83 油断できない
「寝室は暗いですし、忙しいということで人の出入りも多かったです。ドレッサーの位置、私やモードがいた位置を考えると死角があります。それを利用してこっそり何かを隠すこともできたはずですが、婚約指輪はないです」
「次は応接間でしょうか? それともバスルームの方でしょうか?」
「私が知る限り、バスルームの方に行った人はいません。ここはモード専用の場所、使用人が勝手に入って手を洗ったりトイレを使ったりすることはできませんよね?」
「できません。使用人用の洗面所やトイレを利用します」
「部屋やバスルームの掃除は誰が?」
「マーサです。午前中にします」
「洗濯物やゴミを運ぶようなことはクラリスさんがするのですか? それともマーサさんですか?」
「マーサです」
マーリアが答えた。
「赤の客間のことはよほどのことがない限り、クラリスとマーサでします。どうしても手が足りない時は、クラリスが私に相談するでしょう」
侍女長が補足した。
「クラリスさんやマーサさんからの相談はありましたか?」
「ありません。ですので、二人で全てをこなしていたはずです。客間ですので、担当者以外は出入りしません」
「でも、メアリーさんがいます。追加ということですよね?」
「そうですが、ミリアム様の担当です。ミリアム様がこちらで着替えることになったため、こちらの部屋に来ただけです」
「メアリーさんは朝からここにいたのでしょうか?」
「いません。メアリーは奥様付きの侍女の手伝い要員です。パーティーが終わる頃を見計らい、奥様の部屋から着替えなどを持って赤の客間に移動しました」
「どうして私の担当はメアリーさんになったのでしょうか?」
「侍女はご家族のお世話をするために雇われています。客人付きは召使いの中から選ばれます」
「モードも客人では?」
「そうですが、リチャード様の正式な婚約者になりました。ゆくゆくは結婚され、家族の一員になるということを考慮し、侍女が担当することになりました」
「なるほど。私の担当として召使いがついた理由はわかりました。メアリーさんはクラリスさんよりも若そうです。優秀なので、客人付に大抜擢ということでしょうか?」
「メアリーは召使いですが、髪結いや化粧が得意なのです。本当は侍女志望だったのですが、侍女の募集がなかったために召使いの募集に申し込んだそうです」
「そうでしたか。でも、召使いから侍女になるのは基本的に無理だといいましたよね?」
「そうです。ですが、侍女の補助として召使いがつくことがあります。その時に能力が評価され、特別に召使いから侍女になるということも不可能ではありません。夢を叶えるきっかけを作るため、どんな職種でもいいので採用されたいという者は大勢います」
「侍女長に質問です。ここだけの話ですが、メアリーは召使いから侍女になれそうでしょうか?」
「評価をされるのはご家族の方です。私からはお答えできません。ですが、最終的にメアリーをミリアム様の担当に決めたのは奥様です」
ミリアムは平民。貴族の屋敷では緊張し、遠慮しがちにもなる。
そこで着替えに必要な能力があり、親しみやすい雰囲気を持つ者がいい。
クラリスの仕事に横やりを入れないような性格、若い召使いがいいだろうとなり、メアリーが選ばれたことが伝えられた。
「そうですか」
ミリアムは時計を見た。
「もうこんな時間! 急いで応接間を探します!」
ミリアムは応接間に走って行くと、端から順番に調べた。
ソファや棚といった家具があるが、多くはない。
どちらかというとすっきりしている部屋で、指輪を隠せるような場所は少ないように見えた。
ミリアムはソファの下や暖炉の中を覗き込み、バラの花が生けられた花瓶、置時計、壁にかかった絵画の裏もしっかり見た。
棚やコンソールテーブルの引き出しも開け、じっくり奥の方まで確認する。
だが、婚約指輪は見つからなかった。
「ないですね……」
「そのようです」
「ミリアム様はしっかりと探されていました。すでに婚約指輪は別の場所にあるのでは?」
「その可能性もあります。でも、その場合はマーリアが疑われてしまいます」
「そうですね」
マーリアは冷静に答えた。
「なぜだと思いますか?」
「一人で行動していたからです。不審な行動がなかったことを証明してくれる者がいません」
「その通りです」
クラリス、マーサ、メアリーの三人は赤の客間で仕事をしていた。
