92 重い処罰
ミリアムはまずはレイモンドだけに話すつもりだったため、メアリーには別室に戻って何も言わずに大人しくしているように伝え、一人で情報を考えると言って赤の客間で待つことにした。
侍女長とマーリアが軽食を運び、一時的な休憩を取る。
時間が経ち、赤の客間にレイモンドだけがやって来た。
「モードたちは?」
「まずは私とミリアムで話す。モードはリチャードの部屋に行っている。両親は父上の部屋だ。私の報告を待っている」
「そうですか」
「どうだった?」
ミリアムはポケットから小箱を取り出した。
「見つけました」
レイモンドが箱を開ける。
スタールビーの指輪が入っていた。
「これですよね?」
「そうだ。どこにあった?」
「花瓶の中です」
レイモンドの視線が赤いバラの生けられた花瓶に向けられた。
「すぐ側にあったのか」
「咄嗟のことだったので、一番近い場所に隠したのです」
「それで?」
「真実を話します」
ミリアムはメアリーが婚約指輪を隠したこと、その理由を説明した。
「つまり、ただの勘違いでした。無実の者に罪を着せないためでもありました。あとは信じてもらえるかどうかです」
ミリアムは床に座り込んで頭を下げた。
「本当にごめんなさい! 私の不注意がきっかけです! メアリーさんは私のため、クラリスさんのため、マーサさんのためにしたのです!」
「正しいことではない」
「そうです! 間違いでした! 正直に話すべきでした! でも、怖かったのです……自分のためでもありましたが、全員を救うにはこれしかないと思ったのです! どうかどうか寛大な心で許してください! お願いします!」
レイモンドはすぐに片膝をついた。
「ミリアム、土下座をする必要はない。婚約指輪を隠したのはミリアムではないだろう?」
「箱から指輪を取って隠したのは私ではありません。でも、花瓶の中にあるかもしれないということを隠していました。メアリーさんと同じ、怖かったのです……もし本当にあったら、私が隠したことになってしまうかもしれません。そして、誰があそこに隠したのかもわからなくなってしまいます」
「不安だっただろう。潔白だというのに、早く指輪を見つけてしまうと、そのせいで自分が疑われてしまう」
「それで……指輪だけが見つかればいいということにならないかと思って。でも、レイモンド様に怒られました」
「当たり前だ。誰の仕業かわからなければ、ミリアムが最も疑われたままで終わる。個人的にミリアムの潔白を信じるほど、屋敷にいる全員に対する疑念が生じてしまう」
「侍女長とマーリアさんにも怒られました」
「あの二人にも話したのか?」
「ダートランダー公爵家を守るためなら仕方がないって思うかもしれません。でも、私の仕業ではないと信じてくれました。嬉しくて……でも、苦しくて。真実を明らかにした方がいいとは限りません。私のせいで誰かの将来を閉ざしてしまうかもしれないのです。うやむやにしたいと思いました。だから、同じように思ったメアリーさんの気持ちがわかります。誰が何と言おうと私のせいなのです。私さえ間違わなければ、次の間違いは起きませんでした。だから……」
「そうだな」
レイモンドは頷いた。
「ミリアムが間違わなければ、次の間違いは起きなかった」
「メアリーさんに一緒に謝ろうと言いました。勇気を出して。涙を流すほどメアリーも苦しみました。全員を助けたかったのに、逆に私やモードの担当者である二人を窮地に追い込んでしまったからです。二人で一緒に謝らせてください! このことを知る全員に! 私とメアリーさんのせいでした。でも、その前に私はレイモンド様に謝ります。本当にごめんなさい! 自分の行動で誰かがこんなことになるなんて思いもよりませんでした……大大大反省しています! なんとか許してもらえないでしょうか? メアリーを助けてくれないでしょうか?」
「まずは立て」
レイモンドが手を差し出す。
ミリアムはその手を取って一緒に立ち上がった。
「さすがにことが大きい。私だけでは無理だ。まずはミリアムを両親のところへ連れて行く。リチャードとモードも呼ぶ。真実を話して判断を仰ぐ。わかったな?」
「わかりました」
「正直に言う。どうなるかはわからない。冷静に判断すべきことだ。感情に左右されるべきではない。だが、ミリアムの気持ちはわかる。何が起きたのかもわかった。それが事実だ。私は信じる。一緒に行こう」
