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第184話《蝙蝠人族の証明、制御室への扉》

1.蝙蝠人族の洞窟、逆位相の共鳴器


暁の盾の四名を南南東の入口で待機させ、智也たちは南へ向かった。

 

蝙蝠人族の洞窟に着くと、入口の前でバット卿が待っていた。


大きな耳。逆さにつながれた翼膜の名残り。人間の形をしているが、目は暗闇に適応して大きい。


「知恵者か、梟人族のオウルから話は聞いている。」


バット卿の声は低く、よく響く。


「バット卿、久しぶりです。ヘルムホルツ共鳴器以来です」


「その後、我らの里は静かになった。あれは感謝している」


「中へ入るなら、灯りを消してもらう。我らの感覚が乱れる」


「消します」


「大きな音も、立てないように。洞窟の中の音は、我らにとっては言語だ」


一行が灯りを消すと、完全な暗闇になった。


バット卿が先を歩く。その羽音だけを頼りに、一行が続く。


暗闇の中で、徐々に耳が慣れてくる。


洞窟の奥から、非常に低い、何かが鳴っているような感覚が届いてくる。


リュミアが、智也の袖を掴んだ。

 

洞窟に入って、灯りを消す。

 

暗闇の中で、バット卿に案内されて深い場所へ進んでいく。

 

足元の感触が変わる。石の床が、少しずつ滑らかになっていく。

 

天井が高くなった。空間が広がっている。

 

そこで、体の奥に何かが届くような低い振動が始まった。

 

音というよりは、圧力に近い。

 

「これが、我らの感覚を乱している音だ」

 

「どれくらい前から」

 

「我らが知る限り、二百年」

 

智也が、耳を澄ます。

 

(……周波数を測れれば、逆位相を当てられる)

 

(以前、蝙蝠族の里で騒音問題を解決した時と同じ原理だ)

 

(空洞の体積と開口部を調整すれば、特定の周波数を打ち消す共鳴器が作れる)

 

「バット卿、この近くに石の空洞があるか。天然のものでいい」

 

「三か所ある」

 

「案内してほしい」

 

三か所を確認しながら、智也が計算する。

 

カイルが記録を取り、リュミアが石の寸法を測る。

 

一か所、条件が合う空洞があった。

 

開口部の向きと大きさを少し加工する必要がある。

 

ガルドの土魔法で石を少しずつ削っていく。

 

「……この形でいいか」

 

「もう少し、入口を広げる。あと一セント」

 

「このくらいか」

 

「ちょうどいい」

 

完成した空洞に、今度は薄い石の板を加工して開口部に立てかける。

 

振動が、少し変わった気がした。

 

バット卿が耳を動かした。

 

「……あの音が、少し遠くなった」

 

「完全には消えない。原因がまだ残っているから。でも、この場所での干渉は和らいだ」

 

「軽くなった。我らが深い場所へ移動する時の、あの圧力が」

 

バット卿が、智也に向き直った。

 

「これで、我らの証言を持っていけ。この地下の音のことも含めて」

 

腰の棒が、かすかに震えた。

 

(……蝙蝠人族の地下データが、積み上がった)

 

(梟人族の風の記録。オベリスクへの接触。前任者の痕跡の確認。蝙蝠人族の地下での作業。証明の条件が、揃った)



2.南南東の遺跡へ、ゴーレムの前に立つ


南南東の崖に戻ると、暁の盾の四名が待っていた。

 

「どうだった」とカールが聞いた。

 

「証明の材料が揃った」

 

「なら、行くか」

 

石段が現れる。

 

暁の盾が先に降り、全員が続く。

 

回廊を進む。ラナが魔法を試みると吸われた。デネブが「変わらない」と言う。

 

ゴーレムが、前回と同じ場所に立っていた。

 

胸の刻み文字が、薄く光り続けている。

 

智也が棒を向けた。

 

棒が、これまでとは違うリズムで振動した。

 

複数のデータが重なるように発信されていく感触があった。

 

梟人族の風の記録。オベリスクに触れた時の記録。前任者の破片を見つけた時の記録。バット卿の地下で共鳴器を設置した時の記録。

 

ゴーレムの胸の光が、脈動のパターンを変えた。

 

暗く、明るく、また暗く。一定のリズムで三度繰り返した後、止まった。



3.ゴーレムが退く


ゴーレムが、一歩横に動いた。

 

重い足音が回廊に響く。

 

そして止まる。

 

道が開いた。

 

誰も動かなかった。

 

カールが低く言った。

 

「……通れる」

 

セレネが、構えていた武器をゆっくり下ろした。

 

ライラが弓を収めながら、ゴーレムを見た。

 

「フロリーの後、一年かけて対策を練ってきた。何もしなかった」

 

カールが言った。

 

「それが正解だった」

 

「……分かってる」

 

ライラはそれきり黙った。

 

ゴーレムが、微かに光り続けている。

 

退いただけで、消えてはいない。

 

(……承認した。だが、まだここにいる。次に来た者にも同じ対応をするということか)

 

「行く」

 

奥へ続く通路に、一行が進んだ。



4.天井からの来訪者、暁の盾の動き


通路を半分ほど進んだ時、ニクスが声を上げた。

 

「上」

 

天井から金属の影が落ちてきた。

 

ガーゴイルだった。

 

フロリーの地下で見たものと同じ、鈍い光沢の金属体。

 

着地の衝撃で通路の石が割れた。

 

暁の盾の四名が、ほぼ同時に動いた。

 

