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第197話《機械が、見ている》— ゴーレム⑤-自律判断 —

1.流し込みが、追いつかない

 

朝、智也が工房へ向かう途中、広場で大型の魔道列車貨車が停まっていた。

 

グレンとハックが、若い職人たちと荷積みを指揮している。

 

スラグ複合材のパネル、フィラー材の樽、規格化住宅の組み立て部材。

 

山のように積まれていた。

 

「これ、どこへ送るんですか」

 

ハックが振り返った。

 

「今日の便は、シチリーとバランタインだ。明日はスランとフロリー」

 

「全領に送っているんですね」

 

「グスタフ翁の弟子たちが、各領に散ってる。あいつらが現地で建設を指揮してる。素材と仕様書を送れば、向こうで組み立てる」

 

(……王都で作って、各領で建てる)

 

(分業化が、王国規模で動き始めている)

 

グレンが書類を差し出した。

 

「今月の各領からの追加要請書だ」

 

受け取って、目を通した。

 

シチリー領、二百棟分。

 

バランタイン領、百五十棟分。

 

スラン領、三百棟分。

 

フロリー領、二百五十棟分。

 

フィアレル領、百八十棟分。

 

コモンス領、四百棟分。

 

合計、千四百八十棟分。

 

(……当初予定の三倍だ)

 

「現状の生産能力では、来月の納期に間に合いません」

 

グレンが「分かってる」と短く言った。

 

ハックが書類の端を爪で叩いた。

 

「コモンスから昨日、報告が来てる」

 

「何ですか」

 

「テントで雨を凌いでる家族が、まだ五千世帯ある。一万八千人だ」

 

「……一万八千」

 

「真夏までに屋根の下に入れてやりたい。だが、このままじゃ間に合わねえ」

 

グレンが続けた。

 

「俺たちはここで作ってる。翁の弟子たちが各領で建ててる。それでも、追いつかない」

 

ハックが工房の方を見た。

 

「智也、素材を作る速度を、もっと上げられねえか」

  

(……一万八千人が、まだテントで雨を凌いでいる)

 

(俺たちの工房の生産速度が、彼らの屋根を決めている)

 

グレンが智也の方を見た。

 

「智也。話がある」

 

「はい」

 

「フィラー材はゴーレムアームで自動で作れるようになった。雨漏りも止まった。だが、新しい問題が出た」

 

グレンが工房の奥を指した。

 

スラグ複合材のパネル製造の現場だ。

 

配合機が動いている。

 

だが、その先の流し込み工程で、人が忙しなく走り回っていた。

 

「配合は速くなった。だが、型への流し込みが追いつかない」

 

(……配合速度が三倍になって、次の工程がボトルネックになった)

 

「流し込みは、人手なんですよね」

 

「ああ。一回三十キロの材料を、適量、型に流し込む。流しすぎたら溢れる。少ないと厚みが足りない。目で見て、止める。職人が三人かかりっきりだ」

 

「精度はどれくらい必要なんですか」

 

「型一つあたり、誤差五百グラム以内」

 

(……目視と勘でやっている)

 

グレンが続けた。

 

「人間が見ているから、目を離せない。配合が速くなっても、流し込みでつっかえる。一日のパネル生産量が頭打ちだ」

 

ビトルが横から計算を出した。

 

「現在、一日に流し込める型の数は四十二個。配合機の生産能力は百二十個分です。差し引き七十八個分の配合材が、毎日無駄になっています」

 

(……配合した材料は固化が始まるから、すぐに流し込まないと使えなくなる)

 

グレンが智也を見た。

 

「流し込みも、アームにやらせられないか」

 

 

 

2.機械の、目を作る

 

工房の奥で、流し込み工程を観察した。

 

職人が柄杓で材料を掬って、型に流す。

 

途中で型の中を覗き込んで、量を確認する。

 

適量に達したところで、柄杓を止める。

 

(……「量を見る」のが、判断の核心だ)

 

(人間は目で見て判断している。これを機械にやらせるには、機械にも目が要る)

 

ビトルを呼んだ。

 

「マナの影センサーの話、覚えてるか」

 

「以前に設計しました。指の腹に埋め込んだ接触センサーですよね」

 

「あれは『触れた圧力』を読むセンサーだった。今度は『距離』を読むセンサーが要る」

 

「距離を、読む?」

 

「型の中の材料の高さを読む。型の縁から、材料の表面まで、何ミリあるか」

 

「縁から表面までの距離が短くなれば、量が増えている」

 

「閾値を決めて、その距離になったら止まる。それが判断だ」

 

ビトルが計算用紙を机に広げたまま、眉を寄せていた。

 

「距離を読むセンサー、どこかに参考になる仕組みがあればいいんですが……」

 

