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第189話《灰に、百年を》一スラグ建材一

1.両手に、二週間

 

朝、グレンが工房の入口に立っていた。

 

両手に、在庫表の束を抱えていた。

 

「智也。木材の在庫を確認してきた」

 

「どれくらいある」

 

「このペースで使い続ければ、二週間だ」

 

智也は手を止めた。

 

図面の上に視線を落としたまま、少しの間、動かなかった。

 

規格化住宅の建設が加速していた。

 

グスタフ翁の若手が三人、現場に入っていた。

 

一番背の高い男が責任者で、口数より手数が多かった。

 

棟数は目に見えて増えていた。

 

その加速の中で、グレンだけが浮かない顔をしていた。

 

「他の領から融通は」

 

「問い合わせ済みだ。スランもフィアレルも、みんな同じ状況だ。戦後で山が荒れてる。切り出せる木が足りない」

 

(……全領が同じ問題を抱えている。融通し合える余裕がどこにもない)

 

智也は図面を机の端に寄せた。

 

「在庫が尽きたとき、工事は止まるか」

 

「止まる。柱も梁も床も、全部木材だ。なくなったら打つ手がない」

 

「分かった」

 

「梅雨入りまで、あと六週間だ」

 

グレンは、それだけ言って黙った。

 

(……六週間で間に合わせるために加速させたのに、四週間で資材が切れる)

 

(問題は木材が足りないことじゃない。木でしか建てられないと思っていることだ)

 

智也は立ち上がった。

 

「少し歩いてくる」

 

「行ってこい」

 

グレンが、入口を空けた。

 


 

2.灰色の山

 

王都の外縁部を歩いた。

 

復興現場のすぐ北に、魔石精製所がある。

 

戦争の間、大量の魔石を消費した。

 

精製するたびに出る廃棄物が、敷地の隅に灰色の山を作っていた。

 

ビトルが山の脇でしゃがんで、何かを書き留めていた。

 

「ビトル」

 

「智也さん」

 

青年が顔を上げた。

 

(……いつから、お兄ちゃんと呼ばなくなったのだったか)

 

ドワーフにしては細い。

 

だが立ち上がると、肩から腕にかけての筋肉の付き方が、智也の知る鍛冶師たちとは違う種類の体をしていた。

 

現場仕事と研究室仕事を両方こなしてきた年月が、そういう体を作ったのだと思った。

 

少年だったビトルが、いつの間にかこういう顔をするようになっていた。

 

「これ、毎月どれくらい出る」

 

「このスラグですか。精製量が多いときで月に三十トンは出ます。捨てるしかないんで、ずっと積んでるんですけど」

 

智也がスラグを一掴み取り上げた。

 

灰色で、きめ細かい粉末だった。

 

掌で押し潰すと、少し粘り気がある。

 

「成分を調べたことはあるか」

 

「一度だけ。石灰質と珪素が主成分です。あとは少量の鉄と、マナの残滓ざんしが混じってます」

 

(……石灰質と珪素。前世で言うところの、古代ローマのコンクリートと同じ組成だ)

 

(火山灰と石灰と水を練り合わせると、水中でも固まる石になる。海底の構造物が二千年経っても残っているような材料)

 

(ポゾラン反応。珪素の化合物が石灰と水と結合して、ケイ酸カルシウム水和物を作る。それが石のように固まる)

 

(このスラグに同じことが起きるなら)

 

「ビトル、石灰はあるか」

 

「倉庫に大量にあります。建設用です」

 

「あと、水と、砕いた骨材」

 

「骨材というのは」

 

「砂利でいい。粒が揃っていれば何でも」

 

ビトルが首を傾けた。

 

「何か作るんですか」

 

「木の代わりになるものを」

 

 

 

3.ビトルが、思い出した

 

工房の一角を借りて、試作を始めた。

 

グレンが腕を組んで横に立った。

 

「本当に固まるのか、これ」

 

「やってみなければ分からないです」

 

「……それが一番信用できる答えだな」

 

スラグ六に対して石灰二、水二の配合で練り始めた。

 

ビトルが骨材を量りながら「滑らかな感触ですね」と言った。

 

型に流し込んで、乾燥させた。

 

