90 秘密の話
「どんなお話でしょうか?」
「正直に答えてください。私が一番怪しいと思いませんか?」
メアリーの表情がすぐに歪んだ。
「遠慮しなくていいです。婚約指輪を見たいと言いました。箱を受け取って一人で応接間に行きました。そして、箱を置きっぱなしにしました。状況的に一番怪しいに決まっています。だから、身体検査も受けました」
「まさか……その……」
メアリーはためらうように言葉を止めた。
「何ですか? はっきり言ってください」
「ミリアム様は……何かを隠されているのですか?」
「隠すというのは、婚約指輪のことですか?」
「まあ……そうです」
「ちょっぴり隠しているかもしれませんね」
「ちょっぴり?」
「婚約指輪がある場所については目星をつけています。普通に探すと見つかりません。でも、ちょっとした機転があれば見つかる。そんな場所ではないかと思っています」
メアリーの表情は一瞬で固まった。
「モードのためにも早く婚約指輪を見つけて安心させてあげたいです。でも、私が見つけたらどうなるでしょうか? 私が指輪を隠したと思われてしまうかもしれません。それは困ります。でも、箱を応接間に置きっぱなしにしたので責任を感じます。普通に考えて、不味い行動ですよね?」
「おっしゃることはわかります」
「私の潔白を証明するには婚約指輪を見つけるだけではダメなのです。指輪を隠した者を見つけないと疑惑が一生残ってしまいます。なので、悩んでいます。困ってもいます。どうすればいいと思いますか?」
メアリーは黙ったまま。
悩んでいるのが明らかだった。
「それでですね、一応聞いてみたのです。とりあえずは婚約指輪を見つけることが大事、誰の仕業かわからないまま全員に疑惑が残るのはよくないので、私のせいにしてうまく誤魔化すのはどうかと。でも、大反対されました。犯罪者になってしまう、一生をダメにしてしまうと猛烈に怒られました」
「ミリアム様ではないのであれば、ミリアム様のせいにすべきではありません」
「個人的な意見ですが、ダートランダー公爵家の使用人は全員信用度が高いです。窃盗のような犯罪が起きそうもありません。そうなると、何か特別な事情によってこのようなことが起きてしまったのだと思います」
「そうかもしれません」
「メアリーさんは私の担当です。信頼できると感じています。そこで私が作った話を聞いてくれませんか?」
「ミリアム様が作ったお話ですか?」
「まずはメアリーさんに話し、どんな印象を持ったのかを知りたいのです。感想を聞きたいということです。普通、合っている、おかしいの三つで答えてください」
「わかりました」
「貴族の屋敷でパーティーが開かれました。愛し合う恋人たちが正式に婚約したのです。貴族同士ですが、婚約するまでには苦労がありました。家格が違います。価値観も違います。親族の反対もありました。でも、恋人たちは負けずに試練を乗り越えたのです。そして、特別な指輪を愛の証にしました。ここまではどうですか?」
「普通です」
「内容的におかしいと思いませんか?」
「別に。個人的な感想としてはおかしくはないです」
「そうですか。では、続きです。恋人たちが婚約して幸せそうな様子を誰もが微笑ましく思っていました。でも、幸せは長く続きませんでした。突然の不幸が訪れたのです。それは愛の証であるルビーの指輪が消えてしまったからです」
メアリーは沈痛な面持ちになった。
「誰もが驚きました。不吉だと思った者もいました。でも、これは偶然に偶然が重なったからでした。どんな偶然かというと、婚約した女性の友人が婚約指輪を見せてほしいと頼んだからなのです」
メアリーは視線をミリアムに向けた。
「友人はパーティーに参加していましたが、立ち位置が悪く婚約指輪がよく見えませんでした。幸せそうな友人の顔を見てばかりいたのです。ですが、友人同士の会話で婚約指輪が話題になるのは明らか。どんな指輪なのかを知らないわけにはいきません。必要不可欠な知識だと感じ、婚約した女性に見せてほしいと言いました。婚約した女性は明るい場所で見てもらいたかったため、隣の応接間に行くよう言いました。友人はわかったと答え、箱を受け取ると隣の応接間に移動しました」
