第202話《地の下の、先任者たち》— アンタイオス③・保守拠点 —
1.蓋を開ける
朝、草原にはまだ霜の名残りが白く残っていた。
グレンが石の縁に鑿を当て、根を一本ずつ切っていった。
蔦を剥がし終えると、継ぎ目らしき筋が見えてきた。
「継ぎ目はある。動く仕組みだ」
グレンとハックが石の縁に鉄梃子を差し込んだ。
二人がかりで力を込めたが、石はびくとも動かなかった。
「……硬いな」
ハックが息を切らしながら手を止めた。
「割れそうな感じもしねえ。ただ、動かない」
グレンが石の表面を撫でた。
傷一つ、ついていなかった。
「継ぎ目はあるのに、力業じゃ開かねえのか」
智也は、その様子を見ていた。
(……フィアレルの遺跡の制御室も、力では開かなかった)
(フロリーの扉も、同じだった)
(開けるための力じゃなく、開けるための資格が要る構造だ)
判断の棒を取り出し、石の表面に近づけた。
何も起きなかった。
(……触れるだけじゃ、足りないのか)
棒を、継ぎ目に沿ってゆっくりと滑らせた。
中ほどまで来たとき、手のひらに強い反応が返ってきた。
フロリーの遺跡で感じたのと、同じ種類の温度だった。
石の表面に、淡い光の筋が浮かび上がった。
光は継ぎ目に沿って伸び、円を描くように繋がっていった。
グレンが目を見開いた。
「……今、光ったぞ」
「たぶん、棒がここまで積んできたものを、読んでるんだと思います」
「積んできたもの」
「フロリーで開けた実績。フィアレルで認められた実績。全部です」
光の輪が一周し終えると、低い震動が石全体を伝わった。
「もう一度、押してもらえますか」
グレンとハックが、もう一度鉄梃子に力を込めた。
今度は、あっけないほど軽く石が動いた。
経年で歪んだ継ぎ目が、軋みながら横にずれていった。
下から、冷たい空気が吹き上がってきた。
石段が、闇の奥へと続いていた。
グレンが額の汗を拭った。
「……最初から、力じゃなかったってことか」
「はい」
「道理で、びくともしなかったわけだ」
智也は棒を懐に戻しながら、石段を見下ろした。
(……この下にあるものも、フロリーやフィアレルと、同じ設計思想のはずだ)
(棒がここまで通ってきた場所を、覚えている)
2.馬がいなくなったら
出発の前に、コルムが最後にもう一度、馬房を振り返った。
しばらく、何も言わなかった。
「……馬がいなくなったら、この土地はもう誰も住めない」
智也は、その言葉を黙って受け止めた。
「運べない。耕せない。逃げられない」
コルムはそれだけ言うと、口を閉じた。
多くを語る人ではなかった。
それだけで、十分だった。
「戻るまで、ここにいる」
コルムはそう言うと、道具小屋の方へ歩いていった。
振り返らなかった。
3.一瞬の重なり
石段を降りる直前、智也は一度、足を止めた。
(……フィアレルの梟人族の里で、風車が回り出した)
(王都のスラグ材の屋根の下に、家族が入っていった)
(ゴーレムアームで地面を踏みしめて、あの人は泣いていた)
(そして今、目の前に、虚ろだった馬と、コルムの背中がある)
呼ばれたから、じゃない。
もう、知ってしまったからだ。
知って、直せる知識を持っていて、それでも動かない理由はなかった。
智也は、石段に足をかけた。
リュミアが、隣に並んだ。
「行こう」
「ああ」
4.識別する機械
石段は長く、下るほどに空気が乾いていった。
壁には、フロリーやフィアレルの遺跡で見たものと同じ様式の刻印が並んでいた。
デネブが猫の姿のまま、壁に鼻を近づけた。
「マナの流れが、ここだけ整ってる。他の場所より、ずっと」
「整ってる、というのは」
「漏れてない。管理されてる感じ」
最初の分岐点に差しかかったとき、通路の両側の壁が、わずかに震えた。
石の隙間から、ゴーレムが次々と姿を現した。
一体、二体、三体。
数え終える前に、左右の壁から、さらに増えていった。
最終的に、十体。
通路の幅いっぱいに、等間隔で並んでいた。
表面は経年で錆びついていたが、動きに迷いはなかった。
十体すべての目が、寸分違わぬ動きで、一斉にこちらへ向いた。
ガルドの手が、得物の柄にかかった。
「……多すぎる」
先頭の一体が、わずかに膝を落とした。
その動きが、まるで信号のように、他の九体にも同時に伝わった。
十体が、寸分の狂いもなく、同じ姿勢を取った。
ガルドが得物を抜きかけた。
「智也、下がれ!」
「待ってくれ!」
智也は、ガルドの前に出た。
心臓が、大きく跳ねた。
(……ここで武器を抜いたら、終わる)
(フロリーの時と同じだ。敵意に、敵意で応えたら、通れない)
判断の棒を、両手で高く掲げた。
十体の目が、同時に細く光った。
それぞれの目から、光の筋が伸びてきた。
十本の光が、棒の表面を、上から下へ、寸分たがわぬ速さでなぞっていった。
誰も、動かなかった。
息をする音だけが、通路に響いた。
(……頼む)
一秒。
二秒。
十本の光が、同時に消えた。
次の瞬間、十体が、一斉に動いた。
右列の五体が、右へ。
左列の五体が、左へ。
壁に沿って、同じ速度で、同じ角度で、音もなく退いていった。
