82 寝室での調査
「マーリアさん、灯りをつけてもらってもいいですか?」
「もちろんです。つけようと思っていました」
マーリアが灯りをつけた。
ミリアムはカーテンを調べたあとに閉めた。
「指輪を探しながらマーリアさんに質問してもいいですか?」
「どのような質問でしょうか?」
「ここは隣の応接間と比べるとやけに暗いです。灯りをつけてもましになる程度。わざとですか?」
「そうです。寝室はゆっくり休むための部屋ですので、暗い方が適しています」
「カーテンの生地が厚く、ドレープがたっぷりとあります。上飾りもあるので余計に暗くなりそうですよね」
「窓の周辺がしっかりとしているのは、夜の冷気や冬の寒さに備えるためです」
部屋によっては季節に応じたカーテンに変える。
しかし、客間は特別な理由がなければ一年中同じカーテンになっている。
冬の寝室は最も寒くなるため、寒さ対策としてカーテンなどにこだわっていることが説明された。
「上飾りは豪華さを演出するためでもあるのですが、重いカーテンを支える部分を隠すためでもあります。左右で止めているだけでなく、中央でも止めて重さを分散しています」
「さすが侍女です。お屋敷のことなら何でも知ってそうです」
「奥様付きの侍女として精進しています」
「では、どうして寝室で着替えるのかも教えてください」
「えっ?」
マーリアは驚いた。
「普通のことだと思いますが?」
「そうですね。起きてすぐに着替えるからですし、鍵がかかる部屋だからでもありますよね」
「そうです」
「でも、ここは暗いです。お化粧をするには向いていませんよね?」
「そうですが、客間です。一時的な滞在用の部屋ですので広くはありません。比較的明るい窓側は通路として使用するのでドレッサーを置くことができません。仕方なく現在の場所になっています」
「暗い場所で身支度をしなければならないこともある。それでも侍女であればしっかりと支度をできるようにしなければならないということですよね?」
「そうです」
「侍女の仕事には宝飾品の確認もあります。高価な品が多くあるほど大変では? クラリスさんはそれができる侍女なのでしょうか?」
クラリスについて聞きたがっていることをマーリアは察した。
「クラリスなら大丈夫だと思います」
「クラリスさんはルーペを使っていました。まるで宝石を鑑定する人のようだと思ったのですが、この部屋が暗いせいでしょうか? それとも専門家なのでしょうか?」
「専門家の方です。若くても特別な能力があるので、モード様の担当に選ばれました」
今回は特別な催しのために用意される宝飾品の数が多く、貴重なものもある。
宝飾品の扱いに詳しい者がモードの担当になった方がいいとなり、クラリスが選ばれたことをマーリアが説明した。
「つまり、侍女の中から特別な能力がある優秀な人が選ばれたわけですよね?」
「そうです」
「私は初めて会ったので、クラリスさんがどんな人なのかを知りません。でも、ダートランダー公爵家の侍女になり、モードの担当に選ばれるほどです。信用がある人ですよね?」
「もちろんです」
ダートランダー公爵家ほどの貴族になると、信用をとにかく大事にする。
信用がなければ採用されない。採用されても信用度が強くなるよう努めながら実力を発揮しなければならないことをマーリアは話した。
「モードの担当になったのは一時的なことですよね? 普段のクラリスさんはどんな仕事をされているのでしょうか?」
「奥様付きの一人として働いています」
「モードの担当になったのはクラリスさんにとって良いことなのでしょうか? それともあまり良くないことなのでしょうか? ずっとダートランダー伯爵夫人の側にいる方がいいというか、侍女としては偉そうですよね?」
「確かに奥様付きと客人付きでは奥様付きの方が上です。ですが、今回モード様付きになったことはクラリスにとって大きなチャンスです」
マーリアは屋敷の内情に関わることだったが、正直に答えた。
「モード様はリチャード様の婚約者になりましたので、今後頻繁にお屋敷に来ることが多くなるはずです。ご結婚して同居ということになれば、新たにモード様付きの侍女が選ばれます。クラリスが今回のお世話でモード様に気に入られるようであれば、正式なモード様の担当侍女になれるかもしれません。そうなれば出世です」
「出世と言えるのでしょうか? ダートランダー伯爵夫人付きの侍女の方が上では?」
「基本的にはそうですが、序列が変わります」
貴族の世界においては身分だけでなく序列も大事。
だが、使用人にも序列があるのかとミリアムは思った。
「それって、偉い順番が決まっているということですよね?」
「そうです」
「数字が少ない方がいいということですよね?」
「単純に考えますとそうです。ですが、実際は複雑です。例え話で説明します」
侍女は当主の家族である女性の世話をする。
普通に考えると、当主の妻付きの侍女が一番上。その次が跡継ぎの妻付きの侍女、その次が跡継ぎの長男の妻付きの侍女、その次が次男の妻付きの侍女などというようになっていく。
しかし、実際はもっと複雑。
当主の妻付きの侍女の一番と二番の次は跡継ぎの妻の侍女の一番、二番、三番と続き、それから跡継ぎの長男の妻付きの侍女の一番、次男の妻付きの侍女の一番、ようやく当主の妻付きの侍女の三番、跡継ぎの妻の侍女の四番などとなる。
