第193話《それぞれの持ち場》一ゴーレム腕①-着工一
1.死なない働き手
朝、禁書庫に全員を呼んだ。
グレン、ハック、ビトル、リック(栗鼠族)、デネブ、カイル。
それにリュミア。
七人が机を囲んだ。
ゴーレムの設計図を広げる前に、智也は少しの間、全員の顔を見た。
「まず、何を作ろうとしているか、説明します」
「設計図の話は聞いた」とグレンが言った。
「古代の石の守護者だろう」
「それだけじゃありません。ゴーレムが何をできるか、私が考えていることをお話しします」
智也は言葉を選んだ。
(……ロボットと言っても伝わらない。ドローンも同じだ。この世界に、その概念がない)
「まず、ゴーレムは魔物じゃない。生き物でもない。人間でもない」
「じゃあ何だ」とハックが聞いた。
「命令を与えると動く道具です。ただし、今まで皆さんが作ってきたどの道具とも違います」
「どう違う」
「鉄道は線路の上しか走れない。弩は人が引かないと撃てない。水車は水がないと回らない。全部、使う場所と条件が決まっています」
「ゴーレムは違います」
「指示した通りに動きます。重い石を運べと言えば運ぶ。深い坑道に入れと言えば入る。昼も夜も関係なく、疲れを待たずに、動き続けます」
グレンが腕を組んだ。
「……飯はいるか」
「要りません」
「眠るか」
「眠りません」
「壊れるか」
「壊れます。ただし直せます。人間は死んでも、直して戻ってくることはできない」
グレンが何かを言いかけて、止まった。
(……うまく伝わっていない気がする)
(ロボットという概念がない世界で、ロボットを説明するのは)
(たぶん、江戸時代の人間に内燃機関を説明するより難しい)
ハックが口を開いた。
「ってことはよ」
「はい」
「死なない働き手ができるってことか」
「……そうです」
「フィアレルの鉱山、今、坑夫が足りないんだろ。人間が入れない深さに毒ガスが出る坑道がある。そこにこいつを入れれば」
「入ります。毒ガスは気にしません。マナがあれば動き続けます」
ハックが机を一度叩いた。
「すげーじゃねーか」
それだけだった。
だが部屋の空気が、その一言で変わった。
グレンが設計図を覗き込んだ。
ビトルが「僕もそう思いました」と小声で言った。
リックが初めて顔を上げた。
(……ハックは、説明の上手い人間より、説明の下手な俺の言葉を拾うのが上手い)
デネブが呟いた。
「死なない職人、か。古代の設計者も、同じことを考えたんだろうな」
カイルが「記録にもそれに近い記述があります」と静かに言った。
リュミアが耳を少し動かした。
「それが、王国を変えるって言ってたもの?」
「その一歩目だ」
2.設計図を広げる
智也が設計図を広げた。
ゴーレムの全体図だった。
骨格、関節部、動力の経路、制御核の位置、センサーの配置。
一か月の解析を一枚の紙にまとめたものだ。
「全員に、担当をお願いしたいです。」
誰も喋らなかった。
「グレンさん。骨格と関節部をお願いします。脚・腕・胴体のフレームを作る。ただし今回は、関節の内部に管を通してほしいです。動力を伝えるマナの流路になります。」
グレンが設計図を覗き込んだ。
「……骨の中に、血管が走るのか」
「そういうことです。」
「できる。だがこれ、相当な精度で管を通さないと詰まるぞ」
「分かっている。その精度は、リックに頼む」
リックが頷いた。
短い返事だったが、それで十分だった。
「ビトル、センサーの受容体を設計してほしい。マナの影を読む装置だ。ゴーレムの目になる」
ビトルが顔を上げた。
「マナの影……影を読む」
「物体はマナを遮断して影を作る。その影の形と濃さを読むことで、周囲の状況を把握する。人間の目と同じ原理を、マナで再現する」
ビトルが少し考えた。
「……できます。やったことはないけど、できます」
「リック、ビトルの設計が出たら組み立ててくれ」
「わかったよ!」
「デネブ、古代設計書の監修を続けてくれ。各工程を設計書と照合してほしい。俺たちが作っているものが、設計通りかどうかの確認が要る」
デネブが机に肘をついた。
「分かった。ただし私の担当は照合だ。組み立てでは力になれそうにもない。」
「それで十分だ」
「カイルさんは、古代語の解読と命令セットの最終確認をお願いします。命令を刻む前に、写し間違いがないかを検証してほしいです。」
カイルが頷いた。
「了解しました」
全員が自分の担当を受け取った。
リュミアがまだ何も言っていなかった。
智也が最後に彼女を見た。
「リュミア」
「何?」
「相談に乗ってくれ」
リュミアが少し首を傾けた。
「相談?」
「俺は作業が始まると、設計図しか見えなくなる。人間が見えなくなる。誰かが無理をしていても、詰まっていても、気づかないことがある」
「……それを、私に教えてほしいということ?」
「そうだ。君にしか見えないものがある」
リュミアが少し間を置いた。
耳が、ほんの少し動いた。
「……分かった」
ハックが小さく口笛を吹いた。
「俺の担当が骨格で、あの娘の担当が『あんたの盲点』か」
グレンが腕を組んだまま、天井を見た。
「……一番正直な担当だな」
「設計者ってのは、そういうもんだ」
「そういうもんですか」
智也が「作業に入ってください」と言った。