三十分前から同じポーズだった。

 

リュミアが水を持って工房に入ってきた。

 

「何してるの、二人とも」

 

「悩んでいます」とビトルが言った。

 

「何に」

 

「機械に距離を測らせたい。でも、どうやって測らせるかが分からなくて」

 

リュミアがビトルの計算用紙を覗き込んだ。

 

「距離って、目で見ればよくない?」

 

「目がない機械に、測らせたいんです」

 

「目がない……」

 

リュミアが少し考えた。

 

首を傾けた。

 

「それって、蝙蝠みたいなこと?」

 

ビトルが「え」と声を出した。

 

「蝙蝠って、目が見えなくても飛べるじゃない。暗い洞窟の中でも、ぶつからない。あれって、どうやってるんだっけ」

 

ビトルが顔を上げた。

 

「……音を出して、跳ね返りの時間で距離が分かるって、聞いたことがあります」

 

「それ、使えないの?」

 

(……音じゃなくて)

 

智也がそこで手を止めた。

 

(……マナで同じことができないか)

 

(微弱なマナを発して、対象で跳ね返ってくるまでの時間を計る)

 

(型の材料表面からの跳ね返り時間が短くなれば、距離が縮まっている)

 

(距離が縮まれば、量が増えている)

 

「リュミア」

 

「何?」

 

「ありがとう。」

 

「役に立った?」

 

「立った」

 

リュミアが水を置いて、出て行った。

 

耳が少し上がっていた。

 

ビトルが計算用紙を見ながら言った。

 

「リュミアさんって、たまにものすごいことを言いますね」

 

「たまにじゃない、いつもさ。」




3.若い蝙蝠人族の学生



翌朝、リュミアが若い蝙蝠人族を連れてきた。

 

王都の学術院に留学している学生だと言った。

 

名前はクルスといった。

 

両耳が大きく、顔の半分ほどある。

 

目が小さく、少し光を嫌う。

 

緊張した顔で、工房の入口に立っていた。

 

「突然呼んでしまって、申し訳ない」

 

「いえ、その、研究室でリュミアさんに声をかけられて」

 

クルスが工房を見回した。

 

「……ここが、ゴーレムを作っているところですか」

 

「そうだ。一つ、教えてほしいことがある」

 

「はい」

 

「蝙蝠人族は、暗闇の中で距離を測れると聞いた。どうやっているか、教えてもらえるか」

 

クルスが両耳を少し動かした。

 

「……教えるというか、やってみせます」

 

工房の灯りを一つ消した。

 

暗くなった部屋の中で、クルスが低い声を出した。

 

人間には聞こえるか聞こえないかの、ごく短い音だった。

 

「今、この部屋に何人いるか分かります。七人。一番遠い人は、入口から六歩くらいです」

 

「声を出して、跳ね返りで分かるのか」

 

「はい。跳ね返ってくるまでの時間と、音の強さで、距離と大きさが分かります」

 

(……音の代わりに、マナで同じことができないか)

 

(微弱なマナを発して、跳ね返ってくるまでの時間を計る)

 

「対象が金属の場合、反射の強さはどうだ」

 

「硬いほど、鋭く跳ね返ります。柔らかいものは拡散します」

 

(……スラグ複合材は金属粒子を含む。反射は十分に得られるはずだ)

 

「ありがとう。非常に助かった」

 

クルスが耳を動かした。

 

「あの、これ、ゴーレムの目になるんですか」

 

「そうだ」

 

「蝙蝠の目が、機械の目に」

 

クルスがしばらく工房を見回した。

 

「……それは、少し誇らしい気がします」

 


 


4.もしも、という命令

 

センサーは作れる。

 

だが、もう一つ問題があった。

 

「智也さん、センサーの値を読んだとして、それをアームの動作にどう繋げますか」

 

ビトルの問いだった。

 

「センサーが『距離が一センチになりました』と言っても、今のアームの命令には『止まる』を実行する条件がありません」

 

(……命令の列に、分岐が必要だ)

 

(発見したCMP(比較)とJMP(跳ぶ)の命令。これを実装する)


「アリアを呼ぼう。コアの命令を書き換える」

 

「呼んできます」とビトルが立ち上がった。

 

「どこへ」

 

「学術院です。アリアさん、今は王都に住んでいますよね。デネブさんと魔法の共同研究をしているって」

 

「そうだったな。頼む」

 

ビトルが工房を出た。

 

デネブが猫の姿で、棚の上からするりと降りてきた。

 

「ちなみに」

 

「うわっ、突然何だよ!」

 

「昨日、ビトルとアリアが南市を一緒に回っていたわよ」

 

「……そうか。二人でか。」

 