半日後、確認した。

 

表面は固まっていた。

 

だが智也が指で押すと、表層が削れた。

 

内部はまだ柔らかかった。

 

グレンが拳で軽く叩いた。

 

鈍い音だった。

 

芯まで固まっていない。

 

(……反応自体は起きている。だが、速度が足りない。このままでは固化に何週間もかかる。梅雨入りに間に合わない)

 

智也は型の破片を手に取った。

 

割れた断面を指で触った。

 

(……反応速度を上げる触媒が要る。配合だけでは無理だ)

 

そのとき、ビトルが少し離れた台で、断面を覗き込んでいた。

 

急に顔を上げた。

 

「智也さん」

 

「なんだ」

 

「魔石精製の時に、絹液で凝固を早めた経験があります。アラクネ族の絹液」

 

智也が、ビトルの顔を見た。

 

「タンパク質が、結合に割り込んでくるんです。理由はよく分からないんですが、固まるのが早くなる」

 

「……以前、空輸ネットの素材として使った時にも、接合部の強度が計算値を超えていた。あれと同じだ」

 

「ですよね。だから、もしかしたら」

 

(……ビトルが先に思い出した)

 

(俺の手を待たずに、自分で繋いだ)

 

グレンが低い声で言った。

 

「蜘蛛の糸を混ぜるのか」

 

「試す価値はあります」

 

グレンが山積みになったスラグの方を見た。

 

「俺たちは何年も、これをゴミだと思って捨ててきた」

 

しばらく黙って、続けた。

 

「そういうもんだな」

 

智也は答えなかった。

 

そういうものだ、と思った。

 

「ビトル、アラクネ族に連絡を取れるか」

 

「王都に出張所があります。今から行ってきます」

 

ビトルが駆け出した。

 

 

 

4.蜘蛛の糸と、百年の壁

 

アラクネ族の職人が夕方に来た。

 

小柄で、指が六本あった。

 

小瓶を差し出した。

 

「絹液だ。どんな混ぜ方をするつもりか」

 

「全体量の一パーセント以下で、練り込む。熱は加えない」

 

「温度を上げると糸が変性する。正しい判断だ」

 

職人が小瓶を開けた。

 

無色で、わずかに粘り気のある液体だった。

 

スラグ六、石灰二、骨材一、水一の配合に、絹液を数滴垂らした。

 

「……じゃあ、やるか」

 

グレンが練り始めた。

 

均一に混ざるまで、手を止めなかった。

 

型に流し込んだ。

 

アラクネ族の職人が腕を組んで見ていた。

 

「固まるのに、どれくらいかかる」

 

「分からない。明日、確認する」

 

「待つのが下手そうだな」

 

「そうだ」

 

 

 

翌朝、型を外した。

 

灰色の板が出てきた。

 

表面は滑らかで、亀裂がなかった。

 

智也が端を指で押した。

 

沈まなかった。

 

グレンが板を持ち上げた。

 

「重い」

 

「木の倍以上ある。当然だ」

 

「強度は」

 

「確認する」

 

ハックが鎚を持ってきた。

 

板を台に置いて、真上から叩いた。

 

鎚が跳ね返った。

 

ハックが「おっ」と言った。

 

もう一度、力を込めて叩いた。

 

ひびが入らなかった。

 

(……固まっている。表面だけじゃない。内部まで均一に反応している)

 

グレンが板を裏返して、断面を確認した。

 

ゆっくりと眉が上がった。

 

「砂利と粉が、一枚の石になってる」

 

「そうです。ポゾラン反応です。珪素とカルシウムが水を介して結合した。蜘蛛の絹液が、その反応を早めた」

 

アラクネ族の職人が近づいて、板を触った。

 

指で表面をなぞる。

 

それから、もう一度、別の場所を触った。

 

「うちの糸が、石を作ったのか」

 

「正確には、石になる反応を手伝った」

 

職人が、板を持ち上げて重さを確かめた。

 

「……うちの糸を、こんなふうに使った人間は、初めて見た」

 

腕を組んだ。

 

「気に入った。続けて使え。何トン要る」

 

智也が、少し驚いた。

 

(……今までで一番、はっきりした評価をもらった)

 

