88 重要な情報
「メアリーさんも泣いていたのですか?」
「メアリーも泣いていました」
「メアリーさんは私の担当です。部屋の中にいたので、身体検査を受けたのはわかります。でも、泣くほどのことでしょうか? 親しいのですか?」
「親しくはないです。でも、自分には関係ないって感じは全然ありませんでしたね。三人全員一蓮托生な雰囲気でしたよ。ようするにお先真っ暗、連帯責任で解雇かもしれないって感じです」
「そうですか」
誰の仕業かわからなければ、身体検査を受けた者が怪しいという疑惑が残る。
部屋に出入りした全員に連帯責任が問われ、疑わしい者は全員解雇という厳しい結果になってしまう可能性があった。
「でも、確かにメアリーはミリアム様の担当です。もしかしたら大丈夫かもしれませんね。犯人でなければですが」
ミリアムはマーサをじっと見つめた。
「マーサさん、ここだけの質問があります。絶対に秘密にしてほしいことです」
「そう言われると身構えてしまいます」
「正直に教えてください。一番怪しいのは私ですよね?」
マーサもまたミリアムをじっと見つめた。
「本気で言っているのですか?」
「だって、婚約指輪が見たいといって箱をもらい、応接間に一人で行きました。そして、箱を置きっぱなしにしました。状況的に怪しくないですか?」
「否定はしません。でも、ミリアム様が犯人だとはこれっぽっちも思っていないです」
「遠慮しなくていいですよ?」
「遠慮していません。本音です」
「どうしてですか? 私とマーサさんは今日会ったばかりです。お互いのことを知りません。なのに、おかしいですよね?」
「私はちょっとだけ知っていますよ」
「えっ?」
ミリアムは驚いた。
「どこかで会ったことがありましたか?」
「そうではないです。でも、モード様の友人です」
「それだけで?」
「ダートランダー公爵家は信用を大事にします。誰を屋敷に入れるか、招待するかということも厳しく審査して決めます。そして、ミリアム様はその審査に合格しました」
「大勢の人がパーティーに招待されていました。審査に合格した人は大勢います」
「そうです。でも、パーティーが終わったあとの茶会に参加することを許されたのはミリアム様だけでした。あとはダートランダー公爵家の方々とモード様だけ。モード様のご両親でさえ参加できなかったのですよ? 相当な配慮です! 非常に信用されている証拠ですよ!」
「私がモードの恋が叶うようキューピッド役を務めたからです」
「リチャード様の結婚に関わる重要な役割を果たされたのも知っています。衣装部屋にいましたが、ドアが開いていましたからね。モード様とミリアム様が楽しそうに話している声が聞こえましたが、仲の良い友人だってことがよくわかりました。公爵閣下のことまで話す相手だというのに、婚約指輪を盗むわけがありません!」
「でも、もしかしたらって思っても、全然おかしくないですよ?」
「疑うのであれば、ミリアム様とレイモンド様の仲の方です。同じ色の衣装ですよ?」
「レイモンド様もリチャード様の恋が叶うようキューピッド役を務めたのです。それで今日はキューピット役同士のペアを組んでいたというか、女性避けに活用されたというか。様々な事情があったのです」
「様々な事情があるというのはわかります。ですが、その程度では自分と同じ色の衣装にはしません。青灰色ですよ?」
「青灰色に何か意味が?」
マーサは驚きのあまり目を見開いた。
「知らないのですか?」
「というと?」
「節穴過ぎます!」
「もしかして、重要なことでしょうか?」
「ああ、まさかこんな方だとは!」
マーサは顔を両手で覆った。
「信じられません! それでもモード様のご友人ですか?」
「教えてください。どういうことですか?」
「レイモンド様の瞳の色は?」
「青です」
「青灰色です!」
ミリアムは考えた。
「そうでしたっけ? でもまあ、そんな感じの色ですね」
「完全にダメですね、これは……」
マーサは首を横に振った。
「この機会に覚えておいてください! 男性が自分の瞳と同じ色のドレスを女性に贈るのはその女性に好意がある証拠! 自分のものだと示すためです! ですので、恋人や婚約者や妻などに着せます! それ以外は勘違いされると困るために避けます! それが貴族の常識ですよ!!!」
今度はミリアムが目を見開く番だった。
「そこまでして女性を避けたいなんて!」
「素直に好意を持たれていると思われないのですか?」
「違います! ただの女性避けです! 完璧なまでに利用する魂胆です!」
「まあ、利用するという部分はあながち間違いではないと思います。牽制されたぐらいで諦める女性はいません。見初められたくてたまらない女性が次々と寄って来るでしょうから」
「ダートランダー伯爵夫人やモードが気にするわけです! 私が貴族の常識を知らないからって……絶対に確信犯です! 私が勉強不足なのをわかっていて、あえて青灰色にしたに決まっています!」
「勉強不足なのは確かです。普通はわかります」
「平民だからわかりません!」
「私は平民でもわかりますよ?」
「それは貴族のお屋敷に長く勤めているからです!」
「恋愛小説でもそういう描写がありますよ? 相手の瞳の色の衣装を着るとか、宝石をつけるとか」
「空想と現実は違いますよね?」
「……この件には深入りしない方が良さそうです。貴族の世界では見て見ぬふりをすること、暗黙の了解についてもわかっていないと大変なので」
「貴族の世界はわかりにくいです! 普通の世界でいいのに!」
「そのうち慣れます。モード様のご友人であれば、一緒にいるだけで学べることもあるはずです」
「ショックです……」
「私もショックです。ミリアム様が知らなかったということが」
「衣装のお任せは危険ですね! 勝手に都合の良い色を選ばれてしまいます!」
「それはまあ……でも、衣装を用意してもらえるなんて幸運ですよ? 普通は自分で用意してパーティーに参加します。お金のことを口にするのは下品というのが貴族の感覚ですが、そのドレスは高価だと思います」
「それは……確かに私のお小遣いでは絶対に買えません。両親に頼んでも無理ですね……」
「勉強になったということでいいのでは?」
「そうですね。マーサさん、ありがとうございます! 重要な情報でした!」
「どういたしまして。お話はもうないでしょうか?」
ミリアムは時計を見た。
「さすが古参で物知りだと感じたので、もっと教えて貰いたい気もするのですが、メアリーさんを待たせています。なので、ここまでにします」
「わかりました」
「お腹が空いていませんか? 侍女長に聞いて、夕食を食べられそうなら食べてくださいね。私が別室にいる人の夕食を心配していたと伝えれば、マーサさんが悪く思われることはないはずです」
「わかりました。ミリアム様もお食事がまだでは?」
「大丈夫です。お茶会の時にお菓子を食べました。メアリーさんとお話をしたあとで考えます」
「わかりました。では、次はメアリーだと伝えます」
「お願いします」
マーサは一礼すると部屋から出て行った。
「意外な情報が出てきます……レイモンド様、絶対にあとで問い詰めますからね!」
ミリアムは決心した。




