89 メアリーの証言
ドアがノックされた。
「メアリーです。よろしいでしょうか?」
「どうぞ!」
ドアを開けてメアリーが入って来た。
「すみません。偉い順にしたので最後になってしまいました」
「大丈夫です。普通はその順番だと思います」
「モードの担当ではなかったのもあります。今回、問題が起きたのはモードの婚約指輪で、私が借りた宝飾品ではないので」
「そうですね」
「座ってください」
「はい」
メアリーがソファに座った。
「別室で待機している時、クラリスさんから何か聞きましたか?」
「婚約指輪を探すためにより詳しく話を聞きたいということで呼ばれていることは知っています」
「夕食はどうなりましたか?」
「クラリス様が侍女長に聞いたので、全員分を別室に運んでくれました。私はすでに食べました」
「そうですか」
「ミリアム様はまだのはず。軽食が用意されています。よろしければ運んでくれるように伝えましょうか? 食べながらお話をすることもできます」
「あとはメアリーだけですので、話が終わってから考えます」
「わかりました」
「私が話をすることになったのは、ダートランダー伯爵家の方々が晩餐会に行っているからです。そして、私はこの部屋にいました。身体検査を一緒に受けるほどですからね。なので、一緒に話をすることで思い出すことがないかどうかを確認しています」
「そのことも聞きました」
「先にクラリスさんやマーサさんと話しましたが、効果がありました。レイモンド様がいた時には聞いていなかったことがあり、より詳しく状況がわかってきました」
「そうですか」
「私は何回かお屋敷に来ていますが、メアリーさん、クラリスさん、マーサさんに会ったのは初めてです。どんな人なのか知らないですし、緊張しました。でも、今なら言えます。全員、良い人です!」
ミリアムは断言した。
「私を担当してくれたメアリーさんは本当によくしてくれました。茶会の衣装が変わって慌てて取りに行きましたよね? 支度する時間もあまりなかったのに綺麗に仕上げてくれました。心から感謝しています」
「お役に立てて何よりです」
メアリーは小さく微笑んだ。
「正直に言うと、召使いなのはもったいないと思いました。侍女になればいいのにと思いました」
「光栄です。でも、募集がないことにはどうしようもありません。ダートランダー公爵家は名門貴族です。その召使いとして採用していただけでも名誉なことだと思っています」
「そのように思う人が多いことは聞きました。なので、今回のことはかなりのショックだったと思います。モードの担当になれたことは高評価を得るチャンス、出世につながるかもしれなかったらしいですね?」
「そうです……」
メアリーの微笑みが消え、表情がたちまち曇っていく。
「こんなことが起きてしまうなんて……最悪ですよね」
「そうです」
「でも、メアリーさんは私の担当です。大丈夫かもしれませんよね?」
「わかりません。身体検査を受けたということは、疑われている証拠です」
「私もそう思いましたが、潔白を証明するためだとレイモンド様も侍女長もマーリアさんも言ってくれました。婚約指輪を持っていなかった以上は潔白です。メアリーさんだって持っていませんでした。潔白だということです」
「でも……どうなるかわかりません。三人の中で私が一番下です。階級も年齢も、能力や信用も全部です。怪しいというだけで解雇されてしまうかもしれません」
「正直に言うと、他の二人はモードの担当なので責任を取るよう言われてしまう気がします。ちなみにメアリーさんから見て他の二人はどうですか? 親しくしているのでしょうか?」
「いいえ。クラリス様は奥様付きの侍女の一人なので、私よりも全然上の方です。顔や名前は知っていますが、個人的な交流はありません。マーサは同じ召使いですが、仕事も年齢も違います。やはり普段から交流がありません。今回はたまたまミリアム様の担当になったので、同じ部屋で働く機会があったというだけです」
「では、メアリーさんから見ると、あの二人はよく知らない人なのですね?」
「そうです」
メアリーはダートランダー公爵家の使用人の中では若く新しい方。
多くの使用人がいることからも、全員を把握しきれていない。
顔や名前を必死に覚えている最中であることがわかった。
「一緒に働いて見てどうですか?」
「どうって……普通です。数時間だけ一緒にいただけですし」
「一緒だと仕事をしにくいとか、逆にやりやすいとか、何かないですか?」
「クラリス様と一緒にいることが多かったので、さりげなく様子を見ていました。モード様の支度や宝飾品の確認を見て、やはり奥様付きの侍女は違うなと思っていました」
「優秀だということでしょうか?」
「そうです。モード様の担当に抜擢されたのは優秀な証拠です。専門は宝飾品だとか。私には縁がないものなので、勉強したくても無理です。すごいと思います」
「マーサさんについてはどうですか? 古参なので厳しいとか、怖いとか、物知りとか、何かありますか?」
「普通です。ちょっと怖い感じもしますが、優しい部分もあります」
「お茶とお菓子を三人分持って来たそうですね?」
「お聞きになったのですね?」
「そうです。自分の分だけでなく、メアリーさんとクラリスさんの分もあったそうですね」
「そうです。とっても意外でした! 実は気遣いができる人だとわかりました」
「自分だけ厨房で何か食べて来るのだと思っていましたか?」
