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第196話《リズムを、書く》— ゴーレムアーム④-外部制御 —

1.屋根が、漏り始めた

 

朝、リュミアがいつもより早く戻ってきた。

 

顔色が、いつもと違った。

 

「智也」

 

「どうした」

 

「スナルさんの家、天井から雨漏りしてる」

 

(……天井から)

 

「他にも、何軒か」

 

リュミアが手の中の紙片を見た。

 

昨夜から走って回って、書き留めたメモだった。

 

「全部で十七軒。今朝確認できただけで」

 

ヴォル文官も同時刻に来た。

 

書類を抱えていたが、開く前に短く言った。

 

「智也殿、報告です。梅雨入り以降、屋根の継ぎ目から雨漏りの報告が、毎日増えています」

 

「件数は」

 

「五十二軒。先週の三倍です」

 

グレンが工房から顔を出した。

 

「俺もそれで来た。フィラー材の在庫が、底をつく」

 

(……フィラー材)

 

(以前、グスタフ翁の知恵で完成した、屋根の継ぎ目を防水する接合材だ)

 

(蚕糸、蜜蝋、石粉を配合して練り上げる)

 

「在庫はどれくらいだ」

 

「あと三日分」

 

「増産は」

 

「今のペースだと、一日二十軒分しか作れない。雨漏りの増え方の方が速い」

 

ヴォルが続けた。

 

「このまま放置すれば、二週間後には三百軒以上で雨漏りが発生します。室内が濡れれば、感染症が広がります」

 

(……人手の問題だ)

 

(フィラー材の配合は、長時間の攪拌が要る。人間が一日中混ぜると、疲労で品質がばらつく)

 

(均一に混ざっていないと、固化ムラができて防水性能が落ちる)

 

智也は工房の方を見た。

 

そこに、動いているアームがあった。

 

昨日から、「掴んで、離す」を繰り返し続けている。

 

(……アームを、攪拌作業に使えないか)

 

 

 

2.攪拌棒を、握らせる

 

グレンの工房に、フィラー材の配合用の鍋が並んでいた。

 

直径八十センチの鋳鉄製。

 

通常は二人がかりで攪拌棒を持って、半日かけて練り上げる。

 

智也がアームの動作を確認した。

 

「掴んで、離す」の動作の応用なら、攪拌棒を握って動かすこともできるはずだ。

 

ビトルとリックが、攪拌棒の握りを、アームの指の形に合わせて加工した。

 

ビトルが計算しながら言った。

 

「攪拌棒の動きを、円運動に変換する命令が要ります」

 

「今のコアの命令で、円運動はできるか」

 

「できます。掴む位置を時間とともに移動させる命令を、繰り返すように書き換えれば」

 

アリアに先週もう一枚刻んでもらったコアを差し込んだ。

 

攪拌用の命令が入っている。

 

動力を入れた。

 

アームが攪拌棒を握った。

 

鍋の中で、棒がゆっくりと回り始めた。

 

グレンが横で腕を組んだ。

 

「……動いてるな」

 

「動いています」

 

「一日中、止まらずに」

 

「止まりません」

 

(……人手なら半日が限界だが、アームなら24時間続けられる)

 

(生産量は三倍。これで雨漏りの増加には間に合う)

 

グレンが何か言いかけて、止まった。

 

そのまま、攪拌を見続けた。

 

三時間が経ったところで、ビトルが鍋の中身を確認した。

 

顔色が変わった。

 

「智也さん」

 

「どうした」

 

「攪拌、できていません」

 

 

 

3.偏る繊維、沈む石粉

 

ビトルが鍋の中身を木べらで掬って、智也に見せた。

 

表面は均一に見える。

 

だが、底の方を掬うと、明らかに違った。

 

石粉が沈殿していた。

 

鍋の側面に、蚕糸繊維が一方向に集まっていた。

 

そして蜜蝋が、外周で冷えて固まり始めていた。

 

「人手の攪拌だと、こうなりませんでした」

 

「人手は、強弱がある。疲れたら遅くなる。気合いを入れたら速くなる。その変化があるから、繊維が偏らない」

 

「アームは一定速度。だから……」

 

(……一定すぎるのが、欠点になる)

 

(人手の不均一さが、実は撹拌の本質を担っていた)

 

グレンが鍋を見て、ぼそりと言った。

 

「俺たちは疲れるから、均一に混ざる、ということか」

 

「皮肉ですけど、その通りです」

 

グレンがしばらく考えた。

 

「速度を、変えられないのか」

 

(……変えられる)

 

(命令の書き方次第だ)

 

ビトルも同時に気づいた顔をした。

 

「智也さん、命令の中に『一定時間ごとに速度を変える』を書き込めば」

 

「人手の不均一さを、再現できる」

 

「再現というか……リズムを書き込む」

 

ビトルが計算用紙を広げた。

 

「強い回転を二十秒、弱い回転を十秒、また強く三十秒、止めて五秒、逆回転を十秒。これを繰り返す命令にすれば」

 

「リズムが生まれる」

 

(……これだ)

 

(速度の変化パターン。それを命令の列に書き込む。これが、プログラムの最も単純な形だ)

 

 

 

