第21章 宮廷料理の危機を救う ― 魔物肉ロースト
リュード子爵の晩餐会から数日後。
街に戻った美月たちは、宿の前で一人の使者に呼び止められた。
「美月殿。王宮よりお招きです」
予想もしなかった言葉に、三人は顔を見合わせた。
なんと、王都で開かれる宮廷の晩餐会に、料理人として招待されるというのだ。
「ま、待ってください! 私、ただの……」
慌てる美月に、使者は重々しく首を振った。
「すでに評判は広がっています。“庶民料理で子爵を黙らせた女料理人”と」
リナが興奮気味に跳ねる。
「お姉ちゃん! 王様に料理を食べてもらえるんだよ!」
カイは渋い顔をした。
「……良いことばかりではない。王都の料理人たちは伝統と格式に誇りを持つ。異端者が出しゃばれば、必ず反発を買うぞ」
だが、美月は心を決めた。
(ここで逃げたら、私の料理の道は広がらない。リナの夢も……一緒に料理をする未来も遠ざかってしまう)
「わかりました。お受けします」
◇
王宮の厨房は巨大で、数十人の料理人が慌ただしく働いていた。
だが空気は険悪だった。
「魔物肉のローストが……」
「また固くなった! これではとても晩餐会に出せぬ!」
声が飛び交い、焦げた匂いが充満する。
厨房の中央には、黒々とした巨大な肉塊――《ロックベア》という魔物の肉が鎮座していた。
「魔物の肉は硬すぎるんだ。いくら焼いても靴底みたいになる!」
「だが王命だぞ。今夜の晩餐に必ず出せと……!」
料理長らしき壮年の男が頭を抱えていた。
そのとき、美月の視線が肉に釘付けになった。
(……あの繊維質の強さ。普通に焼くだけじゃ無理。でも、下処理をすれば必ず柔らかくなるはず)
「私にやらせてください」
思わず口にすると、厨房の料理人たちは一斉に凍りついた。
「……お前、庶民の娘だろう」
「素人に魔物肉が扱えるか!」
反発の声が飛ぶが、料理長が手を上げた。
「だが他に手があるか? 失敗続きの我々が出せる料理などない。……やってみろ」
◇
美月はまず、魔物肉を切り分け、筋を丁寧に断ち切る。
リナが横で必死に手伝い、カイが火加減を見張った。
「お姉ちゃん、すごい……筋がみるみる柔らかくなっていく」
「うん、あとは――」
果実酒に漬け込み、香辛料をすり込む。
そして弱火でじっくり火を通し、最後に高火力で表面を香ばしく焼き上げた。
肉の香りが厨房いっぱいに広がる。
誰もが息を呑んだ。
◇
晩餐会の席で、王と貴族たちの前に皿が置かれた。
ナイフを入れた瞬間、肉は驚くほど柔らかく、肉汁が溢れ出す。
「……なんと……」
「魔物の肉が、まるで仔牛のように柔らかい!」
「しかも香り高く、旨味が凝縮されている!」
王も満足げに笑みを浮かべた。
「これほどの魔物料理は初めてだ。庶民の娘、美月よ――余はそなたの才を認めよう」
会場にどよめきが広がった。
◇
宴の後、厨房に戻ると、料理人たちが頭を下げてきた。
「……見下してすまなかった」
「我らにはできなかった料理をやってのけるとは」
美月は笑顔で首を振る。
「私のやり方は、ただ“家族の食卓”の延長なんです。難しいことじゃありません」
その言葉に、リナが小さく「うん」と頷いた。
カイは腕を組んで、ほんの少し誇らしげに美月を見つめていた。




