85 本音の話
「実は……別のことも聞きたくて。絶対に秘密にするので正直に話してくれませんか?」
「どんなことでしょうか?」
「クラリスさんは若いのに侍女です。でも、マーサさんはかなり年上なのに召使いです。召使いよりも侍女の方が偉いということは知っています。正直、仕事がやりにくいと感じませんか? メアリーさんのように若い召使いが補助についてくれた方が良かったというか」
「そういうお話ですか」
クラリスは笑みを消し、ため息をついた。
「正直に申し上げますと、やりやすいとは言いにくいです。マーサは私よりもお屋敷のことを知っています。本来なら私が指示を出すのに、マーサの方からあれこれ言われることもありまして」
「なんとなくそうかなと思いました。マーサさんははっきり言うタイプの女性です。私のドレスと宝飾品を返しに行く時、自分は古参だからメアリーさんが衣装箱を持つべきだと言っていました」
「マーサの気持ちはわかります。長年務めて来たことを誇りにしていることも。ですが、勤続年数で判断はしません。まずは階級です」
「侍女か召使いかということですよね?」
「そうです。次は序列です。偉い方が重要なものを持ちます」
「わかります。マーサさんもそう思ったので、同じ召使いなら古参である自分が上だから宝飾品の箱、メアリーさんが衣装箱だと思ったのでは?」
「そうだと思います。ですが、担当かどうかという部分も重要です。ミリアム様の担当はメアリーです。担当者は専用の係、役職に近いと考えるので、担当者が優先です」
「わかります」
「マーサが侍女であれば、補助にはつけません。メアリーが二回に分けて行けばいいだけです」
「でも、一回で済みましたね。大きな箱に小さな箱を入れてしまうというのは名案でした」
「私もそう思いました。衣装箱は大きいので両手を使います。奥様の部屋はさほど遠くありませんが、上に積んだ宝飾品の箱を落としてしまい、そのせいで傷がつくようなことがあったら大変です」
「箱に入っていても傷ついてしまうことが?」
ミリアムは気になった。
「ないとは言えません。落としたことで蓋が開いてしまい、そのせいで宝飾品が飛び出してしまうかもしれません。宝飾品は重要物です。扱いには細心の注意を払う必要があります」
「そうなのですね」
「ミリアム様の衣装箱は大きく、余裕があるのもわかっていました。万が一落としてしまっても、宝飾品の箱は二重に守られています。上に箱を積んで滑って落ちてしまうかもしれないよりも、中に入れてしまった方が安全です。メアリーはそれに気づいたので優秀です」
「では、クラリスさんはメアリーさんを評価しているのですね。親しくしているのですか?」
「親しくはありません。階級が違うので普段の仕事が違いますし、年齢も違います。顔は知っていますし、何かと器用だと聞いています」
召使いは帽子をかぶる。髪型がわかりにくいため、適当に髪を放り込む者も多い。
だが、メアリーはきっちり編み込みをしてから帽子をかぶっている。
召使いは化粧なしか少しだけという規則だが、催事の時など状況や仕事によっては化粧をすることがある。
メアリーはほどよく化粧をするのが得意で、他の召使いの化粧もしてあげていることをクラリスが話した。
「今回同じ部屋で仕事をすることになりましたが、悪くない感じのようですね?」
「そうですね。ミリアム様の髪型や化粧もうまく直していました。私はどうしてもモード様の方で忙しいので、相談されても手が空かないということもあります。メアリーがうまくやってくれたので良かったと思いました」
「マーサさんについてはどうですか?」
ミリアムは三人の関係性についても知っておきたかった。
「ここだけの話ですが、あまり仲良くはなさそうです。小うるさいですよね?」
「否定はしません。でも、真面目できっちり仕事をしてくれます」
「マーサさんの専門は掃除だと聞きました。その仕事ぶりには満足しているのですね?」
「はい。掃除が特技なので早いのです。ベッド回りも綺麗に仕上げてくれるので、私が修正しなくて済みます。枕の位置も完璧です」
「古参ならでは長所ですね」
「水回りの掃除も手を抜きません。蛇口の輝きにも妥協しません」
「職人みたいです」
「掃除職人です。ただ、衣装部屋では苦戦していたようです。綺麗に掃除するというよりも、綺麗に物を片付ける能力が必要なので。整理整頓をするのは苦手のようです。荷物の仕分けとかも。持ち物の管理は侍女の仕事なので仕方がありません」
「緑の靴を探していましたね」