「数字以外の部分も吟味した上での序列もあるのです」
確かに複雑だとミリアムは思った。
「じゃあ、ダートランダー伯爵夫人付きからモード付きになるというのは悪いことではなく、むしろモード付きの中で一番になるためのチャンスということですね?」
「そうです。奥様付きの侍女は全員長く勤めていますし、信用も実力も十分あります。そこに若い者が加わっても、すでにいる者を抜いて上位になるのは難しいでしょう。ですが、モード様付きの正式な侍女は一人もいません。一番になる大チャンスです」
「一番になるということは、ただの侍女からまとめ役、役職者の侍女になるようなものとお考えください」
侍女長が補足した。
「なるほど。それなら確かに出世です。大チャンスだというのはわかります」
ミリアムは理解したというように頷いた。
「そうなると、婚約指輪がなくなったのはクラリスさんにとって大変なことでは? せっかくのチャンスをダメにしてしまったというか」
「あくまでも個人的な意見ですが、モード様の担当者はモード様の持ち物をきちんと管理しなくてはいけません。重要な品が紛失したのは大問題。管理責任を問われると思います」
「それが普通ですよね。侍女長もそれが普通だと思いますか?」
「ミリアム様がなぜそのような質問をされるのかはわかっております。個人的な意見ですが、自らの職務に責任を持つのは当然のことだと思います」
「つまり、クラリスさんにとって婚約指輪の紛失はあってはならないこと。自分の将来を閉ざすかもしれない一大事ということですね?」
「そうです」
「そうだと思われます」
「意地の悪いことを聞くので、答えたくなければ黙っていて大丈夫です。自分もモードの侍女になりたいと思っている人、モード付きの一番になりたいと思っている人から見れば、クラリスさんの失敗は喜べることですよね?」
マーリアも侍女長もすぐに口を閉ざす。
答えたくないということだった。
「モードの担当はクラリスさんだけですか? それともクラリスさんとマーサさんの二人ですか?」
「モード様の担当は侍女が一名、召使いが一名ということになりました。ですので、クラリスとマーサが担当者です」
侍女長が答えた。
「もしクラリスさんに問題があって担当をはずされた場合、マーサさんがモードの担当者として一番になるのでしょうか?」
「いいえ。マーサは召使いですので一番にはなりません。別の侍女がモード様の担当になり、一番になります」
「じゃあ、クラリスさんに何かあってもマーサさんはそのまま、得をしないということですね?」
「基本的には侍女がメインで担当し、召使いがその補助をします。侍女が問題を起こした場合、召使いの補助が不足だったいうことになれば、召使いも侍女と一緒に担当をはずされます」
「召使いよりも侍女の方が偉いということは知っています。それって採用される時から完全に区別されているのでしょうか? それとも全員召使いとして採用されて、徐々に出世して侍女になるのでしょうか?」
「勤め先によって違うと思われます」
「マーサさんは古参だと聞きました。年齢も高いので若い頃からずっとここで働いているのだと思います。それなら信用がありますよね? 侍女が一人辞めることになった場合、召使いのマーサさんが侍女になることは可能ですか?」
「不可能ではありませんが、基本的には無理です」
侍女長がきっぱりとした口調で答えた。
「マーサの専門は掃除ですので」
「掃除が専門の召使いは侍女になれないということですか?」
「あくまでも一般的かつ基本的なことですが、募集時にどの職種かが指定されています。召使いの募集であれば、召使いとして役に立ちそうな者を採用します。侍女の採用の場合は、侍女として役に立ちそうかどうかです。採用時の判断基準が違うというのはおわかりですか?」
「わかります」
「侍女と召使いでは仕事が違います。侍女は家族の身の回りのお世話全般です。召使いは屋敷を維持するための仕事全般です。召使いから侍女になれないとは言い切れませんが、普通はなれません。技能が違うからです」
召使いはずっと召使い。だが、召使いの中で出世していくことはできる。
逆に侍女もまたずっと侍女。侍女の中で出世していく。
「とはいえ、例外はあります。侍女から秘書、召使いから御者になるといったこともあります。結局は能力、人事権を持つ者がどう判断するかで決まります」
「そうですか……」
ミリアムは考え込んだ。
「では、マーサさんにとっても、婚約指輪の紛失は困ったことですよね? クラリスさんを補助しきれなかったということで責任を問われるかもしれません」
「そうなります。クラリスだけが確実に悪いという状況でなければ、連帯責任を問われる可能性があります」
指輪がなくなることによって責任を取らなければならないことを考えると、クラリスやマーサには動機がなさそうに思える。
しかし、魔が差した、指輪あるいは大金が必要だったなど、特別な事情があるということであれば違ってくる。
そして、特別な事情ということであれば、メアリーにも第三者にも、つまりは誰にでもあてはめることができてしまう。
動機なんて多種多様です。それだけで誰の仕業かを決めつけるわけにはいきません。もっと有力な手掛かりが欲しいです……。
ミリアムは頭の中で情報を整理した。




