84 クラリスの証言
「失礼します」
応接間にクラリスが入って来た。
「すみません。別室でずっと待機していましたよね?」
「そうです」
「その間に赤の客間をもう一度調べました。でも、婚約指輪が見つかりません。なので、もう一度あの時の状況について話を聞くことになりました」
「そうですか」
「私が聞くことになったのは、ダートランダー伯爵家の方々が晩餐会でいないからです。そして、私もこの部屋にいた者の一人だからです。一緒にいたからこそわかることがあり、互いに話すことでそういえばそうだったというように、より正確に思い出せるかもしれません」
「なるほど」
「こんなことが起きて、ショックを受けているのはわかります。せっかくモードの担当者に選ばれたのに。大抜擢ですよね?」
「そうです」
クラリスはつらい表情を隠さなかった。
「とても大きなチャンスでした。無事務めることができれば、評価が上がるはずです。リチャード様とモード様がご結婚されて同居する時、モード様付きの侍女になれるかもしれません。全力で務めるつもりでした。それなのに婚約指輪がなくなってしまうなんて!」
クラリスの瞳から涙が溢れ出した。
「もうおしまいです! 担当の侍女は私だけ、責任者です! しかも、私の専門である宝飾品の紛失です! 解雇されてしまいます!」
「まだわかりません。この問題を解決するためにクラリスさんが活躍したらどうでしょうか? よくやった! クラリスさんのおかげで見つかった! 特別に許してやろうとなるかもしれませんよ?」
「ミリアム様は甘いです! ダートランダー公爵家ですよ? 名門中の名門貴族です! 問題が起きたら、関係者は即クビに決まっています!」
「クラリスさんは貴族やお屋敷のことについて詳しいのでしょうか?」
「私の両親が貴族のお屋敷に務めていたのです」
「なるほど」
「貴族は信用を重視します。忠実な使用人は大事にしますし、その家族も信用があって忠実ならやはり大事にしてくれます。家族全員が同じ貴族の屋敷で働くこともあります」
「さっきの言い方だと、クラリスさんの両親はダートランダー公爵家で働いていたわけではなさそうですね?」
「別の貴族のお屋敷でした」
クラリスが子どもの頃は地方に住み、父親は領主である貴族の御者、母親は召使いだった。
貴族の家の使用人には厳しい階級や序列がある。
同じ貴族の屋敷でクラリスが働けば、よほどのことがない限り母親と同じ。召使いにしかなれない。
両親はクラリスに高等な教育を受けさせ、上位の職種につき、良い結婚相手と巡り合えるようにしたいと考えた。
そこでクラリスのために転職を決め、王都に引っ越して働くことにした。
クラリスは侍女学校で学びながらアクセサリーを扱う店でアルバイトをこなし、宝石や宝飾品に関する知識と技能を勉強した。
侍女学校を卒業する頃、偶然ダートランダー伯爵家の求人があることを知った。
玉砕覚悟で申し込んだところ、侍女学校の推薦状があること、両親が貴族の屋敷で働いていた経験があること、宝飾品を専門にするための勉強をしていることが評価されて採用された。
「採用された時は天に昇るような気持ちでした。両親も私のために転職した甲斐があったと言って喜んでくれました。なのに、まさかこんなことになるなんて……絶望するしかありません」
「諦めないでください! クラリスさんは宝飾品について詳しく知っています。その知識と技能を今こそ活用すべきです!」
ミリアムは力強く励ました。
「お願いです! 婚約指輪を探し出すために協力してください!」
「私にできることは何でもします! でも、どうすればいいのかわかりません。一生懸命探したのにどこにもありませんでした……」
「クラリスさん、モードの婚約指輪について教えてくれませんか? 私はまだ婚約指輪をしっかり見ていないのです。探さないといけないものがどんなものかを知らないと、普通は探せませんよね?」
「そうですが、指輪です。ルビーの。それはご存じですよね?」
「もっと詳しく知りたいのです。その説明は一般人レベル。専門家ならもっと詳しく教えてください」
「わかりました。でも、まだまだ勉強中の身です。ダートランダー公爵家の所有になった経緯や歴史などをご説明することはできなくて」
「石座は金ですよね?」
「そうです。それはご存じなのですね?」
「パーティーでちらっと見たからです。でも、立ち位置が悪くてよく見えなかったと言いましたが、嬉しそうなモードの顔をばかりを見ていたという方が正しいです」
「なるほど」
「モードは赤いドレスで金のアクセサリーをつけていました。だから、指輪も同じように金だったと思って」
「そうです。金です。最初は白いドレスにプラチナとダイヤモンドの宝飾品でした」
「最初は恋人の指輪であるハートシェイプのダイヤモンドの指輪をつけていましたよね?」
「そうです。途中でお色直しがありまして、ドレスと宝飾品を変えました。そして、リチャード様が婚約指輪を贈りました」
「ルビーの色はピジョンブラッドですか?」
