第186話《古代の設計書と橋を架ける夜》
1.王都への帰還、橙色の正体
王都に戻ったのは夕方だった。
翌朝、リュミアとともに、禁書庫のカイルを訪ねた。そこには猫の姿のデネブもいた。
「智也さん、リュミアさん。待っていたよ」
机の上に、三枚の文書が広げられていた。
「制御室の地図に出ていた橙色の二点、照合した。帝国の主要な教団施設の座標と、一致する」
「やはり、そうですか。」
「一致するだけなら偶然の可能性があるのだが、、、もう一つ分かったことがある。」
カイルが、別の文書を広げた。
「この古文書に、制御室が一定以上のマナを外部に放出し続けると、光点の色が変化するという記述がある」
「過剰放出の警告、ということですか?」
「ああ。白い光点は正常な循環状態。橙色は、過負荷状態と思われる。」
「教団の施設に紐づいた制御室が、過負荷になっている」
「相当な量のマナを、意図的に引き出し続けているために」
(……俺が修復しようとしているものを、奴らは逆方向に動かしている)
(壊しながら、使っている)
「系統全体への負荷が蓄積されている思う。このまま放置すれば、周辺の系統にも影響が出るかもしれない」
デネブが猫の姿でカイルに聞いた。
「教団は、古代のシステムを知っていて、利用しているということか?」
「恐らく、それだけ、奴らは昔からこの世界の仕組みを理解していた」
2.設計図の解析、二人の興奮
カイルが振り返った。
「もう一つ、報告がある。」
智也が遺跡で手に入れた金属板の設計書を、カイルが先に戻って予備解析していた。
デネブが猫の姿で、図面の端を前足で押さえた。
「これが、あの石の守護者か」
一枚目はガーゴイルだった。
平面図、断面図、関節部の拡大図。
胴体の内部に、動力を伝える機構が描かれている。
現代の機械図面とは記法が違う。
だが、意味は分かる。
(……これは、腕の骨だ。動力軸だ。関節の緩衝材だ)
(技術は違う。だが、発想は同じだ)
二枚目はゴーレムだった。
ガーゴイルより大型で、二足歩行に特化している。
重心の取り方、脚部の設計、それぞれに理由がある。
(……別々に見てきたものが、同じ設計思想から来ている)
(ガーゴイルは空を飛ぶために軽く。ゴーレムは荷を持つために重く。用途に合わせて作られている)
「動力源は」と智也が聞いた。
カイルが三枚目の図を指した。
「古代の魔石を純化したもののようです。密度が我らの知る魔石の数倍。それを動力源として、この機構全体を動かす設計です」
デネブが呟いた。
「我らが知っている魔法の仕組みより、ずっと精緻な体系がここにある」
「デネブ、解析には、どれくらいかかる」
「本格的に取り組んで、一か月はかかるだろうな。図面は読めても、素材の再現は別の問題だからな」
「やってくれ」
「腰を据えて頼む」
カイルが頷いた。
デネブが、図面の上に前足を置いたまま目を細めた。
「智也、これを動かせたとしたら、何に使う」
智也は少しの間、図面を見た。
「ドローン...いや、まだ、分からない。だが、いい使い方がある気がする」
デネブが何も言わなかった。
智也は立ち上がり、窓に近づいた。
3.三十日の図面
夜が深まっていた。
扉を、誰かが静かに叩いた。
「失礼します」
入ってきたのは、見知らぬ文官だった。
六十に近い、がっしりとした人物だ。
目の下に、疲労の跡が刻まれている。
「復興局を担当しております、ヴォルと申します」
「どうぞ、お座りください」
文官は椅子に腰を下ろした。
書類の束を広げるまでに、少し時間がかかった。
「今日の午前中に、避難民の集積場所を回りました」
「テント二百張の中に、老いた夫婦がいました」
「妻の方が、一枚の紙を胸に抱えていた」
「何が書いてあったのか、聞いたんです」
智也は黙って聞いていた。
「息子の名前と、コモンス領の住所でした」
「魔道鉄道の分散輸送で、家族が離れ離れになった。息子はコモンス領に行ったが、老夫婦はスランに送られた。もう三か月、居場所が分からない」
「各領に問い合わせましたか」
「しています。しかし、各領の台帳の書式が違う。照合できない」
「こういったことが、毎日、何十件と起きています」
ヴォルが書類を広げた。
義肢の要請、建材の不足、医療の依頼。
種類がばらばらだ。
「傷痍兵は六領に散っています。義肢工房は王都にしかない。体力のない者は王都まで戻れない」
「建材と職人の偏りもあります。フィアレルには職人が余っている。バランタインには不足している。スランには木材が余っている。コモンスには足りない。しかし各領が独自に動いていて、交換が起きない」
「医療も、重傷者の移送基準がない。各領が毎回、自分たちで判断しています」
智也が、書類を一枚ずつ見た。