ミリアムは話を止めた。
「おかしいですか?」
「いいえ。おかしくないです」
「普通、合っている、おかしいの三つから選んでください」
「合っています。事実ですよね? 友人というのはミリアム様のことでは?」
「事実を元にして小説を書くのはよくあることです。では、ここから先が重要な部分になります。しっかりと聞いていてください。感想を言うために必要なので」
「わかりました」
「突然ドアがノックされました。応接間には一人しかいません。友人は婚約指輪の入った箱を置き、応対するためにドアのところへ行きました。ドアを開けると、婚約した男性の兄がいました。急に衣装が変更になったことがわかりました。急いで着替えなければなりません。友人は婚約した女性のところへ走って行きました。そして、衣装の変更を伝えました。そのあとは変更のせいで誰もが大忙し。婚約指輪のことは忘れ去られていました。着替えが終わり、婚約した女性と友人はお茶会に行ってしまいました。見送った人々はホッとして部屋に戻りました。そのあとです」
ミリアムはメアリーをまっすぐ見つめた。
「一人の女性が箱に気づきました。見た目からいって宝飾品の箱です。確認するため蓋を開けました。そして、驚愕しました。なぜなら、真っ赤な宝石に白い線が何本も見えます。宝石に問題が起きた証拠です。恐らく、内側にひび割れができてしまったのです」
メアリーはすぐに視線を下げた。
「女性の頭の中は真っ白になりました。とにかく、このことを知らせようと思いました。でも、その女性は頭が良かったためにわかってしまったのです。自分のせいにされてしまうのではないかと」
ミリアムはメアリーの様子を見つめたが、変化はない。
視線を下げたままだった。
「女性は箱を見つけて蓋を開けただけです。それだけで宝石に問題が起きるわけがありません。そうなると、自分の前に婚約指輪を見ていた人が怪しいです。指輪を落としてしまったのかもしれません。恐らくは友人です。着替えが終わったあと、指輪を見せてもらえることになっていました。ですが、あくまでも予想です。その通りだったとしても、友人は責任を逃れるため、自分が見た時は大丈夫だったと言うかもしれません。そうなれば、箱を発見した女性のせいだと誰もが思うでしょう。無実を訴えても信じてもらえません。大ピンチです。でも、その女性は頭が良いので、このピンチを乗り切る方法を思いつきました。それは箱に気づかなかったことにするのです。そうすれば、次に箱を発見した人のせいになります。自分のせいだと思われることはありません。きっと。大丈夫です」
ミリアムはメアリーをじっと見つめた。
「どうですか? 友人が怪しいですよね?」
「ミリアム様……本当のことを教えてください。指輪を落としてしまったのですか?」
「落としていません」
「そうですよね……奥様の部屋から戻った時にドアの鍵がかかっていませんでした。私とミリアム様がいない時に誰かが応接間に入って来て……そのせいだと思います」
「そうなると、怪しい人は不特定多数ですね?」
「そうです。でも、怪しまれているのは身体検査を受けた人です。ミリアム様が疑われてしまったら大変です! 自分のせいではないと言っても、無実を示す証拠がありません。他の人も同じ。誰も無実を証明できません。だから……指輪は見つからないほうがいいのです。いずれ見つかるとしても、ミリアム様はお帰りになられています。ミリアム様のせいにはなりません。別の人のせいです」
「それでいいと思うのですか?」
「わかりません。でも、無実の人が罪を問われるのはダメです。証拠がないなら全員が無実、潔白です。そう信じたいと思います」
「指輪を落としていないと言った私を信じてくれるのですね?」
「そうです。信じます」
「なぜですか? 今日初めて会ったばかりですよね?」
「ミリアム様はモード様にとって大切な方です。リチャード様、レイモンド様、旦那様や奥様にとっても。私が心からお仕えしたい方々が信じています。だから、私も信じます! ミリアム様は潔白です! 担当者としてお守りします!」
メアリーは涙を流していた。