クラリスがピクッと反応した。
「ミリアム様は宝石に詳しいのでしょうか?」
「全然。でも、本が好きなので色々な本を読みます。宝石について書かれた本を読んだこともあります。モードと会話をする時に役立つと思って」
「役立ちます。貴族の方は宝飾品の話題をすることがあります。モード様のようにお洒落な方ですと余計に。ミリアム様は友人ですので、知っていて損はないと思います」
「ですよね。衣装の話も多くて……実を言うと、私は衣装や宝飾品に興味がある方ではないのです。でも、何も知らないと会話についていけないですし、様々な知識を蓄えたくもあります」
「私にも知識欲があります。宝飾品についてはそれこそ何でも知りたい、何でも教えられるようになりたいと思って一生懸命勉強しています」
「それで、ルビーの色なのですが」
「ピジョンブラッドです」
「やっぱり。さすがダートランダー公爵家の所有する宝飾品ですね!」
「そうです。名門貴族が所有するにふさわしい最高級の宝飾品です。むしろ、モード様にお渡ししていいということに驚くしかありません」
「どうしてですか? モードはリチャード様の婚約者です。お洒落ですし、宝飾品についてもこだわりがあります。最高級の宝飾品を選ぶのは当然では?」
「貴族が所有する宝飾品は、基本的に爵位と一緒に跡継ぎが受け継いでいくのです。そうしないと、所有する宝飾品が家族で分けられてしまい、どんどんなくなってしまいます」
代々受け継いでいくような宝飾品は長男に与え、それ以外の者には貸し出す形にすることが多い。
娘がいる場合は嫁に出すことを考え、持参金になるよう新しい宝飾品を買い揃えて与えるのが普通だとクラリスは話した。
「個人的な意見ですが、あれほどの品であればレイモンド様の奥様が受け継ぐのではないかと思います。ですが、モード様に贈られたとなると……将来、レイモンド様はあれ以上の婚約指輪を贈らないといけません。もしそうでなかったら大変です。名誉が傷ついてしまうかもしれません。レイモンド様の婚約者だって、モード様の指輪を見て悔しがります。争いの原因になってもおかしくありません。女性は宝飾品が大好きです。宝飾品に興味がない女性がレイモンド様とご結婚されれば大丈夫かもしれませんが、そのような女性は滅多にいません」
「……そうかもしれませんね」
モードはミリアムをレイモンドとくっつけようとする。
その理由を一つ見つけたようにミリアムは感じた。
「では、普通の女性なら欲しがるのが当たり前といった感じの凄い指輪なのですね?」
「当たり前です! 欲しくない人はいないと思います!」
「でも、ルビーが好きではない人もいると思います。婚約指輪として一番人気なのはダイヤモンドだと聞きました」
「そうです。一番人気がダイヤモンド、二番人気がサファイアです。どちらも石言葉が良いですし、サファイアは花嫁のサムシングブルーにできます」
「そうですね」
「エメラルドも人気です。誕生石を贈る方もいます。高価なものですので、嗜好や財力を考えて選ばれると思います」
「そうですよね」
ミリアムは頷いたあと、ふと思い出した。
「ルビーの石言葉ですが、勝利・情熱・勇気・愛ですよね?」
「そうです。人や解説書などによって多少の違いがありますが、そのような言葉です」
「他にもありますか?」
「成功とか威厳とか」
「愛の疑惑もですよね?」
「そういう意味もあるという話は知っています。ですが、悪い意味ではありません。二人の愛で疑いや嫉妬などの悪しきものを消し去るという意味です」
「私も同じような感じの意味だと思っていました。でも、本来の石言葉ではないそうですね?」
「本来の石言葉ではない?」
クラリスは怪訝な表情になった。
「その人が言うには、本来の石言葉は勝利・情熱・成功・導きだそうです」
「導き……ああ、なるほど」
クラリスはわかったというように笑みを浮かべた。
「その方がなぜそのように言ったのかはわかりました。確かに本来の石言葉ではありません。愛の疑惑はあくまでもルビーの石言葉、あの婚約指輪の石言葉ではありません」
「ルビーの婚約指輪ですよ? おかしくないですか?」
「おかしくないのです」
クラリスはなぜ石言葉が違うのかを説明した。
「ですので、あの婚約指輪の石言葉は勝利・情熱・成功・導きというのが正しいのです」
「理解しました。さすが専門家です!」
「ミリアム様に教えた方も専門家かもしれません」
「レイモンド様です。博識ですよね」
「いずれダートランダー公爵家を継ぐ方ですので納得です」
「クラリスさんのおかげで前進しました。これまでわからなかったことがわかりました。やはり改めて話を聞いたのは正解です!」
「お役に立てたようです」
「とっても役に立ちました! 婚約指輪を探すには婚約指輪を知らないとですから!」
「そうですね」
ミリアムとクラリスは微笑み合った。
クラリスさんの涙が止まりました……良かったです。
ミリアムはホッとした。そして、これならもう少し聞いても大丈夫そうだと感じた。




