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第185話《オベリスクの目覚め》

1.梟人族の里への帰還、変わった風


南南東の崖を離れた飛竜が、梟人族の里へ向かった。

 

レオンが先頭を飛びながら、振り返らずに言った。

 

「修復した後で風が変わるなら、一番早く分かるのはあの里だ」

 

「そう思って寄ることにした」

 

「だとすれば、里に着く前に、俺が答えを知ってるかもしれない」

 

「どういうことだ」

 

「飛んでいて、何か違う気がする。うまく言えないが」

 

レオンが翼を広げ直した。

 

「気流が、少し、素直になった。風が整列し始めた、という感じだ」

 

梟人族の里が見えてきた。

 

深い森の巨大な古木。枝と枝の間に組まれた住居が並んでいる。

 

樹冠の隙間で、サボニウス型風車が回っていた。

 

前回より、回転が安定していた。

 

不規則だったリズムが、一定のテンポを持ち始めている。

 

着陸すると、オウル長老が待っていた。

 

「来ると思っていた」

 

「風が変わりましたか」

 

「変わった。一刻ほど前から。我らの風の地図で言えば、南の乱れが、少し収まった」

 

「一刻前に、制御室の修復が完了した」

 

長老が、大きな瞳を静かに瞬かせた。

 

「繋がっていたのか」

 

「はい。あの装置と、この里の風は、同じ仕組みの中にある」

 

「完全には戻っていない」

 

「まだ、他の場所が止まったままなので。今日直したのは一か所だけです」

 

「それでも、変わった」

 

長老が、風車の方を見た。

 

「我らが知る限り、ここまで整った回り方をしたのは、久しぶりだ」

 

「石柱を見に行かせてください」

 

「もちろんだ。あそこも、様子が変わっている」




2.石柱の目覚め、二つの場所が繋がった


石柱のある円形空間に入ると、空気が違った。

 

以前は、棒を近づけた時だけ薄く光っていた。

 

今は、常時、低いレベルで発光している。

 

亀裂の結晶が、かすかな青白い光を保ったまま揺れていた。

 

「ずっと光ってる」とリュミアが言った。

 

「制御室から届くようになった。前は、届くものがなかったから眠っていた」

 

棒を向けると、前回より速く、明確に反応した。

 

石柱の表面に光のパターンが走り、方向を示す線状の光が広がっていく。

 

ガルドが地面に手を当てた。

 

「足の裏の感触が、南南東の制御室を直した直後とは、また違う」

 

「どう違う」

 

「あの時は大きな変化があった。今は、穏やかに落ち着いてきている感じだ。波が引いた後みたいな」

 

デネブが、猫の姿で石柱の根元に近づいた。

 

目を細めて、しばらく静かにしていた。

 

「智也、この振動のパターン」

 

「分かるか」

 

「バット卿の洞窟で聴いた、地下の共鳴音と、同じ周波数だ」

 

「同じ制御系の中にある、ということか」

 

「そう思う。この石柱と、バット卿の地下の共鳴点が、同じ流路に乗っている」

 

(……俺たちは別々に訪れたが、実は同じ仕組みの中で動いていた)

 

(梟人族の里への風の安定と、蝙蝠人族の地下の共鳴音の変化が、同じ一か所の修復で起きた)

 

カイルが手帳に記録しながら言った。

 

「一つの制御室が、複数の場所を管理していることが確認できましたね」

 

「ポンプが一つで、複数の蛇口に繋がっている」

 

「その比喩は分かりやすい。ただ、蛇口がどれだけあるか、まだ全部は分からない」

 

「引き続き調べる」




3.飛べなかった子供、大戦の後で


石柱の近くで観察を続けていると、里の方から声が聞こえた。

 

子供の声だった。

 

何かを試みているような、緊張した声。

 

一行が音の方向を見ると、大きな枝の上に、梟人族の子供が一人いた。

 

七歳か八歳ほど。

 

両腕を広げて、枝の端に立っている。

 

翼膜を震わせて、風を読んでいる。

 

しかし、足が枝を離れない。

 

「あの子」とリュミアが言った。

 

オウル長老が、静かに近づいてきた。

 

「先の大戦で、父親を亡くした子だ」

 

「……偵察に参加していたのか」

 

「ヴェルダ川北岸の戦いで、敵の矢に当たった。王国軍の目の代わりとして、偵察隊を務めていた」

 

枝の下で、梟人族の女性が子供を見上げていた。

 

じっと、動かずに待っている。

 

「あの方が、子供の母親です」

 

「子供は、以前は飛べていたか」

 

「乱気流に巻き込まれて、一度墜ちたことがある。父親が亡くなった後の話だ。それ以来、踏み出せなくなった」

 

枝の上の子供が、翼膜を一度たたんで、また広げた。

 

何度か深呼吸をしている。

 

その時、変化があった。

 

気流が、ほんのわずか、整った。

 

南から来る風が、一瞬だけ、乱れなく流れた。

 

子供の体が、前に傾いた。

 

枝から、離れた。

 

最初の一秒は落ちた。

 

翼膜が風を受けて、体が揺れた。

 

そして、持ち直した。

 

ゆっくりと、確かに、上昇した。

 

「……飛んでる」

 

ラナが、声を上げずに両手を口に当てた。

 

子供が、樹冠の高さまで昇っていく。

 

森の上から光が差し込んでくるのが見えた。

 

翼を広げたまま、円を描くように旋回した。

 

うまい飛び方ではなかった。

 

けれど、飛んでいた。

 

母親が、枝の下で動かなかった。

 

ただ見上げて涙ぐんでいるように見えた。

 

やがて子供が降りてきた。

 

着地で少しよろけた。

 

母親が、子供を抱きしめた。

 

里が、しばらく静かだった。

 

智也は、石柱の光を見ていた。

 

(……あの子の父親が守ったものが、少しだけ、戻ってきた)

 

(棒を差し込んで逆向きのメーターを直した、その先で、こういうことが起きている)

 

(直接手を触れたわけじゃない。ただ、仕組みを修理した。それが、ここまで来た)

 

リュミアが、智也の隣に来た。

 

「あの子、また飛べるようになったね」

 

「うん」

 

「トモヤが直したから、飛べた」

 

「俺だけじゃない。梟人族が記録を続けたから。蝙蝠人族が地下の音を聴き続けたから。カイルが文書を見つけたから」

 

「それでも、最後に直したのは、トモヤだよ」

 

智也は、返事をしなかった。

 

母親と子供が、まだ抱き合っていた。




4.長老との言葉、続きへの誓い


オウル長老が、智也の隣に立った。

 

「知恵者よ。礼を言う」

 

「まだ途中です」

 

「途中でも、一つ戻ってきた。我らにとって、それは小さくない」

 

長老が、石柱の光を見た。

 

「我らは何世代もかけて、消えた光を記録してきた。これが戻るとは思わなかった」

 

「記録した意味が、今日、出た」

 

「知恵者よ。残りの光も、戻ってくるか」

 

智也は、少しの間、石柱を見ていた。

 

「全部は約束できない。でも、やる」

 

長老が、深く一礼した。

 

「我らも、記録を続ける。次に来た時も、役に立てるように」

 

出発前、母親が智也の前に立った。

 

何も言わなかった。

 

深く、頭を下げただけだった。

 

智也も、頭を下げた。

 

飛竜に乗る前に、リュミアが振り返った。

 

子供が、もう一度、枝の上に立っていた。

 

今度は迷わずに、翼を広げた。

 

風の中に、飛び込んでいった。

 

今度は、最初より、少し上手だった。


【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


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