「四万人分の住居に、毎日数十枚作っていきたい」

 

「分かった。明日、本格的な供給を相談する。うちの長老に話を通しておく」

 

職人が板を撫でた。

 

「百年は持つぞ、これ」 

 



5.木がなければ、石を使う

 

午後、グスタフ翁を呼んだ。

 

翁は板を受け取って、重さを確かめた。

 

表面を指の爪で引っ掻いた。

 

傷がつかなかった。

 

端を掌で叩いた。

 

乾いた音がした。

 

翁が板を台に置いて、少し離れた場所から見た。

 

「木ではないな」

 

「そうです」

 

「建材として使えるか、という話か」

 

「柱と梁は無理です。重すぎる。ただ壁パネルと屋根の下地には使えます。木材の代わりになる部分を、これで賄いたい」

 

グスタフ翁が板を再び手に取った。

 

今度は端から端まで、指で撫でた。

 

長い間、黙っていた。

 

「孫の代まで残るな、これは」

 

それだけ言って、板を返した。

 

「欠点を言うなら、重い。施工のやり方を変える必要がある」

 

「分かっています。次の問題は、まさにそれです」

 

「考えがあるか」

 

「重すぎて持ち上げられないなら、現場で組まずに、寝かせて作って起こす方式に変えます。柱を先に立てて、その間にパネルを差し込む」

 

「……木造の組み方とは別の手順だな」

 

「はい。職人にやり方を覚え直してもらう必要があります」

 

翁が踵を返した。

 

出口のところで、一度だけ振り返った。

 

「木がなければ石を使う。それだけのことだ」

 

扉が閉まった。

 


グレンが、廃棄スラグの山の方を見た。

 

「あの山、全部使えるのか」

 

「当面の建設には足りる。足りなくなったら、また精製すればスラグは出る」

 

「……なんだそれ。作れば作るほど、建材が増えるのか」

 

智也は図面を広げた。

 

壁パネルの寸法を書き直し始めた。

 

 

 

6.三世代分の灰色

 

夕暮れ時、ヴォル文官が資材置き場に来た。

 

試作板の話を、王宮で聞いたらしかった。

 

積み上げられたパネルの前で足を止めた。

 

灰色の、無骨な板だった。

 

一枚手に取って、表面を確かめている。

 

そこへ、グスタフ翁が反対側から歩いてきた。

 

「見事なものですな」と翁が言った。

 

ヴォルが振り返った。

 

「ああ、グスタフ翁。ちょうど良かった」

 

「何か」

 

「あれが、精製所の廃棄物から作ったものと聞きました。本当ですか」

 

「本当だ。あの山から出た」

 

ヴォルはパネルをゆっくりと置いた。

 

「私が試算した限りでは、王都の全避難民分の住宅建設費が、三分の一以下になります」

 

「ほう」

 

「資材費がかかりすぎて、計画を棚上げにしていたものが、全部動き出せる。それだけの話です」

 

翁は何も言わなかった。

 

「あの若者たちが、三日で形にしました」

 

しばらく沈黙があった。

 

「雨と冬を、何度撥ね返すか分からん。そう見た」

 

ヴォルが「はい」と答えた。

 

少し間を置いて、自分の言葉で置き換えた。

 

「三世代分」

 

「今生まれた子供が、老人になるまで」

 

ヴォルが続けた。

 

「その子供が育って、自分の子供を持つまで」

 

「それだけの時間、雨と冬から、人を守る」

 

翁が、わずかに頷いた。

 

それから、踵を返した。

 

歩き出しながら、一度だけ振り返った。

 

「板を返した時、もう次の問題を考えている顔をしていた」

 

「はい。『次の問題は、施工のやり方です』と言っていました」

 

翁は何も言わずに、夕暮れの中に歩いて行った。

 

 

ヴォルはしばらく、パネルの山の前に立っていた。

 

灰色の板の表面に、夕陽が薄く反射していた。

 

三世代分、という言葉が、頭の中に残っていた。

 

台帳の中の、無数の名前を思った。

 

その一人ひとりに、子供がいて、その子供にも、いつか子供が生まれる。

 

ヴォルは書類を抱え直して、次の現場へ向かった。


【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


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