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第195話《掴んで、離す》— ゴーレムアーム③-初動 —

1.全部が揃う朝

 

朝、工房に全員が集まった。

 

グレンが昨夜仕上げた骨格が、作業台の中央に置いてある。

 

腕一本分。

 

肩から指先まで、四十センチほどの長さ。

 

内部の管が、光を受けて鈍く光っていた。

 

リックが組んだセンサー受容体が隣に並んでいる。

 

アリアが刻んだ純化魔石のコアが、小さな箱の中で待っていた。

 

全部が、揃っていた。

 

グレンが骨格を持ち上げた。

 

重さを確認するように、一度だけ持ち直した。

 

「……組む」

 

作業が始まった。

 

グレンが関節部にセンサー受容体を取り付けた。

 

指の腹に脈晶石の格子が埋め込まれていく。

 

アラクネ族の職人が高張力繊維を通した。

 

骨格の内側の溝に、人工腱を一本ずつ通していく。

 

指の関節から肘、肩まで。

 

アラクネ族の職人が最後の繊維を固定しながら言った。

 

「我らの糸が、骨を動かす」

 

誰も返事をしなかった。

 

 

 

2.動力を、入れる

 

骨格と腱が揃ったところで、純化魔石のコアを組み込んだ。

 

肩の付け根の収納部に、コアをはめ込む。

 

カチリ、と音がした。

 

次に、人工規格魔石をコアの隣に繋いだ。

 

バッテリーだ。

 

コアは命令を実行する。バッテリーはエネルギーを送る。

 

二つが揃って初めて、腕が動く。

 

「接続完了です」

 

ビトルが計器を読んだ。

 

「マナの漏れなし。回路は閉じています」

 

「センサー受容体は」

 

「通電確認、正常」

 

「腱の張力は」

 

グレンが確認した。

 

「問題ない」

 

智也が最後のネジを取った。

 

骨格の外装カバーを留めるための、小さなネジだ。

 

締めれば、組み立ては完了する。

 

誰も声を出さなかった。

 

智也がネジを回した。

 

締まった。

 

「動力を入れる」

 

バッテリーの封印石を外した。

 

マナが流れ始める。

 

コアに電力が入る。

 

命令の列が、一番目から実行され始める。

 

「マナを受け取る」

 

「密度を確認する」

 

「閾値以上であれば、関節への分配を開始する」

 

 

 

3.腕が動いた、そして智也が壊れた

 

腕が動いた。

 

指が、ゆっくりと閉じた。

 

一センチ、二センチ、三センチ。

 

指が完全に閉じた。

 

何もない空気を、握っていた。

 

次に、指が開いた。

 

また閉じた。

 

また開いた。

 

繰り返した。

 

誰も声を出さなかった。

 

智也は動く腕を見ていた。

 

(……動いた)

 

(命令の列が実行されている)

 

(純化魔石のコアが、マナの流れをパターンに変えて、アクチュエーターに送っている)

 

(これが動くなら)

 

(これが動くなら)

 

「……」

 

「智也?」

 

リュミアが声をかけた。

 

聞こえていなかった。

 

(……同じコアを十個量産すれば、十体が同じ作業を並べてやる。昼夜休まず、均一な品質で)

 

(フィアレルの鉱山に入れれば、人間が入れない深さまで採掘できる。坑夫が死なない。資源量が跳ね上がる)

 

(動力系を小型化すれば荷車に乗る。馬がいらなくなる。どこでも走れる乗り物が作れる)

 

(ガーゴイルの飛行設計と組み合わせれば、空を飛ぶ無人の機体が作れる。偵察、輸送、測量、全部できる)

 

(さらに小型化すれば、手のひらに乗るものが作れる。遠くから操れる。人間が行けない場所の目になる)

 

「智也」

 

「……」

 

「智也!」

 

「あ」

 

振り返った。

 

全員が自分を見ていた。

 

「どうした」とグレンが言った。

 

「どうしたじゃない。どうしたんだ、お前が」

 

「……俺が?」

 

「ぶつぶつ言って、一人で頷いて、三分くらい別の世界にいた」

 

智也が腕を見た。

 

指が開いて閉じるのを繰り返していた。

 

「……これが動くなら」

 

「動いた。見えてる」とハックが言った。

 

「鉱山に入れられる」

 

「知ってる」

 

「工場が作れる。同じ作業を並べてやらせれば、生産量が桁違いになる」

 

「……それは」

 

「荷車に乗せれば、馬がいらなくなる。動力さえあれば、どこでも走れる乗り物が作れる」

 

グレンが腕を組んだ。

 

「馬のいらない荷車?」

 

「空を飛ぶ無人の機体も作れる。人が乗らなくていい。偵察に使える」

 

「空を」

 

「荷物を運べる。遠くの拠点へ、人間が行かなくても荷物が届く」

 

グレンとハックが顔を見合わせた。

 

「何の話をしているんだ、今」とハックが言った。

 

「全部、この腕から始まる話だ」

 

「……一つずつ話せ」

 

アリアが呆れた顔をしていた。

 

「あなた、いつもと全然違うわよ」

 

「そうか」

 

「目が子供みたいだわ」

 

デネブが静かに言った。

 

「珍しいな。お前がそういう顔をするのを、初めて見た」

 

智也が腕を見た。

 

指が開いて、閉じた。

 

「……ずっと作りたかったもんだから」

 

「なんなんだ」とハックが言った。

 

だが、声に笑いが混じっていた。

 

ビトルが「僕も、です」と小声で言った。

 

リックが一度だけ頷いた。

 

リュミアが智也の顔をじっと見ていた。

 

楽しそうに、見ていた。

 

(……この顔が、見たかった)

 

そういう顔だった。

 

グレンが腕の動きをもう一度見た。

 

「馬のいらない荷車というのは」

 

「本気か」

 

「本気だ」

 

「……それは、いつ作れる」

 

「ゴーレムが量産できてから。その次だ」

 

「その次というのは、いつだ」

 

「早ければ、一年後」

 

グレンが黙った。

 

「……急げ」

 

それだけ言って、腕の動きを見続けた。

 

 

 

4.沈黙の命令

 

ビトルが計器を読んでいた。

 

「智也さん」

 

「何だ」

 

「百十七個の命令、全部正常に実行されています。ループも問題ありません」

 

「良かった」

 

「ただ、一つだけ」

 

ビトルが計器から顔を上げた。

 

「七十五個のエラー処理命令の中で、一つだけ実行されていないものがあります」

 

「外部管理者を呼べ、か」

 

「はい。条件が、まだ分かりません」

 

腕はまだ、掴んで離すのを繰り返していた。

 

その中に、沈黙したままの命令が一つある。

 

(……古代の設計者は、どういう状況を想定していたんだ)

 

(誰に、呼びかけるつもりで、この命令を書いた)

 

智也はしばらく、腕を見ていた。

 

答えは、まだ届いていない。


【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


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