「そうです。私とクラリス様はそれぞれミリアム様とモード様の担当として部屋で待機です。化粧室に行くのは仕方がないとしても、飲食物のために厨房へ行くことはできません。それを知っていたマーサは、わざわざ私とクラリス様の分も貰って運んで来ました。長年働いているからこその知識を持っています。それをうまく活用しているようです」
「メアリーさんはどうして召使いになったのですか? 本当は侍女志望だったと聞きました」
「侍女の求人がないからです」
「わかります。でも、召使いとして頑張れば侍女になれると思っているのですか?」
「……可能性はゼロではないです」
「でも、相当厳しいと自分で言っていましたよね?」
「そうです」
メアリーは頷いた。
「侍女になれるよう勉強をしてきたようですね? それも自分で言っていました」
「私の母は若い頃侍女として働いていたのです」
「ああ、それで自分も母親のように侍女になろうと思ったのですね?」
「そうです。私が生まれる前の話ですが、よく話してくれました」
メアリーの母にとって一番輝いていたのが侍女の頃だった。
自慢するように、懐かしそうに話していた。
そのような話を聞いて育ったことで、メアリーは侍女に憧れを持ったことがわかった。
「それで私もいつか侍女になれたらと思って……」
「実際は召使いです。侍女の求人がないとはいえ、本当にそれで良かったのですか?」
「ダートランダー公爵家ですよ? どんな職種であっても採用されたら大幸運です! 召使いになれただけで十分です! 心から喜んでいますし、一生懸命頑張っています!」
「普段はどんな仕事をしているのですか?」
「運ぶ系です」
ミリアムは首を傾げた。
「どんなものを運ぶのでしょうか? 手紙とか?」
「何でも。手紙や荷物も運びます」
「私の衣装や宝飾品も運んでいましたね」
「そうです。ここはとても広いお屋敷ですし、もう一つのお屋敷とつながっています」
「本邸と別邸がありますね」
「運ぶ範囲が広いので、運ぶだけで時間がかかってしまいます。他の仕事のついでにすることができないので、運ぶ役目をする者が必要になります」
「伝令ということですか?」
「伝令はいつでも主人の言付けを聞きに行けるように待機していないといけません。どちらかというと侍従や侍女の仕事です。私の仕事は指定されたものを指定された場所に届けることです。雑務の一つになります」
「ずっと雑務をしているのですか?」
「今はそうです。固定の仕事が決まっていないので。最近は庭師の手伝いが多いです」
「庭師の手伝い? それって召使いの仕事なのですか?」
「庭師は庭で仕事をするのが役目なので、お屋敷に入ることはできません。土とかで服が汚れているからでもあります。何かあると、お屋敷の者を呼んで対応してもらう感じなのです」
「メアリーはその時に対応するのですか?」
「そうです。よくあるのは、運んでほしいということなので」
庭師が庭から採取した植物、野菜、果物などを運んでいることをメアリーは話した。
「そういうことですか。確かに運ぶ仕事です」
「そうなのです。通用口や指定の場所に置いてあるので、それを厨房とか作業場とかに運びます」
「ついでに運ぶ以外のことはしないのですか?」
「運ぶ以外のこととは?」
「野菜を洗ったり、果物を切ったり、花を生けたりとか」
「手伝うよう言われれば手伝います。でも、食べ物については厨房の関係者がします。花についても担当者がいます」
「花の担当は侍女ですか?」
「そうです。センスがないと綺麗に飾ることができません。でも、花瓶を運んだり、水を入れ替えたりするような仕事は手伝います。重いので侍女が嫌がるといいますか」
「なるほど。召使いにやらせそうな仕事ですね」
「補助的な仕事です。それで侍女や私よりも先輩の召使いに顔や名前を覚えて貰えます。何かあった時に呼んでもらえれば、役に立つという評価になるはずです」
「そうですね」
「髪結いや化粧が得意なら侍女になれると思っていました。でも、現実はやっぱり厳しいです。侍女になるためには様々な技能が必要だとわかりました。召使いとして働きながら、お屋敷で働くことの大変さを実感しています。まだまだ学ぶことが多くあると思っています」
「成長中ですね」
「そうなのです。頑張って勉強も成長もしたいです。でも……」
メアリーの表情は暗くなった。
「これからどうなるのか……」
「婚約指輪は見つかっていません。誰の仕業なのかもわかりません。鍵がかかっていない時間があったので、怪しい人は不特定多数です。もしかすると迷宮入りかもしれませんね」
「それはないと思います。なんとなくですが」
「でも、赤の客間を探しても指輪が見つかりません。運ぶ系の仕事をしているなら、このお屋敷が広いことを私よりも知っていますよね? 隅から隅まで探すことになれば、相当な時間がかかります。厳しいのでは?」
「そうかもしれません。私にはよくわかりません。まだ混乱していて……不安です」
「そうですよね。混乱するし、不安にだってなります」
ミリアムはメアリーの心に寄り添うように頷いた。
「メアリーさんは私の担当として完璧だと思うような仕事ぶりでした。親切ですし、接しやすくもあります。実は私も混乱しているというか、不安な気持ちがあります。なので、秘密の話をしてもいいですか?」
「秘密の話?」
メアリーは不思議そうな顔になった。