気づけば、通路の奥まで、一直線に道が通っていた。
誰も、しばらく口を開けなかった。
ガルドが、詰めていた息を、大きく吐いた。
「……危なかったぞ、今」
「悪い」
「いや」
ガルドが得物を下ろしながら、両脇に整列した機械たちを見回した。
「お前が前に出るのが、あと一瞬遅れてたら、俺は斬ってた」
智也は、まだ軽く震える手で棒を握り直した。
「フロリーと、フィアレルの実績を、覚えてるみたいだ」
「実績、ねえ」
グレンが、整列した機械の間を歩きながら、感心したように言った。
「敵じゃなく、番人だったってことか」
「たぶん、記録が引き継がれてるんだと思う」
ラナが弓を下ろし、静かに息をついた。
「十体が、同時に……。心臓が止まるかと思いましたわ」
一同は、開いた道の奥へと歩き出した。
5.保守拠点
通路の先に、開けた空間があった。
壁際の棚に、人の形をした外骨格が並んでいた。
古びてはいたが、崩れてはいなかった。
グレンが、その一つに近づいた。
関節部を指でなぞった。
「……こいつ、ゴーレムと同じ設計思想だ」
「同じ、ですか」
「いや」
グレンは、少し首をひねった。
「もっと、人間に近い。骨格が、人の動きに合わせて作られてる」
ビトルが計測板を外骨格に当てた。
「内部の回路、複雑です。人間の力の入り方を、細かく読み取る構造になってます」
奥の壁に、一段高い浮き彫りがあった。
石に刻まれた、巨人の像だった。
両足を大きく踏ん張り、地面に根を張るような姿勢をしていた。
デネブが像の下に座り、見上げた。
「この像、足のところだけマナが濃いわ」
智也は像に近づいた。
足元の石に、細かい紋様が広がっていた。
根のような形をしていた。
(……足から、何かを吸い上げている絵だ)
(バッテリーを積んでるんじゃない。地面そのものから力を引く仕組みだ)
外骨格の足裏を確認すると、金属の接地板が埋め込まれていた。
ビトルが計測板をそこに当てると、針が反応した。
「地面に触れさせると、数値が跳ね上がります。離すと、すぐに落ちます」
「常に、地面と繋がっていないといけない、ということか」
「はい。浮いた状態だと、たぶん、ほとんど力が出ません」
智也は、像をもう一度見上げた。
(……地面に足がついている限り、力が湧く)
(持ち上げられたら、力を失う)
(そういう神話が、昔、地球にあった)
「……アンタイオス」
思わず、口から漏れた。
カイルが振り返った。
「何ですか、それは」
「大地から力を得る巨人の名前です。地面に触れている間は無敵で、持ち上げられると、途端に弱くなる」
「あなたの世界の、伝承ですか」
「はい。この仕組みと、よく似ています」
カイルは、その名を手帳に書き留めた。
「……アンタイオス、ですか。この装置に、ふさわしい名です」
外骨格の一つ、その肘の内側に、擦れたような跡が残っていた。
何度も同じ場所で握られた、そういう跡だった。
リュミアが、そっとそれに触れた。
「……これ、誰かがずっと使ってた」
智也は、それを見つめた。
(……この外骨格も、誰かの手で世界を直すために使われていた)
(そして、その誰かは、いなくなった)
6.失敗した、の続き
カイルが、壁の刻印に手帳を照らしながら近づいた。
古文書の記述と、壁の文字を、一つずつ照合していった。
「……ありました」
カイルの声が、いつもより低かった。
「二百年前、ここに来た人物の記録です」
壁には、途中で途切れた作業の跡があった。
配線の一部が、像の足元から中枢に向かって伸びていたが、途中で切れていた。
カイルが刻印を指でなぞった。
「ここまで進めて、止まっています」
智也は、切れた配線を目で追った。
(……地脈から力を引く仕組みを、繋げようとしていた)
(像の足から、外骨格の中枢まで)
(だが、届かなかった)
「なぜ、止めたんでしょうか」
「分かりません。ただ」
カイルは、手帳のページをめくった。
「南南東の羊皮紙にあった『失敗した』という言葉。あれが書かれたのは、この場所と無関係ではないはずです」
デネブが台座の方に歩いていった。
中枢である純化魔石に、鼻を近づけた。
「これも、眠ってる。でも、様子が変」
「変、というのは」
「一度、目を開けかけた跡がある。でも、また閉じてる」
(……起動しかけて、失敗した)
(給電の接続だけじゃない)
(この場所自体の修復も、途中で止まっている)
智也は、途切れた配線をもう一度見た。
(……ここで、何かを試みた)
(そして、届かないまま、途中でやめた)
(俺は今、その続きに立っている)
グレンが、像を見上げながら呟いた。
「二百年前の奴も、これを直そうとしたのか」
「たぶん」
「なんで、失敗したんだろうな」
智也は、答えられなかった。
まだ、分からないことの方が多かった。
【読者の皆様へ】
最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。
日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。