一人になったことがあったとしても短時間。限られた範囲。
しかし、マーリアは婚約指輪の箱を取りに行くため、茶会の部屋と赤の客間を往復している。
その時は完全に一人。婚約指輪の箱を持っていた。
屋敷のどこかに指輪を隠すことが簡単にできる状態で、それを他の者に見られる可能性も低かった。
「でも、私はマーリアさんではないと思っています。なぜなら、レイモンド様に絶対的に信用できる女性と一緒に探したいと伝えたら、侍女長とマーリアさんがいいと言ったからです。なので、私も侍女長とマーリアさんを絶対的に信用します」
「ありがとうございます。状況的に疑われてしまうことはわかっていました。身体検査を受けることになったのもそのせいです。ですが、レイモンド様やミリアム様から信頼されているとわかり、心が救われた気分です」
マーリアは安心を示すように息をついた。
「油断したらダメです。婚約指輪が見つかっていません。屋敷中を探すことになれば、問題が起きたことを隠せなくなってしまいます。なんとかして事情を知る者を増やすことなく婚約指輪を発見し、どうしてこんなことが起きてしまったのかを解明したいです。赤の客間は探しましたが、もう少し協力していただけませんか?」
「私の潔白もかかっていますので、協力いたします」
「ミリアム様、何かお考えがあるのでしょうか?」
侍女長が尋ねた。
「まずは二人に質問です。本当にここだけの話として聞いてください。念の為に聞くようなことです。いいですか?」
「はい」
「わかりました」
「私が盗んだと思いませんか? 客観的に見て外部の者は私だけです。婚約指輪の箱を持って一人で応接間に行きました。しかも、置きっぱなしにしました。一番怪しいですよね? 身体検査を受けることになったのはその証拠だと思いませんか?」
「それは違います」
侍女長が即答した。
「身体検査はミリアム様の潔白を証明するためです。ミリアム様はモード様にとって非常に大切なご友人です。リチャード様との婚約が調ったのはミリアム様のおかげ。だというのに、婚約指輪を盗むわけがありません」
「私は平民です。お金持ちでもありません。物凄い宝飾品を見て魔が差したかもしれませんよね? モードの財布を見た時だって、羨ましそうな話をしていました」
「絶対にミリアム様ではありません!」
冷静だった侍女長の口調が強いものに変化した。
「でも、私以外に身体検査を受けたのはダートランダーの関係者ばかりです。そのうちの誰かのせいだったら醜聞になってしまう恐れがあります。私のせいだった。ついうっかりしていた。モードを驚かせるために隠したことを言えなかったということにすれば、丸く収まると思いませんか?」
「思いません! あの婚約指輪はダートランダー公爵家の由緒ある宝飾品です! ミリアム様が故意に隠そうとしたということであれば許されません! いたずらだという理由は通用しません! 窃盗未遂だと思われたらおしまいです! 警察に通報されるようなことになれば、犯罪者の烙印を押されるのですよ? 一生を捨ててしまうのと同じです! 例え話であっても、そのようなお話をしてはいけません!」
「ダートランダー公爵家を守るためであれば仕方がない犠牲だと思いませんか?」
「思いません! ダートランダー公爵家は無実の者に罪を着せません! それこそ不名誉極まりないことです!」
「マーリアはどう思いますか?」
「侍女長と同じ意見です」
マーリアもきっぱりと答えた。
「ミリアム様は婚約指輪を持ち去っていません。隠してもいません。なぜなら、家族の茶会に一人だけ招待されるほど、ダートランダー伯爵家の方々に信頼されています。チェスタット伯爵夫妻でさえ招待されず、パーティーが終わったらすぐに帰ることになったのです。その差がいかにあるかをわかっていないのはミリアム様です」
「でも、それはダートランダー公爵がチェスタット伯爵をよく思っていないからですよね?」
「レイモンド様もミリアム様には格別の配慮をされています。ドレスや宝飾品を自ら選び、同じ色に揃えました」
「女性避けのためです。リチャード様が婚約したので、レイモンド様狙いの女性が増えます。私は丁度良い盾役です。都合よく利用されたことに腹を立て、意地悪なことをしたのかもしれませんよ?」
