない人が歩けるようになった。それだけで、こんなふうに泣く)

 

(泣いていることにも、後から気づく)

 

スナルさんが手を重ねた瞬間。

 

子供が水の中で声を上げた昼。

 

今日、元兵士が目を閉じた瞬間。

 

全部、ここにいた。

 

(……俺一人では、来られなかった場所だ)

 

リュミアが、目の端を拭った。

 

まだ、元兵士の歩く姿を見ていた。

 

「……見てたの?」

 

「見ていた」

 

「泣いてた」

 

「知ってる」

 

リュミアが少し、恥ずかしそうな顔をした。

 

「……変?」

 

「変じゃない。そういう人だから」

 

「どういう人」

 

智也は少し考えた。

 

「……俺が探していた人、だと思う」

 

リュミアが止まった。

 

耳が、ゆっくりと立った。

 

「……今のは、ずるい」

 

「そうか」

 

「そうだよ」

 

リュミアが前を向いた。

 

頬がまだ少し濡れていた。

 

(……この世界に来て、よかった) 

 

 

4.重心を、下げる

 

夕方、ビトルが図面を持って工房に戻ってきた。

 

「坂道のテストをしました。傾きます」

 

「どの程度」

 

「十度の傾斜で、台座が横滑りを起こしました。純化魔石コアが上部にあるので、重心が高すぎます」

 

パドが、壁際に座って休んでいた。

 

搬送の手伝いで今日一日、重い資材を運んでいた。

 

「パド、象人族は坂道でも転ばないな」

 

「……転ばない」

 

「なぜだ」

 

パドが少し考えた。

 

「……重い」

 

「重いから転ばないのか」

 

「……重いものが、低いところにある」

 

パドが自分の腹の下の方を手で示した。

 

「……ここが、重い。揺れても、ここが戻ろうとする」

 

(……振り子だ)

 

(重心が低いほど、傾いた時に元の位置に戻ろうとする力が大きくなる)

 

(コアを底に移せば、台座が傾いても重心が引き戻す)

 

「グレンさん、コアを台座の最下部に移したい。固定の仕方を変えてほしい」

 

「どれくらいの話だ」

 

「今夜中に」

 

グレンが「ふん」と言って立ち上がった。

 

 

翌朝、坂道でテストした。

 

傾斜十度。

 

三輪ゴーレムが坂を下り始めた。

 

誰も喋らなかった。

 

止まらなかった。

 

端まで下りきって、止まった。

 

ビトルが「……行った」と言った。

 

パドが、遠くから坂を見ていた。

 

「……重い方が、強い」

 

一言だけ言った。

 

それ以上は言わなかった。 

 


5.メンテナンスが、終わったら

 


真夜中に、目が覚めた。

 

理由は分からなかった。

 

音がしたわけでも、夢を見ていたわけでもない。

 

ただ、気づいたら目が開いていた。

 

暗い部屋だった。

 

石の天井が、闇の中にある。

 

隣でリュミアが静かに寝息を立てていた。

 

(……何時だ)

 

窓の外は、まだ深い夜だった。

 

眠れる時間はある。

 

眠ればいい。

 

(……でも)

 

頭の中で、何かが動き始めた。

 

止められなかった。

 

(メンテナンスが、終わったら)

 

(この世界の遺跡が全部修復されたら)

 

(俺は、要らなくなるんじゃないか)

 

(……昼間は、こんなことを考えない)

 

(昼間は仕事がある。設計がある。ビトルがいる。リュミアがいる)

 

(なぜ夜中にだけ、こういうことを考えるんだ)

 

分かっていた。

 

夜中に急に不安になるのは、誰でもある。

 

理由がなくても、怖くなる。

 

小さかったころ、暗い部屋で布団をかぶって夜が明けるのを待ったことがある。

 

大人になってからも、深夜に突然仕事の失敗が頭をよぎって、眠れなくなったことがある。

 

これは、そういうものだ。

 

朝になれば、たいしたことじゃないと思える。

 

(……分かっている)

 

(分かっているが、止まらない)

 

メンテナンスが終わったら、俺は帰るのか。

 

帰るとしたら、いつ。

 

どうやって。

 

リュミアは。

 

(……リュミアは)

 

天井を見た。

 

答えがあるわけではなかった。

 

ただ、暗い天井がある。

 

(……判断の棒に聞いても、答えを教えてくれたことはない)

 

(そういう棒だ)

 

(俺に答えを出すのは、棒じゃない)

 

でも、今夜は、答えが出せなかった。

 

深夜の不安というのは、答えを求めているわけじゃない。

 

ただ、暗い中で、ひとりでいることが、怖いだけだ。

 

「……智也」

 

声がした。

 

リュミアが、目を半分だけ開けていた。

 

「起きてたの?」

 

「……少しだけ」

 

「どうしたの」

 

「なんでもない」

 

「なんでもなくはないでしょ」

 

(……こういうところが、この人だ)

 

「……少し、不安になった」

 

「何が」

 

「先のことを、考えた」

 

リュミアがしばらく智也を見ていた。

 

「今、答えが出そう?」

 

「……出ない」

 

「じゃあ、朝に考えて」

 

「……そうだな」

 

「今は、寝て」

 

リュミアが腕を伸ばした。

 

引き寄せられた。

 

リュミアの胸に頭を預けた。

 

心臓の音が聞こえた。

 

ゆっくりとした、確かな音だった。

 

(……今夜は、これでいい)

 

(答えは、また明日)

 

窓の外が、少しずつ明るくなり始めるまで、まだ時間があった。

 

智也は、もう一度、深く眠った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