「あるはずなのにないと言っていました。でも、私が探せばあると思います」
「どうしてそう思うのですか?」
「私が受け取って衣装部屋に運んだからです。結局、白いドレスや赤いドレスに変更されたので、緑の靴は使いませんでした。マーサはホッとしたでしょう」
「そうですね」
「マーサはしっかりしているようで、ちょっと抜けているところもあります。早く仕事をするせいか、意外な落とし穴があるのです」
「何かあったのですか?」
「午前中にバスルームの方を掃除していたのですが、嘆いていました」
マーサは浴槽を乾いた雑巾で拭き上げていた。
だが、急いでいたせいでその雑巾をトイレ掃除に使ってしまった。
浴槽は浴槽用の雑巾、トイレはトイレ用の雑巾を使わなくてはならない。
浴槽用の雑巾が一枚減ってしまったために補充しなければならない。その理由として間違えてトイレ掃除に使ってしまったと言いたくないということだった。
「ちょっとしたミスをしてしまったのですね」
「そうです。マーサは掃除が専門ですし、自信を持っています。なので、雑巾を間違えるという初歩的なミスをしてしまった自分が許せず、情けなくて仕方がなかったようです」
「なるほど。意外な落とし雑巾でしたね」
「落とし雑巾……」
クラリスはくすっと笑った。
「そうですね。見た目の言動はきつそうな感じですが、意外と優しいところもあります。モード様とミリアム様がお茶会に行かれたあとのことですが、一時的な休憩をすることにしました。足を休めないと立ちっぱなしではつらいので、応接間のソファに座ることにしたのです」
「そんな話をしていましたね」
「マーサは小腹が空いたといって厨房に行ったのですが、お茶とスイーツを持って戻ってきました。三人分ありました」
「三人分? 初めて聞いた気がします」
飲食物を持って来た話はあった。
だが、マーサがパーティーの残り物を持って来たという話だった。
自分以外の分も持って来たのかどうかについての説明がなかったことにミリアムは気づいた。
「正直びっくりしました。マーサだけ何か食べて戻ると思ったのです。でも、特別な催しの時は休憩時に水分やちょっとした食べ物を補給したほうがいいと言われて。ありがたかったです」
「確かに優しいですね」
「水も飲まずにずっと待機していなければならないと思っていました。やはり古参だからこその知識があります。全員ですぐに食べて、マーサが食器を片付けに行きました。そのあとから雰囲気が良くなったというか……こういう仕事は大変、でも担当者になれたのは名誉、評価の機会が与えられただけでも幸運だという話をしていました」
「その通りです。ずっと同じ仕事ばかりで評価を上げるような機会がない人だっているわけですから」
「お屋敷勤めが大変なのは両親を見てわかっていました。意地悪な人、足を引っ張ろうとする人もいます。でも、ダートランダー公爵家ではそういったことがありません。厳しい規律があるからですが、そのおかげでまとまっています。忠実で勤勉な者は必ず報われます。全員が。なので、誰かを蹴落とす必要はないのです」
ダートランダー公爵家の屋敷では何かと厳しい部分がある。
しかし、その厳しさが秩序を守り、使用人たちの統制、忠誠、勤勉さにつながっているのだろうとミリアムは思った。
「クラリスさんとは今日会ったばかりですけれど、仕事も勉強も頑張っている方だと感じました。モードに対する言動や今話している様子を見ても、やっぱりダートランダー公爵家で採用されただけあって優秀な方だと感じます。だから、最後まで諦めないでください。つらいことも経験のうち、勉強のうちです。最終的にどうなるのかはわかりません。だって、問題が起きてから数時間ですよ? 冷静になりましょう。時間的に夕食がまだですよね? 侍女長に聞いて許可が出るようなら食べてください。きっと元気が出ます! 明日には解決しているかもしれませんから!」
「そうですね……お気遣いいただきありがとうございます。夕食のことを聞いてみます」
「とりあえず、話はここまでにします。まだ二人いるので。次はマーサさんを呼んでください。モードの担当で古参だから先にすると伝えてもらえますか?」
「わかりました。ではこれで」
クラリスは深々と一礼すると部屋を出て行った。
ミリアムは時計で時刻を確認する。
「晩餐会はとっくに終わっていますよね……別室での歓談をしているとして、レイモンド様たちが戻るまでに間に合うかどうか……」
しかし、全力を尽くすしかないことをミリアムはわかっていた。