「はい」
ミリアムはレイモンドと手をつなぎ、一緒にダートランダー伯爵の部屋に向かった。
ダートランダー伯爵夫妻、レイモンド、リチャード、モードの前でミリアムはどうして婚約指輪が消えてしまったのかを説明した。
「本当に申し訳ありません!」
ミリアムは土下座した。
「私が間違わなければ、次の間違いは起こりませんでした! モードにとってもリチャード様にとっても、ダートランダーにとっても大事な指輪だとわかっていました。それなのにこんなことになってしまったのは私の責任です! 心から謝罪します! どうかどうかメアリーさんには寛大な処置をしていただけないでしょうか? お願いいたします!!!」
ダートランダー伯爵は考え込んでいた。
「事情はわかった。だが、謝って済むことではない。ダートランダー公爵家は由緒正しい貴族だ。屋敷で問題が起きたことがわかれば、極めて不味いことになる。名誉にかかわりかねない大ごとだ」
そうですよね……。
ミリアムは反論できない。
ダートランダー伯爵の言葉は当然だった。
「個人的な意見だが、指輪を隠したメアリーが悪い。だが、重要な指輪であることを知っているからこそパニックになった。そのせいで判断を間違えたというのはわかる。第三者による犯行だと思い、ミリアムや部屋にいる者のせいにしたくなかったことも」
「メアリーさんは頭が良くて良心的な女性です! だからこそ、見て見ぬふりをできませんでした! 次に発見した人に罪を着せるようなことはできないと思ったのです! 全部私のせいです! 置きっぱなしが原因です! 本当に申し訳ありません!」
「どう思う?」
ダートランダー伯爵は妻の方を見た。
「そうねえ……確かにミリアムの不注意だわ。高価な品の扱いに慣れてはいないとはいえ、箱を置いたままにしたのは軽率だったと思うわ」
「そうだな。リチャードとモードのことで力になってくれたことには感謝しているが、この件は別だ。ミリアムに責任がある。厳しい対応もやむを得ない」
「お待ちください」
声を上げたのはモードだった。
「ダートランダー伯爵、婚約指輪を贈られた者として、申し上げたいことがあります。よろしいでしょうか?」
「友人を庇う気か?」
「ダートランダー伯爵のお言葉を聞き、正しいと思っています。だからこそ、申し上げたいことがあるのです」
「何だ?」
「私の責任です」
リチャードはギョッとした。
「それは違う! モードの責任じゃない!」
「いいえ。私が判断を間違えたのよ。ミリアムは大切な友人。だけど、リチャード様の愛の証であり、ダートランダーの刻印がある由緒ある指輪なのよ? 箱ごとミリアムに渡すべきではなかったわ」
「それは……友情のためだ! 信頼していたからだよ!」
「蓋を開けてこれよって言うだけでもいいし、自分の目が届く寝室で見るよう言うこともできたわ。なのに、明るい応接間に行って見るように言ったのよ。軽率だったわ。ミリアムは私の言う通り応接間に持って行っただけ。そのせいで問題が起きたのよ」
モードは床に両膝をついた。
「ダートランダー伯爵、私が最初に間違えました。私が間違わなければ、ミリアムもメアリーも間違えませんでした。申し訳ありません。心から謝罪します。責任は私にあります。処罰を受けます」
「父上! 違う! そうじゃない!」
リチャードも両膝をつくとモードを支えるように抱きしめた。
「最初に間違えたのは僕だ! 反対されたのにあの指輪がいいと言った! 希少なルビーでも価値がわからない者から見れば不良品、不吉な宝石だと思われるかもしれない。普通のルビーにした方がいいと言われたのに、珍しいルビーがいいと言って聞かなかった。ごめん、モード。特別なものを贈りたかった。まさかこんなことになるなんて思わなかった。僕のせいだ。許して欲しい……」
「リチャード様……」
「婚約披露の日にこんなことが起きるなんて……やっぱりあの指輪はダメだったんだ」
「それは違うわ」
モードは優しくリチャードに微笑んだ。
「特別なルビーを見て私は心から嬉しくなったわ。誓いの言葉も素敵だった。人生には困難な時もあるけれど、側にいて守ってくれる。心からの愛で優しく包み込んで、美しい輝きに変えてくれると言ったわね? それをまさにあらわしている指輪だと感じたの。今だってそう。間違えてしまった私を守ろうとしてくれる。だから、謝らないで。リチャード様は悪くないわ」