声が、普段より少し低かった。
グレンが立ち上がりながら、ぼそりと言った。
「……惚れた女に、ちゃんと仕事を作ってやれる男は、悪くない」
それだけ言って、工房の方へ歩いて行った。
ハックがリュミアの方をちらりと見た。
リュミアの耳が、今度は完全に横に倒れていた。
「じゃ、俺も」とハックが言って、グレンの後を追った。
部屋に、智也とリュミアだけが残った。
リュミアが前を向いたまま言った。
「……聞こえてた」
「知ってる」
「……ありがとう」
「こちらこそ」
二人とも、しばらく前を向いたままだった。
3.骨の中に、血管が走る
グレンの工房は午後から音が変わった。
金属を削る低い振動が、壁を通して伝わってくる。
智也が様子を見に行くと、グレンが金属の棒を旋盤にかけていた。
骨格の腕部材だった。
長さ四十センチ、直径三センチの円柱形。
その内部に、直径五ミリの管を通す穴を開けていた。
「順調か」
「まあな」
グレンが削り屑を払いながら言った。
「これ、何でできてる骨なんだ」
「鉄だと重すぎる。鉄とアルミの合金を使う。強度は保ちつつ、重量を三割下げる」
「合金か。比率は」
「七対三だ」
グレンが旋盤を止めた。
削り出した部材を手に取って、内側を覗き込んだ。
穴が、まっすぐ通っている。
「……人間の腕の骨に、血管が通っているように」
「そうだ。マナが血液になる」
グレンが部材を作業台に置いた。
しばらく黙って、その穴を見ていた。
「智也」
「何だ」
「これ、俺が今まで作ってきた道具の中で、一番変なもんだ」
「変か」
「変だ。でも、一番面白い」
グレンが旋盤を再び動かした。
金属を削る音が工房に戻った。
ハックが隣の台で関節部のパーツを磨いていた。
何も言わなかったが、その手が止まらなかった。
(……グレンとハックは、何かを作るとき、理屈より先に手が動く)
(俺が設計図を描くより先に、もう完成した形が見えているんだと思う)
智也は工房を出た。
4.マナの影を読む
ビトルの部屋は紙が散らかっていた。
計算用紙、図面の下書き、数式の羅列。
リックが椅子に座って、ビトルの図面を読んでいた。
「どこまで進んでいる」
「設計の半分が終わりました」
ビトルが振り返った。
「智也さん、マナの影って、どれくらい小さい変化まで読む必要がありますか」
「ゴーレムが腕を伸ばしたとき、物体が一セント前にあるか、十セント前にあるかを区別できる精度があれば足りる」
「じゃあ、感度はそんなに高くなくていい」
「粗い感知でいい。重要なのは連続して読めることだ。瞬間ではなく、流れとして把握する」
ビトルが図面に戻った。
「……マナの流れを、一定のリズムで読み続ける。川の流れを常に監視して、石が入ったら波紋の変化で気づく」
「その通りだ」
(……ビトルは例えが一発で当たる。教える必要がない)
「受容体の素材は何を使う」
「薄く削った脈晶石です。マナの変化に反応する性質が一番安定しています。それを格子状に並べて、各点の変化を記録する」
「格子状に並べると、影の形が分かるな」
「はい。どの格子が暗くなったかで、物体の輪郭が読める」
リックが図面に顔を近づけた。
「組み立ての精度は、格子の間隔が指の幅の七分の一以下なら出せる」
ビトルが「さすがです」と言った。
リックは何も答えなかったが、計算用紙に数字を書き始めた。
「いつ設計が完成する」
「三日後には図面が出せます」
「リックの方は」
「図面が来れば、その翌日には組み立て始める」
(……これ以上何も言う必要がない)
(それぞれが、それぞれの速度で動いている)
智也は二人の部屋を出た。
廊下に出ると、夕方の光が窓から差し込んでいた。
5.王国が、変わる
夜、机に向かった。
アリアへの手紙を書く。
フィアレル領にいるアリアに、命令書き込みの依頼をするためだ。
羽ペンを取って、紙に向かった。
何を書くか、しばらく考えた。
(……アリアに頼めることは一つだけだ。説明は要らない。ただ事実を書く)
書いた。
「純化魔石の表面に、命令の回路を焼き付けてほしい。線幅は髪の毛ほどの細さ以下。総延長は約四十セント。お前にしかできない」
それだけ書いた。
封をして、使いに渡した。
振り返ると、リュミアが扉のところに立っていた。
「アリアに頼んだの」
「そうだ」
「来てくれるかな」
「来る。あいつは、できるかどうか迷うより先に来る」
リュミアが少し笑った。
「知ってるんだね」
「一緒に仕事をしてきたから」
リュミアが窓の外を見た。
夜の王都に、灯りが並んでいた。
「ねえ、智也」
「何だ」
「ゴーレムが動いたら、どうなるの」
智也はしばらく考えた。
「まず、一本の腕が動く」
「その次は」
「全身になる」
「その次は」
「量産する」
「その次は」
「王国が、変わる」
リュミアが窓から振り返った。
耳が、少し動いた。
「楽しみだね」
智也が頷いた。
手紙はもう、フィアレルに向かっていた。
【読者の皆様へ】
最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。
日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。