「珍しい魔石を探すとか言って。三時間くらい」

 

「うまくやっているんだな」

 

デネブが細い目で智也を見た。

 

「あなた、嬉しそうな顔してる」

 

「していない」

 

「してるわよ」

 

(……していないとは言えない)

 

(あの二人が一緒にいる場面を想像すると、確かに悪い気がしない)

 

(ビトルが一生懸命話していて、アリアが高飛車に聞いているが、実は楽しそうにしている)

 

(……そういうものだな)

 

しばらくして、扉が開いた。

 

ビトルとアリアが連れ立って入ってきた。

 

「だから、あの魔石の成分がそういう反応を示したのは……」

 

「つまり、石灰比率の問題よ。私が言ったじゃない」

 

「でもアリアさんの言い方だと、もっと別の理由もあるって……」

 

二人は話しながら入ってきた。

 

智也の存在に、一秒遅れて気づいた。

 

アリアの話す速度が、少し落ちた。

 

「……智也。来たわよ」

 

「ありがとうございます」

 

(……昨日の話の続きを、歩きながらしていたんだな)

 

工房に入ってきて、いつものように荷物を置く前に作業台を確認した。


「今回は、何を刻めばいいの」

 

「条件分岐を入れる」

 

「条件分岐」

 

「『もしセンサーの値がX以上なら、止まる』という命令だ。今までの一方通行の命令列に、分岐を入れる」

 

アリアが少しの間、智也を見た。

 

「……それって、機械が『判断する』ということよね」

 

「そうだ」

 

「判断するということは、考えるということ?」

 

「考えていない。条件を読んで、決まった動作をするだけだ。だが、外から見れば、判断しているように見える」

 

アリアがしばらく黙った。

 

「それって……すごく怖いことじゃない?」

 

「そうだね。機械が意思をもっているように見えるかもしれない。」

  

アリアが少し驚いた顔をした。

 

「だがそれは、機械が考え始めるからじゃない。俺たちが、機械に何を判断させるかを、決める責任を負うんだ。魔法と同じ、使う者しだいだ。」

 

(……古代の設計者たちも、同じことを考えただろう)

 

(だから、エラー処理に七十五個もの命令を用意した)

 

(『外部管理者を呼べ』という命令まで用意した)

 

アリアが頷いた。

 

「分かったわ。やる」

 

 

 

5.機械が、自分で止まった

 

新しいコアが完成した。

 

焼き付け作業に、また四時間かかった。

 

アリアが終わった後、放熱サークレットを外して、机に伏せた。

 

「……できた」

 

ビトルが組み立て作業を始めた。

 

アームの先端にマナ・エコーのセンサーを取り付ける。

 

発信部と受信部の距離を精密に調整する。

 

コアを差し替えて、動力を入れた。

 

アームが柄杓を握った。

 

配合機から材料を掬う。

 

型の方へ運ぶ。

 

流し込む。

 

今までなら、ここで人間が「止まれ」と判断していた。

 

アームが、自分のセンサーの値を読んでいた。

 

型の縁から、材料表面までの距離。

 

距離が一センチになった瞬間。

 

アームが、止まった。

 

柄杓を戻した。

 

次の動作に移った。

 

誰も声を出さなかった。

 

グレンが型の中を覗き込んだ。

 

測った。

 

「……誤差、三百グラム」

 

(……基準の五百グラムを下回った)

 

(人間がやるより、精度が高い)

 

グレンが何度か頷いた。

 

「あいつ、考えてるのか」

 

「考えていません」

 

「だが、判断している」

 

「判断しています」

 

「同じことじゃないのか」

 

「違います。考えるというのは、命令にないことを決めることです。判断は、命令に従って条件を読むことです」

 

グレンが「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「俺には、同じに見える。だが、智也がそう言うならそれでいい。」

 

 

 

6.見張りの、いない夜

 

その夜、流し込み工程に人が誰もいなくなった。

 

アームが一台、柄杓を握って動き続けていた。

 

配合機から材料を掬う。

 

型へ運ぶ。

 

流し込む。

 

センサーが距離を読む。

 

止まる。

 

次の型へ。

 

人が見張っていない。

 

翌朝、工房に来たグレンが、流し込み済みの型の山を見た。

 

昨夜、四十二個だった一日の流し込み数が、九十六個になっていた。

 

全部の型を測定した。

 

誤差は最大でも四百グラム。

 

全て基準内。

 

グレンが工房の外に出て、空を見た。

 

雨は止んでいた。

 

朝の光が、工房の屋根に当たっていた。

 

「智也、これ、ヤバいぞ」とグレンが言った。

 

「何がですか」

 

「家の建つ速度が、また倍になる」

 


【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


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