「ミリアム様は宝飾品に興味がありません。欲しいとも思いません。貸してもらっても傷つけたら大変だ、控えめの宝飾品でもこれで控えめなのかと思ってしまうような方です。だというのに、大切な友人の婚約指輪で意地悪なことをしようと思うわけがありません。恐れ多くて手が出せない方です!」
ミリアムは思い出した。
「ダートランダー伯爵夫人との会話をしっかり聞かれていたのを思い出しました」
ダートランダー伯爵夫人の部屋で支度をする時、部屋の中にマーリアがいた。
「その通りです。私の専門は情報です。ミリアム様の情報も集め、分析し、奥様のために活用できるよう備えております。宝石よりも本をもらえる方が喜ぶ方だということも知っています」
「情報が専門なんて……いろいろ知られているというか、見抜かれている気がします……」
「個人的な意見ですが、ミリアム様は自ら外部の者だと言いました。それなら、ダートランダー公爵家のことは関係ないのでは? 立場を悪くしてまで誰かを庇う必要はないように思います。ご自身の潔白を証明することがよほど重要では?」
「レイモンド様にもそのようなことを言われました。でも、私がモードに婚約指輪を見たいと言わなければ、置きっぱなしにしないでちゃんと箱を返していたらと思わずにはいられないのです」
「責任を感じていらっしゃるのですね」
「そうです。私のミスです。大切な友人の婚約指輪を預かったのに、大事に扱わなかったのは事実です。だから……私のせいだというのは間違いないと思うのです」
「そうは思いません」
侍女長がきっぱりと否定した。
「確かにミリアム様はモード様から渡されたものを、モード様に直接返されませんでした。ですが、箱をコンソールテーブルの上に置きました。モード様の部屋の中にあったということです。部屋から持ち出したわけではありません」
「でも」
「最後まで聞いてください。普通であれば、何も起きませんでした。あとで応接間に箱があることがわかり、すぐ金庫にしまったというだけです。指輪が紛失したのは別の理由です。ミリアム様のせいではありません!」
「侍女長の言う通りです。ミリアム様のせいではありません。むしろ、指輪を持ち去ったことでミリアム様に迷惑をかけた者を探すべきでは?」
ミリアムは深いため息をついた。
「婚約指輪が見つかっても、どうして婚約指輪が消えたのかがわからなければ、全員が納得しなさそうです。なので、もう一度話を聞いて情報を集めます。現場である赤の客間の情報はわかったので、次はクラリスさん、マーサさん、メアリーさんから新しい情報を得られないかを試したいです。レイモンド様が怖くて言えなかったことがあるかどうかも確認したいです。一人ずつ応接間に呼んでくれませんか? まずは侍女のクラリスさんからお願いします」
「わかりました。呼びます」
「私だけで話します。絶対的な信用を得ている侍女長やマーリアがいたら、レイモンド様がいるのと大差ありません。必ず手がかりになりそうな情報を掴みます! 任せてください! お願いします!」
「では、そのように」
「あっ、待ってください!」
ミリアムは部屋を出て行こうとする侍女長とマーリアを呼び止めた。
「何か?」
「呼ぶのを五分ほど……念の為に十分ほど待ってください。特別な事情がありまして」
「特別な事情?」
「どのようなことでしょうか?」
「モードの化粧室が一番近いです。モード専用だとわかっているのですが、調査の途中で行くと怪しまれそうだと思って我慢していました。見逃してくれませんか?」
侍女長とマーリアは顔を見合わせた。
「トイレを使いたいのでしょうか?」
「そうです。できれば洗面所も。手を洗いたいです」
「モード様は寛大な方だと思われます」
「私は何も知りません。廊下にいたので聞いてなかったということで」
マーリアはそう言うと廊下に出て行った。
「すみません。一応、内鍵をかけます。向こうから戻ったら開けますので、開いてなかったら廊下で待っていてください。ドレスなので時間がちょっとかかるかも……」
ミリアムはお腹を押さえた。
「わかりました。急がれた方が良さそうです。トレーンに気を付けてください」
「そうですね! 本当にすみません!」
侍女長が部屋を出て行くとミリアムは内鍵をかける。
「ごめんなさい……でも、先に確認しておきたいのです」
ミリアムは目星をつけたところに婚約指輪があるかどうかを確認しに向かった。