(……一つひとつの問題は、解けている)
(だが、別々に解いている)
「繋がっていないんです」
「どういうことでしょうか」
「各領が孤立した島として動いています。フィアレルの余った職人は、バランタインの不足を知らない。スランの台帳は、コモンスの台帳と話せない」
「壁が問題ではなく、橋がないことが問題です」
ヴォルが、手帳に書き留めた。
「橋を、どうやって架けるのか」
「五つあります」
「まず、全領が同じ形で報告する仕組みを作ります。人数、資材、職人、医療の状況を、毎朝、同じ書式で王都に届ける。そうすれば全体が見えます」
「次に、物資と人材の交換を仲介します。余っている領と足りない領を毎日突き合わせて、動かす」
「義肢工房は六領に分散させます。設計図と技術者を派遣して、各領に小さな工房を作る」
「家族の再会登録を一本化します。全領が同じ台帳に名前を書く。王都が一括して管理する」
「医療の移送基準を一つ決めます。この状態なら王都へ送る、という線を引く」
ヴォルが、書き留める手を止めた。
「……家族の台帳を一本化するというのは、各領の書式を全部変えることになりますが」
「全部変えます。抵抗はあるかもしれません。しかし今の書式では、横に繋がれない」
「説明すれば、動いてくれると思います」
ヴォルが静かに頷いた。
「……私には、見えていなかった」
「一つひとつの問題を解くのに精一杯で、全体を見ていなかった」
「気づいていたはずです。ただ、時間がなかっただけだと思います」
「今夜、来てくださいました。それで十分です」
ヴォルがゆっくりと立ち上がった。
深く、頭を下げた。
「明日、魔道鉄道で各領の担当者を召集します。一日で来られます」
「よろしくお願いします」
扉が閉まった。
部屋が静かになった。
(……老夫婦の話が、頭に残っている)
(息子の名前と住所を書いた紙一枚を、胸に抱えていた)
(台帳を一本化すれば、あの二人は繋がれる)
扉が再び開いた。
リュミアだった。
「終わった?」
「ああ」
リュミアが、扉の近くに立ったままだった。
「ねえ、一つ、聞いていい」
「何だ」
「今日、私がずっと話していたお婆さんがいたんだ」
「スランから来た人。息子さんが、コモンス領に行ってしまって。三か月、居場所が分からないって」
「私、毎日会いに行っていたんだ。何か力になれないかと思って」
「でも、どこに問い合わせればいいか分からなくて。各領に聞いてみたけど、台帳が違うから調べられないって」
「私、何もできなかった」
智也の手が止まった。
(……ヴォルが言っていた老夫婦だ)
「その人は今夜、テントにいるか」
「うん。毎日、同じ場所にいる」
「明日の朝、もう一度行ってくれ」
「行く。でも、何か変わる?」
「変わる。台帳を一本化すれば、コモンスの名前と突き合わせられる。たぶん、一日かからない」
リュミアが、少し驚いた顔をした。
「……一日で?」
「仕組みさえ作れば」
リュミアが、ゆっくりと部屋の中に入ってきた。
「トモヤって、本当に、そういう人だよね」
「何が」
「私は、あの人の手を握ることしかできなかった。あなたは、仕組みを作って繋げる」
「どっちも同じだ」
「違う。私のは、今日だけのことだ。あなたのは、ずっと続く」
智也は、首を振った。
「君が毎日通っていなかったら、俺はそのお婆さんのことを知らないまま仕組みを作っていた」
「君が、俺に顔を見せてくれた」
「それがないと、俺の仕組みは、数字だけで動いていた」
リュミアが、少しの間、黙っていた。
それから、机の横の椅子に座った。
「……疲れた」
「分かった」
「違う、疲れたって、悪い意味じゃない」
「あなたが戻ってきたから、疲れてもいいと思えた」
「一人の時は、疲れたって言えなかったから」
智也は、何も言わなかった。
リュミアが、智也の肩に頭を預けた。
少しの間、そのままでいた。
「明日から、一緒にやろう。俺が仕組みを作る。君が人に寄り添う。それが一番いいやり方だ」
「うん」
リュミアが、静かに目を閉じた。
「ずっと、そうしよう」
リュミアは動かなかった。
窓の外、夜の王都に静かな灯りが並んでいた。
遠くから、わずかに風の音が聞こえた。
南から来る、昨日より少し整った風だった。
【読者の皆様へ】
最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。
日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。
※ちょっと今後の話の方向性を悩んでいましたが、この話でも出てきた「古代機械の設計図」を掘り下げていくことで少しでも面白いものをお届けできればと思ってます。今後ともよろしくお願いいたします。