カールが前に出て剣を構える。ニクスが左側面へ回る。セレネが後方から長柄を下段に構える。ライラが後退しながら矢を番える。

 

一秒もかからなかった。

 

ガーゴイルが腕を振るう。カールが後ろへ跳んで避け、着地と同時に前に戻りながら刃を金属の胴に叩きつける。

 

金属同士が鈍い音でぶつかった。

 

しかしカールの剣は弾かれなかった。フロリーの後に特注した、マナを通す合金製の刃だ。

 

ニクスが右側面から斬りつける。ガーゴイルが旋回する。その一瞬の隙に、ライラの矢が肩の継ぎ目を射抜いた。

 

「動き、鈍った」とニクスが言った。

 

セレネが長柄を腕の関節に差し込んでこじ開ける。

 

ガーゴイルの腕が、制御を失って垂れた。

 

カールが振り返った。

 

「止めてくれ」

 

智也が棒をガーゴイルに向けると、機体が静止した。

 

管理権限への応答。フロリーの時と同じだ。

 

「……速くなった」とガルドが言った。

 

カールが、剣を収めながら答えた。

 

「準備してきたからな」

 

ライラが、射た矢の方向を確認していた。表情は変わらなかったが、手が落ち着いていた。



5.設計書


カイルが壁際の棚に気づいた。


「智也殿、これを見て!」 


金属板に刻まれた図面が、何枚も収められていた。


一枚目を引き出した。


ガーゴイルだった。


そこにはフィアレル領の遺跡で見た金属体と同じ形状が、正確に記されている。


二枚目。


ゴーレム。バランタイン領の横穴の入口で待っていた石の守護者だ。


智也はしばらく、その図面を見ていた。


(……別々に見てきたものが、同じ設計思想の中にある)


(これは、そのアーカイブだ)


智也は静かにそれを手に入れた。




6.制御室への入室


重い扉があった。

 

棒を当てると、静かに開いた。

 

石と金属が組み合わさった、機能的な空間。

 

壁に沿って、古代のメーターが並んでいた。

 

一か所だけ、他と逆向きを指しているメーターがある。

 

カイルが壁面の文字を読んだ。

 

「ここは四方向に均等に分配する設計のようだ。この南東だけが、二百年、逆を向いていた」

 

「智也、直せるんだろ?」とガルドが聞いた。

 

「次に来る時に、と言おうとした」

 

智也が、台座の前に立った。

 

「だが、前任者の失敗が分かっている。同じことはしない」

 

「今日やるのか」

 

「やる」

 

台座に棒を差し込んだ。

 

逆向きのメーターに向けて、棒が反応する。

 

流れの方向を直接上書きしようとした瞬間、棒が強く弾かれた。

 

(……拒絶された)

 

(二百年間同じ状態が続いたことで、システムがこれを正規の設定として保護している)

 

(直接上書きはできない。別のアプローチが必要だ)

 

智也が、棒を一度抜いた。

 

「どうした」とガルドが言った。

 

「一回、失敗した。やり方を変える」

 

(……上書きではなく、元の設定を新しい命令として入力する)

 

(システムが「現在の状態が正規」と認識しているなら、「より新しい命令が存在する」という情報を上位から送る)

 

棒を再び差し込む。

 

今度は違うリズムで、静かに振動を送り続けた。

 

逆向きのメーターが、ゆっくり揺れ始めた。

 

抵抗している。

 

「……動いてる」とリュミアが言った。

 

地面が、かすかに振動した。

 

メーターの針が、少しずつ動いていく。

 

逆から、正へ。

 

二十秒ほどかかった。

 

針が正方向を指した時、制御室全体が一度だけ強く発光した。

 

全員が目を細めた。

 

デネブが目を閉じた。

 

「……地下の何かが、変わった。循環していた流れが、方向を持ち始めた」

 

「蝙蝠人族が聴いていた循環音が、止まったか」

 

「おそらく」

 

光が落ち着くと、制御室の壁の一面に、何かが浮かんでいた。

 

大陸の地図だった。

 

現在地が白く光っている。

 

その周囲に、いくつかの光点が散らばっていた。

 

全体がはっきり見えるわけではない。遠い場所ほど暗く、霞んでいる。

 

だが、北の方角に、現在地の次に明るい光点があった。

 

「バランタイン領か」とカールが言った。

 

「方角が一致する」

 

全員がその点を見ていた時、リュミアが言った。

 

「あの二つ、色が違う」

 

帝国の方角に、白ではなく、橙色がかった光点が二つあった。

 

他の点とは明らかに違う色だ。

 

「何を意味するか、分かるか」

 

カイルが首を振った。

 

「今は不明だね。ただ、白い点と同じものとは考えにくい」

 

智也は、その二点を見た。

 

(……教団の聖域の位置と、一致するかもしれない)

 

(確認は後でできる)


「石柱を見に行く」


「梟人族のか」


「修復の効果が出ているなら、一番近い場所で確認できる。帰りに寄る」


一行が部屋を出た。

 

ゴーレムが通路に立っていた。

 

通るたびに、胸の刻み文字が光る。


崖を上がると、初夏の空が広がっていた。

 

北の光点。橙色の二点。

 

飛竜が、飛び立った。

最後までお付き合いいただき、感謝します。


おかげさまで注目度ランキングにたびたび顔を出せるようになりました。

診断ログには「上昇傾向、保守継続を推奨」と記録されています。

 

この物語のシステムを稼働させ続けたい方は、ブクマと★5を。

皆様からの一票が、次話の更新を動かす地脈の流れになります。


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