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第37章 異国からの挑戦者


⸻


 「異世界食堂」が開店して数週間。

 店はすっかり街の名物になっていた。


 冒険者たちは依頼帰りに立ち寄り、庶民は給金日に家族を連れてやってくる。

 さらに、貴族までもが「庶民に紛れてでも食べたい」と通うほど。


 ――その評判は、やがて国境を越えてしまった。


⸻


 ある日の昼下がり。

 店が落ち着いた頃、扉を開けて入ってきたのは、一人の異国風の料理人だった。


 背は高く、濃い色の肌。

 頭にはターバンを巻き、腰には長いナイフを携えている。

 彼の後ろには数人の従者が並び、店の空気が一気に張り詰めた。


「この店の主、美月殿で間違いないな?」

 低く響く声が、店内を震わせる。


 美月はエプロン姿のまま、少し緊張しながらも答えた。

「はい……私です。何かご用でしょうか?」


「我が名はラシード。東方大陸にて名を馳せた料理人。噂を聞きつけ、ここまでやって来た。……挑ませてもらおう。料理勝負をな」


⸻


 ざわめく客席。

 「勝負だってよ」「異国の料理人だ……」と声が飛ぶ。


 カイは眉をひそめ、リナは「お姉ちゃん……」と不安そうに袖を握った。

 だが、美月はしっかりとうなずいた。


「分かりました。受けましょう」

 ――逃げるわけにはいかない。

 この食堂を守るためにも、挑戦を受けるしかなかった。


⸻




 料理勝負の内容は「自由料理」。

 市場で手に入る食材を使い、客の前で調理し、美味しさを競う。

 審査員は――なんと、今日の客たち全員。


「これは……盛り上がるな!」

「食堂の未来がかかってるぜ!」


 冒険者たちは酒を片手に、まるで祭りのように盛り上がり始めた。


⸻




 ラシードは市場から香辛料の山を持ち込み、鉄鍋で肉と米を炒め始めた。


 ――ジュワッ。

 香ばしい匂いとともに、強烈なスパイスの香りが店内に充満する。

 赤や黄の粉を次々と振りかけ、油で炒められた肉が艶めいていく。


「こ、これは……!」

「すごい匂いだ、腹が減ってきた……!」


 やがて大皿に盛られたのは、黄金色の炊き込みご飯。

 異国風のカレーライスのような料理だった。


「これぞ、我が故郷の誇り! “スパイス・ピラフ”だ!」


⸻




 一方、美月は深呼吸し、静かに包丁を握った。

「相手は香辛料勝負……じゃあ、私は逆を行こう」


 選んだのは――家庭的な「和の煮物」。

 大根、人参、鶏肉。

 昆布と干し椎茸で出汁を取り、醤油と砂糖で優しい甘みを加える。


 ぐつぐつと煮込む香りは、どこか懐かしく温かい。

 リナが鍋をのぞきこみ、「お姉ちゃんの匂いだ……」と小さく呟いた。


⸻




 料理が完成し、客たちに振る舞われた。


 まずはラシードのスパイス・ピラフ。

 「うおっ、辛い! けど……うまい!」「体が熱くなるな!」と歓声が上がる。

 食べ応えがあり、異国の豪快さを感じさせる一皿だった。


 次に、美月の煮物。

 口に含んだ瞬間、客たちの表情が変わる。


「……ああ……これ、なんか涙が出てくる」

「母ちゃんを思い出す……」

「優しい……こんなの、食べたことない」


 店内は次第に静まり返り、煮物の温かさに包まれていった。


⸻




 審査は、ほぼ全員が「美月の勝利」と判定した。


 ラシードは驚いた顔をしたが、やがて豪快に笑った。

「見事だ! 我が料理は人を熱狂させるが……お主の料理は人の心を癒す。勝負にならぬほどの差だ!」


 そう言うと、彼は深々と頭を下げた。

「この国で料理を学ぶ者がいれば、必ずここを訪れるだろう。……美月殿、再び会う日を楽しみにしている」


 異国の料理人は去り、店には大きな拍手が響いた。


 リナが美月の手を握りしめる。

「お姉ちゃん……本当にすごいよ!」

 カイもにやりと笑った。

「お前はただの料理人じゃない。食堂の看板どころか、この街の宝だな」


 美月は照れ笑いしながらも、胸の奥が温かく満ちていた。

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