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第35章 “異世界食堂”開店準備


⸻


 古びた煉瓦造りの建物を借りる契約が済んだ日、美月は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

「ここが……私たちの店になるんだ」


 扉は軋み、壁にはひびが入り、厨房は埃だらけ。けれど、窓から差し込む光が舞い散る塵を照らすと、まるで希望の粒子のように見えた。


「よし、今日から大掃除だ!」

 カイが声を張り上げ、リナが袖をまくる。


 孤児院の子どもたちも駆けつけ、雑巾を手に笑顔で床を磨き始めた。

「お姉ちゃんの店だもん! 手伝うよ!」

 小さな声に、美月の目頭が熱くなる。


⸻


 掃除だけでは終わらない。

 厨房のかまどは壊れていて、鍋も錆びついていた。


「ここは俺の出番だな」

 そう言ったのは商人グレンだった。

 彼は古い厨房を見回し、指を鳴らすと、職人仲間を呼んできた。


 石職人はかまどを新しく積み直し、鍛冶師は包丁を研ぎ直す。

 木工職人は子どもたちの背丈に合う椅子を作り、孤児院の少女たちはカーテンを縫った。


 「食堂を作る」という夢は、美月ひとりのものではなくなっていた。

 関わる全員の「希望」となって形を成していく。


⸻


 準備の合間にも、美月は試作を欠かさなかった。


 節約しながらも栄養が取れる献立、王都の人々が驚くような料理、そしてリナや仲間たちが笑顔になる“家庭の味”。


 ある日、美月が作ったのは――ハンバーグだった。

 ひき肉に刻んだ野菜を混ぜ込み、パン粉代わりに安い硬パンを細かくして使う。

 焼き上げると、肉汁と野菜の甘みが絡まり、香ばしい匂いが厨房に広がった。


「うわぁ……これ、すごくいい匂い!」

 リナが目を輝かせる。


 孤児院の子どもたちも集まり、わいわいと皿を取り合った。

 ひと口食べた子が、口いっぱいに頬張りながら笑う。

「お肉なのに……やさしい味がする!」


 笑顔の輪が広がる。

 その光景に、美月は確信した。

「ここでなら――必ず“みんなを幸せにする食卓”が作れる」


⸻


 だが、開店までにはまだ試練がある。


 資金は屋台の売上と寄付で賄っていたが、食材を安定して仕入れる仕組みを整えねばならない。

 グレンの商会が取引を保証してくれるとはいえ、大量注文に対応できるかは未知数だった。


「大丈夫だよ、美月」

 カイが肩を叩く。

「俺も冒険者仲間を使って荷運びを手伝う。リナや孤児院のみんなも、給仕を覚えれば立派な戦力だ」


「そうそう! 私、盛り付けとか練習してるんだから!」

 リナが胸を張る。


 孤児院の子どもたちも「皿洗いする!」「パン並べる!」と声を上げた。


 美月は、笑顔で応える。

「……ありがとう。じゃあみんなで、“私たちの食堂”を作ろう」


⸻


 こうして準備は着々と進んでいった。

 古びていた建物は次第に色を取り戻し、白い壁と新しい木の匂いが広がる。

 厨房には磨き上げられた鍋が並び、窓辺にはリナが選んだ花が飾られた。


 完成に近づくにつれて、美月の胸は高鳴りと不安でいっぱいになっていった。

「果たして本当に……成功するのかな」


 その不安を察したのか、リナが手を握った。

「大丈夫だよ。お姉ちゃんの料理で救われた人が、こんなにいるんだもの」


 その言葉に、美月は笑みを返す。

「そうだね……。ここからが本当の始まりなんだ」


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