「モードも悪くない! 絶対に! 父上、どうかお願いだ! 寛大な処置にして欲しい! 罰するなら全ての元凶である僕にして欲しい!」
「全く……どうしてこうなる?」
ダートランダー伯爵は深いため息をついた。
「メアリーが悪い。だが、それはミリアムのせい。だが、モードのせい。だが、リチャードのせいとなるとは……レイモンド、お前はどう思う?」
「的外れだ」
レイモンドは無表情。冷静そのものだった。
「今回は犯罪事件ではない。勘違いによる一時的な騒動だ。混乱が生じた責任を問う相手は多くいるが、芋づる式で増えるのはよくない。あの指輪をリチャードに与えた父上や母上の責任まで発展する。そこで厳重注意と自己反省により、再発を防止すべきだろう」
「それだけで済ませるのか?」
「それ以外の処罰については父上が付け足せばいい。母上でもいいが」
「そうねえ」
ダートランダー伯爵夫人は両膝をついて抱きしめ合うリチャードとモードに視線を向けた。
「今回の件で私の正しさが証明されたわ。あの宝石は不吉、縁起が悪いのよ!」
「星の輝きを宿した石だよ?」
「いいえ、線よ! 星には見えないわ! 愛の石に亀裂ができているようにも見えるなんて不吉だわ!」
「違う! スター効果だ! 縁起が良いよ!」
「認めないわ!」
「僕だって認めないよ! スタールビーを愛する人々だって!」
「リチャードは黙れ」
レイモンドがたしなめた。
「母上が嫌がっている宝石なのは知っていただろう?」
「だから、くれると思った。自分では絶対につけない。でも、モードは僕と同じだ。喜ぶ。特別な宝石だってことがわかっているからね」
「そうね。嬉しかったわ。特別な宝石だと思ったわ」
モードはリチャードを支持した。
「モードが喜んでくれて良かったわね。私も嬉しいわ。不吉な石を手放せるもの。でも、あの指輪にはダートランダーの刻印があるわ。あれは消して頂戴! ダートランダーに不幸を呼ばないためよ! それを処罰にすればいいわ!」
「酷いよ! 先祖が作った由緒ある指輪なのに!」
「嫌なのよ!」
「わかっているけれど、父上だって先祖の品が変わってしまうのは嫌だよね?」
「いや、別にいい」
ダートランダー伯爵は気にしなかった。
「決めた。あの指輪はリメイクする。そして、ダートランダーの刻印を消して別の言葉にする。愛をこめて、リチャードからモードへなどと好きな言葉にすればいい。記念になるだろう?」
「モード、どう思う?」
「それでいいわ。古い指輪だもの。今の時代にあわせた新しいものにするのも素敵だわ!」
「じゃあ、そうする」
リチャードにとってはモードが優先。あっさり受け入れた。
「私とリチャード様の愛をあらわすようなデザインにしましょう?」
「そうだね!」
「これでリチャードとモードへの処罰は確定だ。ダートランダーの刻印がある指輪を失うという重い処罰になった」
ダートランダー伯爵は重々しい口調で言った。
「リチャードとモードは立っていい」
リチャードとモードが立ち上がった。
「次はミリアムだ。当然、重い処罰をしなければならない」
「はい……覚悟の上です」
「当主の許可がなければ、ダートランダー公爵家本邸への立ち入りを禁じる!」
「重そうに聞こえるわね。だけど、ここは伯爵一家用の別邸。関係ない処罰でもあるわね?」
ダートランダー伯爵夫人が指摘した。
「本来は別邸も同じにすべきだ。だが、何かあって呼ぶのに、いちいち私に伺いが立てられるのが面倒だ」
「確かにそうねえ」
「そこで別のことを付け加える。当主の許可が出るまで、ダートランダー公爵家の本邸及び別邸にある図書室への立ち入りを禁じる!」
ミリアムは目を見開いた。
「レイモンド、ミリアムに図書室を見せる許可は取り消す。廊下から見るのもダメだ。窓から覗くのももダメだ。わかったな?」
「わかった」
「やっぱり……」
ミリアムは床に崩れ落ちるように手をついた。
「いいことがあるかもしれないというのは、図書室のことでしたか……」
「友人から預かった大切な箱を放置した。処罰を受けるのは当然のことだ」
レイモンドが冷たい口調で告げた。
「そうですね……猛烈に反省します。効果抜群の処罰です……」
「重い処罰になったわね」
「ミリアムにとってはそうだね」
モードとリチャードは同情の視線をミリアムに向けた。