4.フォルムと、パドと、シルヴァ

 

工房にフォルム、パド、シルヴァを呼んだ。

 

全員が事情を聞いて、すぐに動いた。

 

フォルムが「攪拌のリズムに合わせて、材料を投入するタイミングを決める」と言った。

 

「強い回転の時に石粉を入れれば、底に沈む前に分散する」

 

「弱い回転の時に蚕糸を入れれば、繊維が偏らずに広がる」

 

「逆回転の時に蜜蝋を足せば、固まり始めた外周が崩れて再循環する」

 

(……フォルムは、リズムを聞いただけで、最適な投入順を組み上げた)

 

(蟻人族の本能だ)

 

パドが鍋の周りに立った。

 

象人族の温風が、鍋の外側を一定温度に保ち始めた。

 

「これで蜜蝋は外周でも固まらない」

 

シルヴァが、新たな蚕糸を持ってきた。

 

「予め短く整えてある。繊維が偏りにくい長さに切ってある」

 

(……それぞれが、自分のできることを差し出している)

 

(俺は、命令の列を書く)

 

ビトルとリックが、新しい命令をコアに焼き付ける作業を始めた。

 

アリアが王都にいないため、今回はビトルが見様見真似で精密マナを絞ろうとした。

 

うまくいかなかった。

 

「……無理です。アリアさんしか、できない仕事です」

 

「フィアレルから呼ぼう。三日待つ」

 

「待っている間も、雨漏りは増えます」

 

グレンが立ち上がった。

 

「待たない方法がある」

 

全員が見た。

 

「コアの命令は書き換えなくていい。回転を変えるのは、人間がやればいい」

 

「どういう意味だ」

 

「アームに『止まれ』『動け』を指示する装置を、外から付ける。タイミングは人間が決める」

 

(……外部からの介入だ)

 

(命令そのものを書き換えなくても、外から動作を制御できれば、同じ結果になる)

 

ビトルが「できます」と即答した。

 

「アームの動力線に、断続スイッチを噛ませます。スイッチをフォルムさんが操作すれば、リズムが生まれます」

 

 

 

5.鍋の、音楽

 

日が暮れる頃、新しい配合工程が稼働した。

 

アームが鍋の中で攪拌棒を回している。

 

フォルムが横に立って、断続スイッチを握っている。

 

頭の中で拍子を刻んでいるように、目を半分閉じている。

 

二十秒、強く回転。

 

十秒、弱く。

 

三十秒、また強く。

 

五秒、止まる。

 

そのリズムに合わせて、シルヴァが蚕糸を、別の獣人が石粉を、また別の獣人が蜜蝋を投入していく。

 

パドが鍋の外周で温風を維持している。

 

(……鍋の中で、音楽が鳴っている)

 

(誰もが、それぞれの楽器を持って、自分のパートを刻んでいる)

 

リュミアが工房の入口で見ていた。

 

「……これ、何かみたい」

 

「何だ」

 

「分からない。でも、生きてるみたい」

 

グレンが鍋の中を覗いた。

 

木べらで掬った。

 

石粉も、蚕糸も、蜜蝋も、均一に混ざっていた。

 

人手で半日かけて練ったものと、同じ品質だった。

 

時間は、一時間。

 

グレンが何も言わなかった。

 

ただ、木べらを置いた。

 

 

 

6.乾いている、とまた言った

 

三日後、フィラー材の追加塗布が、雨の合間に各戸で進められた。

 

グスタフ翁の若手職人が、屋根の上で塗布の指揮を取った。

 

夕方、リュミアがスナルさんの家を訪ねた。

 

老婦人が、天井を指差した。

 

「ここ」

 

「ここが、漏ってた場所ですね」

 

「うん」

 

「今は」

 

「乾いてる」

 

それだけ言って、老婦人は天井をしばらく見上げていた。

 

「あの音、何の音だったんかね」

 

「音」

 

「昨日、近くを通ったときに、工房から、変な音が聞こえてた」

 

「ガッシャン、ガッシャン、いう音と、それが止まったり、また動いたり」

 

リュミアが少し笑った。

 

「家を、乾かす音です」

 

 

 

7.もっと違う動きも

 

夜、工房にビトルが残っていた。

 

攪拌の作業ログを書き出している。

 

智也が横に来た。

 

「リズムを、外から制御することで、命令を書き換えなくても動作を変えられた」

 

「はい」

 

「これ、応用できますね」

 

「どう応用する」

 

ビトルが顔を上げた。

 

「速度を変えられるなら、もっと違う動きもできるんじゃないでしょうか」

 

「例えば」

 

「『掴んで、運んで、置く』の動作で、運ぶ距離を時間で変えられたら、同じアームが違う場所に物を置けます」

 

「違うことができる」

 

「リズムだけじゃなくて、動きそのものを、外から指示できれば」

 

(……それは、もう、プログラムの書き換えに近い)

 

(命令を全部書き換えなくても、外部からの入力で動作が変わる)

 

(センサーと制御の話に、繋がる)

 

智也は何も言わずに、ビトルの計算用紙を見ていた。

 

窓の外、雨が小降りになっていた。

 

スナルさんの家の天井は、今夜も乾いている。


【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


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